ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

7-050.ずっと一緒ですよ

 
 ――!?

 ソラリスの声にヒロが前方の彼方を見やると、魔物が口を開けていた。その奥にソラリスの放った投げナイフが見えた。ナイフがきらりと陽の光を反射する。それはあたかも、死刑執行人が、自らの仕事を全うせんと抜きはなった刃の如く、これから起こることを予告していた。

 ――時間がない。もう間に合わない。

 それでもヒロは、再度指先の光をやじりにしようと試みる。だがヒロのイメージとは裏腹に光は揺らめくばかりでやじりになってくれない。

 ギリっと奥歯から歯ぎしりの音がする。魔法攻撃を止めて皆で逃げるべきか。しかし魔物の音波攻撃範囲が広いことは先程の攻撃で証明済みだ。この空き地程度では逃げ場はない。

 ヒロは進退窮まった。その時――。

(――ヒロ様!)

 ヒロの心に直接声が響く。念話テレパシーだ。

(リム!)

 ヒロが思わず後ろを振り返る。リムがヒロの後ろで目を閉じて精神を集中させていた。小屋の中に隠れていた筈じゃなかったのか。ヒロの心配を余所にリムがヒロの心に呼びかける。

(ヒロ様。私がサポートします。心に強くイメージしてください。私が増幅します)
(そんな事が……)
(迷っている時間は有りません。早く!)
(――よし)

 ヒロは再び構え直し、光の鏃をイメージする。ヒロのイメージにリムがダイレクトアクセスする。ヒロのイメージにリムがイメージを重ねた。ヒロが頭に描いたイメージが増幅され、どんどん強固になっていくのがはっきりと分かった。

 ヒロの指先の光が輝きを増す。その光はやがて鏃へと姿を変えた。

(ヒロ様、弓を構えた姿勢を取って、イメージで弦を引いてください。それで光の矢になります)

 端的なリムのアドバイスだ。

 突然、魔物が頭を振った。同時にモルディアスが片膝をつく。魔物を押さえつけていた魔法が解けたのだ。自由になった魔物はその口をヒロに向けた。

 ヒロは重ねた両手から右手だけを引いて半身になる。弓を引く要領だ。右手の動きに合わせて、光の帯が鏃から伸びた。ヒロは魔物の口にねらいを定め、一気に引き絞る。

「いっけぇぇぇぇ!」

 ヒロは光の矢を放った。光の矢は通常の矢を遙かに超えるスピードで一直線に魔物に向かう。魔物は音波の咆哮で迎え撃つ。

 ――――キィィィィィィイイイイイイン!

 鼓膜が破れたかと思う程の硬質の大音響が深淵の杜を震わせる。魔物の音波攻撃だった。だがそれは、それ一回きりだった。

 音波に思わず顔を背けていたヒロが魔物に顔を向ける。

 ヒロの放った光の矢は、魔物の音波を突き抜け、そのまま魔物の口腔奥深くを貫く。

 魔物はしばらく動かなかったが、紅く光る目玉でぎょろりとヒロ達を睨むと、そのまま倒れ伏した。

「やった……のか……」

 ヒロの呟きにモルディアスが頷いてみせる。ヒロは自分の体の力が一気に抜けていくのが分かった。ペタンと尻餅をつき、そのまま地面を背に倒れ込む。

「ヒロ様!」

 リムが駆け寄ってくる。ヒロの傍にしゃがみ込んで手をかざそうとしたが、ヒロはその手を制した。

「俺は大丈夫だ。それよりソラリスを……」

 ヒロは上半身だけ起こして、モルディアスと視線を合わせた。モルディアスは穏やかな表情に戻っていた。

「魔物は……」

 モルディアスは、先端が砕けた杖で、後方を指し示す。魔物の巨体はサラサラと崩れ、灰へと変わっていく。モルディアスの風貌かおがこれ以上は何もないと告げていた。

「そうか。助かったんだな……」

 そう言ったヒロの視界に影が落ちた。マントを羽織った女が立っていた。紅い瞳でヒロを見つめている。ソラリスだ。

「大丈夫か? ヒロ」

 ソラリスは笑みを浮かべて、ヒロを助け起こそうと右手を差し出した。が、その掌に自分の乾いた血がべっとりとついていることに気づいてはっとした表情を浮かべる。

「なんとかね」

 ヒロはソラリスが引っ込めようとした右手をがっちりと握る。

 ソラリスがヒロを引っ張り起こすと、リムが駆け寄ってヒロの腰にしがみついた。

「ヒロ様、ずっと一緒ですよ」

 ヒロはリムの頭をそっと撫でた。彼女の潤んだ金色の瞳にずっと一緒だ、と答えた。
 

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