ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
4-031.虹の街ウオバル
ヒロ達三人は、日の沈む前にウオバルについた。高い城壁に囲まれたこの都市は人口一万五千人に達する大都市だ。城門に近づくと、門番らしき衛兵二人が立っているのが見えた。
衛兵は、顔の半分が隠せそうなくらい大きな黄色のベレー帽を斜めに片耳を隠す恰好で被っていた。黄と黒の縦縞のシャツに同じ柄のダボダボのズボン。足下は、ふくらはぎ迄をぎゅっと絞った黒のブーツを履いている。穂先が十字になった槍を手にして、柄を地面につけて立てている。遠目からでも嫌でも目についてしまう。ヒロは工事現場の標識が黄色と黒の縞々なのも意味あることなのかもしれないと思った。
「止まれ、通行証か紹介状があるか」
城門の前に来たところで、その黄と黒の縞々に止められる。ソラリスが胸元をごそごそとやって、首からぶら下げた小さな木の通行証を見せる。ヒロはアラニス酒場で商人のシャロームに書いてもらった紹介状を見せた。
ソラリスによると、通行証や紹介状がなくても、衛兵のいない裏門からならウオバルの街中に入ることはできるそうだ。しかし、ウォーデン卿の居城や大学など一部の建物にはそれらがないと入場できない。また、職人ギルドの一部でも紹介状を要求するところがあるという。
ソラリスはヒロ達が紹介状を持っている事を知ると、正門から入ろうと提案した。フリーパスの裏門から入ることも出来るが、怪しい輩にはそれとなく監視がつく場合があるそうだ。仕事を探すのであれば、下手に詮索されることは避けるべきだというのがソラリスの意見だ。盗賊を生業としているせいなのか、内情に詳しい案内人がいるのは心強い。
「うむ。通れ」
衛兵はソラリスの通行証とヒロとリムの紹介状を一瞥すると、あっさりと通行を許可した。ヒロはあんなちら見で本当に見ているのかと思ったが、ここは有り難く通してもらうことにした。現地人のように振る舞うのが一番無難だ。
ヒロ達三人は堂々とウオバルの正門をくぐった。
正門をくぐって直ぐのどんつきを一旦左に折れてから右に曲がると、目の前に大きな円形の広場が飛び込んできた。中央に噴水こそないが、水を溜める人工池があり、その池を中心として、放射状に五本の道が伸びている。
「ふわぁぁぁ。凄お~い。綺麗ですぅ~」
リムが目丸くして感嘆の声を上げる。リムが感激するのも無理はない。それぞれの道の両脇には、煉瓦作りの四階建ての建物が立ち並んでいるのだが、それら建物の瓦が、通りごとに色分けされているのだ。正面向かって左から紫、青、緑、黄、赤の屋根が町並みを彩っていた。
「ソラリス様、屋根の色が通りで違っていますよ」
ソラリスは興奮醒めやらぬリムをちらとみてからヒロに言う。
「ウオバルに来るのは初めてなんだよな。ヒロ。ここは『虹の広場』といってな。意味は言わなくても見れば分かるよな。通りの色が違うのは、色で何があるのか分かるようになっているんだ」
ソラリスはリムの横にしゃがむと、リムの肩に手をやって、もう一方の手で、通りを一つずつ指して説明してやる。
「いいか、リム。正面に見える緑の路が教会と、ここの領主、ウォーデン卿の城へと続く道だ。道の両脇には聖職者と騎士の住居と施設がある。左の青は剣士、右の黄は魔法使いの通り。そして、一番左の紫はギルドや商会などの組合・商人達が店を構える商店街で、一番右の赤は大学で学ぶ学生達の下宿や旅行者用の宿があるんだ」
「へぇ~~。そうなんですね、凄いです」
リムは感心しきりだ。
「だろ。ここから毎年、王国付きの聖騎士や宮廷魔導士が生まれてんだぜ。当然、彼らを教える大学の教官も一流揃い。だからここの守備隊はもの凄く強いんだ。何せ、騎士が一兵卒をやっているんだからな。そこいらの軍じゃ全然歯が立たないのさ」
ソラリスの説明にリムはふんふんと頷いている。まるで姉が幼い妹に教えてあげているかのようだ。傍から見ていても、仲睦まじい光景だ。
そんなソラリスの説明にヒロが口を挟んだ。
「ソラリス、此処の地理はまだよく分かってないんだが、そんなに強いのなら王も近衛兵として自分の傍に置いておきたいんじゃないのか。王都はここからずっと遠いんだろう?」
「何言ってんだ。強いから遠くに置くんじゃないか。ここは隣国のセプタイ王国との国境からそう離れていない。国境守備隊も兼ねているのさ」
ソラリスは立ち上がって、顔だけヒロに向けた。
ウオバルまでの道中、大学や冒険者について教えてくれたことといい、仕事を世話しようとしてくれていることといい、いくら賭けに負けたとはいえ、ソラリスは、良くやってくれているとヒロは感謝していた。もしかしたら、ソラリスは意外と面倒見がいいタイプなのかもしれない。
「ヒロ、ウオバルは人の出入りも多く宿も沢山あるから、寝床の心配は要らない。だけど、しばらく此処に腰を落ち着けるのなら、組合に入っていた方がいいと思うぜ。部屋を借りるにしても、他の街に行くにしてもな」
「異国から来た俺がいきなり入れるギルドなんてあるのかい?」
「それがあるんだな。冒険者ギルドさ」
ソラリスは自分が盗賊だと名乗ったときと同じ様に白い歯を見せた。
冒険者ギルド、それは、その名のとおり冒険者達で作る組合である。この世界では、モンスター狩りを始めとして様々な依頼があるが、冒険者に成り立ての初心者をモンスター狩りに寄越しても、返り討ちに遭う可能性が高い。そういう冒険者には簡単な依頼を斡旋し、経験を積んでもらうのだ。ベテランにはベテランなりの、初心者には初心者なりの仕事を回すのがギルドの役目だ。
無論、ギルドに登録せずに冒険者と名乗ることは自由だ。だがギルドに登録すると、何かと便宜を図って貰えることから、殆ど全ての冒険者はギルドに加入している。
「ソラリス、冒険者って危険な仕事だっていってたじゃないか。そんなの俺に出来る訳……」
ヒロが不安を口にする。
「あんな凄ぇ魔法を使える癖によく言うぜ」
ソラリスは、ヒロの事を魔法使いだと思っているようだ。あんな魔法を見せられたのでは無理もない。ヒロ自身は魔法なんて使えないし、使おうと思ったこともない。出来る筈がない。ヒロは此処に来る迄に、あの時の魔法は何かの間違いだ、と何度も言ったのだが、ソラリスは一向に耳を傾ける様子もない。
それでも、ソラリスは、不安そうなヒロの表情を見て、補足するかのように続けた。
「それに冒険者への依頼はモンスター狩りばっかりじゃねぇんだよ。薬草採取や手紙を届けるなんて簡単なのもあるんだ。そういうので日銭を稼げばいいのさ。仕事が見つかるまでな」
「薬草採取? 手紙?」
「そうさ。ちょっとした小遣い稼ぎをやるんだよ」
「冒険者が?」
「さっき、正門で衛兵に紹介状を見せたろ。此処もそうだが、王国の重要拠点になる都市には紹介状か通行証がないと入れないことになっている。建前だけどな。紹介状や通行証を手に入れるには身分証明とか色々面倒なんだ。だが冒険者には、比較的簡単に通行証を発行してくれる。仕事柄、王国中を旅をするからね。だから、大きな都市を自由に出入りしたい奴は、冒険者登録をしておくんだよ。それが透明冒険者ばっかりになる理由さ」
「なるほどね。そういうカラクリなのか」
「ヒロ、お前は何処で手に入れたか知らないが、此処に入る紹介状があったからすんなり入れた。だけど、あの紹介状は、此処でしか使えないよ。これからを考えるとやっぱり通行証はあったほうがいい。どうだい。分かったかい?」
「よく分かったよ。ありがとう。ソラリス」
ヒロは素直に礼を言って、ソラリスに従うことにした。じゃあ、と言って紫の路に爪先を向けたソラリスをヒロが呼び止めた。
「その前にソラリス」
ソラリスが何だいとばかりヒロを見やった。
「流石にちょっと腹が減った。宿をとって飯にしないか?」
ヒロの横でリムがそうですとも、とにっこり頷いた。
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