ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

14-114.ラクシスを継ぐ者

 
 グラスはエルテに少し待つようにと告げた後、奥の部屋に消えた。しばらくして、グラスは両手に宝箱のようなものを抱えて戻ってきた。

 何事かと戸惑うエルテを余所にグラスは、部屋の中央に置かれたテーブルにその箱を置いた。

「こちらへ」

 グラスはエルテが傍にやってくるのを待ってから箱を開ける。箱の中には、アクアマリン色の水晶玉と白いサークレット、そして二枚の羊皮紙が収まっていた。

 グラスは箱から、サークレットと羊皮紙を取り出した。

「こちらのサークレットは、貴方の母、マリーの魔法具マジックアイテム。羊皮紙は貴方の父ウラクトから預かったものです。貴方がラクシスの名を継ぐと決めたときに形見として渡すようにと……」

 サークレットは耳の後ろにまで届く半円型で、額に当たる部分には上下に大きく孤を描き、その中央に白銀の宝石が填めこまれている。縁には細かい装飾が施され、小さく魔法の呪文が刻まれていた。

「このサークレットは、色こそ違いますが、司祭が身につけるものと同じです。貴方の母マリーが司教職にあるときに使っていたものです」
「これが……」

 エルテはサークレットを手にとり、まじまじと見つめた。

「エルテ。私は神官に伝わる秘魔法である『青の珠ドゥーム』を貴方に教えました。覚えていますか?」
「はい」
「これまでに使ったことはありますか?」
「いいえ。『青の珠ドゥーム』は司教様以上しか使ってはいけない。どうしても使わなければならない時は、司教様以上の立ち会いが必要だと大司教グラス様から教わっております」
「その通りです。何故だか分かりますか?」
「いいえ。大司教様」
「『青の珠ドゥーム』は、マナを吸収・発散する秘魔法です。それは教えましたね?」
「はい」
「『青の珠ドゥーム』を発動させる術者は、『青の珠ドゥーム』そのものに体内マナオドを吸い取られないよう防護しなくてはなりません。司教が身につけているサークレットは自らの体内マナオドを吸い取られないように守る魔法具マジックアイテムなのです。ですから、これを持たぬ者は決して『青の珠ドゥーム』を使ってはならないのです」

 エルテは大司教グラスから、『青の珠ドゥーム』を教わった時の事を思い出した。あの時、グラスは予備として持っている司祭のサークレットを自分の頭に着けさせた。ブカブカで格好が悪かったが、自分が司祭になったようで嬉しかった。まさかあれが、自身の『青の珠ドゥーム』に体内マナオドを吸い取られないためのものだったとは。

貴方の母マリーは優れた司教でした。貴方の父ウラクトと結婚して神官の職を辞しましたが、もし司教を続けていれば、間違いなく私より先に大司教となっていたでしょう。それほどの才能に恵まれていました。エルテ、貴方にはマリー譲りの強い魔力と魔法適正があります。神官教育を行う間、私達は神官の掟に従い、貴方がその力に溺れないかを見ていたのです。貴方の神官修行の様子はクライファートから、ずっと報告を受けていました」
「それでは……」
「そう。『青の珠ドゥーム』を使えば、上級魔法であっても簡単に発動できます。その代わり、サークレットなしで『青の珠ドゥーム』を使えば、自らのマナを消耗し、最悪、死に至ることすらあります。運良く命が助かったとしても、元のように魔法を使うことは出来なくなることが殆どです。しかし、貴方は私の教えを守り、『青の珠ドゥーム』を使わなかった。力に溺れず、誘惑に負けなかった。ですから、このサークレットマリーの形見を貴方に託します。万が一の時の為に身につけておきなさい」

 大司教グラスはにこりと微笑んだ。その顔にはマリーとの約束を果たせたという安堵が浮かんでいた。

「ありがとうございます。大司教グラス様」
「ですが、それでも『青の珠ドゥーム』は使い方を誤れば術者自身をも滅ぼす魔法です。くれぐれも気をつけてください」
「はい」
「結構です。では、もう一つ。羊皮紙父の形見についてです」

 グラスはエルテの返事に大きく頷くと、古惚けた羊皮紙を二枚ともテーブルに広げて見せた。

 ――!?

 不思議な羊皮紙であった。いや、正確には不思議なのは羊皮紙に描かれた図柄だ。真ん中の部分には何も書かれず、すっぽりと空けられており、四隅の部分に斜めに見たこともない文字のようなものが描かれていた。紙の裏面にも同じ調子で書かれているが、こちらは真ん中だけに文字があった。二枚とも同じ文字であることだけはエルテにも分かった。

 文書と見ていいのか、それともこの空いた空間に何かを書いていくのか。これがウラクトの形見? エルテにはどう解釈してよいか分からなかった。

「これがウラクト家に代々伝わる石板の写しです。残念ながら石板はに奪われ、かろうじてこれだけが残りました」
「……これは一体?」
「レーベの秘宝の在処を示すと謂われている石板です」
「レーベの秘宝とは戴冠式に使われる黄金水晶のことですか?」
「その通りです。もっとも、三つあると謂われているレーベ秘宝の一つに過ぎませんが」

 ――レーベの秘宝。

 大陸を統一した伝説の英雄王レーベが身につけていたという秘宝。昔から、これを手にする者こそが王たる資格を持つとされていた。中でも「黄金水晶」と呼ばれる秘宝は、大地母神リーファからレーベ王に直々に与えられたものであると語り伝えられている。

「『黄金水晶』は、フォス王がお持ちの筈……」

 此処フォス王国では、戴冠式の際、黄金に輝く涙滴型の耳飾りをリーファ大司教から下賜される習わしとなっていた。ゆえにエルテは「黄金水晶」は現フォス王が持っているはずだと指摘した。

「いいえ。戴冠式で使われる『黄金水晶』は贋物フェイクです。本物はとうの昔に失われています。しかしこの事を知るのは、フォス王家と歴代の大司教。そして、ラクシス家の当主のみでした……」

 グラスはそこで一息いれ、そっとエルテの反応を確かめるかのように視線をやった。彼女エルテは驚きの表情を見せてはいたが、彼女の瞳には、真実を受け止めんとする輝きが宿っていた。

「もっとも、王家にあるレーベの秘宝が本物ではないという噂は古くからありました。真のレーベの秘宝は大陸のどこかに隠されていると数々の冒険者や有力貴族、そして王の座を狙う野心家達がレーベの秘宝を追い求めたのです。けれども、彼らの誰一人としてレーベの秘宝を見つけることは出来ませんでした……手掛かりがなかったからです」
「大司教様……」

 エルテの心に疑問が生まれた。レーベの秘宝の本物がまだ残されているとするのなら、それを一番手に入れたがっているのは、王家自身の筈ではないのか。エルテがそう言い掛けたのを、グラスが手を挙げて制した。
 

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