2度目の人生を、楽しく生きる

皐月 遊

80話 「敗北」


ディノスと戦った次の日、俺はカノンに連れられて、ドーラ村の近くにある森に来ていた。

「カノン、一体どこに行くんだ?」

「…すみません。 まだ内緒です」

森に入るのは初めてだが、ディノスやアレスが警備しているのを考えると、森は危険だというのが分かる。

念の為剣は持ってきたが…何故カノンは俺に何も話してくれないんだろう。 

「こっちです」

右も左も分からない森の中を、カノンは迷わずに進んで行く。

まるで、前から知っていたかのように。

何も言わずにカノンについて行くと、ひらけた広場のような場所に出た。

そこには木が生えておらず、日光が当たっているおかげで明るい。

「ここです」

「ここ…? これが俺に見せたかったものか?」

辺りを見回すが、何も珍しい物はない。

「お兄様に会わせたい人がいるんです」

「…は?」

突然、目の前の空間が歪んだ。

さっきまで、何もなかったはずだ、この場所には何もなかった。

そのはずだ、なのに…今、俺の目の前には、3階建ての大きな屋敷が建っている。

空間が歪んだと思ったら、目の前にいきなり大きな屋敷が現れたのだ。

「とてもいい人ですよ! 私の命の恩人です!」

カノンがそう言うと、屋敷の扉が開き、中から誰かが歩いてきた。

性別は男、紫色の髪をした細身の大人だ。
腰に剣を刺している。

……なんだ…? いきなりすぎて何も分からないぞ…

「やぁやぁ、ルージュ君だね? 初めまして」

「…誰ですか」

屋敷から出てきた男は礼儀正しくお辞儀する。

…この男、カノンと何か関係があるのか…?

「これは失礼。 名前を名乗っていなかったね。 僕はローガだ」

ローガ…聞いた事がない。

だが向こうは俺を知っている…

「カノン。 これはどう言う事だ…?」

「ローガ様はお兄様に会いたがっていたので、ここまで連れてきたんです」

俺に会いたがっていた…?

カノンはローガの方へ歩いて行き、ローガの後ろに立つ。 

「あの…ローガさん…でしたっけ? 俺に何か用ですか?」

「うん。 君さ、僕の奴隷にならない?」

「……は?」

「え…? 奴隷…? ローガ様、どう言う事ですか…?」

カノンがローガに質問するが、ローガはそれを無視し、両手を広げて俺の方へ歩いてくる。

「奴隷って言ったのか? 今」

「うん。 君の事はよく知っているよ。 フロウからよく聞いたからね」

「フロウ…だと? …お前…まさか」

フロウ。 忘れもしない。 王都で俺達を奴隷にしようとした人物だ。

魔剣使いのフロウ。 そのフロウから俺の名前を聞いた…?

つまり、ローガはフロウと知り合いと言う事になる。

「そう。 その”まさか”だ。 僕は人々からこう呼ばれている」

背中にある剣に手をかけ、いつでも抜けるようにする。

「”魔剣使い”。 魔剣グラビの使い手、ローガ。 とね」

炎斬えんざんっっ!!」

魔剣使い。 その名を聞いた瞬間、炎斬を撃つ。

こいつも魔剣使い…? カノンは何故魔剣使いと…

「ははっ…フロウから聞いた通りだ。 珍しい技を使うね」

そう言ってローガは腰に刺していた剣を抜き、俺の炎斬を斬った。

「カノン! これはどういう事だ⁉︎」

声を荒げてカノンに問うが…

「え…え…? ローガ様…? 魔剣使いってどういう…」

カノンは戸惑っていた。 まさか知らなかったのか…?

「おいカノン! 戻って来い! そいつは危険な奴なんだ!」

「は、はい…!」

「おっと、行かせないよ」

ローガは、俺の方に走ろうとしたカノンの服を掴んだ。

カノンがローガとどんな関係なのかは知らない。 

知らないが…魔剣使いは危険だ。

「カノンを…返せ! 」

もう一度炎斬を撃ち、その後すぐに風加速ウインド・アクセルを使って走る。

だがローガは先ほどと同じく剣で炎斬を斬る。

炎拳ナックル・フレア!」

「おぉっ…⁉︎」

風加速でローガの近くまで行き、炎拳で思い切りローガの顔を殴った。

殴られたローガは屋敷まで飛んでいき、壁に激突した。

今回は攻撃速度を重視したせいで俺の拳の2倍程の大きさの炎拳しか作れなかったが、一撃与える事が出来た。

「カノン! 逃げるぞ!」

「は、はい!」

俺達と屋敷の距離は少ししか離れてないが、逃げるなら今しかない。

俺はカノンの手を強引に掴み、森の方へ走る。

森の中にさえ入れれば逃げやすくなる。

森まであと数メートル……あと少し…!

「”魔剣グラビの名の下に、沈め”」

「ぐっ…⁉︎」

「うっ…!」

痛みは無かった。 攻撃を食らったという感触も無かった。

あったのは、急に体が重くなったという感覚だけだ。

立つ事が出来ない程体が重くなり、俺とカノンは森まであと数歩という所で、地面にうつ伏せになった。

なんとか顔だけローガの方に向けると、ローガの手には先ほど握っていた剣ではなく、刀身が紫色の剣を握っていた。

もう分かる、あれは魔剣だ。

「ぐっ…くそっ! なんだよこれ…!」

立ち上がろうと頑張るが、体が言う事を効かない。

何かの魔法か…? とにかく、今の状態は危険だ。

火球ファイアー・ボール!」

うつ伏せのままローガの方を向き、火球を撃つ。

「無駄無駄。 君は負けたんだ」

ローガは火球を避けながらゆっくりとこちらへ向かってくる。

「まだだ…! 大爆エクスプロー……!」

「うるさいな。 ”さらに、沈め”」

ローガが俺達の方に魔剣を向けた瞬間、また体が重くなった。

「くっ…!」

「うぅ…!」

体が重くなったのは俺だけではないらしく、隣にいたカノンも苦しそうな声を出す。

「おい…! カノンは関係ないだろ…!」

「いいや、関係あるね。 一緒に逃げようとした、その罰だ」

「やり過ぎだろ…! カノンは女の子なんだぞ…!」

「そんな事は関係ない」 

ローガはうつ伏せのカノンの頭に魔剣の先を軽く当てる。
その瞬間、カノンの身体がビクッと跳ねた。

「お、おい…? な、何してんだ…?」

「ルージュ君、僕の奴隷になれ。 僕の手下として、僕に協力しろ。 犯罪に手を染めろ。 僕と一緒に、人殺しをしよう」

「……は?」

人殺し…人殺しだと…? こいつの手下になって、人殺しをしろと…? そう言ってるのか?

「嫌に決まって…!」

「断れば、カノンを殺す」

「なっ…⁉︎」

「選べ。 僕に協力するか、カノンを殺すか。 2択だ」

なんだよそれ…⁉︎ カノンを殺す…? 俺が断ればカノンが…死ぬ…?

「卑怯…だぞ」

「卑怯で構わないよ。
 そんな事は言われ慣れてる。
弱者は負けそうになるといつもそう言う。
 「卑怯だ」 「理不尽だ」ってね。 
そんな事を言う奴には僕はいつもこう返すんだ」

ローガは息を吸い、冷めた目で俺を見下して吐き捨てるように言った。

「弱いお前が悪いんだろ。 …ってね」

確かに、俺がもっと強ければ、ローガを倒して、カノンと一緒に帰る事が出来たはずだ。

俺が弱いから、カノンが今危険な目にあっている。

俺が弱いから、何も上手くいかない。

「…お兄様。 ごめんなさい…お兄様だけでも逃げて下さい」

「カノン⁉︎ 何言ってんだ…?」

「私が死んで、お兄様が助かるなら、死にます」

なんで…俺を助ける為にカノンが死ぬんだ。

「あぁ、言っておくけど、ルージュ君が僕に協力しない場合。 カノンを殺した後、ルージュ君も殺すから」

「そんな…⁉︎ ローガ様…それだけは…!」

カノンがローガの足を掴んで言う。

なんで俺はカノンに助けられようとしてるんだ。 

「さぁ、どうする? 死ぬか、僕に協力するか」

カノンは、俺の大事な妹だ。 

妹を守るのは、兄として当然だ。

「協力…する。 人殺しになる……だから、カノンを殺さないでくれ…」

ローガの足を掴み、頼み込んだ。

無様でカッコ悪いが、カノンを助けるにはこうするしかないんだ。

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