転生先は現人神の女神様

リアフィス

52 殿下のお迎え

「どうでした?」
「確かに……少々妙ですね……そちらは?」
「市民達はいつも通りでしたが、監視らしき視線は感じましたね」
「ああ、やはりそちらにもいましたか。こちらも見られている気がしてたんですよね」

2人の男女が会話している場所は部屋……ではなく、馬車の中。
目隠しされて連れて来られたらどこかの一室だと思うであろう所だ。しかし、馬車の中である。
ルナフェリアがファーサイスに置いてきた馬車である。
本人からすれば『これ、もう使わんな? 勿体無いし使いそうなファーサイスにあげるか』だが、ファーサイス側からしたら『やべぇ、国宝級だこれ。王族専用にしよう』状態である。
それが今回ハンネス殿下の迎えに使用されている。確実に依存の馬車より丈夫だし安心だ。
なお、国の魔導技師隊が『解体解析したい!』とか言って一悶着あった模様。

ルナお手製馬車はファーサイス西にあるダンサウェスト小国に立ち寄り、情報部から入った情報の確認をしつつ、ダンサウェストの北にあるアエストへと向かう。

中に乗っているのは、ファーサイス第2王子であるハンネス殿下のお迎え隊。
ブリュンヒルデを筆頭とした戦えちゃう侍女数人と、近衛兵の中でも更に優秀な騎士数人。
そして馬車の外には少々若めの騎士達が馬に乗って移動している。若めとは言っても彼らも優秀な近衛だ。要するに護送任務の経験の為。しかし、今回は不穏な情報が入っているのでベテランも数人付いている。

馬で移動する者、馬車で寛ぐ者、交互に入れ替えながら進んで行く。

「いやぁ、凄いなこの馬車。快適な旅だ」
「帰りは殿下がいるから無理だけどな」

トイレはあるし、シャワーに入れる。食材さえ確保しとけば暖かいご飯が食べれる。更に布団まであると。まあ、人数の問題で布団は使っていないが。

「全く揺れないと言うか、窓を見ないと動いてるかどうか分からん」
「快適すぎてヤバい」

なんてことを言いながらアクエスへ向かい、到着は明日という日の夜、全員が馬車内部にて最終確認と言う会議をしていた。

「まず、情報部が言うには近いうちにアクエスで一悶着ありそうという事だ」
「我々の役目は殿下を無事にファーサイスへと帰す事です。最悪殿下だけでもアトランティスへ行ければ我々の勝ちです」
「場合によっては殿下以外も乗せることにはなりそうだが、それも想定してこの馬車だからな」
「馬車自体が軽く、中に何人乗ろうが速度も変わらない。問題の広さも十分ですからね」

ある程度の行動パターンを決めておき、後は臨機応変にいく。正直それしか無い。

以前ハンネス殿下が帰ってきた時の話では国王派、王弟派と別れていて大変だと同い年のアエストの王子から聞いたらしい。
だが、恐らくそれ以外にも属国派の裏切り者が混じっているんじゃないか、と情報部は見ているようだ。アエストの現王は大きな問題は聞かないが、王弟の方はこう、めでたい頭をしていたはずだ。現王を落とし、王弟を王に出来れば操るのは楽だろう。

そんな情報を共有しておき、その日を終える。



翌日、日が昇ると同時に動き出しアエストへと向かう。

「さて、着く前に邪魔が入るか。それとも、そもそも今日じゃないか……だな」
「今日じゃないのが理想ですねぇ……」
「まあそうだな」

特に問題なく門を通過し、学園へと真っ直ぐ向かう。その間、外にいる者はしっかりと周囲を探るのも忘れない。既にひっそりと警戒態勢だ。感知系スキル総動員である。

ファーサイスの騎士は優秀と有名だ。いや、優秀でなければならない。豊かな土地を守るために優秀でなければならなかっただけだ。
ファーサイスは普通の騎士でもなるのが難しい。近衛となれば尚更だ。少なくとも貴族の家のコネだけではなれない。騎士となる個人の実力や性格が最重要である。

そんな優秀な騎士達とブリュンヒルデ率いる戦えちゃう侍女が学園へ到着した。

「なんか、あっさり着いちゃいましたね……」
「……ほんとにな」
「感知系も特に反応ありませんでしたし、今日じゃ無さそうですかね?」
「かもしれんな。まー……予定通りアトランティスまでは気を抜くなよ」
「了解です」
「じゃあ、殿下のところへ行ってくる。いいか、なんとしても馬を守れよ」

神妙に頷き合い、各自周囲警戒しつつの休憩へ入る。
警戒していますよーとすぐ分かるような事はしない。いつも通り、普段通りを装いながら内心感知系スキル総動員である。
侍女からすれば表面上無警戒なのは基本スキルだが、近衛騎士からすれば少々難しい。なぜなら『警戒しているのが普通』だから。一目で分かる護衛の立場。自国の貴族達と会うときでさえ警戒心剥き出しなのだ。王族をお守りする最後の砦。
実はファーサイスの場合、警戒心剥き出しじゃない近衛騎士達の方がヤバかったりする。実力があるほど、近衛になって長いほど余裕ができるからだ。
警戒心剥き出しの近衛兵の中にすこーしだけ混じっている、お気楽な緊張感の無い緩いやつ。こいつらが1番ヤバいのだ。微笑と言う甘美な仮面を顔に貼り付け、脳内で超厳しいチェックが行われている。よーく見ると目が笑っていないのだ。どう考えても不気味である。
物語のような騎士様? うん、見た目はそうだな、見た目は。美形揃いだから。どう考えても腹黒だけど。


「失礼します。ハンネス殿下、お迎えに参りましたよ」
「うん、ご苦労様。早かったね?」
「非常に快適な馬車できましたので、期待してください」
「へぇ……新しい馬車作ったんだ?」
「いえ、頂き物です」
「……貰い物なの? 献上品とか?」
「ううーん……?」

ハンネス殿下はルナフェリアの事は知らない為、なんて説明したものか……と言う状態である。

「まあ、帰りながらゆっくりお話しましょうか。ささ、帰りましょう殿下」
「あれ、一泊しないのかい?」
「馬車のチェックもありますが、王妃様が早くお会いしたいようですよ?」

迎えに来る前に決めておいた方向でさらっと嘘をつく。
母親が早く息子に会いたいだけだよ? ええ、それだけですとも。
流石に『この国ヤバそうなのでさっさと帰りましょう』とは言えん。ここにいるのは殿下だけではないし。
そして、ハンネス殿下も優秀だ。チラチラと視線だけ動かし、自国の騎士達の顔をチェックし、内心びっくりすると共に、納得もする。
まず、メンツがいつもと違う。近衛は他の騎士達と比べると数が少ない。そして大体王族、上層部の守りに付くため大体が顔見知りである。知らないやつが混じってますは困るのだ。
軽くチェックしただけでも近衛の中でも上位が複数混じっており、経験は劣るが実力は確かなその他。更にブリュンヒルデを筆頭とした戦えちゃう侍女だ。明らかに戦闘を想定した守りである。

そして同い年の親友であるアエストの王子からの情報もある。まあ、情報と言うより、愚痴に近いが。それでも状況を判断する為の立派な情報ではある。
それら(情報)と、これら(護衛メンツ)から考えると、王妃……母が早く会いたいと言うのも嘘ではないだろう。言葉が足りてないだろうが。
『(アエストが不穏だから)王妃様が(安心したい為)早くお会いしたいようですよ?』
要するに、『心配だから早く帰ってきて顔見せろ』である。決して離れてて寂しいからではない。

「ふふふ、今回の馬車は寝泊まりできるんですよ」
「へぇ! それは気になるね。じゃあ馬車の方に行こうか。どうせ荷物の方は侍女がやってるんだろう?」
「ええ、やってますよ」

最悪荷物は置いていけばいい。取られて困るような物は無いのだから。
殿下に付いて学園にいた侍女も『重要な情報』は持っていないため、あえて狙う必要もないだろう。下手したら置いていった方が安全の可能性が高い。
まあ、余程切羽詰まらない限り置いていく事は無いのだが。殿下に付いてるのだから優秀なのだ。ここ最近は殿下に付いて学園にいたから国に関する最新情報などを持っていないだけで。

「そう言えばアーレント伯爵家の令嬢もいるけど、一緒じゃ問題かな?」
「いえ、問題ありませんよ。ただ、狙いが分かってないのですよ……」
「ふむ……」

最後の方は小声でハンネス殿下へと伝える。

「向こうにも迎えがあるだろうし、見かけたらでいいかな」
「そうしましょうか」

◇◇アエスト大国・王都◇◇

「配置は済んだか?」
「ああ、さっき連絡が来た」
「いよいよか……」
「もうすぐだ」
「さあ、始めようじゃないか。繁栄のために」
「繁栄のために」

男達は行動を開始した。

『繁栄のために』

上を……夢を見すぎた結果、自分達がやっている事が何なのかすら分かっていない。
いや、片方は分かっているのだろう。仕掛け人なのだから。

元々は天才ではないが、努力するタイプの愛国者だった。こつこつ、こつこつと国のために。
しかし、ヨイショされ徐々に……徐々に歪んでいった。誘導と言うより洗脳に近いだろうか。
父の代からじわじわと使われていたのだ。

過程や理由はどうあれ、反逆罪には変わりない。
成功させない限り死は免れない。成功しても使い捨てられる可能性はあるが。

◇◇◇◇

アエスト大国
王都の一角が丸々学園となっており、学園に通っている生徒達を目当てにお店もある。
その為、学園はほぼ隔離状態となっており、その一角のみで生活が可能の学園都市となっている。
経済法科、武闘、魔法と3つの大きな校舎が存在し、それぞれの施設と膨大な土地がある。そして少し離れた所に寮があり、更に外側にお店が並ぶ。
経済法科はともかく、武闘と魔法は戦闘訓練が行われる為、かなりの規模になっている。
中級や上級と言った魔法使用もできるよう、魔法が特に広くなっている。

そのせいで気づくのが遅くなり、逃げ遅れる……事にもなるのだが。

「なぁ……」
「ああ……気のせいじゃなかったか……」
「囲まれてるな?」
「これは最悪の状況か?」
「いや、閉じ込めるだけと言う可能性もあるからな……とりあえず合流するか」
「そうするか」


「……囲まれた? 後はそれが最後ですか?」
「うん、これが最後」
「では急ぎましょう。皆さんはさっさと馬車に乗ってください。場合によっては荷物を投げ捨ててでも乗っちゃってください。その方が安全なので、そういう話が付いています」
「分かったわ。……そこまで言う馬車が気になるわね」
「……あれは、凄いですからね。お楽しみです」
「……よし、終わったわ」
「では、さっさと行きましょう」

休憩していた騎士達と、荷物をまとめていた侍女組がそそくさと合流地点、馬車の元へと向かう。
ルミナイト、マナタイトクォーツを使用したルナフェリアお手製馬車の元へ。下手に《防御魔法》で防ぐより馬車を盾にした方が良いという代物だ。


《気配感知》や《魔力感知》、《万能感知》と言った感知系のスキルは、スキルレベルが上がると感知範囲や精度をサポートしてくれる。
護衛が基本の騎士達からすれば必須スキルとも言える物達だ。騎士でなくても便利であることには代わり無いし、冒険者達も重宝する。魔物の位置や人の位置がある程度分かるからだ。
もちろんこの探知系を妨害するスキルも存在するし、気配や魔力などと言った物を自力でコントロールする事で、誤魔化すことが可能である。
探知系は割りと大雑把な音響定位と言えるだろうか。エコーロケーションと言われるコウモリなどが使用しているあれだ。あくまでイメージは、だが。

気配や魔力と言った物を自力で断てば、この辺りの感知には引っかからない。ただ、生物である以上完璧に断つことは不可能と言えるが。


それなりに高レベル帯の感知系を持っている近衛やブリュンヒルデを筆頭とした戦闘侍女。
感知距離を伸ばすとその分精度が甘くなるとは言え、スキルレベルのサポートもあり使えなくはないぎりぎりぐらいの距離まで広げていた。
それによると学園を囲うように恐らく人がいるというのが分かる。
偶然で綺麗に囲まれるわけがなく、動いている気配が無いのだから確定だろう。


「へぇー! なにこれ凄いね。どうなってるの?」
「これはですね―――」

馬車の元へと来たハンネス殿下とベテラン近衛達。
そして、説明を聞いた殿下は……。

「うん、さっぱりわからないや」
「簡単に言ってしまえば……そうですね、こういう状態らしいですよ」

と言って騎士が地面にグリグリと絵を描く。
今見えている馬車本体と矢印の付いた外側の四角。そしてどこにも触れていない、内側の四角に矢印で拡張されて広くなった内部、と書かれる。

「なるほど……。とにかく作製者が凄いという事が分かったよ。ファーサイスにいるのかな? 魔導技師隊の人?」
「えっと……殿下がどこまでご存知か分かりませんが、『ルナフェリア』と言う名前に聞き覚えはありますか?」
「……ああ、最近ニコラス殿下から聞いたね。なんでも聖域を開拓したから、そこに住むとか? 父上からも王都にある聖域はそっとしておけとか聞いたけど……」

馬車に乗り込み、置いてあったソファーの方で寛ぎつつ、話を進める。

「簡単に言いますと……2度ほど純正竜から国を救われ、王都を囲む城壁を作って貰う代わりに土地を与えたのですよ。好きなだけ土地取っていいけど、その分城壁広げてねと言う条件で。そこに精霊様が集まり聖域となっていました」
「ちょっと待って……? 2度ほど純正竜から救われたって何? 僕がいない間に何があったの?」
「最初はシーフープにシードラゴンが現れまして、ルナフェリア様が討伐されたのですよ。シーフープの被害は一切ありませんでした。次は東側の森で発生していたアンデッド大量発生の件ですね。エルダーリッチがミストレイスドラゴンを召喚しましたが、同じくルナフェリア様により討伐されています。ちなみにどちらも単騎討伐です」
「……とんでもないね」
「この後会うことになると思いますので、よろしくお願いしますね。帰りはアトランティス経由で帰るので」
「アトランティスって言うんだ?」
「アトランティス帝国、帝都は神都アクロポリスにしたらしいですよ。現在の森丸々を領土とし、神都は黒い壁に囲まれています。アクロポリスに入る際法に同意しないと入れないようです」

ゆったりと話をしているとぞろぞろと騎士達が集まってきて、荷物を纏めた侍女組もやってくる。
乗り込んできた初見組の侍女がうろうろ物色する中、騎士達や戦闘侍女達は会議へと入ろうと思ったら客人がやって来た。

「ハンネス殿下、エーリック様がお見えです」
「エーリック殿が? なんだろうか。通して良いかな?」
「もちろんです」

エーリック。
マーストトップの三男である。ハンネス殿下との仲は良い。
メイドに通され馬車内へと入ってきた。その表情は驚きと、微妙に商人の顔になっている。

「やあ、エーリック殿。挨拶かな?」
「やあ、ハンネス殿下。そうだったら良かったんだけどねぇ……。単刀直入に聞くよ? ……何か、あったかい?」

周りの騎士達や戦闘侍女達はエーリックの言葉で軽く警戒心を上げる。相手側の妨害工作……と言えなくもないセリフだからだ。
しかし、問われたハンネスやハンネス付きの侍女達は全く気にしていない。
それよりむしろ非常に焦った表情をしていた方が気になる。

「……もしかして?」
「うん……朝から落ち着かなくてね……。時間が経てば経つほど酷くなるんだ。それで居ても立ってもいられなくなってね。とりあえず大事な物だけ持って部屋からでたら、何かファーサイスの皆が集まってるもんだから、ハンネス殿下がいるかもと思ってさ」
「なるほどね……」

エーリックは《危険感知》スキルが生まれつき非常に高い。
自分の身に危険が迫っていると漠然と分かる。嫌な予感がする。虫の知らせ的なスキルだ。
ただ、無視をするには気になりすぎる程はっきりしているし、当たる。
エーリック本人どころか知っている周囲の者達ですら、無視する事が無くなった程度には実績がある。無視するには当たりすぎているのだ。

それを聞いた騎士……魔法師団の1人が動く。

「風の精霊様、お願いしたい事があります」


一応分類的には《使役魔法》に位置する《精霊魔法》。
《精霊魔法》と言うより精霊との関係が変わった……と言えなくもない変更があった。
精霊と契約するには『契約したい人物が精霊に呼びかける方法』と、『精霊が気に入った相手と勝手に契約をする方法』の2つがある。
上下関係は無く、どちらかと言うと友達・友人関係と言った方が良い。
精霊と契約すると手の甲にマークが現れる。このマークは契約した精霊の属性による。

呼びかけると言っても、精霊を前にして言うわけではなく、呼びかけてから精霊からのコンタクトが無いようなら望み薄だ。
『この人となら契約しないでもない』と言う精霊が近くにいれば寄ってくるだろう。
『この人と契約したい!』って言う精霊は自分から勝手に契約するのだ。

精霊と契約できる人物は所謂『良い人』だが、当然『良い人』じゃなくなった場合ふらっといなくなってしまう。
つまり、精霊と契約できたからと言って天狗になっていると、精霊本人にへし折られる。


風の精霊に呼びかけた魔法師団の騎士は、手の甲に緑色の翼のマークが現れている。
呼びかけから2秒後ぐらいに『なにー?』と契約精霊が現れた。
精霊は基本"念話テレパス"で会話するし、姿も見せないため他の人達には見えていない。
完全に独り言である。

「この辺りを囲っている人達がいると思うのですが、どういった格好をしているか、それとどういった会話をしているか、分かりませんか?」
『姿は見に行かないと分からないけど、会話ならすぐ拾えるよー?』
「では会話だけでもお願いします」
『じゃあ魔力少し頂戴』
「今後を考えるとあまり使いたくはないのですが……これで足りますか?」
『十分ー』

風の精霊に魔力を少しだけ与えると、複数の声が馬車の内部に聞こえてきた。
ただ、問題があるとすれば周囲にいる奴ら全てを拾っているので聞き取れない。
ルナフェリアと原初の精霊達程度の付き合いの長さなら、最初から重要項目だけ絞って拾ってくるだろう。つまり、付き合いが短く何を求めているかがよく分からない為、全て拾うしか無いのだ。
精霊達が特に重要と思わない物が、人間社会からしたら超重要と言う事もありえるのだから。

とりあえず馬車にいる全員でピックアップしていく。
そして徐々に声が絞られていき、恐らく重要人物の会話が拾うことができた。


『さて、準備は良いか?』
『へへへ、もちろんだ』
『ヒヒヒ、楽しみだぜ……』
『良いか? 上玉は傷つけるなよ? 価値が下がるからな。野郎は殺しても構わん』
『気に入ったのは持ち帰って良いんだろう?』
『持てるならな』
『ヒヒヒ、壊れるまで犯してやるぜ……』
『おい、ここで始めんなよ? ああ、それと野郎は殺して良い言ったが、この国の王子もいるらしいからそいつは捕まえとけよ』


馬車の内部にいる全員の目が据わっていた。当然といえば当然だが。
精霊から囲んでいる者達は冒険者の様な格好をしていると言う情報も入る。
そして、ハンネスが口を開く。

「すぐにアーレント伯爵令嬢を探してきてくれるかい? 彼女は間違いなく上玉に入るよ。そして彼女は聡明だ。すぐに状況を理解して『尊厳や名誉』を選ぶだろう。もう拉致ってきても構わない、急いでくれるかい?」

隊長が数人動かし、更にブリュンヒルデも侍女を1人付ける。すぐに連れてこられるだろう。

「さて……見事に最悪の状況になった訳だが、やることは変わらん。東のアトランティスまで無事にお連れするだけだ。覚悟は良いな?」
「愚問ですよ隊長」
「これで死ねるのなら騎士の本望でしょう」

騎士達や戦闘侍女達はうんうんしているが、ハンネスは微妙な顔をしたがすぐに戻った。
自分を守るために死にに行く騎士達を堂々と見送るのだ。
騎士達がそれで良いと、どうか嘆くのではなく王族を守るために死んでいった私達を覚えていてくれるだけでいい。そういうのだからそうしてやるのが彼らに対する最大限の褒美となるだろう。


そして、騎士達は動き出す。
まず、周囲の……他の国の騎士達すらも巻き込む。
他国とてこんな所で王族が殺されても困るだろう。ファーサイスとしても借りが作れる訳だし、人手が増えるわけだから悪くはない。
しかも、このルナフェリア製馬車に守るべき人達を纏めてしまえば楽でいい。乗った場合気にするのは馬の方だ。流石に自走はしないので、引っ張る馬さえ守ればいい。向こうとて馬を狙ってくるだろう。

ただ、状況としてはかなりよろしくない。
ここは隔離に近い学園地区だが、冒険者……と言うより最早盗賊に囲まれており、ここがこの状態なら王都中がほぼアウトだろう。実際火災がおきているであろう煙が見えるのだから。
正直この王都に安全な場所は無いと思って良さそうだ。

そして、流石に数カ所で家事であろう煙が見えれば異変に気づく。
学園地区が慌ただしくなり始めた。

「これは不味いか?」
「そうですね。混乱状態でしょう。そうなると……」
「落ち着く前に囲んでる奴らが突っ込んでくる……か」
「それが効果的ですからそうでしょうね……」
「しなかったら無能も良い所ですね」
「こんなことしてるだけでも十分だろう」
「……確かに」

テキパキと体勢を整えつつ、周囲の警戒を進める。
ブリュンヒルデも侍女達に指示を出しておく。とは言えこちらの指示はこの馬車の仕様や、何がどこにあるなどの説明だが。シャワーなどの使い方。ポーションなどの魔法薬の位置。着替えなどの予備が置いてある場所。更に食料として何があって、どのぐらい保つ見込みか。などなどだ。
いつ、誰がいなくなるか分からないんだ。全員が知っていないと困る。

「アーレント伯爵令嬢とお供、更にご友人をお連れいたしました!」
「ああ、見つかったようだね。さっさと入れちゃって」

お決まりのように入ってきた者達が馬車に驚く。特に友人としてついてきたドワーフが。
だが、現在それどころではない。現在の状況とこれからどうするかが、ハンネス殿下と隊長から説明される。
そして、それを聞いたアーレント伯爵令嬢は……。

「そんな馬鹿な……。学園を狙ったら他国とて黙っていないのに……。まさか、それが目的……?」
「うーん……。やっぱそう思う? 自分達で仕組んでおいて、自分達が介入するとか? 一応隣国ではあるし、準備しているなら行動も早いだろうしね……。それに他国も黙っていないだろう。こんな事が起きたら王に責任追及が行く可能性がほぼ確実。狙いはこの辺りかな?」

ハンネス殿下がアーレント伯爵令嬢の呟きに自分の推測を返した。
そして騎士は騎士達で全員揃い、今後の話だ。

「さて、恐らく……いや、間違いなく囲んでいる奴らが突っ込んでくる。その為、まずそいつらがここに残る。他は馬車に乗り、要所要所で降りていき対応をする事にした」

『そいつら』で隊長が指した者達はベテラン勢の半数だ。

「で、ですが……!」
「まあまあ、そこからは何も言うなって。俺らにここは譲ってくれよ。かっこいい思いさせろ?」
「そうそう。お前らは一応まだ若いんだ。少しでもお前らが残る可能性を高くしたいと思う年寄りの我が儘だよ」
「それに考え方を変えろ? 何もお前らが頼りないんじゃねぇ。お前らに託してんだからな? 確実に、絶対に……無事に送り届けろよ?」
「「「はっ! 確実に!」」」
「くっくっ……。いい返事するじゃねぇか。任せたぞ」
「んだな。さて……師匠に散々扱かれたんだ。いっちょやってやろうじゃねぇか」

これからほぼ確実に死ぬ事になるだろうに、ベテラン勢の顔は完全に狩る側のそれだった。
だってもう、そいつらの会話が物騒でしか無い。

「何人殺ったか、勝負しようぜ?」
「上等だ。あの世で聞いてやる」
「2桁行かなかったら地獄巡りな」
「……おい、地獄巡りって洒落にならなくねぇか?」
「……気のせいだろ」
「「「ハハハハ」」」

逞しいと言うべきか、勇ましいと言うべきか、むしろ馬鹿野郎と言った方がいいかもしれない。
ただ言える事は、悲壮感なんて物は一切なく、皆殺しにして帰ってきそうですらある。


馬車の中で馬の手綱を握る者、馬車の中から馬を魔法で守る者、御者席に座り直接馬を守る者などなど、それぞれがそれぞれの位置に付く。

「ニコラス殿下も連れ出しちゃった方が良かったかな? 殺される心配は無さそうだけれど……」
「この国の王子ですからね……」
「連れ出すわけにはいかないか……。彼も王族だもんね……」

12歳の子供といえ、王族は王族。色々することがあるだろう……そう、色々と。
ハンネスも国が違うとは言え同じ王子だ。この状況で来るか? と問われればNOと答えるだろう。
同じ立場、そして親友だからこそ分かってしまう。

何より、探しに行く時間は……もう無い。

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