ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
3-024.盗賊の贈り物
「よぉ。ちょっと其処を空けてくんな」
女がテーブルの一つで、酒を呑んでいる男達に声を掛けた。感じからいって、女とは顔見知りのようだ。男達は直ぐにテーブルを空けた。
「おいおい、ソラリスが賭けするらしいぜ」
「本当か、何年振りだ」
「あの兄ちゃんもツイてないぜ。よりによって相手がソラリスじゃな」
女がヒロを賭けをすると分かると、周囲が急に騒めきだした。勝負を見ようとするのか次々とギャラリーが集まってくる。この女、そんなに有名人なのか。そう訝るヒロにさっきカウンターの横に座っていた中年男が口を開いた。
「兄ちゃん。この女は『賜物のソラリス』といってな。賭けでは一度も負けたことのない女なんだ。余りに強すぎて今じゃ誰も勝負する奴がいねぇってくらいだ。止めといた方がいいぜ」
「バラン、余計な口利くんじゃないよ。賭けをしたいといったのはコイツの方なんだ。今更逃げるなんて言わせないよ。そうだろ?」
「あぁ」
ヒロは逃げないと返事をしたが、心中穏やかではなかった。そんなに強いのか。ヒロの頭にある作戦は一発勝負かつ自分が後番でなければならない。なんとかそちらに誘導しなければ。
「何で勝負するんだい? クラップスかい? カウンターズかい?」
ソラリスはダイスゲームらしき名をいくつか挙げた。何でも受けてやるといった態度をみせている。自信満々だ。
「俺も君と同じで長々と勝負するのは嫌いでね。ダイス三つを振って、目の合計が多いのが勝ちってのはどうだい。一発勝負だ」
「へっ。スローイングか。いいぜ」
ソラリスが同意すると、周囲のギャラリーは、ソラリスか、この見慣れない恰好をした青年のどちらが勝つか賭けを始めた。無論、賭け金はソラリスの勝ちに集中した。オッズが付かない。
「やれやれ、これじゃ賭けにならねぇな」
ギャラリーの一人が呆れた声を出す。賭けが不成立だと思われた時、テーブルにバルド準金貨十枚が置かれた。ギャラリーからおおっと歓声が上がった。
「店主からだ。この兄ちゃんに賭けるとよ」
先程、ヒロにソラリスとの勝負を止めるよう諫めた中年男だ。
それを見たソラリスはふんと鼻を鳴らして、近くにあった茶色の賽子を三つ手に取った。暫く手で弄んでからヒロに手渡す。
「六面でやろう。確かめな」
ヒロは一発勝負だ、と念を押すと、手渡された賽子を確認する。賽子は、煉瓦のような質感の茶色い石を正六面体に削り出したもので、角は尖っておらず、丸みを帯びている。目は一から六まであり、目の数だけ円形に窪んでいる。ここまでは日本の賽子と同じだ。ただ、目の付け方が違っていて、一の裏が二、三の裏が四、五の裏が六になっている。ヒロは賽子をテーブルに置いた。
「いいよ。今まで一度も負けたことがないらしいけど、百戦百勝なんて有り得ない。いつかは負ける時がくるのさ。そんなに強いのなら先に見せて貰いたいね」
ヒロは、ソラリスとの勝負を止めるように忠告した男をちらと見てから、ソラリスを挑発した。バランの言葉通りなら、挑発に乗って先手番を選ぶ筈だ。
「はっ、誰に向かって口訊いてんだ。そんなに見たきゃ見せてやるよ」
ソラリスはヒロの挑発に受けて立つとばかり、賽子を握る。
「お望み通り、あたいから先に投げてやるよ」
そう言って、振りかぶったソラリスをヒロが止めた。
「ちょっと待った」
「なんだぁ?」
ソラリスが不審そうな顔を向けるのを無視してヒロはテーブルの端にあった、口の広い大鉢を手にとって、ソラリスの目の前に置く。
「俺の国の流儀でね。ダイスはこの鉢の中に投げるんだ」
「はん! そんな事言って動揺させようったって無駄さ」
その言葉も終わらぬまま、ソラリスは三つの賽子を、大鉢に向かって投げた。鉢の中でチンチロリンと音を立て賽が躍った。
――六、六、五。
十七。ソラリスは合計十七の目を出した。
「ちっ。十八じゃないのかい。今日はツイてないね」
『六、六、五』を出してツイてないとは、一体どういう運の持ち主なんだ。ヒロは舌を巻いた。
「お前の番だよ」
ソラリスの言葉に、ヒロはゆっくりと賽子を拾うと、人差し指、中指、薬指、小指のそれぞれの股にひとつづつサイコロを挟んで、手を真っ直ぐ伸ばした。そのまま左右に腕を振って、ソラリスとギャラリーに賽の目を見せる。三つの賽子の目は綺麗に「五」に揃えられていた。
「勿体つけてないで、早くしな」
ソラリスが急かす。ヒロはゆっくりと賽子を手に取って握る。深呼吸をして、手の中で賽を転がして重さを確かめる。
(……よし)
意を決した表情で、ヒロは賽子を大鉢に投げ込んだ。賽子は、緩やかな局面を描く大鉢の底に弾かれ、転がり、そして止まった。その目はヒロの期待した通りのものだった。
――六、六、六。
ヒロの目は十八。周りのギャラリーがどよめく。ソラリスが負けた、信じられねぇといった囁き声が漏れる。
「俺の勝ちだ」
ヒロは、ほっとした表情を見せた。その横でリムがふうと小さく息を吐いた。
「ばっ、馬鹿な!」
ソラリスは目を丸くして、信じられないといった顔をしていたが、直ぐに引ったくるように賽子を手に取って、確認する。ヒロが投げる前に見せた賽子の「五」の面だけが金色に光っている。
――金だ。
ヒロは、リムの力で「五」の面の側だけを金に練成変化させたのだ。「五」の面が金に変わって、他の面より重くなれば、それが底になる確率が高くなる。「五」の裏側の目は「六」だ。
「手前ぇ。イカサマやりやがったな!」
ソラリスがヒロの胸倉をむんずと掴んで引き寄せる。ヒロの踵が少し浮いた。凄い膂力だ。
「知らないね。気付かない方が悪いんじゃなかったのか?」
ヒロは、ソラリスに言われた台詞をそっくりそのままお返しした。そして、カウンターの店主に視線を向ける。店主はカウンターを中指でトントンと叩いた後、ソラリスを指さす。それは、先程言い争っていた男達を眠らせた魔法と同じ仕草だった。
それを見たソラリスは観念した。
「くそっ」
ソラリスはヒロを離すと、その場に胡坐を掻いてどっかりと腰を下ろした。
「あたいの負けだ。で、あたいにどうしろってんだ。お前の女になれってか?」
ふて腐れた表情で、ヒロに顔を向けたソラリスに、ヒロはささやかな望みを伝えた。
「……いや。この世界のことを教えてほしい。しばらく案内をしてくれないか」
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