ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
2-016.面は冷なるを欲し背は暖を欲する
「では、こちらへ。アルバさん。ちょっとテーブルをお借りしますよ。それと麦酒を三つ。これは私からです。なに、商談に応じていただいた貴方に対するちょっとした気持ちです。お気になさらず」
シャロームは店主に空いたテーブルを使う許可を求め、ヒロ達の酒を注文すると、席につくよう勧めた。
――手強い相手だ。
ヒロは身構えた。交渉条件も何も言っていないのに、シャロームは、自分からどんどん段取りをつけていく。おまけにテーブルを用意して麦酒まで先に注文する手際の良さ。ここは彼のホームだということもあるだろうが、既に交渉の主導権を握られてしまったようだ。隙を見せたら一気に持って行かれる。決して油断できないとヒロは思った。
「リム、出せる金貨は何枚ある?」
ヒロはゆっくりとテーブルに向かいながら、シャロームに聞こえないくらいの小声でそっと聞いた。
(……え~と。全部出してくださっていいですよ。使えない金貨なんて意味ないですから)
リムの言葉が頭に響いた。念話だ。気を使って念話で答えてくれたのだとしたら、空気を読んだことになる。賢い娘だ。
(全部、あの金貨なのかい?)
(ですです)
ヒロがリムに念話で話しかけてみると、リムはすぐさま念話で返してきた。
(いいのか?)
(はい)
(そうか。じゃあ使わせてくれ)
ヒロが念話で伝えると、リムはローブの内に手をいれて、金貨の入った革袋を取り出してヒロに差し出した。
革袋はずっしりとした重みをヒロに伝える。一体何枚あるのだろう。この世界での金貨の位置付けは分からないが、大金であることは容易に想像できた。革袋の中身を覗いて確認したかったが、そんな事をしたら、この相手には、底を見透かされてしまうだろう。ヒロはぐっと堪えた。だが、果たしてどう交渉すればいいのか。
ヒロは一気に勝負を掛けることにした。
「さて、商談を行うに当たって、証人ですが……どなたかお願いできますか」
シャロームが大きな木の鞄から羽根ペンと羊皮紙を二枚取り出して辺りを見回す。誰も反応しないのを確認すると、シャロームは仕方ないとでも言いたげな表情を浮かべ、羽根ペンの尾で店主を指した。
「……と、いうことなのでお願いします」
「面倒事は御免だぜ、シャローム。とっとと終わらせろよ」
店主は心底やれやれといった顔で頬杖をつく。
「では、始めましょうか。まず貴方のお名前を……」
「ヒロだ。こっちはリム」
シャロームは、ヒロ、リム、と小さく復唱しながら、羊皮紙に何かを書き込んだ。こちらの世界の文字が分からないヒロにとっては、ただ見てる他ない。
「ヒロ、貴方の品物は先程のレーベン金貨でよろしいですか?」
「うん。間違いない。だが、更に追加したい品がある」
「ふむ。それは後の話にしませんか。今は金貨買い取りの商談中です。追加の品物は首尾良く金貨の件が終わってからにしていただきたい。よくいるのですよ。あれもこれもと持ち出しては少しでも交渉を有利にしようという輩がね。私はそういうやり方は好きではありません」
シャロームの言葉は拒絶の響きで満ちていた。
「誰が別の品って言ったんだ?」
そう言って、ヒロはリムの皮袋をひっくり返して中のものを全てテーブルに出して見せた。
ザラザラと音を立てて、鋳造したばかりのような輝きを放つ金貨がこぼれ落ちる。リムの言う通り、皮袋の中身は全て金貨だった。それも、正に今交渉している八千年前の金貨だ。ざっと見ても、五十枚はありそうだ。リムから皮袋を受け取った時、その重さからそれなりに入っているだろうとは思ったが、これ程だったとは。ヒロは内心驚いていた。
「ここにある金貨全ての買取をお願いしたい。どうだい?」
この手の交渉では、一度嘗められたら終わりだ。小細工を弄したところで、直ぐに見抜かれてしまう。ヒロは、別に特段の交渉経験があるわけではなかったが、そう直感した。ならば、手持ちカードを晒けだした上で、シャロームの反応を見ようと思った。
仮にこの金貨一枚が、彼が始めに言ったバルド準金貨三枚の値打ちだったとしても、五十枚あれば、百五十枚を用意しなければならない。
これをみて、シャロームが買取価格の値下げを言い出してくるようなら、こちらのペースに引き込める。買い取り枚数を減らしながら、引き出せるだけ引き出せばいい。ヒロはシャロームがテーブルの金貨の枚数を数え終わるのを待った。
「丁度、五十枚ありますね。私はこれだけの枚数のレーベン金貨を一度に見たことはありません。私にとってもこれが大きな商談であることは間違いなさそうです……」
シャロームは一旦、言葉を切った。
「ですが……貴方とのこの商談はお断りします。今回の話はなかったことにしていただけますか」
シャロームは羽ペンをテーブルに置いて静かに言った。
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