転生先は現人神の女神様

リアフィス

03 ある日の王都ファーサイス

聖域のある膨大な広さを持った森を中心に東西南北に存在する4つの大国。
その南にあるファーサイス農国。お米や小麦、野菜や畜産物などが非常に安く手に入り、それらが使われた食事が美味しい国。
聖域のある森から流れる非常に大きな川から栄養たっぷりな綺麗な水が流れて来ており、その川を利用するように建てられた王都は水の都とも言われる。
川の水は農業や畜産、料理などにも使用され、王都は水運が主流となっている。
王都の周囲は平原が続き、農業や畜産に使用されているが、ある程度進むと森に囲まれ西側には山も存在している。

そんなある日の王都は今日もいつも通り。
歩いていたら美味しそうな匂いに誘われてふらふらと露店で購入。
酒場では美味しいお酒とつまみをもぐもぐ、ごくごくしながらの談笑。
洒落たお店では男女が優雅にティータイム。
道を聞かれた見回りの兵も笑顔で対応、そんな平和なファーサイス。
国民も旅の者も、はたまたお忍びの他国の貴族も平和を謳歌していた。

しかし、満月が辺りを明るく照らし、皆が自宅や宿に入り、水の流れる音だけが
聞こえるようになった頃、王都の空気は一変する。
東側の門でけたたましく鐘がなる。

カーン! カーン! カーン! カーン!

王都は昼間とは違った喧騒を見せる。



「ふう……こんなところか」

そこそこ豪華な品々が置かれた一室。
書類仕事を終え、大きく伸びをし、固まった体をほぐす。

「……明日は訓練にでも混ざるかな。体が鈍ってしょうがない」

と言いながら30後半の男が椅子から立ち上がる途中で……。

カーン! カーン! カーン! カーン!

「おいおい! マジかよ!」

男が声を荒げつつも急いで部屋を出る。
基本的には静かなこの場所も今は騒がしい。
男もすぐに走り出す。鐘がなった場合行くところは決まっている。

「あ! 隊長!」

男が走っていると、右側の通路からぞろぞろと男達が走ってきた。

「おう! 行くぞ!」
「はい!」

ぞろぞろと男達が走っている最中に鐘の音が変わる。

ガンガンガンガン! ガンガンガンガン! ガンガンガンガン!

「魔物か!」

そんな言葉を発しながらも男達はとある一室に駆け込む。

「急げよお前ら!」
「はい!」

全員が窓の外をチラチラと確認しながらも、大急ぎで身支度を始める。
鎧を着、武器をささっとチェックし腰に差す。更に道具――支給品――を確認し手にとり背の腰に固定。そんな中空に光が打ち上がる。

「まじかよ……」
「うっそだろお前」
「赤かよ……」

そう、赤い光が空に打ち上がった。
最初の鐘で王都にいる全員に警報を出し、2番目の鐘で敵の種類――人か魔物――を知らせ、3番目の光の色で大体の数を知らせる。
赤、それは数が大体1000以上の時に上げられる光。

「行くぞお前ら!」

隊長が大声で促す。数はなんであれどっちにしろ行かなきゃならない。
この数だと東の門にいる奴らだけでは時間稼ぎにすらならないのだから。
赤なら他の部隊だけでなく、冒険者達も動く。それまで持ちこたえる。
隊長を先頭にし男達はぞろぞろと出て行く。覚悟を決めた顔で。
自分達の国を守るために。

赤が上がった事で、王都は更に騒がしくなった。



「さて、何色かねぇ?」
「どうせ緑か黄色だろ?」
「いつも通りってか」
「だろうよ」

ここは王都ファーサイスにある冒険者ギルド。
そのフロントには大量の冒険者達が集まっていた。
どの国でも、警報がなれば冒険者はギルドに集まる事になっている。
国からの要請があれば冒険者達も国の防衛のために動かなければならない。
使いの兵が来て必要かどうかの連絡が来るのだが、ここファーサイスでは照明弾の色ですぐに分かる。
青と赤、どちらかが上がれば冒険者達も動く事になっているためだ。
青の時点で数は800以上。とてもじゃないが兵だけで抑えきるのは厳しい。

普段警報がなっても緑――400~600――のため冒険者達は出番が無い。そのため今回もそうなんだろうと、準備はしているがフロントの空気はどこか緩く、遅く来た入り口に近い冒険者が鐘のなった方角の空をボケっと眺めている。

そして……。目を見開き、思わず呟いた。

「マジか……」
「なんだ?」
「赤だ!!」

その声によってどこか緩かったフロントの空気が一変した。
入り口近くにいた1人の大柄な男が外に出て空を確認し、ニヤッと口を歪める。
そしてフロント内部へと顔を向け叫んだ。

「行くぞてめぇら!」
「いよっしゃあ!」

高ランク冒険者と低ランク冒険者が対照的な表情を浮かべ東へ駆けて行く。



「1番隊、2番隊前へ! 高ランクも頼む!」
「おうよ、任せな」
「低ランクは我々と共に零れたのを潰しますよ!」
「分かった!」

強い騎士と上級冒険者は最前線へ、弓や魔法の遠距離組は中間で中級冒険者が護衛に付き抜けてきたのを叩く、更に低ランク冒険者と元々東門の担当騎士達が最終防衛ラインとなる。

「ゴブリンにオーク! オーガにトロールまでいるぞ!」
「は?」
「考えんのは生き残ってからだ! 低ランクはゴブリンとオーク! 高ランクはオーガとトロールを狙え!」
「遠距離隊攻撃開始!」
「おお!」

片手で杖を掲げ集中していた者達の足元に赤と黄色の魔法陣が浮かび上がる。

「"ファイアランス"!」
「"アースランス"!」

その言葉と共に巨大な炎と土の槍が杖先から敵陣へと突っ込みゴブリンやオークを薙ぎ払う。
矢が山なりに飛んでいき敵に降り注ぐ。
頭に刺さり絶命する者、太ももに刺さり倒れたところを踏まれて絶命する者、腕に刺さりつつも走り続ける者。多少は減るがまだまだ沢山いる。

「来る前に出来るだけ減らせ!」
「"エクスプロージョン"!」

敵の密集地で突如爆発がおき、中心に近い者はバラバラになり、離れたものも熱に焼かれ、爆風に煽られる。だが、それでも止まることはない。
そして前線同士がぶつかり合う。

「囲まれないように気をつけろよお前ら!」
「おう!」

盾持ちの騎士たちが横一列に並び盾を構え、敵の突撃をブロックする。
冒険者達が遊撃に周り、できるだけ仕留めていく。

「高ランク1人手貸せ! トロール潰すぞ!」
「今行く!」

丸太を棍棒のように振り回す、お腹が出ている3メートル超えの巨体。
再生能力が非常に高く、皮膚もそこそこ硬いため生半可な攻撃では意味が無い。
そのトロールに高ランクであろう冒険者2人が周囲の雑魚、ゴブリン達の間をすり抜け、時には殺し最短距離で走り寄る。
敵が向かって来ている事に気づいたトロールは味方、ゴブリン達を巻き込むことを厭わず手に持った武器を力の限り振るう。
技も何もないただ力任せの攻撃だが、トロールの身体能力で振られたそれは人1人を殺すには十分な威力だ。
が、対するは高ランク冒険者である。トロールの力任せの攻撃をしゃがんで回避し、直後飛び上がり斬りつける。すると攻撃に使用した丸太が腕ごと吹っ飛んでいきゴブリン達を巻き込む。
腕を切られたトロールが何が起きたか分からないうちに2人目の冒険者が横から首を切り落とす。

「ナイス!」
「おう! 1回下がるぞ!」
「んだな!」

そしてすぐさま仲間達のいる方へと戻っていく。ゴブリンやオークと言った彼らにとってなんの大した事もない奴らを切り伏せながら。

「大規模殲滅魔法が行くぞ! 最前線に教えろ!」

《風魔法》によって拡大された叫び声が周囲に響く。
その後すぐさまリレーされ、そこかしこで大規模殲滅が来るぞと叫ばれる。
散っていた者達が集まり防衛に徹する。
高ランク冒険者達は言われるまでもなく、後方から感じる高魔力反応で状況を察し、すぐに他の者達のカバーに移り、サポートする。
王都を囲む城壁の上、杖を掲げる1人の女性の足元に巨大な魔法陣が出現する。それは時間が経つにつれ術者の魔力を飲み込み鮮やかに光輝く。
4メートル程の巨大な緑色に光り輝く魔法陣。
その魔法陣が、発動待機状態へと移行し、引き金が引かれる。

「行きます! "テンペスト"!」

発動するに十分な魔力を蓄えた魔法陣は輝き、溶けるように消えていった。
当然それで終わりなんてことはない。
出現するは、巨大な竜巻。
荒れ狂う風が周囲の者を吸い込み、打ち上げながら見えざる刃が切り刻む。
奇跡的に切り刻まれなかった者も、高高度からの落下により絶命する。
大規模殲滅魔法と言われる上級魔法の1つ"テンペスト"。
効果は絶大だが、当然場所によっては味方すらも巻き込む魔法。
今回はしっかり魔物だけを蹴散らした。
しっかり制御、発動させた女性は非常に優秀な術者だろう。
ただ、代償も大きい。術者の女性は杖をつき、肩で息をしている。
上級魔法は当然"ランス"系や"エクスプロージョン"系などの比ではない魔力を消費する。マナポーションを飲んでいるが、今しばらくは動けないだろう。

非常に順調でこのまま問題なく行けるんじゃないかと思うが……。
数が多い。ゴブリン600 オーク400 オーガ350 トロール150 アサシンスパイダー250 ウルフ500 ハイドスネーク150 ファイティングベア100の合計2500。
人間側は騎士が5000 冒険者が600ほどだ。
ゴブリンは冒険者ならFやEだろうと問題なく倒せるが、オークは4人は必要で、オーガやトロールに至ってはDかCが4人は必要になる。
騎士達はBやC辺りの実力を持っているが、それでも数の暴力には厳しい。
元々魔獣や魔物相手には最低でも2倍、できれば3倍、4倍と余裕を持って当たるのが普通である。
"テンペスト"によって500近くは削れたものの、負傷や体力などの問題で数のアドバンテージは取れないだろう。

弓と魔法の中距離組は護衛の者を置いて、城壁に登りそこから打ち下ろす作戦へ移行し、離れたところの敵の密集地などを狙ってとにかく数を減らす事に回る。
《結界魔法》が使えるものは城壁に"マテリアルシールド""マジックシールド"を張り王都の壁を更に強固にさせる。

アサシンスパイダーやハイドスネークが月明かりと微かな魔法の明かりしか無い戦場をこそこそと動きまわり冒険者や騎士達を倒して行ってしまう。
魔獣と魔物で殺り合ってる奴らもいるがそんな事は些細な事である。

敵も味方も1人、また1人と減っていく。最初の方は優勢だった人間側が時間が立つにつれ押され始める。絶望的な状態。
見えるのはあちこちで戦っている姿。地面の色が変わる程度には血が流れ、もはや誰の血なのかはもちろん、自分の血なのか返り血なのかすら分からない。
普段返り血を避ける上級冒険者達すらもが、顔に飛んで来るもの以外は無視している。《生活魔法》で飲水を生成し、刀身に付着した物を洗い流しながらただひたすらに切り続ける。
血と何かが焼ける臭いが混じった酷い匂い。
どこからともなく美味しそうな匂いがする普段の王都とはかけ離れている戦場。
聞こえるのは隊長が命令する声や掛け声、獣の雄叫びや断末魔。
更に魔法による爆発音に助けを求める声、何かが叩きつけられる音にうめき声。様々な音が混ざり合う。

「だー! くそ! どうなってやがる!」
「なんでこんな来たんだ!」
「隊長! 数が多すぎます!」
「んなこた分かってるわ!」

そんな中、不意に上空に強大な魔力反応が出現する。

「お、おいおいおい! 今度はなんだ!?」
「まさか龍種か……?」
「はは、古代竜言われても納得だぜ?」

高ランクの冒険者達が真っ先に反応する。
1人は驚愕、1人は唖然と、もう1人は引きつった顔で。
そして降りてきたのは……。

真ん中の2枚が黒、残りの4枚が青みがかった白の6枚の大きな翼を持ち、お尻まである長いスプリンググリーンの髪を靡かせながら1人の少女が降りてきた。

騎士、冒険者、魔物、魔獣。全ての者が動きを止め、少女を見つめる。
そこが戦場であったのが嘘だったかのように静かに。

「よし、完成」

少女の声が戦場に響く。
魔法で拡張した訳でもなく、魔道具を使っている訳でもない、ただ呟いただけ。
にも関わらず広い戦場にいた全ての人達が聞いた。
聞くとどこか安心する声、見た目はかなり幼いのに母のように安心する声を。

声を聞き、気づかぬうちに抜けていた力がすぐに戻る。
安心から恐怖へ。
少女から感じる非常に馬鹿でかい魔力。その魔力が少女の意思を形作る。
人々が見たものは中級魔法とされるランス系の氷属性"アイシクルランス"。
属性の中でも、派生属性の2種である氷と雷は難しいとされる属性。
"アイシクルランス"を使えるだけでも優れた使い手だと言われる魔法。
それが少女の頭上に数えるのも馬鹿らしいほど浮いていた。
しかも1つ1つの大きさも尋常では無い、普通のランス系の5,6倍はある。

少女が右腕を上げ、言葉と共に振り下ろす。

「"アイシクルレイン"」

月明かりを内部で乱反射し幻想的な氷の槍が今、地上へと降り注ぐ。

ドドドドドドドドドド。

大地を揺らしながら降り注ぐ巨大な氷の槍。
放たれた直後に新たな槍が作成され、容赦なく地上の魔獣、魔物を貫き潰す。

ある者は氷の槍その物に貫かれ。
またあるものは槍の端っこでその質量に押しつぶされ。
離れたものは地面に当たって砕け散った氷の破片が突き刺さる。
逃げまわるにも味方が邪魔で、隠れようにも隠れる場所など無く、硬い皮膚も高い再生能力も全身を潰されたら意味がなく、小さい者達は破片で絶命する。
一瞬にして魔獣や魔物達の地獄と化した。

この数秒で、残っていた魔物の9割が吹き飛んだ。
残りの1割は騎士や冒険者の近くにいた者だけ。

「うん、後は任せたー」

と、軽い声を皮切りに、騎士や冒険者達が動き出し、残りを倒して戦闘は人間側の勝利で終わった。

これが月の女神 ルナフェリアの初日の出来事。

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