ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

4-032.ワインには胡椒がある エールには甘味がある

 
 結局、ヒロ達三人は、先に今日の宿を取ることにした。宿は、昨日のエマの街とは違って、あっさりと取れた。もしかしたら、これもソラリスの口利きなのかも知れない。兎に角助かる。ソラリスは、此処ウオバルには学生の為の宿が沢山あって、宿の心配は要らないと言っていた。

 二階の宿泊部屋に通されたヒロ達は荷物を置くと、食事を取ろうと一階に下りる。宿の一階は酒場だった。広いフロアの中は、大勢の客で賑わっており、何人もの給仕が忙しく立ち働いている。

 ここの酒場は給仕がきちんと客をテーブルにまで案内してくれる。ヒロ達は四人掛けのテーブルが二つ並んだ内の一つに案内された。隣の四人掛けには別の客が杯を傾けていた。

「何になさいますか?」

 給仕が注文を取る。おかっぱ頭の若い女性だ。

「エールはある?」

 ソラリスと向かいあって座ったヒロは開口一番そう言った。胡椒入りの葡萄酒は避けたかった。

「バートン、マイルド、ストロングとありますが……」
「甘くないので」
「バートンですね。そちらのお二人は?」

 ヒロの注文を受けたおかっぱはソラリスとリムに顔を向ける。

「あたいはストロング、こっちはマイルドで」

 ソラリスはリムに訊くこともなく注文する。ヒロの隣に寄り添うように座ったリムは一瞬むくれたような顔をしたが、ヒロに頭を撫でられ機嫌を直した。次いで、大きく息を吸う。

「パンも下さい。沢山」

 給仕の女性はリムの注文に一瞬驚いたような表情を浮かべたが、直ぐに、にっこりと微笑んだ。

「はい。受け給わりました。少々お待ちください」

 給仕のおかっぱは軽く会釈すると酒場の奥に消えた。

「エマと比べると、同じ店でも随分上品だな」

 ヒロは店の雰囲気がエマの賭場と全然違うことを指摘する。

此処ウオバルの酒場は大体こんなもんさ。教官と学生ばかりだからね。冒険者も来ないこともないけど、大した数じゃない」

 ソラリスがつまらなそうに答える。彼女にとっては、小洒落た此処より、エマの賭場の方が水が合うのだろう。そうこうするうちにエールが三つとパンが一斤運ばれてきた。パンはテーブルに直置じかおきされた。食器の類が見あたらない。ヒロは近くのテーブルも見渡してみたが、どれも同じだ。あまり食器を使わない文化なのかもしれない。

「ご注文のエールとパンです。ごゆっくり~~」

 先程の給仕が明るく挨拶をして去っていく。ヒロ達三人は、エールを片手に無事ウオバルに着いたことに乾杯する。

 ひとしきり飲んだあと、杯を置いたヒロに、ソラリスが自分のナイフで適当な大きさにカットしたパンを差し出す。ヒロがパンを受け取るとリムにも同じようにしてやった。やはり面倒見がいい。

 と、隣のテーブルで杯を重ねている三人の男達の話し声が耳に入ってきた。ヒロはちらと声の主達を見る。

 一人は中年の男、もう一人は若者だ。三人目はもっと若い。中年の男は赤いガウンを着ていて、若い二人は黄色のガウンを着ていた。

 酔いが回ったせいなのだろうか、三人は他人に聞かれたところで気にも止めない様子だ。

「教官になって初の赴任先が此処になるとは思いませんでしたよ。てっきり王都で新米騎士の世話係だとばかり……」

 一番若い男がぼやいた。

「ラダル、もう里心か。しばらくすれば慣れる。言うほどウオバルここは辺境ではないぞ。国境近くというのはその通りだがな」
「でも、グライさん、なんで、こんな国境近くに王国随一の学問都市があるんですか。普通は王都にあるものではないんですか?」
「そこが、ここの領主、ウォーデン卿の偉い所だ。この辺りは王都と比べてモンスターが出易いから、大学に通う学生達の実戦相手に事欠かないし、国境も近いから、隣国から腕に覚えのある奴らもやってくる。隣国人でも、此処ウオバルの大学を卒業できるぐらい優秀なら、そのまま王国で召し抱えて囲い込むのだ。ウォーデン卿が王にそう進言したと聞いている」
「だけど、囲い込めなかったらどうするんです? 卒業生が国許に帰ったら、相手を強くするだけでしょ?」

 一瞬窮したのかグライは返答に詰まった。それを見て取った赤ガウンの中年男が答えを継いだ。

「もう一歩裏を読め、ラダル。確かに召し抱えられなくて帰国する者がいないとも限らない。だが、それほど優秀であれば、母国でも厚く遇され、相応の地位を得る筈だ。そして我々は、そいつと顔見知りになる。つまり伝手つてを作る訳だ。相手国の情勢を聞き出したり、内々の依頼が出来る相手がいるといないとでは大違いだ。それに、ここの大学で教えるのだから、我々は、そいつの性格や能力、弱点までも把握している。万が一、そいつの母国といくさになっても、その情報は役に立つ。そう思わないか?」
「すると、ウォーデン卿は?」
「もちろん、そこまで考えてのことだ。王にもそう伝えている筈だ」

 横で聞いていたヒロは感心した。何も戦うだけが国を守るということではないのだ。隣国の優秀な人材をこちらに引き込めば、相対的に相手国は自国よりも弱くなる。自国の方が強ければ相手は迂闊に攻めてこれない。しかも、戦にさせない為の外交手段の確保のみならず、仮に戦になってしまった時の為の対策まで兼ねている。戦って勝つというのは決して上策ではなく、戦わずして勝つのが最上なのだ。

 赤ガウンの見事な説明だったが、ラダルはまだ飲みこみ切れないでいるようだ。

「はぁ。でも、国許に帰った卒業生がどうなったかなんて、一々分かるものなんですかね」
「ウォーデン卿は、卒業者には毎年挨拶の書状を出している。少なくともそれで生死くらいは分かる」
「でも、ウォーデン卿直々の手紙ではないのでしょう?」
「いや、これがな、卿自らの直筆なのだ。ウオバル大学開校以来、卒業者は五十名に満たぬ。大した数ではない」
「返事がきたりするんですかね」
「全員ではないにせよ相当数から返事がくる。中には付け届けをする者もいる。そのときは私も御相伴に預かったよ」
「へぇ」
「まぁ、中には処分するよう言い渡されたものもあったがね」
「ふうん。腐っていたんですかね」
「そのようには見えなかったがな……。ラダル、貴殿はこれから一年程かけて学内の仕事を覚えて貰わねばならぬ。その中に卿のお付きの仕事がある。毎月の学内報告と卿の意向の伝達が仕事だ。だが、それは建前でな。実際は卿の秘書をやると思っていい。卿は新米教官が赴任すると、しばらくの間、御自身の手元に置くのだよ。顔と名前を覚えるためだと仰っていたがね」

 赤ガウンの中年男は、杯をぐいとあおる。

「ラダル、そのときのために一つ教えておこう。卿は書状を送るとき必ず返信用の羊皮紙かみも添えられる。だから卿が手紙を書かれるときは羊皮紙かみは多めに持って行くように。卿の花押と鉄筆も忘れるな」
「え? 羊皮紙かみに書くのに鉄筆なんて要らないでしょう。それに何故わざわざ返信用の羊皮紙かみなんてつけてあげるんです? 羊皮紙かみは安くないんですよ」
「だからこそだ。いつぞや卿に直接伺ったことがあるんだが、羊皮紙かみを用意できないばかりに返事出来ぬことがないようにと仰っておられた。気の利いたことだ。鉄筆については聞いたことはない。特に使われている様子はなかったがな」
「へぇ」

 ラダルは赤ガウンの言葉を理解したのか理解出来なかったのか、いまいちはっきりしない曖昧な返事をすると、手にした杯を飲み干した。

(……羊皮紙に鉄筆ね)

 ヒロは自分の杯の表層でぶくぶくと泡を弾いているエールをぼんやりと見つめていた。

「ふふっ」
「どうしたい?」

 ヒロの口元から漏れた笑みに、ソラリスが不思議そうな顔を投げかけた。

「いや、ここの領主様ウォーデンは大した人だと思ってね」

 ヒロの言葉にソラリスはただ首を傾げるばかりだった。
 

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