カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第49話 鉄仮面

青川に別れを告げ校舎を出た俺は、珍しく自転車を押して家路を辿っていた。
大量に走る自転車の駆動音とけたたましく鳴り響く信号の電子的な音。
いつもなら風を切る音で聞こえないそれらが今日は妙にうるさく感じる。

その所為だろうか。俺は後ろからかけられた声に気が付かなかった。

「朝倉先輩っ!」

「うおっ! ……あの……どちら様で?」

突然目の前に飛び出してきたそいつと俺は一切の面識を持っていないはずだが、そいつはやけに親し気に話しかけてきた。

「あぁ、えぇっと、オレは一年の倉敷くらしき勇人ゆうとっす」

「一年生か……ってあぁ! そういやお前!」

勇人と名乗ったそいつをまじまじと見ることしばし。
俺はあることに気が付いた。そうだ、こいつは……。

「フラれてたやつだ!」

「事実っすけど言い方どうにかなりませんか!?」

指でビシッと指し、そう叫んだ俺に勇人も負けじと叫び返す。
そう。この倉敷勇人はつい先ほど青川にフラれていた張本人だった。

「で? そんな残念な子が俺に何の用で?」

「そのレッテルは納得いかないっすけど……。オレ、先輩に少し相談があって……。よければ――」

「断る」

「――あのカフェで、ってえぇ!? 早くないすか!?」

俺の即答に勇人は身を乗り出し驚きを表現。
その姿に君のいいものを感じながら俺は続ける。

「そりゃそうだろ。出会って数秒で『カフェ入りませんか?』なんて、お前はナンパ師か」

「お願いしますよぉ……。パフェ何杯でも――」

「行こうか」

「――おごりますから、ってえぇ!? またも早い!」

そうして、男二人はこじゃれたカフェへ入って行った。


    *  *  *


「えぇっと、改めて一年の倉敷勇人っす。いちおう読モとかしてるっす」

俺に向かいあうようにして座り、軽薄そうな口調で勇人は自己紹介をした。
というか、こいつ読モとかやってんのかよ。
確かに顔立ちは悪いこともないが……。

しかし、相手にだけ名乗らせておいて自分は名乗らないのも不躾というものだろう。

「俺は二年の朝倉馨だ」

「いやいや、知らないわけないじゃないすか。だってあの、凜先輩や小春先輩、よもや生徒会長までたぶらかした極悪人ですよ?」

「おいお前なにさらっと人ディスってるの?」

「え? 一年はみんな言ってますよ? えぇっと、『馨は死すべき』とか『奴は宇宙クラスの屑』だとか――」

「やめてくれ。俺のHPはもう0だ」

意図的か否かは知らないが、この一瞬で勇人は俺のHPを削りきって見せた。
あ、いや、いま勇人が俺に向けている不思議そうな顔を見るに、恐らく無意識でしょう。
ヤバいなこいつ。

「だ、大丈夫すか?」

「あぁ、俺のヒーリングスキルがあればこれくらい問題ない。って、俺に相談があるとか言ってなかったっけ?」

俺がそう訊くと、勇人はしばし躊躇ったのち、おもむろに話し出した。

「えぇっと、オレが生徒会長に告白したのは知ってますよね?」

そう問いかける勇人に俺は無言で頷く。

「まぁ、しっかりと断られたんすけど、やっぱり諦めきれなくて……」

「で、俺に協力を頼みに来たと」

俺の確認に対し首肯する勇人。
そして俺はしばし思索したのち、「というか、お前青川のどこが好きなの?」と直球に彼へ尋ねた。

話に聞いた情報によると、(もちろん盗み聞きですが何か?)青川は普段一切笑わず、一切人と関わらず、寄ってくる人間には凄まじい罵言を浴びせているらしい。
それらのせいで、彼女は鉄仮面などと裏で呼ばれているわけだが。

つまり、もしかしたら……。

「お前、マゾだったりする?」

「先輩の脳内でどんな処理が行われたか知りませんが、そんなこと一切ないっす」

苦笑いでそう応じた勇人に「本気で訊いちゃいねぇよ」と返し、「じゃあなぜ?」と再び青川を慕っている理由を尋ねてみる。

すると、勇人は「先輩も知ってるでしょ?」と照れ笑いながら前置いた。

「会長って、とてもいたずらっぽく笑うことがあるんすよ? ……というか、オレが見たのは朝倉先輩と話してるときにそう笑ってた会長の姿なんすけど……。オレ、あの笑顔見たときズきゅんと来ちゃって。所謂、一目ぼれ、ってやつっすね。あの人と話してみたい。遊んでみたい。……そして、あの笑顔をオレに向けてほしい。心の底からそう思ったんっすよ」

真摯な瞳でそう語る勇人に俺は思わず感嘆してしまった。

服装はチャラく、言葉遣いは軽薄さ丸出しのこいつがそんなことを思っていたなんて。

「なんかオレのこと心の中でディスりませんでした?」

「気にするな。軽く悪口言っただけだ」

「大差ないっすよ!」

出会って間もないというのに既に阿吽の呼吸で漫才を繰り広げる自分と勇人に苦笑いしつつ、俺は続けて質問をする。

「そういえば、チャラ男」

「チャラ男!?」

「お前……青川の悪い噂を聞いたことあるか?」

俺のその問いに、勇人はしばし熟考。
そして、躊躇いながらも口を開いた。

「あの、鉄仮面とかいうあだ名のことっすよね」

「あぁ。 何か知ってることがあれば教えてくれないか」

「はい。これはオレも友達から聞いた話なんすけど、会長、前に付き合ってた人がいたらしいんす。でもその相手を交通事故で無くしてからというもの、誰に対しても一切心を開かなくなったらしいっす。まるで、鉄仮面を被っているかのように……」


つまるところ、青川はその彼氏を亡くしたショックから他人との距離を取り始めたと考えられる。それが普通の女の子ならこれで納得できるが、彼女は過去に『呪い』にかかっていたと以前明かした。

あの時彼女はもう呪いは解けたと語ったが、もしあれが虚言ならば。その意図は全くもって見えないが、その可能性はゼロではない。彼女はもしかしたら、まだ呪いに掛かっている? 

そう、彼女がまだあの呪いに、他者の好感度という鎖に縛られているのなら故意に他者との距離を取ろうとする行動も納得だ。

では何故俺に対してはあんなに積極的に接してくるのだろうか。

……もしや、もしかしたらだが。

俺の脳内に一つの仮定が迸った。

青川が、『俺との関係の消滅』を望んでいるのなら……。

もしそれが事実なら、彼女が俺に多くの接触を図ってくるのもわかる。……俺の青川への好感度を上げさせ、関係をリセットするため……。

しかし、しかしだ。
彼女が本当に呪いにかかっているのであれば、人の好感度がそう簡単に変動しないのはわかっているはずだ。

一つ一つ理詰めしていけばいくほど、この状況がわからなくなっていく。
俺が少しの諦観をこめ溜息をつくと勇人は見計らったように再び口を開いた。

「オレが知ってるのはこれくらいっすね。で、本題に入らせてもらってもいいっすか?」

「本題? ……あぁ。 相談とか何とか言ってたな。とにかく言ってみ」

受けるかどうかは別として……と心中に付け加え俺は勇人の言葉を待った。

「オレは、会長が好きです。大好きです。喋ったこともないっすけどもう完全に心酔してます。お願いです。俺と会長の仲を持ってくれませんか?」

「んなことだろうと思ったよ。……わかった。手伝ってやる」

「ほ、本当ですか!?」

再び身を乗り出す勇人をなだめ、俺は一言こう付け加えた。

「お前が、俺の命令に従ってくれるならな」





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