ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

9-063.最高級の鎖帷子

 
「なっ、リム」

 ヒロの驚きを余所に、リムはカダッタに確認する。

「その六方ナントカという防具はミスリルでも作れるのですよね?」

 ミスリル銀とは、堅さと粘り強さを併せ持ちながらも非常に軽く、防具や剣に使うには最適な素材とされている。しかし特定の地域でしか産出しない。ミスリル銀の産地は秘匿され、武具製造を生業とするドワーフ族の中でもほんの一握りしか知らないといわれている。それだけにミスリル銀の武具や防具を装備することは、冒険者にとって、一種のステータスであり、憧れでもあった。

 カダッタはリムにミスリル銀について、一通り説明した後、リムの問いに答えた。

「はい。勿論出来ます。但しオーダーメイドでしてな。少々お時間をいただきますな」

 驚きを隠さないカダッタに、リムは二、三回うんうんと頷くと、その金色の瞳をヒロに向ける。

「ヒロ様、買いましょう。ヒロ様にはこの防具が必要です」
「しかし、金貨五十枚、いや七十枚もするんだぞ。そう簡単に……」

 そこまで言って、ヒロは、はたと気づく。ヒロが持っている王国正金貨は元々、リムが持っていた古金貨を換金したものだ。王国正金貨に交換できたのはヒロの交渉によるものだったが、元手はリムのものだ。そのリムが買うと言った以上、ヒロにそれを止めさせる権利はなかった。

 ヒロをのぞき込むリムの金の瞳は真剣だ。それは初めてヒロと出会い、ヒロについて行くと言ったときに見せた眼差しと同じだった。リムの固い意志にヒロは観念した。しかし、どうせ買うのなら、多少の色は付けて貰いたい、ヒロはカダッタに向き直った。

「カダッタ、さっき、勉強させて貰うと言ってたけど、実際、どれくらい勉強して貰えるんだ」
「そうですな。大サービスといきたいところですが、さっきも申した通り、総六方で編める職人は限られてましてな。……金貨六十枚が精一杯ですな」
「なら、七十枚払う代わりに、このリムにも同じ鎖帷子を作ってくれといったら出来るかい」

 カダッタの頬が一瞬ぴくりと動いた。

「見てのとおり、リムはこの体格だ。使うチェーンも俺のものよりは少なくて済むはずだ。手間賃は減らせないかもしれないが、材料費は勉強できるんじゃないのか」

 ヒロは、鎖帷子のサンプルを見て、材料費よりも工賃のほうがずっと掛かると見ていた。金属をむのだ。毛糸でマフラーを編むのとは訳が違う。カダッタは総六方で鎖帷子を編める職人は多くないと言った。だとすると、製造費を安くさせるのは難しいだろう。それだけに材料費の方であれば何とか出来るのではないかと思ったのだ。

「ふむ」

 カダッタは腕を組んで考え込んだ。やはり、この条件では厳しいのか。ヒロはもう十枚金貨を上乗せして八十枚でどうかと言おうとした矢先のことだった。

(……材料費をどうするかだな。この方と小さなお嬢さん、二人で三十、いや四十パテイルのミスリル銀が要るだろう。それだけのミスリルを調達となると資金の工面も考えないと……)

 ヒロの頭の中で声が響いた。

 ――念話テレパシー

 ヒロは吃驚した顔でリムの顔を覗き込んだが、リムは、何か有りましたかという顔で小首を傾げた。

(リム、さっき念話テレパシーで俺に話しかけてきたか?)
(いいえ? どうかしたのですか?)
(いや、何でもない)

 ヒロの念話テレパシーでの問い掛けに、リムも念話テレパシーで返事をした。

 ――あの声が念話テレパシーだとして、リムからではないとすると。

 ヒロは目の前に座る大男の様子を伺った。カダッタは腕を組んだまま微動だにしない。深く何かを考えているように見える。もしや、あの声テレパシーがカダッタのものだったとしたら。ヒロはこの鎖帷子の材料費はどれくらいなのかと想像してみた。勿論、防具職人でも何でもない自分が見積れる筈がないことは分かっていた。だが、ヒロは材料費はおおよそ三分七分か四分六分くらいではないかと見積もると、もう一枚カードを切ってみせた。

「手付け金の相場は分からないが、正金貨三十枚を前払いしよう。材料費は出ると思うんだが……」

 金貨三十枚。代価の半分に迫る額だ。それを前払いするとヒロは言った。商売である以上、オーダーメイド品を作ったはいいが、いざ納品となってやっぱり止めたとキャンセルされるのは避けたいだろう。そんなときでも、最低限材料費を前もって受け取れるのなら、仕入れた材料はまた別のものにも使える筈だ。それならば注文を受けるリスクも減る。ヒロのその予想は当たっていた。

「ははははは。いいでしょう。ヒロ殿、その条件で承りましょう」

 カダッタは大きな体を揺らして愉快そうに笑うと、その笑顔をソラリスに向ける。

「ソラリス嬢ちゃん、ヒロ殿は中々やりますな。何も言っていないのに、こちらのツボをピタリと突いてくる。これは良い冒険者になりますぞ」
「だろ」

 ソラリスがそれみたことか得意気に笑うと、ヒロにウインクしてみせる。

「カダッタに任しておけば大丈夫だ。凄ぇのを持ってくるぜ。あたいが保証する」

「ははは。では契約書を、証人はソラリス嬢ちゃんで結構ですな」

 カダッタがテーブルの下から羊皮紙を二枚取り出した。耳に挟んだ羽ペンを取るとテーブル脇のインク壷に付け、さらさらと契約書を作る。

「では、こちらに署名を」
「まだ、こっちの文字は知らないんだが、俺の国の言葉で書いてもいいかな」
「勿論ですとも」

 ヒロはカタカナで自分の名を書いた。アラニスの酒場でシャロームと契約したときはリムに代筆して貰ったが、今度は不思議と自分でサインしたい気持ちになっていた。ヒロは、リムにも署名をするようにと羊皮紙を渡す。リムが一生懸命にサインしているのを見ながら、ヒロは早い内にここの言葉を覚えないといけないなと思った。

「これで契約成立ですな。では、こちらへ、採寸いたしましょう」

 カダッタが契約書にヒロとリムのサインが書かれていることを確認すると、ソラリスに署名と証人宣言をさせ、契約の完了を告げた。カダッタによると、鎖帷子が出来上がるまで二十日程かかるという。

「ありがとう。では、二十日後にまた来るよ」
「ありがとうございましたです」

 採寸を終え、前金の金貨三十枚を払ったヒロとリムが礼をいう。ヒロは手頃なものがあれば、剣と防具を一揃い買う積もりだったのだが、最高級の鎖帷子でお腹が一杯になってしまった。手持ちの金貨も、鎖帷子の前金で殆ど無くなったという事情もある。剣はまた今度にしよう。

 ヒロとリム、そしてソラリスはカダッタの店を後にして、エマで投宿した。
 

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