ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

4-028.お前そんなんでよく生きてこれたな

 
 ヒロとリム、そしてソラリスの三人は、太陽が頭の真上にくる前にエマの街を出て、ウオバルへ向かう街道を進んでいた。道はよく整備されており、所々にある穴にも干し草や石が詰め込まれ、平らにされている。よく見ると、道はわずかに両端が低く、いわゆる蒲鉾型となっていて、道の端に並べられた石の脇には溝が掘られていた。雨が降った時には此処に流れ込むのだろう。

 この辺りともなると人の往来があり、馬車とすれ違うことも珍しくない。道幅もこれまでよりも随分と広かったのだが、それでも馬車が近づく度に、ヒロ達は脇に避け、道を空けなければならなかった。

 ソラリスは大股で、先頭をズンズン歩いていく。速い、いや速過ぎる。小一時間程歩いた所で、ソラリスのペースについていけないリムが音を上げた。流石にその後は、ソラリスもペースを落としてくれたのだが、それまでのハイペースが祟ったのだろうか、結局リムをヒロがおんぶすることになった。リムはヒロの背中で少しむにゃむにゃした後、すやすやと寝てしまった。

「なぁ、ソラリス、別に贅沢を言う訳じゃないんだが、ウオバルにはどういう仕事があるんだ?」

 ヒロが多少の好奇心を発揮して訊ねる。ソラリスは妙な事を聞くのだなと思ったのか、怪訝な顔をした。

「ん? ウオバルにしかない仕事のことか。大学の先生以外に特別なものはないよ。ヒロ、まさかお前、先生にでもなるつもりなのかい?」
「まさか……」

 ヒロはソラリスに自分達がいる王国とウオバルの大学について教えて貰った。

 この世界には東西二つの大陸があり、東の大陸をコルバス、西の大陸をメンテストと呼んでいる。メンテスト大陸には四つの王国と十四の小国があり、ヒロ達が今いるのが西のメンテスト大陸の中心部に位置するフォス王国だ。

 フォス王国は、既に建国三百年を数え、王族が代々治めている。当代の王は、エオリック・レクスト・ド・フォス三世。ウオバルはフォス王の実弟に当たるウォーデン・レクスト卿が治めるウォーデン公領の首都だ。古く学問が盛んであったウオバルには、個人的な教育機関があり、師弟関係を結んで剣や魔法を学ぶものも少なくはなかったのだが、実学を重視するウォーデン卿は、剣と魔法を更に研鑽するためにこの地に大学を設立したのだという。

 この世界では、剣と魔法が当たり前に存在している。しかし、それらを身につけられるチャンスを得られる者はそう多くない。大抵は王族や貴族の子弟が大金を積んでようやく学ぶことができる。彼らは幼少時から専門の家庭教師がつき、基礎的な知識を学び、鍛錬を積む。入学する前から訓練をしているのだ。そんな彼らでさえ、大学に入学できるものは一握りだ。建前上は十六歳以上なら、誰でも入学審査を受けることができるが、経済的な問題は勿論のこと、素質がないと入学を拒否される。

 よしんば、難関を突破して入学できたとしても、卒業するのはもっと難しい。特にウオバルの大学は、厳しいことで有名で、卒業出来るものは毎年一人か二人しかいないのだという。中には、二十歳前に入学したはいいが、三十歳を越えても卒業できずにいる者もいる。当然、夢破れて、中途退学するものも多い。

 それでも、大学に入ろうとする貴族の子弟が後を絶たないのは、大学を卒業した者は、その時点で王国直属の正騎士または宮廷魔導士として召し抱えられるからだ。その意味では、大学卒業生はエリート中のエリートであり、貴族達の憧れの的でもあった。

「剣も鍬も握ったことなくて、読み書きも満足に出来ないのに、そんな事できる訳がないよ。只、そんな俺でも出来る仕事がないかと思っただけさ」
「ヒロ、お前、そんなんで、よく今迄生きてこれたな」

 ソラリスがヒロに振り向いて呆れたように言った。それはそうだろう。この異世界にはサーバもネットワークも無いのだから。プログラマーとして、コーディングに明け暮れる毎日を送っていた元の世界とは何もかも違いすぎる。今まで培ってきたスキルが何の役にも立たない現実。手に職を持てとはいうが、ヒロは、今ほどそれを痛感したことはなかった。

「親方の下働きになって日銭を稼ぐという手もあるがよ。一人前になるには何年も修行しなけりゃならねぇし、親方との相性もあるしな。そもそも競争が激しくて、親方を見つけることからして大変だと思うぜ」
「……そうか」
「後は、剣士、魔法使い、神官、盗賊といった冒険者だね。冒険者ギルドに登録して、クエストをこなせば、難易度に見合った報酬が貰える。尤も、殆どの冒険者は登録しただけで何もしない『透明冒険者ゆうれい』だけどな。まぁ、モンスターを軽く討伐できるような強い奴らは大概、大学にいっちまって、そのまま卒業。王国で聖騎士様、宮廷魔導士様になっちまうのさ。それでも、報酬はその辺の仕事と比べると桁違いにいからよ。金に釣られて、大学に行けねぇ奴とか、いつまでも卒業できねぇような半端な連中ばかり冒険者になるって訳さ。勿論、半端者そんなやつらのモンスター狩りだから、死んじまったり、怪我するのなんて、しょっちゅうだしね。だがな、手っ取り早く稼ぎたかったら冒険者になるって手もあるんだぜ」

 ソラリスはそう言って、反応を確かめるかようにヒロの顔を覗き込んだ。

「そうか。やっぱり世の中そんなに甘くないか。だけど、冒険者になってモンスター討伐なんてのも、ぞっとしないな」

 ヒロは独り言のように答えた。ソラリスはヒロの言葉が聞こえなかったのは何も言わなかった。ヒロは少し声を張った。

「ソラリス、でも君は何故そんなに冒険者に詳しいんだ?」

 今度のヒロの質問にソラリスはピタリと足を止めて振り向いた。

「あたいかい。あたいの仕事は盗賊。冒険者さ」

 ソラリスは歯並びのよい白い歯を見せてニカッと笑った。
 

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