寵愛の精霊術師

触手マスター佐堂@美少女

第23話 魔術と精霊術の鍛錬


「――我が名のもとへ集え! 風精霊シルフよ!」

 クレアのその言葉と共に、彼女の周りに風精霊たちが集まっていく。
 常人ならその様子は見えないだろうが、精霊術師であるオレには、翡翠色の光の粒子がクレアの周囲を渦巻いている様子がはっきりと見えていた。

「――その力を以て全てを切り裂け! 『風の刃ウィンド・カッター』!!」

 集まった風精霊たちが三日月を形作り、それが不可視の刃となって放たれる。
 刃は見事に的に命中し、木の棒を一刀両断した。

「やったぁ! できた! できたよラル!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、喜びに顔を綻ばせるクレア。なんとも微笑ましい光景だ。

「おめでとう、クレア。これでクレアも晴れて、中級魔術師の仲間入りだな」

「うん!」

「『風の刃ウィンド・カッター』は汎用性の高い魔術じゃからな。風属性に適正があるなら、覚えておいて損はないぞ」

「はいっ!」

 ロードとクレアは、アミラ様の指導でめきめきと実力をつけていっている。
 特に、クレアの成長は目を見張るものがあった。

 なにせ、オレが教えていた時はせいぜい初級の風属性魔術が限界だったのに、いつの間にやら中級の魔術を扱うようになっているのだから。
 努力の成果が着実に結果に現れている。

 ロードは無詠唱魔術を使えるようになりたいらしく、一度等級を上げるための訓練から離れて、無詠唱魔術の訓練をしている。

 どうしてそこまで無詠唱魔術にこだわるのか聞いてみたところ、

「『憤怒』と戦っていたときに一度、詠唱の途中で攻撃を受けそうになったからね。やっぱり時間の短縮は重要だよ」

 とのこと。
 実戦を経て、無詠唱魔術の利点に改めて気付かされたということなのだろう。
 無詠唱魔術はそれこそ感覚によるものが大きいため、教えるのもなかなか難しいのだが、ロードならそのうちできるようになりそうだ。



 オレもアミラ様とキアラのおかげで、順調に実力をつけていっている。
 特に今は、精霊術の強化に励んでいるところだ。

 自分の理解を深めるためにも、一応もう一度確認しておくと、

 精霊術は、自分の魔力を一切使わず、純粋な精霊の力だけを使って発動する術。
 魔術は、詠唱と自分の魔力を精霊の力を借りて具現化し、世界に干渉する術。

 この二つの大きな違いは、自分の魔力を使うか使わないか、というところだ。

 対人戦を考えると、相手の周囲の精霊を奪うことで相手の魔術を無効化でき、かつ自分の魔力を消費せずに使用できる精霊術のほうがはるかに強力なのは間違いない。
 だが、欠点も存在する。

 なにより問題なのが、全く新しい系統の術なので、体系が確立されていないことだ。

 何をどうすればこうなる、といった基本的なものが全くわからないため、手探りで進んでいくことになる。
 今のところは、漠然としたイメージでも精霊が実現してくれているが、いつまでもその場しのぎで解決すると思ってはいけない。準備は必要だ。

 その特異性のために、精霊術を教えられる人間がいないのも問題だ。
 せめて何かヒントのようなものがあれば……と思っていたら、これは意外な方法で解決へと向かっている。



 なんと、キアラも精霊術を扱える人間だったのだ。



 「え? 精霊術? もしかしてあれのことかな……」などと難しい顔で言い出した幽霊に詰め寄り、詳しく聞き出すことに成功した。
 とはいえ、キアラは意識して使っていたわけではなく、『精霊級』の副産物のようなものだと思っていたらしい。
 やりたいことも全て魔術で出来たので、特に不自由することもなく、精霊術に目を向けることすらなかったようだ。
 要するに、精霊術は扱えたようだが使っていなかったため、精霊術師と呼ぶのは少し語弊があるということだ。

 ……いったいキアラは、生きていた頃はどれほど強大な魔術師だったのだろうか。
 生前のことについては全く教えてくれないが、さぞ名のある魔術師だったに違いない。
 オレの調べた限り、キアラという名前で有名な魔術師はいなかったので、違う名前で活躍していたか、もしくはキアラのほうが偽名かのどちらかだろう。

 そんなキアラから「とりあえず魔術を精霊術で使う練習をしてみたらいいんじゃないかな」と言われたので、最近は魔術を精霊術で使ってみる練習をしている。
 例えば、風属性の中級魔術『風の刃ウィンド・カッター』を、自分の魔力を使わずに精霊の力だけで発動させる、というようなことだ。

 この練習をするだけで、とりあえず使える精霊術のバリエーションがかなり増えた。
 というか、オレは魔力保有量も飛び抜けて高いので、魔術を使う必要性がほとんど無くなってしまった。

 ……と思っていたのだが、精霊術にも限界があるらしく、精霊術で上級魔術を乱発していると、途中から発動しなくなったことがあった。
 また新しく精霊をかき集めれば使えないことはなかったのだろうが、精霊を酷使することで、この世界にどんな影響を及ぼすのか全くわからないのでやめておいたのだ。

 これは精霊を観察してわかったことだが、どうやら精霊は一度使うと休眠状態のようなものになり、だいたい一日ぐらい経過しないと復活しないようだ。
 つまり、精霊の節約のためにも、普通の魔術を使えるようにしておくことは必須だという結論に至った。

 精霊を節約するという発想が何か色々とおかしい気もするが、気にしたら負けな気がする。
 やはり精霊術は、固有の術を編み出して使ったほうが強力な気がする。この前『憤怒』との戦いのときに咄嗟に使った『空間断絶』がいい例だ。

 とにかく今のオレは、持っている手札の量が膨大すぎて、どれを使えばいいのか全くわからない状態なのだ。
 それらを正しく整理し、必要なときに必要な術を発動できるようになれば、オレはさらに強くなれるという確信があった。



 もちろん、精霊術だけを練習しているわけではない。
 魔術のほうもかなり上達した。

 今では、すべての属性の魔術が上級に達している。
 精霊と密に意思の疎通をとれるようになったおかげか、あれだけ手こずっていた無属性魔術も中級だ。

 下級以上の無属性魔術は、無精霊を纏う・・・・・・のがコツだったのだ。
 中級の無属性魔術は、下級でやったことをほかの人間にする――つまり身体強化をほかの人間に付与するというものだったが、これもコツがわかったおかげで一瞬でできるようになった。

 また今更だが、魔術の等級というのは、各等級ごとに、その威力も使えなければならない魔術の数も異なる。
 たとえば、水属性の魔術であれば、

初級……何もないところから少量の水が溢れ出す
下級……『水球ウォーターボール』、『水矢ウォーターアロー』、『電撃ボルト』など
中級……『水弾ウォーターブリット』、『水壁ウォーターウォール』、『電撃弾ボルトブリット』など
上級……『大嵐ヘビィストーム』など
皇級……『雷撃サンダーボルト』など
精霊級……『水結晶ウォータークォーツ』など

 基本的にどの属性でも、等級が上がれば上がるほど範囲と威力が大きくなっていく。
 皇級と精霊級の間にある差異は、精霊に的確な指示を送れるか否か、というだけらしいが、大抵の人間は才能があってもそこでつまずくそうだ。

 なお神級の魔術は見たことがないので詳しくはわからないが、アミラ様曰く、『次元が違う』らしい。
 一度見てみたいものだ。



 あと練習しているのは、混合魔術だな。
 混合魔術とはその名の通り、魔術と魔術を組み合わせて全く異なる魔術を発動させることだ。

 たとえば、水属性と火属性を組み合わせることで、氷を生み出すことができる。
 火属性は温度を司っているからな。
 そのほかの組み合わせとしては、水と土の組み合わせは泥、火と土の組み合わせで溶岩などがある。

 そういえば、オレが使っていた混合魔術だと思っていたものが、精霊術によるものだったことが判明した。
 牙獣を倒したときに使った『岩竜巻トルネード』。あれは混合魔術ではなく、精霊術だったのだ。

 ……クレアやロードがいる前で『岩竜巻トルネード』のことを言ってアミラ様にツッこまれたので、これはちょっと恥ずかしかった。
 あんまり不用意なことを言うのはやめておこうと心に誓った瞬間だった。



 そんなわけでオレたちは、今日も今日とてアミラ様の研究室へ向かっている。
 研究室とは言うが、そこにあるのはふかふかのソファーと高そうなテーブル、そして美味しい紅茶とお菓子たちぐらいのものだ。

 ぶっちゃけ、放課後のティータイムに向かっているだけである。

「よく来たの。さあさあ、座りなさい」

 オレたちが部屋に入ると、待ち構えていたかのようにアミラ様が出迎えてくれた。もしかしたらこの人、案外暇なのかもしれない。
 最近はもっぱら、放課後はこちらの研究室に顔を出すのが習慣になっている。

「今日はフレイズの奴から茶菓子を貰ってのう。これがまた美味いんじゃ」

「あ、父様が来てたんですか。父様は何か言ってましたか?」

「改めてワシに礼を言いに来たらしいが……これでもう三回目じゃからのう。単純にお主の様子を見に来ておるんじゃろう」

「えっ、僕が知らない間にそんなに来てるんですかあの人」

 嬉しいような、ちょっと怖いような。
 というかフレイズも、普通に会いに来ればいいのに。
 面と向かって、オレの様子を見に来た、と言うのは恥ずかしいのだろうか。

「ふーん。ふんふんふーん」

 うきうきした様子のアミラ様が、テーブルの上に大量のお菓子を広げる。その姿は完全にお菓子幼女のそれだった。

「あ、そうじゃラルフ。フレイズから、お主あてに伝言を預かっておるぞ」

「伝言、でふか?」

 おっと。
 お菓子を口いっぱいに詰め込んでいたせいで、変な声になってしまった。

「伝言、ですか?」

 お菓子を十分に味わってから飲み込んだオレは、キメ顔でそう尋ねる。
 何だろうか。
 幽霊との淫行がバレたとか、そういうのだろうか。
 それはちょっと嫌だなぁ……。



「ラルフよ。お主、社会勉強ついでに一度、自分の領地を見に行ってみてはどうじゃ?」


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