ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
15-127.女神リーファに、あんたがくたばるよう祈っておいた
――翌日の夕方近く。
――ガヤガヤ。
大勢の人で賑わうウオバル酒場。
いくつかあるウオバルの酒場の中でも、品揃えの豊富さと広いフロアで人気の店の一つだ。ウオバル大学の教官や学生達もよく足を運ぶ。ヒロが初めてウオバルに来た日にソラリスとリムと一緒に入ったのもこの店だ。
とあるテーブルの一つに人だかりが出来ていた。冒険者風の男共が群がってワイワイと騒いでいる。そこは一つの噂話で持ち切りだ。
「おい、ブリクス、本当なのか。黒衣の不可触がやられたなんてよ」
「あぁ、見知らぬ冒険者とやりあって、片腕を飛ばされたらしいぜ」
ブリクスと呼ばれた髭もじゃの男が、口角泡を飛ばして力説している。
「冗談も大概にしとけ。スティール・メイデンでも歯が立たなかった黒衣の不可触が片腕無くすなんてあり得ねぇ」
「俺は背骨を折られて動けなくなったって聞いたぜ」
「いやいや、炎魔法で大火傷を負って酷い有様だって話だ」
「なんだなんだ、てんでバラバラじゃねぇか。あてにならねぇな」
「でもよ。最近、黒衣の不可触の姿をみた者はいるか?」
「そういやぁ、ここんとこ見てねぇな」
「俺もだ。こりゃあ、ひょっとしたらひょっとするかもな」
「じゃあ、奴を探し出して、最初に見つけた奴が総取りってのはどうだ? 参加料は銅貨一枚だ」
「俺は、やられた方に賭けるぜ」
「そんなら俺は無事な方だ」
忽ち銅貨の山が二つテーブルに積み上がる。しかし、やられていない方に賭けた山が、そうでない山の三倍以上あった。やはり黒衣の不可触が負けたとは信じられないのだ。
そんな男達のやり取りを、仕立てのよいマホガニー調の板で設えたカウンターから眺める二人の男がいた。一人はカウンターに向かって椅子に腰掛ける五十代の男。オールバックの髪を後ろで束ねている。ラスターだ。
もう一人はカウンターに背を向けて、立ったまま寄り掛かるマントの男だ。マント男の年齢は三十過ぎといったところだろうか。彼は昨夜、小銭を巻き上げようとヒロに絡んだ長髪の男だった。
「あの噂は、あんたが流させたんだろう? 手足が吹き飛ばされただの、半身不随だの、さぞかしリーファ神殿は儲かるだろうぜ」
マントの男が嘯く。
「バレルから報告は聞いた。流れの冒険者に会えたそうだな」
「ただの挨拶さ。ちょっと遊んで見たかったんだが、予定外の客が来てしまってな。丁重にお暇させて貰ったよ」
「顔は覚えているか?」
「こう見えても記憶力は良い方でね。ウオバルで見かける顔じゃなかったな。新参者だ。で、今日は何だ? あんたが俺に酒を奢ってくれる会でいいのか?」
「ベスラーリ。貴様にやって貰いたいことがある」
ラスターはエールを二杯注文すると、一杯をベスラーリと呼んだマント男の前にコトリと置いた。
「近いうちに、黒衣の不可触がフォーの迷宮に行く。バレルと共に後を追え」
「御免だね。いつどこに現れるかも分からない黒衣の不可触に会いたいなら、占い師に聞くんだな。供え物を揃えてフォーの神殿で歓迎パーティを開くってんなら、そいつはバレルのおっさんの仕事だ」
「……今のうちに黒衣の不可触の噂を流しておけば、注目が集まる。奴が何時何処に現れても、屑共の口に上るだろう。それで奴の動きは分かる。少なくとも初動くらいはな」
「御立派な計画だが、動かなかったらどうする? 俺は占い師は信じない方でね。黒衣の不可触が仮面を外して旅に出たら、女神リーファにだって見つけられねぇさ。おっと、噂じゃ黒衣の不可触は手足をもがれて動けないんだっけか」
ベスラーリが混ぜっ返す。左手に持った杯を口元に近づけたが、何かを思い出したかのようにピタリと動きを止めた。
「そういやぁ、あの流れの冒険者は女の代理人を送った帰りだとバレルのおっさんが言っていたな。まさか、その代理人が黒衣の不可触だとでもいうのか?」
「その可能性はある。証拠はないがな。だから貴様をその冒険者にコンタクトさせたのだ。あれは黒衣の不可触を負かした男だ」
「……俺は謎掛けが嫌いでね」
「あの冒険者は、黒衣の不可触に勝った後、黒衣の不可触と一緒にシャローム商会に行った。目的は不明だが、黒衣の不可触と関わりを持った可能性がある。事によっては、あの冒険者が代わりにフォーの迷宮に行く事も有り得る。クエストとしてな」
「ハハハハハッ。じゃあ、あれは顔通しって訳かい」
手にしたエールの杯をカウンターに戻したベスラーリはカラカラと嗤った。
「そんな事なら、バレルのおっさんで十分だろう」
「貴様の『眼』を借りたい。魔法のバリアも迷宮の中も見通せる眼をな……。フォーの迷宮は未攻略迷宮だ。今ではモンスターの住処になっている。モンスターに騒がれたら、直ぐに気づかれる。迷宮の中で後をつけるのは難しい。だから貴様のスキルで迷宮内での黒衣の不可触の動きを追うのだ」
「あれは疲れるんだ。気乗りしねぇな」
「エールは気に入らないか。店主。ガラムリア産の白葡萄酒を二つ」
ベスラーリがエールに口をつけないのを見て、ラスターは白葡萄酒を産地指定して注文した。香りが強いタイプの葡萄酒だ。
しばらくして、琥珀色の液体を半分ほど注いだ杯が二つ、ラスターの前に出された。
「どれだけ飲ませればウンと言ってくれるのかな。貴様がアンダーグラウンドに手を染めたのは弟の……」
ラスターは白葡萄酒の杯を親指と薬指で挟む形でそっと持ち上げた。だが、ラスターの視線はベスラーリの腰の辺りに向けられていた。
「すまないが、短弩を下げて貰えないか。もう一杯勧める気にならんのでな」
「じゃあ、あんたも、指に挟んだ薬を捨てるんだな。それで御相子だ」
「ふん。気づいていたか」
ラスターは手にしていた杯をそのままカウンターに置くと、人差し指と中指の腹の間に挟んでいた丸い錠剤を一度ベスラーリに見せてから、懐に仕舞う。それを確認したベスラーリは、マントの下からラスターを狙っていた短弩を取り出し、セットしていた矢を外した。
「私は貴様ら兄弟のスキルを高く評価している。それ故、こうして此処に足を運んだ。その意味は分かるな」
「確かに、あんたにゃ借りがある。だがな……」
ベスラーリは短弩を懐のホルスターに収めると鋭い眼光をラスターに向けた。
「だが、視るだけだ。それ以上は逆立ちしたってお断りだ」
「それでいい」
ベスラーリは、ラスターの返答にニヤリとすると、最後に一つ付け加えた。
「さっき女神リーファに、あんたがくたばるよう祈っておいた。最上級の赤葡萄酒を捧げれば、聞き流してくれるらしいぜ」
「では、そうさせて貰おうか」
ラスターは平然と、この店で一番の赤葡萄酒を二杯注文した。
 
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