ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
7-052.その目でこの世界を確かめよ(第一部エピローグ)
「こんな茶しかないがの」
モルディアスが小さなお盆を手に戻ってきた。モルディアスが自ら淹れた茶をヒロ達三人に振る舞う。
「ありがとう。モルディアス」
杯を片手に礼を言ったヒロは早速口をつける。
――ズズーッ。
茶を啜る音がヒロの口元から漏れた。何の茶葉か知らないが焙じ茶のようなよい香りが立ち上る。その味はヒロにはとても懐かしいものだった。
しかし、ヒロがお茶を美味そうに飲む横で、リムもソラリスもお茶には手をつけない。茶の入った杯をじっと見つめるだけだ。
「どうしたんだ。リム、ソラリス。飲まないのか?」
そう言ってヒロはまたお茶を啜る。適度に熱い液体が喉から腹に入っている感触が心地よい。さっきまでの死闘を忘れさせてくれるかのようだ。
「上手い茶だ。俺の国では茶をよく飲むんだ。モルディアス。これは何ていう茶なんだ?」
「カユタ団子虫の擦り潰した粉を煎じたものじゃよ」
――ブフォ。
盛大に吹いた。
げほっ、げほっ。思いっきり咽たヒロは絞りだすような声で、リムとソラリスに訊ねる。
「知っていたのか?」
リムとソラリスは互いに顔を見合わせ、黙って頷いた。
そうならそうと先に言ってくれよと、ヒロは半ば涙目になりながら、リムとソラリスを恨めし気に見つめたが、二人がヒロに投げかけたのは、労りの言葉ではなく呆れた視線だ。
まぁいい。
しばらくして落ち着いたヒロは、団子虫茶の入った杯を自分から離して置く。もう香りだけで十分だ。
「ところで、モルディアス。さっきの魔物は何なんだ? 召喚していないと言っていたが」
勿論、石人形などではなく、最後にやっつけた六本足の怪物の方だ。
「知らぬ」
「?」
「儂は此処に住んで随分経つが、あのような魔物は見た事がないの。最近ああいう異形の魔物が出るとは噂になっておったがの。実物を見るのは始めてじゃ」
「そうなのか?」
「危険な魔物ではあったが、御蔭でお主の魔法の力が見れたのは幸いだったかもしれぬ。ま、出来は悪いが、輪廻の指輪を預けて見ようかの」
「呉れたんじゃなかったのか?」
「輪廻の指輪をお主のものに出来るかはお主次第じゃ。その様子だと輪廻の指輪を身につける最低限の資質はあるようじゃの。普通の魔法使いではとうに死んでおる」
「おい、物騒な話だな。そんなものを寄越したのか」
「お主の体内マナがあればこそじゃよ。じゃがの、強大過ぎる力は時に諸刃の剣じゃ。過去にも力だけを求めて輪廻の指輪を手にして、最後に己が身を滅ぼした者は沢山おったと聞く。お主とてそうならないとも限らん。心せよ」
モルディアスは重々しい口調で言った。ヒロにはそれほどの物を渡したモルディアスの真意を測り兼ねていたが、これからのことを考えると魔法が使えることは有利になることは明らかだった。ヒロは、しばらく預らせて貰う、と言って小窓に目をやる。
窓から見える杜は、茜色に染まり始めた空をバックに黒々とした姿を晒している。
(それにしても、分からない事だらけだな……)
やはり此処は異世界なのだ。地球と同じ山川草木があったとて、人が住んでいたとて、元の世界ではない。だが、あのタガミと名乗った汎宇宙の管理人、そしてメノウという助手の話が本当であれば、この世界の何処かに別の世界へと繋がる入り口があるのだ。
――冒険者になればその手掛かりが掴めるだろうか。
目下の課題は、この世界で生きる算段をつけることだ。だが、いずれは冒険者となって別世界への入り口を探しに行かなければならなくなる。ヒロは身震いした。
ヒロはモルディアスに魔法を教えて貰いたい件については改めて返事をすると伝え、立ち上がった。小窓に近づき、夕日が照らす森の木々をしばし見つめる。
「リム、ソラリス。そろそろ帰ろう。明日もギルドに行かなくちゃならないからね。冒険者に認定して貰うためのクエストをしなくちゃな」
ヒロは小窓から見える外の景色から視線を逸らさずに言った。
「ヒロ、いいのかい? 冒険者になっちまって。冒険者になったらさっきのような魔物とも戦う羽目になるかもしれないぜ」
ソラリスがヒロの背中に声を掛ける。
「そうだな。冒険者になんかなるもんじゃないな」
ヒロはソラリスとリムに振り返る。
「だから、ベテランの盗賊と見習いの精霊を募集することにしたよ。可哀想な仮登録冒険者のパーティに、ね」
ソラリスはヒロの言葉にやりとし、リムは立ち上がってヒロに駆け寄るとその横にぴたりと寄り添った。
「リム、ソラリス。頼めるかい?」
ソラリスはしようがねぇなと笑い、リムはもちろんですとも、と頷いた。
「ヒロよ。行くがよい。その目でこの世界を確かめよ。何もしなければ、何も始まらぬ」
モルディアスの言葉がヒロの背中を押した。
そう、仲間がいる。
この世界にも。
――行こう。
ヒロは扉を開けた。茜の塗りを少し濃くした夕焼けがヒロ達を迎えた。
パラレルワールドを横断する門は、この世界の何処かにあるはずだ。
ヒロの静かな視線は、空の彼方へと向けられていた。
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