ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

15-123.あぁは言ってみたが、大丈夫なのか

 
(あぁは言ってみたが、大丈夫なのか……)

 ヒロは、リムとソラリスが待つ下宿に向かいながら、シャローム商会でのやりとりを思い出していた。

 ――未攻略の迷宮フォーの迷宮探索。

 ゲームや漫画ではよくあるシチュエーションだ。だが現実にその種のクエストをやれるかと言われれば、躊躇してしまう。未攻略には未攻略になるだけの理由がある筈だ。それが納得できる理由であり、自分にそれを受けるだけの技量と見込みがなければ、やたら身を危険に晒すだけだ。エルテは自分にその資格があると言っていた。

 だが、彼女エルテは自分の魔力量を評価しているに過ぎない。冒険者、あるいは魔法使いとしての自分は駆け出しもいいところだ。単独で受けるのは難しい。やはりここは経験豊富なソラリスの助言を仰ぐべきだ。もしもソラリスが反対するようなら、このクエストは受けない方がいいだろう。エルテには申し訳ないが。

 ――しかし。

 ヒロの心には、レーベの秘宝に対する興味が燻っていた。エルテの話では、レーベの秘宝には、天空を渡る力があるという。普通なら、馬鹿な妄想だと片づけるところだが、魔法が当たり前にあるこの世界なら本当かもしれないと思えてくる。もしも、レーベの秘宝に天空を渡る力があり、それによってパラレルワールドを行ったり来たりできるのなら、元の世界に帰れるかもしれない。少なくとも、何らかの情報を得ることができるのではないか。

(……随分と都合の良い話だな)

 思わずヒロは苦笑する。エルテがヒロに伝えたのはレーベの秘宝に纏わる伝承に過ぎない。本当にそんな力があるのか分からないのだ。しかも、そのお宝は未だに見つかっていないアイテムだ。フォーの迷宮にいくといっても、手掛かりがないか探しにいくだけで、そこにレーベの秘宝がある保証はない。

(元の世界に帰りたいという願望に判断が引きずられているのかもな……)

 ヒロは眉根を寄せた。自分がこの世界の外から来た存在であることは誰にも言っていない。言える訳がない。

「よぉ、兄ちゃん」

 色無しの通りを抜け、草っ原に入ったヒロの背に声を掛ける者がいた。

◇◇◇

 ――?

 ヒロが振りかえると、五人の男がニヤニヤとしながら立っていた。マントの隙間から、簡素な皮鎧が顔を覗かせ、腰元には剣の柄のようなものが見える。一見して冒険者のようだが、その証である認識票のプレートは見あたらない。本当は目につくところに付けなければならないのだが。

「何か用かい?」
「見ねぇ顔だな。ウオバルこっちは初めてか?」

 中央の男が口を開く。薄暗がりであったが、相手の様子が分かる程度の月明かりはある。声を掛けたのは長髪の男だ。ヒロよりも背が高い。周りと同じくマントを羽織ってはいるが、マントから出した腕が筋肉で隆起している。一目でガタイの良さが分かる。下は黒のズボンにブーツ。ここではよく見かける格好だ。長い前髪から覗く男の眼光はヒロの眉間を撃ち抜くかのように鋭い。

「まぁね。それがどうかしたのか?」
「じゃあ、ここの仕来たりは知らねぇよな」
「?」
「なぁに、ウオバルここに住んでる奴は、毎月リーファ神殿に金貨十枚を寄進することになってるんだ」
「は?」

 なんのことだ。まだこちらに来て日が浅いのは事実だが、寄進のそんな話なんて聞いたことがない。ソラリスは何も言わなかったし、スティール・メイデンを見舞いにロンボクとリーファ神殿に行ったときも、そんな様子はなかった。まだ知らないだけなのかもしれないが、どうも胡散臭い。

「やっぱり知らねぇか。仕方がねぇ。俺達が代わりにリーファ神殿に行ってやるからよ。金貨十枚出しな」

 男の言葉にヒロはようやく事態を理解した。これは只の強請ゆすりだ。こんな夜に神殿に寄進だなどと見え透いた嘘にも程がある。変な奴らに絡まれてしまったとヒロは嘆息した。

「そんなものないよ。あったとしても自分でいくさ。悪いが間に合ってるよ」
この街ウオバルが、手ぶらたぁ、面白しれぇ冗談だ。隠すと女神リーファに復活の祈りを捧げることになるぜ。千切れた手足を元通りにして下さいってな」

 ――つけられていたのか。

 ヒロは僅かに顔を歪めた。人目を避け、エルテを送って一人になったところを狙ったのだろう。新参者とみて、何か盗れるとでも思ったか。

「隠すも何も無いものはないね。残念だけど」 

 ヒロの言葉に長髪はくいと顎を動かした。それを合図に残りの男達が広がってヒロを取り囲む。正面に三人、後ろに二人。やる気のようだ。実に分かりやすい。

「君らは冒険者か?」
「そんな御上品な輩は見たことねぇな。あぁ、そんな奴もいたかな」

 長髪が嘯く。 

ウオバルここの住人はモンスターじゃなく冒険者を襲うのだとは知らなかったよ」

 ヒロは右手を伸ばして、炎粒フレイ・ウムを発動させた。右手の上に身の丈程もある炎の玉が出現する。とても粒とは呼べない大きさだ。ヒロは炎粒フレイ・ウムを大きくしてみせることで、ハッタリをかましてみた。これで退いてくれる事を期待しての事だ。

「ほう。兄ちゃん、魔法使いか」

 長髪は平然としている。冒険者が集まるこの街ウオバルの住人ならば、魔法使いなど日常の存在であることは分かる。だが、奴らの落ち着き振りはなんだ。ヒロは微かな不安を覚えた。

「兄ちゃん。レアモンスターに針金猫ニードル・キャットってのがいるのは知ってるか? 全身、きんの針で覆われていてな。金貨三百枚の大物だ。滅多にお目にかかれねぇが、何だか今夜は逢えそうな気がするな」

 長髪が手を上げる。長髪の左右の男達がマントの下から何かを覗かせた。目を凝らす。鏃のような金属が月明かりをきらりと反射した。片手で持つタイプの短弩クロス・ボウのようだ。後ろを振り向くことはしなかったが、おそらく後ろの男達も同じく短弩クロス・ボウを構えているのだろう。ヒロは小さく首を振った。

 こんなところで戦ったとて何の得もない。炎魔法で反撃出来なくもないが、周りの草に燃え広がったら大変なことになる。それ以前に既に囲まれてしまっているのだ。正面の三人に攻撃した途端、後ろの二人に撃たれてしまうだろう。分が悪い。

 ここはバリアを張ってやり過ごすのが賢明だ。マントに隠れて見えないが、短弩クロス・ボウ以外に武器があったとしても、剣くらいしかないだろうと思われた。どう見ても魔法使いのようには見えない。仮に男達やつらの中に魔法使いがいたとしても、黒衣の不可触エルテのような、マナを吸い取る魔法青い珠が使えるとも思えない。

 小悪鬼ゴブリンの矢も黒衣の不可触エルテの風魔法も防いだバリアだ。男達やつらの矢など弾いてくれるだろう。

(……バリア)

 ヒロは、発動させた炎粒フレイ・ウムを消すと同時にバリアを張った。たちまち、ヒロの全身を覆う透明な膜バリアが展開する。昼間であれば、バリア表面に薄く蜂の巣の様な六角模様が浮き上がるので、それと分かってしまうのだが、今は夜だ。月明かりの光では分からないだろう。後はダッシュで逃げればいい。

「ほう。兄ちゃん、バリアも張れるのか」

 長髪がニヤリとする。
 

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