ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

7-049.これで終わってくれ

 
 ――ドス、ドス、ドス!

 魔物の体毛が地面に突き刺さる。一瞬目を瞑ったヒロだったが、地面を抉る音以外に聞こえるものがない。目を開けたヒロの視界に真っ先に跳びこんできたのは、不敵な笑みを浮かべたソラリスだった。

 ソラリスは、雨あられと降り注ぐ鉄の体毛を、目にも止まらぬスピードで次々と避けていく。先程、魔物に突進していった時とは比較にならない。脚に羽でもついているのかと錯覚する程の疾さだ。およそ人間が出せるような速度ではない。オリンピックの百メートル金メダリストとて、軽く置き去りにするだろう。いや馬でも追いつけまい。超速の動きだ。

 ソラリスは、墓標のように突き刺さった魔物の体毛を背に危険地帯を突破して戻ってくる。特に傷ついている様子には見えない。

 ヒロの所に辿り着いたソラリスがヒロに攻撃のバトンを渡す。次の瞬間どうと倒れ込む。

「ソラリス!」

 ソラリスは四つん這いの姿勢で酸素を求めて荒い呼吸を繰り返している。彼女の広い背が呼吸に合わせて波打つ。それでもソラリスはヒロの叫びに右手の親指を立てた。

「ちょっと、疲れた、だけだ。つ、ぎはお前の番だ……。頼む、ぜ……」

 ソラリスの左手の二の腕から鮮血が滴り落ちていた。やはり、無傷ではなかったのだ。

 ソラリスの言葉に大きく頷くと、ヒロは二十回目の炎粒フレイ・ウムを発動させる。炎魔法であっても刃の通った目か、口の中であれば……。ソラリスが身を呈して探してくれた弱点だ。ヒロは右手を天に掲げた。炎の球がどんどん大きくなる。ヒロは炎粒フレイ・ウムを限界まで大きくしようとしていた。

 ――喰らえぇぇ!

 ヒロが身の丈の五倍以上の大きさにまで拡大した炎粒フレイ・ウムを魔物に向かって投げつける。メラメラと燃えさかる炎球が魔物に直進していく。既にそれはなどとは到底呼べないほどのサイズと威力があった。

 ――ビュュィイイ……イイイイイ……イイイイイイイイイ。

 身に迫る危険を察知したのか、魔物は再び破壊の音波を発した。ソラリスのナイフで目を潰され、喉にもダメージを負っているからなのだろう、音波攻撃は出鱈目の方向を向いていた。音圧も耳を塞がなくても耐えられる程度だ。おそらく威力も先程のものより数段落ちているだろう。

 ヒロの炎の球は魔物を飲み込まんとしていた。魔物は無茶苦茶に首を振ってはいるが、口は開けたままだ。首の可動域全てを覆うサイズの炎球をぶつけてやれば、目か口の中にダメージが及ぶ筈だ。ヒロが炎粒フレイ・ウムをギリギリまで大きくしたのはその為だ。

(これで終わってくれ――)

 ヒロの思いはその場にいた全ての者の思いでもあっただろう。だが、魔物はまだ力を残していた。

 魔物が頭を振って、ヒロの魔法による大炎球を正面に捉える。その口から発した音波が炎球と正面からぶつかった。

 ――バシュッツッツ。

 大炎球はぐにゃりと圧し潰され、ドーナツ状に穴が空いたかと思うと散り散りになって消えた。

 音波は空気の振動だ。いくら魔法とはいえ、炎である限りは空気中の酸素を媒介にして燃える。その酸素の供給が音波による振動で妨げられれば、それ以上燃えることはできない。魔物は音波でヒロの炎球を吹き消したのだ。

(何だと!)

 ヒロには、なぜ自分の炎球が消されてしまったのかは分からなかったが、魔物が発する音波が関係しているに違いないと思った。炎球が命中する直前に魔物が出していたのはそれくらいしかなかったからだ。

 炎を吹き消した魔物は口を閉じている。無論、音波攻撃も止んでいるが、また暫くすれば、音波攻撃してくるだろう。もはや炎魔法は通用しない。

 ソラリスはヒロの隣で、怪我をした腕を押さえ、苦々しい顔をしている。その顔は自分の腕の痛みの所為せいなのか、炎魔法が通用しない事実に対してのものなのかヒロには分からなかった。だが今はそんな詮索をしている時ではない。

(どうすればいい?)

 焦りだけが募る。

 突然、四方八方に振っていた魔物の頭がヒロを向いたかと思うとピタリと動かなくなった。正確にいえば何かに固定されたかの如く、動かそうにも動かせないでいる状態だ。ヒロははっとしてモルディアスの方を見やった。

 モルディアスは両手の中指を隣の薬指の上に乗せた状態で腕を伸ばしていた。もう詠唱はしていない。否、終わっていた。

「ヒロ!! 炎魔法ではない。光魔法を使うのじゃ!」

 モルディアスが振り向きもせずヒロにアドバイスを送る。モルディアスの両腕に力が入っていることが遠目からでもはっきりと分かる。まるで見えない何かを押さえつけているかのようだ。

「儂が魔物あやつの頭を固定している間に、光の矢で口を貫け。それしかない」
「光魔法なんて、俺が使えるわけ……」
「イメージするのじゃ。想いの中では炎も光も同じ。お主が『輪廻の指輪』を持つに相応しい者か証明してみせよ!」
「そんな事……」

 ヒロは出来る訳ないと言いかけて言葉を飲み込んだ。何もしなければ何も起こらない。出来るか出来ないかはやってみて始めて分かることだ。

 ――だが、光魔法って一体何だ?

 ヒロがイメージする光で攻撃するものと言えば、漫画やSF映画に出てくる光線銃レイ・ガンだ。無論この世界の住人のモルディアスは、光線銃レイ・ガンなんて知らないだろう。

 モルディアスは、光の矢で口を貫けと言った。だが矢を射るには弓が要る。弓も矢もイメージの光で作れというのか。

 要はあの魔物の口を貫けばよいのだ。光で炎粒フレイ・ウムを作り、鏃の様に尖らせておいて、魔物にぶつけることなら出来るかもしれない。

 ――よし。

 ヒロは左手の掌を上にして腕を伸ばし、その上に右手の掌を重ねた。目を閉じて、重ねた両手の先にがあるイメージをする。

 ――フォン。

 手の先に微かに音がしたかと思うと、ゴルフボール大の光球が現れた。球を出現させる所までは炎粒フレイ・ウムと変わらなかった。炎なのか光なのかの違いだけだ。此処まではいい。だが――。

 ヒロは目の前の光球を鏃になるようイメージする。光球は上下に少し潰れて、ラグビーボールのような形になった。もう少しだ。

 そうヒロが思った瞬間、光の球は膨張し、パチンと弾けて霧散した。

 ――!

 雑念が入ったのが駄目だったのか。ヒロはもう一度やり直した。光の球を鏃へと変化させる。が、上手くいかない。やはり弾けて消える。

「ヒ、ロ、何やって……んだ。魔物やつが……口を開ける……ぜ」

 ソラリスが半身を起こしてヒロに警告する。ヒロの視界に、伸ばした両腕の延長線上に魔物の姿が映る。魔物は固定された頭を振り解こうともがいている。魔法で魔物の動きを封じているモルディアスの両手が震えている、力が入った肩が上下に大きく揺れる。魔物の頭を固定出来る時間はそう長くは残されていないだろう。

(くそっ!)

 ヒロはもう一度やり直す。三度目のトライだ。今度は球をつくるのではなく、最初から鏃をイメージする。針先程の小さな光が指先に出現する。ヒロはそれを大きくしようと意識を集中させる。が、光はわずかに揺らいだだけで何の変化も見せない。

「ヒロ……来る……ぞ!」

 ソラリスが警告した。 
 

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