寵愛の精霊術師
第30話 聖なる泉の迷宮 第一階層&第二階層
一歩ずつ、確実に迷宮の中を進んでいく。
迷宮は、この前見たときと全く同じ姿でオレたちを迎えていた。
「よし、分かれ道のところまで来れたな」
見覚えのある分かれ道まで来ると、オレは一度足を止めた。
さて、試してみるか。
「精霊たち、下の方に繋がってるのはどっちの道かわかるか?」
オレがそう問いかけると、右のほうの道に精霊たちが集まった。
そして自分たちの存在を主張するかのように、色とりどりの光の明滅を繰り返す。
なるほど。そっちか。
「精霊ってほんとに便利だねぇ……」
キアラが七色の光を眺めながら、感嘆の息を漏らしている。
うん。オレもそう思う。
というか、さすがに分かれ道の先が行き止まりになってるかどうかなんて、精霊にはわからないと思っていた。
本当のところなどわかるはずもないが、精霊たちにはオレたちに見えていないものがたくさん見えているのだろうな。
精霊たちの意見に従い、右の道を進んでいく。
時折迷宮の奥から湧いてくる黒觸猪や黒觸熊を蹴散らしながら、どんどん奥へ。
使う魔術は主に風属性と土属性の魔術だ。
火属性魔術を洞窟のような密閉された空間で使うのは自殺行為だし、水属性魔術は獣系の魔物相手にはあまり効果がない。
光属性魔術と闇属性魔術はあまり燃費が良くないし、無属性魔術は今のところオレ自身に身体強化する必要がないため使わない。
特に新しい種類の魔物が出てくることもなかったので、苦戦することもなく。
「お、これか」
しばらく進むと、道が行き止まりになっていた。
しかし、ただ行き止まりになっているわけではない。
行き止まりになっている先の壁はきらきらと輝き、まるで鏡のようにオレの姿を反射していた。
間違いない。
ここが第一階層の境界線だ。
「色は緑だから……多分『山』か『森』か『草原』かな?」
境界線は、緑色の光を発している。
この境界線の光の色で、この先にある地形がどのようなものなのか、ある程度予測することができるのだ。
「少なくとも、入った先が普通の土地じゃないっていうことはなさそうだね」
キアラの言葉通り、たしかにその心配は薄い。
緑色なら、この先にある地形は『森』か『山』か『草原』である可能性が高いからだ。
「でも、とりあえず何もないか確かめる」
オレは亜空間から一本の木の枝を取り出した。
それを真っ直ぐ、境界線へと突っ込む。
これで引き抜いた木の枝がどんな状態だったかによって、オレたちの取るべき対応が変わるというわけだ。
ごく稀ではあるが、境界線を出た先が活火山のど真ん中だった、などという恐ろしいケースもあったらしいからな。
用心するに越したことはない。
というわけで、突き刺した木の枝を取り出してみたが、特に変わった様子はない。
「……とりあえず、普通の陸地みたいだな」
「そだね」
ひとまずの安全を確認したオレたちは、第一階層へと足を踏み入れることにした。
「これは……すごいな」
オレは、思わず息を呑んだ。
そこにあるのは、ひとつの世界だった。
鳥たちが羽ばたき、空高く舞い上がっていくのが遠く見える。
木々が生い茂り、その間を兎らしき動物が駆けていった。
見たところ、地形は『森』だ。
「なんなんだここは。地下のはずなのに普通に太陽があるぞ」
空を見上げると、そこにはたしかにオレの見知った太陽があった。
前世の常識はともかく、この世界の常識でも説明が難しい光景だ。
「迷宮の中は一種の異世界だからね。どんなことが起こってもおかしくないよ」
「にしても非常識すぎだろ……」
この世界には、まだまだオレの知らないことが沢山ある。
そう思わせられた。
広大な森の中を、キアラと一緒に進んでいく。
異常なほどの大きさの木が大量に生えている。新鮮な光景だった。
さて、ここからが正念場だ。
ここが最下層ではないのは、辺りの様子からして明白だ。
ということはつまり、さらに下の階層へ繋がる入り口を見つけなければならない。
……と思っていたのだが、試しに精霊たちに最下層へと繋がる入り口の場所を聞いてみたら、あっさりとそこまで案内してくれた。
精霊術師、便利すぎる。
道中で何度か黒觸熊や黒觸猪に襲われたものの、今更脅威になるはずもない。
軽くあしらって先を目指した。
入り口と同じような、緑色の光を発している壁をすり抜け、オレは先へと進む。
「……なんか、雰囲気が変わったな」
それは、鏡のような壁を通り抜けた瞬間から感じた違和感だった。
第一階層に到達するまで青緑色の光を発していた岩壁は、今は毒々しい黒紫色の光を発しており、地面には草一つ生えていない。
「そうだね。次は多分『森』じゃないよ」
キアラが何てことのないように言うが、それはつまり、この先では未知の魔物が出てくる可能性が高いということだ。
気を引き締めていかないとな。
そう思って足を進めていたのだが、一向に魔物が現れる気配がない。
そうこうしているうちに、また階層との境界線に到達した。
今度の色は暗い紫だ。
「暗い紫色ということは、多分『沼地』か『砂漠』だね」
木の枝を境界線に突っ込みながら、キアラの言葉を咀嚼する。
『沼地』か『砂漠』か。
『沼地』は、闇属性の魔物がよく出没する地形だ。
アンデッド化した魔物や人間……まあここは未発見の迷宮だろうから人間のアンデッドはいないか。
それと、沼地に潜むような危険な魔物がいる可能性が高い。
『砂漠』は、独特の魔物が多い地形だ。
巨大なアルマジロのような魔物に、おおきなトカゲのような魔物など、前世でも砂漠に生息していた生物が巨大化したような姿のものが多いらしい。
「枝は……なんともないな」
境界線に突っ込んでいた木の枝を引き抜いたが、別段変わった様子はない。
さて、行くか。
入った瞬間、わずかな息苦しさがあった。
じめじめとした空気に、隠しきれない悪臭。
汚泥が堆積した湿地から、何か泡のようなものが沸き上がっているのが視認できる。
空は分厚い灰色の雲に覆われており、太陽の光が差す気配は全くない。
間違いない。
ここは『沼地』だ。
「……なるほど。そういうことかよ」
そしてオレは、洞窟の中に魔物がいなかった理由を理解した。
オレの目の前に、巨大なゴーレムがその行く手を阻むように佇んでいた。
おそらく、全長十メートルは下らないだろう。
全身を何か灰色っぽい金属で包んでいる。その外皮は、簡単には破壊できそうにない。
黒觸熊や黒觸猪でも相当デカかったが、今オレの目の前にいる奴はそれよりもさらに巨大だった。
なるほど、どうりで洞窟に魔物がいないわけだ。
あんなデカイの、洞窟の狭い通路に入れるわけがない。
そんなデカブツが五体、こちらを向いた。
赤く輝く両眼が、オレの姿を捉えたのだ。
幸いなことに、動きはそこまで速くない。
走って逃げれば逃げられるほどの遅さだが……。
「敵に背中を向けて逃げるなんて、ありえないよ、な!」
真ん中のゴーレムめがけて、特大の『岩弾』を放つ。
しかし、『岩弾』が命中しても、ゴーレムは少し後ろにのめった程度で、致命傷には至らない。
「チッ……ダメか」
単純な大きさだけじゃダメだ。
もっと硬く、鋭く、速く、回転させて、確実に当てる。
ここまで改良するとなると、もはや精霊術の領域だが、オレはそれをすることをいとわなかった。
「――『岩裂弾』」
高音が辺りに響き、『岩裂弾』が射出される。
『岩裂弾』はゴーレムの腹部に吸い込まれるように飛んでいき、
「――――!」
ゴーレムの外装も中身も巻き込んで爆発した。
近くにいたゴーレムたちも、その爆風に巻き込まれて動きが止まる。
「よし、いけるな」
土精霊だけではなく、火精霊にもお願いして、着弾時に爆発するようにしてもらったのだ。
これならあのキチガイじみた装甲も破壊できる。
「でも、思ったより燃費が悪い……」
消費魔力も、精霊の消費量も少し多めだ。
すぐに精霊が切れるほどではないが、考えなしに連発するのは避けた方がいい程度には多い。
「普通に七つの精霊を剣に纏って、切っていったほうが早いんじゃない?」
「……それもそうだな」
キアラの提案に従って、亜空間から剣を取り出し、七属性を付与した。
剣の周りを七色の光が包み込んでいる。
幻想的な光景だが、これの恐ろしさを、オレはよく知っている。
これを使うのは牙獣戦のとき以来だ。
普段の戦闘ではまず前衛に立つことがないからな。
緩慢な動きをしているゴーレムたちに接近し、風精霊の力を借りて跳躍。
目の前にある胴の部分をなぎ払う。
懐かしい感触と共に、ゴーレムの身体が一刀両断された。
これだけ硬くても、なんの抵抗もなく切り裂けた。
やはり恐ろしい切れ味だ……。
二体のゴーレムを処理したオレは、残る三体も同じ要領で切り裂いた。
ちょっと硬いだけで、大した脅威でもなかったな。
その後も、ゴーレムたちを蹴散らしながら、第二階層の出口を探す。
精霊たちの案内に従ってしばらく進んでいくと、第二階層の境界線を見つけることができた。
「さて、行くか」
「うん」
後ろにキアラがいることを確認し、オレは境界線を通り抜けた。
迷宮の攻略は続く。
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