ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

9-061.承認クエスト

 
 朝早くウオバルを出たヒロとリム、そしてソラリスの三人はエマに向かっていた。三人のペースは非常にゆっくりとしたものだ。

 ヒロがソラリスにもっとゆっくり歩くようにお願いしたこともあるのだが、それ以上に彼らの歩みを遅くさせた原因は、ヒロ自身にあった。

 ヒロは歩きながら魔法練習をした。といっても炎粒フレイ・ウムを出すとか炎柱フレイム・ボーをぶっ放した訳ではない。もっとささやかなものだ。それは、リムが精霊魔法で作った光珠を魔法のバリアで閉じこめるというものだ。

 ヒロは、モルディアスの小屋で異形の魔物と相対したとき、モルディアスが魔法で半透明の壁を作り、魔物の動きを封じた光景が頭から離れなかった。あのバリアが自由自在に使えるのなら、物理障壁として使えるのではないか。そう考えた。それが防御魔法と言われるたぐいのものであるとは知らなかったが。

 ヒロは魔法で光珠を閉じこめるような真似をしても特に支障はないことをリムに確認してから、練習に取りかかった。

「光の精霊ヴァーロ、大地母神リーファの名の下に命じます。その姿を我らの前に顕しなさい……」

 リムが腕を伸ばして手の平を上に向け、水を掬うように両手を合わせて呪文を唱えた。彼女の小さな手の平の上にぽぅと白い光珠が浮かび上がる。ゴルフボール大のそれは昼の陽の中でも、くっきりとその姿を顕していた。リムが両手を解くと、光珠は宙に浮かんだまま、ゆっくりとヒロの目の前に漂う。

 ヒロは目の前に浮かぶ光珠を手で包み込むようにして、意識を集中させる。、モルディアスが魔物に向かってそうしたように。モルディアスのいうように通常魔法がマナからの錬成変化なのだとするのなら、術者が『壁』のイメージを持てば、壁が出来る筈だ。『光の矢』のように、元々自分の常識にないものをイメージするのは難しいかもしれないが、『壁』ならばずっと簡単だ。ヒロは透明なプラスチックで出来た箱をイメージした。

 ――パキン。

 乾いた音が小さく響いたかと思うと、光珠の周り、前後、上下左右に薄い透明な正方形の板が生まれた。それらのは、ゆっくりと互いの距離を縮め、辺同士を重ねて賽子サイコロとなって光珠を閉じこめた。

(――!! 出来た……のか……)

 余りにあっさりとは出来上がった。ヒロは自分で作った筈のに驚いていた。

 リムもソラリスも息を詰めて見ている。

 ヒロはそっと透明な箱を手に取り確認する。箱はプラスチックのように柔らかく、押すと易々と凹んだ。角を摘んで引っ張ったり、潰したりしてみる。箱は、ヒロの指にあらがうことなく加えられた力のままに変形した。

「もっと硬いものが出来ると思ったんだがな……」

 ヒロの呟きが終わらない内に、魔法の箱は弾けるように消え失せてしまった。縛りの解けた白い光珠は、タンポポの綿毛のように宙を舞う。

 ――?!

 もう一度やってみる。箱は見事に光を閉じこめる。が、しばらくすると、また消えてしまう。ただ最初のものよりは消える迄の時間は長かった。

(もっと練習する必要がありそうだな……)

 それからヒロは道中を歩きながら、光珠を閉じこめる練習を繰り返した。大きさ、形、固さ、持続時間といろいろ試す内に、段々と要領が分かってきた。ヒロがなんとなくコツを掴んだかなという感触を得た頃にエマに着いた。すでに陽は大きく傾き、遙かに覗く山の峰にその下顎をつけんとしていた。

 ヒロはエマに来る道すがら、ソラリスとリムと相談してエマで一泊することにしていた。頑張ればウオバルまで日帰りできる距離とはいえ、歩き通しでは疲れてしまう。冒険者で体力のあるソラリスなら兎も角、リムを一日中歩かせるのは流石に無理だ。それにエマに着くのが遅くなるであろうことは、ヒロが魔法の練習をし始めてすぐに分かった。

 今回のクエストは七日の内に完了すればいいのだ。急ぐことはない。冒険者ギルドとて、日帰りしてくるとまでは更々期待していないだろう。ヒロのエマで一泊するという提案は、ソラリスとリムにすんなりと受け入れられた。ただ、ヒロはエマで宿が見つけることができるかどうか気掛かりだった。元々、最悪でも日帰り出来るようにと早朝にウオバルを出る計画を立てたのだ。それを自分の魔法練習で時間を食い潰してしまったことに後ろめたさを感じてもいた。

 だが、リムは大丈夫ですよと陽気に答え、ソラリスもどうにもならなかったら、知り合いに頼んでみるからよ、と大して気にもしない様子だった。彼女達の答えにヒロは甘えることにした。

 エマの街中に入ると、ヒロはリムとソラリスを見やって、先にエマの冒険者ギルドにいってクエストを済ませよう、と告げた。


◇◇◇


 ――エマの冒険者ギルド。

 エマの冒険者ギルドは、二階建の建物で、ウオバルの其れほど広くはない。だが、冒険者と思しき者達はそこそこ出入りしている。ヒロ達が建物に入った時は、フロアに三つしかない丸テーブルは全て冒険者で埋まっていた。

 ヒロ達は、先客の冒険者が捌けるのを、しばらく待ってから受付に手紙を渡す。

「はい。確かにお預かりしました。これは受取証です。ウオバルについたら、受付のラルルにお渡しくださいね」

 受付嬢がヒロに、手の平サイズの蝋板ワックス・タブレットを渡す。板の表面には、鉋で削ったかのように薄くスライスされた木の板が張り付けてあり、中が見えないようになっていた。指で突つけば簡単に破れそうな程に薄いが、無論そんなことはしない。ヒロは慎重に蝋板ワックス・タブレットをナップサックに仕舞った。

 今受け取った、受取証の蝋板ワックス・タブレットをウオバルの冒険者ギルドに届ければクエストは完了する。あっけない展開に、ヒロはちょっと拍子抜けした。

 だが、考えてみれば手紙を届けるだけのことだ。これくらいのクエストがこなせないようでは、この先が思いやられる。ヒロは自分がバリバリの冒険者になれるとは思っていなかったが、簡単なクエストなら受けられるようになっておいた方がいいとも思っていた。

「ありがとう」

 ヒロは受付嬢に礼をいうと、ソラリスとリムに目配せしてから外にでる。宿を探さなくてはならなかったが、ソラリスは立ち並ぶ店の看板をちらちらと見ながら、迷いなくヒロ達を案内する。何かコツでもあるのだろうか。程無くして、手頃な宿が見つかった。

「ソラリス、いつも簡単に宿を見つけてくれるけど、一体どうやってるんだ。特別の伝手つてでもあるのかい?」

 ヒロが訊ねる。空き宿を見つけるコツがあれば、是非知っておきたい。ヒロはリムと一緒に初めてエマに来た日、宿を探して何処も満室であったことを思い出していた。

「あん? そんなの看板見りゃ分かんだろ。宿の看板の横に紋章旗が吊されていりゃ満室。旗のないのを探せばいいだけさ」

 そうだったのか。そういえば、あの時はどの宿にも旗が吊されていた気がする。あれは満室の意味だったのか。

 ソラリスによると、動植物や道具などを象った紋章を玄関先に吊しているのはその紋章を持つ者が宿泊している印なのだという。中でも紋章中央にライオンの楯のマークが入っている紋章旗は、王国聖騎士か宮廷魔導士の証なのだそうだ。大抵彼らはお付きの下男下女を連れているから、それだけで満室になってしまうことも多いという。

「ま、今の時期はいつも混むから、良い宿とこは難しいけどよ」
「宿があるだけで十分だ」

 ヒロ達は、宿泊の予約を取り付け、幾許かの前金を払うと、そのまま宿泊部屋に入った。
 

コメント

コメントを書く

「現代アクション」の人気作品

書籍化作品