ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
22-188.切り札
――ちっ。
ソラリスが間髪入れず反撃する。カラスマルの切っ先が小悪鬼騎士を捉え、硬い皮膚を削る。だが、傷こそつけるものの、致命傷は与えられない。剣の腕はソラリスがやや上に見えたが、腕力では小悪鬼騎士が勝っていた。それに加えて、小悪鬼騎士のドラゴンの鱗にも比肩しうる硬質の皮膚は、生半な剣戟を通さない。総合的には小悪鬼騎士が一枚上だ。それを互角の勝負に持ち込んでいるのは、ロンボクの幻影魔法によるサポートがあるからだ。
真剣での勝負はたった一度の刃が致命傷となることもある。剣道のような三本勝負でもなく、柔道のような有効も効果もない。あるのは生か死かの一本勝負だ。いかに相手の剣を触れさせず、こちらの攻撃をヒットさせられるかが鍵を握っている。
ソラリスは小悪鬼騎士との間合いを正確に測りながら闘っていた。ゴブリンロードの体躯は普通の人間より頭一つ大きく、ソラリスと同じくらいだが、リーチはもっとあった。それ故、ソラリスは自分の間合いよりも、足の裏一つ分だけ遠い間合いを取っていた。小悪鬼騎士の剣から身を守るギリギリの間合いだったが、それが踏み込み不足となり、小悪鬼騎士に致命傷を与えられない原因ともなっていた。
時折、ミカキーノが歯を食いしばって斬り掛かってはいるのだが、手負いで立ち向かえる様な相手ではない。小悪鬼騎士に簡単に受け止められては、弾き飛ばされる。その度にミカキーノは床に這い蹲り、呻き声を上げる。
ロンボクは魔法で幻影のモンスターを産みだし、小悪鬼騎士の注意を逸らすことに成功していた。だが、最初こそ牽制効果があった幻影魔法も、小悪鬼騎士が慣れ、幻影を無視するようになってから、段々と効果を見せなくなっていった。
それに伴い、ソラリスへの圧力が強まっていく。ソラリスよりリーチがあり、膂力に勝る小悪鬼騎士は、ソラリスの剣を片手剣で受け止め、即座に反撃に出る。一方ソラリスは、小悪鬼騎士の重い一撃を両手両足で踏ん張りながら、辛うじて受け止めていた。カラスマルは折れることなくよく耐えていたが、剣戟の重さまでは吸収できない。小悪鬼騎士の剣を受け止めるのが精一杯だ。ソラリスは即座に反撃出来ず、その度に、体勢を立て直す時間を必要とした。その分、手数が減る。それは、ロンボクの幻影魔法の効果が薄れるにつれ顕著となっていった。
――ガキィン、キン、ギャリ、シャリーン。
互いの剣が激しくぶつかり、ホールに高い金属音が響きわたる。
もう何十合も交わしたのだろうか。ソラリスに疲れの色が見え始めた。折角、小悪鬼騎士から黄金の三角柱ペンダントを切り離したのに……。いや、切り離す事が出来たからこそ、今、この程度で押しとどまれているのだ。もしペンダントを切り飛ばす事が出来なかったら、とっくに全滅していただろう。
――ドン。
激しい打撃音と共に、ソラリスがヒロの傍まで吹き飛ばされた。鍔迫り合いの最中に小悪鬼騎士が空いた側の手で殴りつけたのだ。
「ソラリス!」
床に叩きつけられたソラリスが必死に起きあがろうとするが、足が言うことを聞かない。ヒロがソラリスを庇って前にでる。ヒロは短剣を片手に構えたまま、目の前に迫る小悪鬼騎士に向かって再び魔法発動を試みる。やっぱり駄目だ。マッチ程の火さえ生まれない。
「ヒロさん!」
ロンボクが、ヒロに近づくと、幻影魔法を発動しようと杖を構える。だがそれより早く、小悪鬼騎士が剣の柄でロンボクを横薙ぎに殴りつけた。
「ぐっ!」
「ロンボク!」
ロンボクはよろよろとよろけ、片膝をつく。エルテとリムはずっと後ろに後退してはいたが、ここでやられてしまったら、いずれ彼女達もやられてしまうだろう。ここで食い止めねば、しかりソラリスですら敵わない相手に短剣一本でどうやって……。
――差し違えるしかないのか。
ヒロが短剣を脇に構え直そうと腕を動かした。だがその瞬間、小悪鬼騎士の剣が閃く。小悪鬼騎士の剣先がヒロの短剣に触れ、弾き飛ばした。腕が痺れる。軽く振っただけなのに、ものすごい剣圧だ。ヒロが指ごと斬り飛ばされなかったのは、ただ幸運だったという他ない。
フルフェイスの兜の奥から、小悪鬼騎士の紅い目が怪しく光る。痺れた手を押さえるヒロに、小悪鬼騎士が剣を振りかぶる。
「光流星!」
突如小悪鬼騎士を無数の光が襲った。横殴りの雨のような光の矢だ。小悪鬼騎士は目が眩んだのか、剣を落とし、両手で目を押さえる。
「ロンボク!」
ヒロが脇をみると、ロンボクが片膝をついた姿勢のまま杖を構えていた。微動だにしない。次の瞬間、ロンボクは、口から鮮血を吹き出して、その場に倒れ伏した。
「今だぁ!」
ソラリスが叫び声と共に、懐からナイフを取り出し、小悪鬼騎士に投げつける。喉元を狙ったその一投は、寸分違わず、小悪鬼騎士の喉に突き刺さった。
「ヒロォ!」
「炎粒!」
ソラリスと、ヒロは同時に叫んでいた。
――ドガァァアァア。
爆発音が響いた。
小悪鬼騎士の喉に突き刺さったナイフが燃え上がっている。ヒロの炎魔法だ。ヒロは予め、ソラリスのナイフに体内マナを纏わりつかせていた。そしてナイフが小悪鬼騎士の喉に刺さってから、炎魔法を遅延発動させたのだ。
それは、ヒロがモルディアスから教わった、炎粒の応用技だった。
――グォァオォォオオオオオ。
弱点の喉の内部から炎魔法を受けた小悪鬼騎士はホールが揺れる程の悲鳴を上げた。ナイフを引き抜こうともがくが中々外れない。チャンスだ。
「ミカキーノ!」
ヒロの叫びと共に、ミカキーノが最後の力を振り絞り、小悪鬼騎士に突進する。ショートソードを構え、鎧が外れて剥き出しになった背中を一気に突き刺した。刃がズブリと柄まで通った。小悪鬼騎士はさらに悲鳴を上げ、棒立ちになった。
「後は頼むぜ……」
ミカキーノが崩れ落ちる。
「ヒロ、止めだ!」
ソラリスが、よろよろと起きあがった。だが、彼女には剣を構える力はもう残っていなかった。ソラリスは、カラスマルをヒロに投げてよこす。
小悪鬼騎士がよろりとヒロに近づく。ブスブスとくすぶる喉にはソラリスの投げナイフ、背中にはミカキーノのショートソードが突き刺さったままだ。首は鮮血で真っ赤に染まっている。
ヒロはカラスマルを左脇に構えた。ソラリスから教わった構えだ。一拍おいて、ヒロは気合いと共に小悪鬼騎士に突進する。一瞬で間合いに入る。黒衣の不可触との闘いでは浅かった踏み込みも今度は十分だ。
「うぉぉぉぉぉおおおおお」
ヒロの剣が下段からせり上がり、刃先が小悪鬼騎士の首にくい込む。ガツンと音が鳴った。柄を握るヒロの両手に力が籠もり、両腕の力瘤が盛り上がる。
「ォォォォォオオオオオオオオッーーーー!」
――ゴリッ。
重く、そして繊維を引き千切るような音を立てて、小悪鬼騎士の首が宙を飛ぶ。小悪鬼騎士は首から噴水のように赤い血液を吹き出した。飛ばされた首がゴツンと床に落ちた。小悪鬼騎士の躰は膝から崩れ落ち、動かなくなった。
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