寵愛の精霊術師

触手マスター佐堂@美少女

第64話 キアラの願い


「――――」

 どうやら、あの光の十字架に囚われている間は、他の人間もキアラの存在を感じ取れるらしい。
 そんな場違いなことを考えてしまうほど、オレにとってはあり得ない状況だった。

 ロードは、キアラの突然の懇願に目を丸くしている。
 少なくとも、今すぐに殺されるということはなさそうだ。

「私を殺してよ……ラルくんを殺さないで……それじゃ、ダメなの……?」

 目に涙を浮かべながら、必死にそう懇願するキアラ。
 その瞳には、ただ一つの純粋な想いが浮かんでいる。
 それはまさに、オレへの愛情に他ならない。



 ……本気だ。
 本気でキアラは、オレが殺されるぐらいなら自分を殺せと、そう懇願している。

 そんなキアラの様子を見たエーデルワイスは、喜色を隠しきれていない。
 それはまさに、これ以上ないほど面白いものを見ているときの顔だ。

「じゃあ、こうしましょう。アリスがこの世界を浄化してくれたら、ラルくんを無事に返してあげる」

「それ、は……」

 キアラは黙り込み、口を固く結ぶ。
 エーデルワイスの言葉に、キアラが揺れているのがわかった。

 だが、



「――そんなの、ダメに決まってんだろ」

 口が、勝手に動いていた。

「……ラルくん?」

 キアラも、呆然とした顔でオレを見ている。
 オレも今は、キアラしか見ていない。

「お前がなんで、世界の終わりなんてものを望んでたのかはわからねえ。けど、今は違うんだろ?」

「……そう、だよ。今はそんなこと、望んでない。でも、そうしないとラルくんが……」

 そうだ。結局、それが彼女の行動する理由なのだ。

 思えば、キアラとはかれこれ十二年の付き合いになる。
 オレはずっと彼女に助けられて、今まで生きてきた。
 ずっとずっと、オレに尽くしてくれて、ここまできたのだ。

 彼女の想いも、オレは知っている。
 それを、オレ自身がどう思っているのかも、もう整理はついている。

 だから、今言おう。



「オレは、キアラのことが好きだよ」



「――――え?」

 間抜けな表情で、キアラがオレの顔を見ている。
 どうして今そんなことを言ったのか、理解できなかったのだろう。
 こんな状況だというのに、少し笑ってしまいそうになった。

「キアラはすごく可愛いし、いろんなことを知ってる。いつも軽く変態で子どもっぽくて、でもたまにすごいエロくなったりして、アホっぽいところもあるし、お姉さんみたいにオレのことを優しく包み込んでくれたり、甘やかしてくれるときもある。オレはそんなキアラのことが好きだよ」

 言って、自分でも恥ずかしくなってきた。
 支離滅裂なことを言っている気がする。
 カタリナやクレアにも手を出しておいて、どのツラ下げて言っているんだと思わないでもない。

 でもオレは、皆を幸せにしたいし、皆で幸せになりたい。
 その気持ちに嘘はないし、妥協するつもりもない。

「だけど、私の本当の名前は……」

「ああ、そんなこと気にしてんのかよ」

 エーデルワイスが漏らした情報の中には、オレにとって有用なものも多かった。
 その一つが、キアラの血塗られた過去を匂わせるものだ。

 ……だが、それがどうしたというのか。



「『大罪』の『傲慢』? アリス? 『終焉の魔女』? んなもん関係あるかよ、キアラはキアラだ。オレがこの世界で一番頼りにしてて、最高に魅力的な、オレの好きな子。そうだろうが」



「――――」

 今、キアラは一体どんな顔をしているのだろうか。
 照れ臭くて、顔を直視していないせいでわからない。
 でもきっと、そんなに悪い顔はしていないだろうと、なんとなく思った。

 勇気を振り絞って、キアラの顔を見る。
 そこには、泣きそうになりながらもオレの話を聞いてくれている、彼女の姿があった。



「――オレを信じろ、キアラ。オレたちを信じろ、キアラ。自分のことを信じろ、キアラ。お前の望み、オレたちでなら、絶対に叶えられるからさ」



 未来を切り開くのは、オレだけの力じゃない。
 オレの力は、みんなを幸せにするには足りない。

 だから、みんなで。
 最高の結末を迎えるために、みんなで力を合わせるんだ。

「わた、わたし、は……私は……」

「言えよ、キアラ。お前の望みを!」

 それがオレの、ラルフ・ガベルブックが出した答えだから。

「……私は、ラルくんと一緒に生きたい。生きて、みんなで幸せになりたい!」

 なんのことはない。
 そこにいるのは、涙を零しながら、自身の望みを叫ぶ少女だった。

 ただ、それだけの少女だった。
















「――やっぱりダメだわ、あなた」




「――――ッ!?」

 背筋が凍った。
 完全に無表情になったエーデルワイスが、ポツリとそう呟いたからだ。

「あなたが、アリスの心に光を灯してしまう。あなたが生きている限り、アリスに闇が戻ることはないんでしょうね」

 なんの表情もないまま、淡々と言葉を紡ぐエーデルワイス。
 そこには、先ほどまではたしかにあった人間性というものが全くない。

「やっぱり、殺すしかないみたい」

 見ると、味方であるはずのロードすら顔を青くしている。
 強烈な寒気を感じているのは、オレだけではないようだ。
 いや、味方であるはずのロードまで恐怖を感じているということは、無意識に威圧感を出しているのかもしれない。

「さあ、ロードくん。今すぐ殺してしまいなさい」

 エーデルワイスがロードに、そう呼びかける。
 否、それは決して呼びかけなどではない。
 逆らえばどうなるかわからない類の命令だ。

「その憎っくき男を殺して、欲しい女を手に入れなさい」

 しかし、ロードは動かなかった。
 目を見開き、その視線の先にあるのはオレの姿ではない。

「……何をしているの、ロードくん。はやくやってしまいなさいな」

 エーデルワイスは、その不機嫌そうな顔を隠していない。
 それでもなお、ロードは動かなかった。

 ……いや、動けなかった。

「……クソっ。見るなよ! そんな目で僕を! 見るなぁ!」

 カタリナが、ロードを見ていた。
 深い悲しみをたたえた瞳が、ロードの姿を映している。
 それだけで、ロードの腕は完全に止まってしまっていた。

「……はぁ。まったく、これだから『下位』は……」

 エーデルワイスは盛大なため息を吐き、

「どいてちょうだい。わたくしがやるわ」

 ロードを軽く突くと、その身体はあっけなく崩れ落ちた。
 そして、今度はエーデルワイスが七精霊をその右手に纏い、

「それじゃ、さようなら。ラルくん」

「――――」

 エーデルワイスの手刀が、オレの首筋をなぞる。
 それとほぼ同時に、カミーユの手の中にあった球体が、強い光を発した。



 ――景色が回転する。



 空中から、皆の顔が見えた。



 ロードは冷めた顔で、オレの方を見ている。
 カミーユは、赤い棺に目を奪われている。
 エーデルワイスは、その顔を歪め、残忍な笑みを浮かべている。
 カタリナは、その瞳をギュッと閉じている。
 クレアは呆然とした表情で、目を見開いている。
 アミラ様は全てを諦めたように、顔を伏せている。

 そして、キアラは――、
 キアラ、は。



「あーあ。死んじゃったわね」



「いやぁぁああああああああああああああっ!!!!」



 エーデルワイスのそんな声と、キアラの悲鳴が聞こえたのを最後に、オレの意識はブラックアウトした。



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