寵愛の精霊術師

触手マスター佐堂@美少女

第55話 終わりのはじまり


 ディムールの王都は、いつもと変わらないように見えた。
 少しばかり見張りに立っている兵士の数が多いような気がするが、想像していたような物々しい雰囲気は感じられない。
 少なくとも、ここで激しい戦闘があったような形跡はなかった。

「とりあえず、先回りはできたみたいだな」

 その事実を噛み締め、少し安堵する。
 だが、ゆっくりはしていられない。

「ラルは、先にカタリナさんのところに行くよね?」

「ああ。確認しなきゃいけないこともあるしな」

 カタリナにはもちろんだが、特にキアラとは会っておきたい。
 カタリナから話は聞いていたものの、結局今日までキアラに直接『テレパス』を繋げて話すことはできなかったからだ。

「カタリナと話をしたあと、クレアとダリアさんを王城までお送りします。僕も、陛下に直々にお話しなければいけないことがたくさんあるので」

 エノレコートで起きた悪夢のような出来事の数々と、オレがクレアを好いていること。
 どちらも、オレがヴァルター陛下に伝えなければならないことだ。

「わかりました。では、そのように」

 クレアとダリアさんが頷いたのを確認し、オレたちは王都にあるオレの屋敷へと向かうことにした。





 既に、太陽が登ってしばらく経っている。
 緊急事態ということも伝えてあるし、さすがにこの時間ならカタリナも起きているはずだ。
 だというのに、

「……あれ」

「どうしたの?」

 不可解な現象に直面したオレに、クレアが疑問の声を上げる。

「……カタリナに『テレパス』が繋がらない」

「え? でも昨日の夜には話してたよね?」

「ああ……」

 そう。
 たしかに昨日の夜、オレはカタリナに『テレパス』を繋いでいた。
 今日中には帰れそうだということも言っておいたはずなのだ。
 それなのに、『テレパス』が繋がらないということは――、

「クソっ!!」

「あっ、ラル!?」

 既に屋敷は目の前だ。
 逸る気持ちを抑えきれず、オレは走り出した。

 久しぶりに見る屋敷は、何も変わった様子がなかった。
 いや、一つだけ違うところがある。

 今の屋敷からは、人間の気配が全くしない。

「……」

 ドアに鍵はかかっていない。
 中に入ると、異臭がオレの鼻を突いた。
 その匂いに気付かないフリをしながら、オレは奥へと進む。

 キッチンに向かうと、メイドが一人倒れていた。
 だが、それが誰なのかわからない。
 無理もないことだ。



 そのメイドは、首から上がなかったのだから。



 キッチンの床は、大量の血液でどす黒く汚れてしまっていた。
 その小さな身体のどこに、それほどの血が詰まっていたのだろうと驚かされる。

 物言わぬ死体となったメイドから視線を外し、辺りの気配を探った。
 しかし相変わらず、何の気配もない。
 それはつまり、ここにはオレ以外、生きている人間はいないということだ。

 焦燥感に掻き立てられるままに、二階へと向かう。

「……なんだよ、これ」

 カタリナの部屋の前に、二人のメイドの死体が転がっていた。
 二人とも、首から上は無くなってしまっている。
 軽く近くを見てみたが、彼女らの首らしきものは見当たらない。
 その死体から目を逸らし、オレはカタリナの部屋に入った。

「うっ……」

 部屋の中は凄惨な状態だった。
 何人ものメイドたちだったものがそこらじゅうに散らばり、白い壁や絨毯じゅうたんには赤黒い汚れがこびりついている。

 そんな中でも、メイドたちの頭部は一つも残されていなかった。
 一目見ただけでは、いったい何人殺されたのかわからないほどの損壊具合に、嫌でも襲撃者の悪辣さがわかろうというものだ。

「……カタリナは、どこだ?」

 そこでようやく、オレの思考はそこまでたどり着いた。

 『テレパス』を使っていた以上、他の誰かがカタリナの代わりに喋っていたというのは考えにくい。
 昨日の夜までは、たしかにカタリナはここにいたのだ。
 つまり、昨日の夜から今朝までのあいだに、何か恐ろしいことが起こったのだ。

「それに、キアラもいない」

 留守の間は家を任せると言っておいたキアラの姿が、どこにもなかった。
 ここにいない以上、二人の身に何かが起こったと見てほぼ間違いないだろう。

 濃厚な死の匂いが、屋敷の中に漂っている。
 ……クレアとダリアさんを置いてきたのは失敗だったかもしれない。
 嫌な予感がすると言っても、三人で家を見に来ればよかったのだ。

 とにかく、ここにはカタリナもキアラもいない。
 すぐに二人を探し出して身の安全を確保する必要がある。

 そんなことを考えながら家の外へと出ると、

「――! ラル!」

「ラルフ様!」

「……ダリア、さん? クレアも」

 ダリアさんとクレアが、大量の衛兵たちに拘束されていた。
 手錠のような形をした光の輪が、彼女たちの両手を縛りつけている。
 見たところ、そこまで手荒な真似はされていないようだが、衛兵たちがクレアたちを捕らえている理由はさっぱりわからない。

「ラルフ・ガベルブックだな?」

「……ええ。そうですけど」

 衛兵の問いかけに答えながら、オレはいつでも精霊術が使えるように、周りの精霊たちに呼びかける。
 衛兵たちの目的はわからないが、あまり穏やかな感じではない。
 場合によっては、二人を連れて強行突破しなければならないかもしれなかった。

 しかし、そんなオレの考えは、突然打ち切られることになる。
 衛兵たちの間を縫って、オレにとって見知った顔の人間が現れたからだ。

「やあ、ラル君。久しぶりだね」

「……ロード?」

 それはたしかに、ロードだった。
 オレが見慣れない黒色の礼服に身を包んではいるものの、それ以外に変わったところはないように見える。

 だが、どうしてだろう。
 何かが、前までのロードと違うような気がする。
 理由はわからないが、そんな風に思えてならなかった。

「ラル君。本当に申し訳ないんだけど、君も拘束させてもらうよ」

「……へえ。できると思ってんのか?」

「……できれば穏便に済ませたい。手荒な真似はあまりしたくないんだ。相手が相手だしね」

 ロードはそう言って肩をすくめる。
 その態度は、ひどく芝居がかっているように見えてならなかった。

「だいたい、なんでお前らがクレアとダリアさんを拘束してるんだ? その二人が何かしたのかよ」

「一緒に王城まで来て欲しい、って言ったら抵抗されちゃってね。だからこうして、大人しくしてもらってるってわけさ」

「……クレアが行方不明になってるのは、ヴァルター陛下も把握してるわけか。まあ当たり前だな」

 それはまあ、わかる。
 しかし、なんだろう。

「僕たちがクレア様を保護しているのもそういった理由からだよ。陛下は大層お怒りだからね。これで機嫌が直ってくれるといいんだけど」

 ……なにかがおかしい。
 その違和感の正体を突き止められないまま、ロードが言葉を続ける。



「――陛下より、ラル君に対して捕縛状が出されているんだ。だから、僕たちは君を拘束しなきゃいけない」


コメント

  • ただの猫

    終わりの始まりデス

    0
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