カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第36話 会議室にて

これは多重人格と言ってもいいのだろうか。

俺は、青川静香という一人の女の子について少し調べてみてわかったことがある。
それは、俺と二人きりの時以外は一切表情を変えないということだ。
こう言うと、どこか自惚れているかのように聞こえるかもしれないが、これは事実だった。

いや、まぁ、言い換えると、可愛い女の子が俺だけに笑顔を見せてくれているということになるが、俺は彼女に少しうすら寒さを感じていた。
俺に見せる笑顔が偽物だとかそういうことではないのだが、なにかしら違和感がある。
というよりまず、何故俺以外の前では完全に無表情なのかを考えたほうがいいと思うのだが。

しかし、青川が俺のことを、その、なんというか、好き? だから俺にしか笑顔を見せない可能性もあるわけで……
俺は休み時間の教室、自分の席で周りの者に悟られないようにスマホを起動した。

「ティア、青川の好感度判るか?」
「……はい、えぇっと、だいたい53%ですね」

妙な間とだいたいという言葉が少し引っかかったが、青川の好感度は解った。
まぁわかってたけど青川が俺のことを好きってことはないようだ。

「馨さん、あの生徒会長に会うのはやめておいた方がいいと思います」
「は? なんでだ?」
「なんでって、その……なんというか、馨さんたちのためです」

いつもは某テニスコーチ並みに元気が有り余っているティアだが、今日のこいつは明らかに様子がおかしかった。
妙に物静かで、自分の髪を弄ったりしている。
さらにさっきまでのどこか煮え切れない態度。俺はこいつが何かを隠している様な気がしてならなかった。

そこで、一つの仮説に辿り着く。
青川の正体はティアなのではないか、ということだ。

もし、以前の青川のようにティアが具現化して青川という人間に化けているとしたら、好感度を答えるときに少し口ごもった理由や青川が呪いについて知っていた理由も明らかになる。
さらに、ティアは遊園地に行ったとき、金髪の少女にも化けた。これによりティアが様々な姿に具現化できることも立証されている。

頭の中で理論を組み立てていくにしたがって俺の、青川がティアなのではという疑問、いや確信は確かになっていった。

「なぁ、ティア……」
「あ、馨さん、授業始まりますよ?」

俺の声を遮りそう言うと、ティアはディスプレイから消え去った。


***


つまらない授業を右から左へ聞き流し、時は昼休み。
教室内は女子の姦しい話し声や男子が騒々しくじゃれる音に包まれている。
その中でも周りと少し違った雰囲気を醸し出すグループの中心、そこには六実小春がいた。
笑顔を浮かべて友達の話を聞き、相槌を打つ彼女はとても楽しげだが、たまに見せる哀しげな表情は健在だった。
いろいろとあったが、いまだに彼女があんなに哀しそうな顔をするのかわかっていない。
ティアのことといい、俺は知らないことが多すぎるのかもしれないな。

俺はそんなことを考えながらそそくさと昼食を済ませ、教室を出た。
向かうのはここ数日間体育祭実行委員会が行われている会議室だ。
廊下を友達とはしゃぎながら歩く生徒たちに少しの嫌悪感を覚えながらてくてく歩いていくと、すぐに会議室には着いた。

時計を見ればまだ会議までは時間がある。自販機で飲み物でも買うかと思っていると、突然肩をとんとんと叩かれた。
何者かと振り返ればそいつの指が俺の頬を刺した。

「おっ、引っかかった♪ 早いね~かおるん」
「かおるんとか言うな。というか青川も今日は早いな」

俺の肩を叩いた彼女、青川は二ヒヒ、という悪戯っぽい笑みを浮かべてそこに立っていた。
というかかおるんってなんだよ。ほんと。

「いやだなぁ、五分前行動は常識だよ~?」
「最初の会議に思いっきり遅れてきた人が言えることかよ……」
「え? 何のことだっけ? ま、とにかく入ろう!」

青川は下手くそな口笛を吹いてとぼけると、俺を押して会議室の中に入った。

俺と青川が会議室に入って数秒もしないうちに会議室には別の生徒が入ってくる。
もうその時には青川は無表情の仮面をかぶっており、俺と目があっても微笑さえ零さなかった。


***


青川の働きもあって会議はつつがなく進み、今日のところはお開きとなった。
ちなみに俺は毎度の如く残されている。

会議室から俺と青川以外で最後の一人が出ていった瞬間、青川は俺の方に向き直った。
その青川は、先ほどまでの無表情でも、俺と話すときのようなおどけた感じでもなく、ただ真摯な視線で俺を見つめていた。

「かおるん、一つ考えたんだが聞いてくれるかな」

彼女はその真摯さ、真剣さを変えないまま、俺にそう言った。もちろん俺はそれに無言で頷く。

「君のスマホに住み着いている――ティア、といったね。彼女のことを信頼してはいけないかもしれない」

青川は、淡々とそう告げると俺の方へ近づいてきた。

「いま携帯の電源は入ってる?」
「いや、一応電源は切ってある」
「よかった。かおるん、いや馨くん。一回しか言わないからよく聞いて。彼女は、ティアは、私たち人間と同じように自我を持っている。だから、彼女は……嘘を吐くこともある。賢いキミならこの意味が判るんじゃないかな」

青川は諦観とも取れる様な微笑を浮かべ、そう言った。

ティアが、嘘を吐く。このことから彼女が言いたいのは、ティアが好感度を偽って俺に伝える可能性もあるということなのだろう。
しかし、その好感度が本当なのか偽りなのかなんてわかるのはティアしかいない。今更そんなこと聞いたって……
俺のその思惟を感じ取ったのか青川はふっと笑うと、「きっと役に立つと思うよ?」と小さく言った。

彼女はその後無言で俺の横を通り過ぎ、会議室を後にした。

夕暮れ時の斜光が差し込む会議室は妙に幻想的で、机が作り出した影に俺はしばし見入っていた。

突如、ポケットが振動し、通知音を立てる。
すると、そのポケットは青白く光り始め、その光はやがて俺の視界を包んだ。

目がくらむような閃光はすぐに終わりを告げ、俺の視界は開けていった。
そこにあるのは先ほどと変わらない会議室の風景。……だったが、俺の視界の中心には一人、金髪を揺らす少女が佇んでいた。

「こんにちは、馨さん」

にこりと寒々しい笑顔を浮かべる少女に、俺は思わず後ずさった。

「ティア……聞いてた、のか?」
「はい、電源系統のシステムをハックしたって言ったじゃないですか。もう忘れちゃいました?」

ティアは再び口元を歪め、小首を傾げた。
やばい。なにがやばいかなんてわからないがとにかくやばい。俺は震えそうな足を必死に抑え込み、ティアを睨んだ。

「馨さん。生徒会長に会っちゃだめって言ったじゃないですか。まったく……。あんな人の言うことなんて信じちゃだめですよ?」
「あ、あぁ。そうだよな。お前が嘘なんて……」
「えぇ。嘘なんて吐くわけありません」

俺の少し震えた声にティアはわざとらしく頬を膨らませてそう言った。
しかし、これで一つ分かった。
ティアと青川は確実に別人だ。具体的な証拠なんて知らない。だが、俺はそう感じた。

「ま、いっか。都合が悪くなったら消せばいいし」
「何か言ったか?」
「いいえ、なにも」

ぽつりと、呟いたティアに怪訝そうな視線を向けた俺へ、彼女は満面の笑みでそう返した。

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