カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第65話 打ち上げの夜は長く

「ふぅ……もうお腹いっぱい」

「お前のせいで俺、チキン一つも食べれなかったんだけど……」

「え? かおるんの分も私たべちゃったっけ?」

「おい、きょとん顔でこっち見つめんな」

そんな、他愛もない会話と共に、文化祭打ち上げの夜は更けていっていた。
祭りが終わって、六実の家に拉致され、かなりの時間がたった。
やはり、女子というものはおしゃべりが好きな種族らしく、まだまだ話し足りないようである。

「ちょっとごめん、お手洗い借りてもいいか?」

「うん、階段降りて、左に曲がったらわかると思う」

「あぁ。サンキュ」

ガールズのプリティーなトークに割り込むのは気が引けたが、会話の間をうまく使ってお手洗いの場所を訊くことができた。
……俺って意外とコミュ力高いかも?

「いや、四人でいるのに一人だけほとんど黙り込んじゃってる時点でコミュ障か」

そう自分を嗤いつつも、あの3人と過ごす時間をとても心地よく思っている自分がいた。

あんな時間がずっと続けばいいのにな、なんて考えたりしながら階段を下り、言われた通り左に曲がるとすぐにトイレの場所はわかった。

「んっ、と」

「かーおーるーさん」

「…………」

便器に腰を下ろし、さぁ事を済ませようとしたその時、珍しく胸ポケットに入れていたスマホが喋った。

しかし、それに俺は無反応を貫く。
あいつに構ってしまうとろくなことが起きないのだ。

「へぇ……そんな態度取るんですか。じゃあいいですよ。今すぐ幼女に実体化して思いっきり叫び、馨さんに『トイレで幼女と変な事をしていた奴』っていうレッテルを」

「まじすみませんでした!!」

明らかにヤバイ事をスマホ……ティアがのたまい始めたので、俺はスマホをすぐさまポケットから取り出し、太陽礼拝もかくやといった形相で謝罪の意を示した。

「はぁ……まぁいいですけど。で? 楽しそうですね、文化祭の打ち上げ」

「別に打ち上げじゃないだろ。俺は拉致られてきただけだし」

「またそういうこと言う……」

やれやれとばかりに首を横に振るティア。

「拉致られてきたとはいえ、やってることは同じでしょう?  まったく……昔からこういうところは変わらないですね」

「こういうところ?」

「イベントごととかに参加してるのを指摘されると、妙に恥ずかしがるところですよ」

ティアのその指摘は、なかなか的を得ているかもしれない。なんだろうな。祭りとか、こういうイベントで内心はしゃいじゃってる自分が幼くて、恥ずかしいのだろうか。

「まぁ、馨さん。……あなた、そう簡単に忘れたわけじゃないですよね? のろーー」

「忘れるわけねぇだろ」

思わず冷ややかになった俺の声に、ティアは一瞬目を見開いたものの、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。

そうだ、忘れるわけがない。
俺にかけられた呪いのこと。
この呪いによって俺のことを忘れた数々の人のこと。
そして、このまま関係を深めれば、あの3人も俺のことを……

「忘れて、しまうこと……」

そう俯く俺に、ティアは一体どんな眼差しを向けていたのだろうか。そう思考を巡らせようとした時、その彼女は呟いた。

「私は、馨さんの何ですか?」

突然のその言葉。
ドロドロ恋愛ものの昼ドラかよ、なんて思いつつそのディスプレイを見遣る。その中では、いつになく真摯な瞳でこちらをティアが見つめていた。

「何って……何?」

問いの意味がわからない、との俺に、ティアはぷくっと頰を膨らませる。

「んもう……前から言ってるじゃないですか。私は、あなたのナビゲーターです、って」

「あー、そういうことか」

てっきり、『あなたにとって、私ってなんなの? 愛する女? それともただの遊び相手?」みたいなことを訊かれたのかと思った。

「まぁ、そんなことも言ってたな。それで?」

「はい。私は馨さんを良き未来へ導くナビゲーターです。そのナビゲートの一環として、私は一つ、馨さんにあることをしました」

「なんだよ、まどろっこしい言い方して」

「いいから黙って聞いてください。私がした、あることとは、

……馨さんに呪いをかけることです」


思わず、俺は息を呑んだ。その言葉の意味をわかりきるためには少しの時間を要したが、俺はその時間を経ることでしっかりと彼女の言葉を理解した。

そして、その言葉が本当なのだと確信する。ティアはこんなくだらない嘘はつかないし、何より、彼女があの真摯な目をするときにふざけたことなど全くない。

「……一つ訊いていいか?」

「どうぞ」

整理しきれない頭の中。俺は、絶対にこれだけは問わなければいけないと感じたその疑問をティアにぶつけた。

「なぜ、あんな呪いを俺にかけた」

「なぜって…………馨さん、あなたはどこまでの大馬鹿者なのでしょう? 本当にわからないのですか?」

その問いに俺は、『わからない』と『その言い方ウザい』という思いを込めて顔をしかめた。

「はぁ……まったく。私は馨さんを幸せに導くためのナビゲーターです。その呪いをかけたのも、あなたの幸せに導くためなのです」

「んなこと言ったって……俺はお前がかけたその呪いで散々不幸を見てきたわけだが」

「確かにそうですね。ですが、それも含めて、あなたは了承したのですよ?」

「了承? 俺が?」

うむ、と頷くティア。
自慢ではないが、俺は記憶力に自信がある。ましてや、こんな呪いなんていう意味わからないことについて何か出来事があったのなら、忘れるわけなどない。

「そんなわけない。お前の言い方だと、俺はこの呪いをかけられることを認めたみたいじゃないか。俺がそんなことするわけない」

「いいえ、したんです」

頑として譲らないティア。そんな彼女に俺はもう一つ疑問が湧いた。

「じゃあ、これを訊かせてくれ。なんでお前は、突然そんなことについて話す気になった」

その問いにティアは少しおどけた様子で答える。

「まぁ、気分? …………なんてね、嘘です。その問いに返す答えは、時が来たから、です。それ以外には何もありません」

「時? 何の時なんだ?」

「そんなこと、答えると思いますか?」

「……いいや。お前は答えないな。今までもそうだった」

一人で尋ね、一人で諦めた俺。
ティアは人の好感度はよく教えてくれていたが、肝心な呪いの核心については今まで全く話してくれなかった。

しかし、今日初めて彼女は俺に情報を明かした。

「さて、ヒントはここまでです。あとは
自分の力で頑張ってください♪  それと、早く戻らないとケーキがもう取り分けられてますよ。もしかしたら馨さんのケーキは……」

「あいつらに……もう……」

怪談話でもするように俺へ語りかけるティア。それに何となく合わせつつ、俺は個室を出た。

そして、2階の打ち上げ会場へ戻る。

そこですでに切り分けられた俺のケーキには、あるはずの苺が載っていなかった。


         *        *         *


「はぁ……アイス食べたい」

そんな青川の言葉で、ことは始まった。

「アイス?  えっと……あ、買ってなかったか。ごめんね、ないみたい」

ソファーにだらぁ……っと座っていた青川の言葉に、六実は冷凍庫をガサゴソやりつつ対応する。

「では、誰か買い出しにでも行くか?」

食後のお茶を啜っていた凛はそう呟く。
直後、彼女と青川は同時に俺の方を向いた。その瞳はキラキラと期待で輝いている。

いや、ちょっと待て。俺に買って来いと?  チキンもケーキのイチゴまで食べれなかった俺が?

そう顔をしかめては見たが、彼女たちは諦めずこちらを見つめている。

……どうやら、買いに行くしか選択肢がないようだ。

俺は諦めて席を立った。

「ちょっと待って! ここは平等にじゃんけんで決めない? 」

そう俺に手を差し伸べるのは誰であろう六実である。
そうだな、よくあるよな。じゃんけんして負けた奴が罰ゲームとして買い出しに行く、みたいな。

「いいね、それ!  じゃあ、みんなでかおるんをパシろう!」

これは、誰であろう青川の言葉である。生徒一同の象徴的存在でもある生徒会長様のお言葉である。
……やっぱりこいつなんで生徒会長なれたんだろうな。

しかし、それが鶴の一声になったようでじゃんけんをする、という運びになった。

あー……なんか未来が見える。どうせ、俺一人が1回目で負けて、買い出しに行くんだろうなぁ、という未来が。

しかし、運命の神様とはいたずら好きである。


六実小春……パー
望月凛………パー
青川静香……パー

朝倉馨………チョキ


なんということだろうか。なぜか俺は一抜けていた。

「うおっ、かおるん一抜け!?」

「なんだ馨……面白くないな……。ここは1発で負ける場面だろう?」

「いや、俺に芸人魂を求めるなよ」

そう真顔で反論しつつも内心はヒャッハーである。だって、今までこの手のノリで買った事なんてなかったのだから。

しかし。

「あー、じゃあさ。かおるんだけ置いて3人で行こうよ」

「あはは……なるほど」

俺のじゃんけんでの勝利は決して本物の勝利ではなかったのだ。
青川のとんでもない提案に、六実も凛もうなづいてしまった。

こうして、俺の『女子の家に一人でお留守番する』という謎シチュは完成したわけである。

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