カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第74話 人の灯り

「これって……」

意識がやっと自分に戻ってきた。
さっきまでは、とても鮮明な夢を見ていたのような、そんな感覚だった。

そうか、全て思い出した。

「これってさ。馨くん、あなたも思い出した?」

「あぁ、はっきりと」

儚げに揺れる瞳に、俺はにこりと笑い返してやる。

「久しぶり、小春」

「うん。お帰り、馨くん」

そうして、俺たちは抱き合った。
大きめの窓のそば。青白い月明かりに照らされながら、俺と小春はお互いを抱きしめた。

「……なんで、わすれちゃってたのさ……」

「ごめん。でも、今思い出せた」

昔、小学校に通っていたころ。俺は小春とずっとともに過ごしていた。
夏の暑い日も、冬の凍えるような日だって、ともに笑って、たまにはしゃいで、同じ時を歩んでいたのだ。

そして、小学校を卒業したその日。俺たちはともに遊園地へ遊びに行った。
小学校という、未来の自分から見ればたった6年間の最後の思い出作りに。

「まったく……誓い、っていうのはこういうことだったのか」

「誓い?」

「あぁ。青川やティアが言ってたんだ。呪いはもともと誓いだったんだ、って」

「そういうこと」

抱き合ったまま、俺は彼女とそうささやきあう。
小春が俺の胸に顔をうずめている感覚というのは、どうにもむずがゆい。
だが、それ以上にどうしようもなく、こうしているだけで心地よかった。

「呪いっていうのは、過去に恋した二人を、再び結びつけるためにあるんだね」

「たぶん、そうだと思う。やり方はおかしいけど、そう望んだのも、もしかしたら俺たちなのかもしれないな」

その俺の言葉に小春は若干の苦笑い。
そして、俺たちは体を一度離した。

「馨くん。私、呪いを解く方法わかっちゃったかも」

「奇遇だな。俺もだ」

そういって、俺たちは微笑みあった。
呪いという名の誓いを、その時に誓ったことを、彼女との、永遠の愛を、今、確かめる。
きっと、それこそが。

俺は、彼女が動き出す前に顔を小春へ近づけ、口づけした。
お互いのぬくもりが交錯して、混ざり合って、そして、お互いの中に入り込んでいく。
その瞬間。

ぱぁ、と真っ暗だった窓の外に明かりが灯った。
俺と小春は驚きそちらに顔を向ける。

「もしかして、これは……」

「うん、たぶんそうだよ。呪いが、解けたんだ」

この、小春の家から、まるで波紋が広がっていくように家に明かりが灯っていく。
とても小さく、様々な色の光がゆっくりと広がっていく様子は、美しい、という言葉で表す以外にはありえなかった。
その、一つ一つの光に人の生活が、命がこもっている。
そして、その光は、これからも、ずっとずっと繋がれて、広がっていくのだ。

俺たちは、ただ沈黙していた。
その、美しい風景を。きっと今しか見れないその光景を目に焼き付けていた。

この家の周辺の人々は、ほとんどが小春の呪いで存在を消されていた。しかし今、こうして呪いを解いたことで、消えていた人々は存在を取り戻し、家に電気が灯ったのだ。

その、美しい光景には、見るものを惹きつける確かな引力があった。

だからだろうか。自分の体から白い靄が出ていることに気づくまでに、俺たちは少しの時間を要した。

「馨くん」

「あぁ」

その白い靄、白い光は集まり、束ねられ、また集まって、少しずつ形を作っていった。
そうして、数秒が経ち、そこには見慣れたシルエットが現れた。

「ティア……」

「馨さん、小春さん。おめでとうございます。これで、あなたたちのナビゲーションは終了しました。これにて、呪いも解除されました」

「うん、ありがとう。でも、そうしたら……」

「えぇ、そうですね」

うつむく小春に続いて、ティアまでがうつむいてしまう。
彼女らに遅れて、俺もその事実に気づいてしまった。

「馨さん、あの、あなたの自転車を止めた女の子を覚えていますか?」

「あぁ。ティアマト、とかいったか」

「そうです。あれは、私のオリジナルなのです。彼女が自分自身をコピーして作られたのが、この私……」

「どういうことだ?」

「簡単なことです。呪いをかけるのはいいが、自分一人ではその後の監視がおろそかになる。じゃあ、自分を何人も作ればいいじゃないか、とそう考えたんですよ。あの人は」

ティアがあのティアマトに会った時の怯え、その理由がいまわかった気がした。

偽物の自分と本物の自分。穏やかな生活をしており中に、突然その本物が出てくれば、パニックにもなるだろう。

「馨さん、六実さん。今まで散々迷惑をかけて、すみませんでした」

「ううん、そんなことないよ。ティアがいてくれなかったら、あの呪いを耐えきることはできなかった」

「まぁ、ティアがいなければ呪いにかかるなんてことはなかったんだがな」

「ははっ、それは確かに。最後まで、馨さんは馨さんですね。……っと、そろそろ行かないと」

ティアは俺ににっこりと笑いかけると、そう呟いた。

「待て」

その言葉にティアは動きを止める。
そのティアの頭に、俺は手を乗せ、ぐしゃぐしゃと撫で回した。

「痛い痛い! 何するんですかもー!」

「辛気臭い顔してるからだろ。……お前は俺の妹だろ? いつでも帰ってこい」

ここで、彼女の目を見れず、視線を逸らしてしまったことは許してほしい。だが、ティアはそんなこと気にしていないようだった。

「そうですね。お兄ちゃんはかわいいかわいい妹がいないとダメなんですよね」

「あれ? 馨くんってシスコンなの?」

「いや違うから。小春までふざけがこと言うなよ」

最後の最後まで、何を言っているのやら。
自分に対するそんな呆れと、そこはかとない愛しさが溢れ出て、俺は思わず微笑んでしまった。

「おっと、忘れていました。呪いをしっかりと解くことに成功したあなたたちには、願いを一つ叶える権利が与えられます」

「願いを、一つ?」

「えぇ、そうです。お二人を結びつけるためとはいえ、この呪いはあなたたちを傷つけました。ですので、その代償として願いを一つ叶えさせていただくのです」

にわかに信じがたい話だが、ティアがそう言うのならそうなのだろう。

「願いって、なんでも良いのか?」

「えぇ。なんでも」

「じゃあ、もう、願うことは一つしかないよね」

「あぁ。多分俺も小春と同じことを考えてる」

微笑みあってそう言い合う俺たちにティアが不思議そうな目線を送って来る。
そんな彼女に、俺たちは揃ってこう言ってやった。
すぅっと、息を吸い込んで、呼吸を合わせて。


『呪いを、この世から消してください』

「……本当にですか?」

その願いはティアにとってかなり予想外のものだったらしい。彼女は目を見開いて俺たちに聞き返した。

「うん、本当だよ」

「え、でも、あなたたちがこうやって幸せになれたのもあの呪いが……誓いがあったからじゃないですか?」

「あぁ、確かにそうだな。でもな、ティア。一人の将来を守るために、他人を一時的とは言え消してしまうのはなんか違うだろ」

「そうだね。……あと、こんな誓いなんていらないんだよ。人は、多分運命を一人一人が持ってる。その運命は、例えどんなことがあったって変わらない。例え、誓いがなくとも、ね」

その言葉に、ティアは一瞬目を見開き、そして瞑目した。

「わかりました。願いを承りました」

「あぁ、ありがとう」

「ありがとね、ティア」

「……本当に、最後の最後まで困らせてくれますね、お二人とも」

「なんだよそれ。今まで散々困らせられたのはこっちだっての」

「だーかーらー。最後ぐらいしんみりしましょうよー。お別れなんですよ〜?」

なんだか話している内容はめちゃくちゃだが、俺たち3人の表情はとても柔らかだった。

「じゃ、さようなら。お元気で」

諦めも、悲しみも入っていない、純粋な微笑み。それを皆が皆たたえているなか、ティアは。

「消えちゃったね……」

「あぁ。あっけないな」

俺のたった一人の妹は、光の粒子になって、その姿を消した。

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