カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第29話 そうして誰もそれを知らない

 望月凛の好感度が80パーセントを超えていた。その事実を受け、俺は一時的に思考を停止していた。

 美少女の自分に対する好感度がとても高いなんて、普通の男子が知ったら飛び跳ねて喜ぶほどの朗報だろう。だが、俺にとってそれは、その少女との別れが迫っているということと同義であるのだ。

 なぜだ? なぜ凛の好感度はそんなに高いんだ……?

 俺は、自分に問いかけてみた。そして、思考はある一つの結論に行き着く。

 彼女は、昔の記憶を無くしてはいないのだ。そう考えると、この異常に高い好感度にも納得がいく。

 「どうすっかなー……」

 俺はそう独りごち、ベットに全身を預けた。

 「ティア、リセットしたのに記憶が残ってるってのはあり得ることなのか?」

 俺が天井を見つめたままそう尋ねると、俺の携帯が青く光り、誰もいなかった空間に金髪の少女が現れた。

  「いいえ、呪いは絶対です。そんな風に記憶がリセットされないなんてあり得るわけがありません」
  「だよなぁ。でも……」

  凛は昔のことを忘れてはいない。俺はそう確信していた。

  「しっかし、今日は疲れた……」

  俺はそう呟くと、目を閉じて夢の世界へと誘われていった。


  * * *


  「馨くん、起きて。学校遅れちゃうよ」

  それは、ふんわりと全てを包み込んでくれそうな柔らかい声だった。

  重たい瞼を少しずつ開けていくと、いつものように見飽きた天井が目に入った。

  あぁ、あと五分だけ……
  俺が再び夢の中へ旅立とうとした時、突如視界に人の顔が現れた。

  とても近い位置から俺を見ているその顔はとても整っており、唇は少し濡れていて艶かしい。肌もきめ細かいという表現では失礼なほど透き通っており、垂れている前髪から匂う、シャンプー香りが俺の鼻腔をくすぐった。

  「おはよ、馨くん」

  ぼーっと彼女の顔を見つめる俺が可笑しかったらしく、彼女はクスッと笑うと、俺に朝の挨拶をした。

  「おはよう、って、なんで六実がいんの?」
  「あれ? リアクション少し薄いね」
  「あぁ、二回目となればもう慣れた」

  と、口先では言ったが、実際俺の心臓は恐ろしいほど強く、早く脈打っていた。

  「前は聞きそびれたけど、六実どうやって入ってきたんだ?」
  「玄関からだよ? 馨くんのお父さんに開けてもらって」
  「おい、親父、何やってんだ」
  
  恐らく、六実は俺の両親が家を出る前にうちに来たのだろう。

  「馨くんのお父さん、お母さんと一緒に泣いてたよ? うちの息子にも春が来たとかなんとか言って……」

  「泣くなよそのくらいのことで……」

  「そのくらい……馨くんってそんな簡単に春を迎えれるの?」

  「なんだか遠回しに『あんたに彼女なんてできるわけないでしょ』って言われた気がする」

  言葉の右ストレートを食らった俺は、少し精神がゲシュタルト崩壊を起こしかけたがなんとか踏ん張った。で、ゲシュタルト崩壊って何?

  「馨くんそろそろ起きて、朝ごはん冷えちゃう」
  「あぁ、先行っててくれ」

  なんだかデジャブってる気もするが、俺は前回と同じように状況に流され、着替えを始めた。


  * * *


  「ご馳走さまでした」
  「お粗末さまでした」

  俺は、ありがたく六実の作ってくれた朝食をいただき、六実の淹れてくれた緑茶を啜った。

  今日は前回と対照的な和食だった。味噌汁が実に美味で三杯も飲んだ。

  「で、六実はなんで俺の家に?」
  「……馨くんに逢いたかった……じゃダメかな?」
  「ーーっ!」

  ちょっ! 俺の男心がゲシュタルト崩壊起こしそうになるほど可愛い上目遣いで六実は俺を見つめた。
  で、ゲシュタルト崩壊って何?(二回目)

  「と、いうのは冗談で、ティアちゃんのぬいぐるみを届けに来たの。間違って持って帰ってきちゃったみたいで……って、馨くん大丈夫?」
  「あぁ、問題ない。俺の男心がある意味でゲシュタルト崩壊起こしただけだから」

  むつみのじょうだんはかおるにこうかぜつだいだ! みたいな感じで俺は超絶ダメージを受け、テーブルにつっぷした。

  「で、ティアちゃんはどこにいるの?」
  「あー、えぇっと、ティアー」
  「はーい」

  俺がダメ元でそう呼びかけてみると、二階から間の抜けた返事が返ってきた。

  階段を駆け下ってくる音の後、ダイニングの扉を開き、金髪の少女はやってきた。

  「小春さんおはようございます」
  「うん、おはよ。昨日はありがとね」
  「いえいえー、お礼を言うのはこっちの方ですよー。ありがとうございました」

  ぺこりと頭を下げる金髪美少女に頭なんか下げないで!とあたふたするサイドテール美少女。いつまでもこの光景を見ていたい衝動に駆られるが、そうするわけにもいかない。

  「六実、例のあれは?」
  「うん、そうそう! ティアちゃんのエイリアン間違って持って帰ってきちゃって。ごめんね、大事にしてたのに」
  「エイリアン? 大事に? ……あぁ! そういえばそんなのもありましたね。どうもありがとうございます」

  どうやらティアはエイリアンのぬいぐるみなどどうでもよかったらしく、かなり適当な態度で六実からぬいぐるみを受け取った。

  恐らく、ぬいぐるみが欲しいと言ったのは、俺に、六実と一緒にアトラクションをさせたかったからだろう。どうせまた『いい未来へのフラグ立て』ってやつだ。

  「馨くん、それで、何があったの?」
  「え?」

  六実は突然俺の方を振り返ると、そんなことを尋ねてきた。

  「馨くん、起きる直前までずっと何かにうなされてた。消えるな、とか待ってくれとか言いながら」

  そう言う彼女は、ひどく苦しそうな様子で、俺にそう言った。

 「別に、なにも……」
 「凛ちゃんでしょ? ふふ、叫んでたよ。腕を伸ばして」
 「っ! ……マジか」

 俺はあまりの恥ずかしさに顔を俯けた。彼女の前で他の女子の名前叫ぶとか、俺何考えてんだ。

 「話してみてよ。私も何かできるかもしれないし」
 「……いいのか?」

 やさしく微笑む彼女に俺は思わず確認してしまった。

 よく考えてみれば、この呪いのことを誰かに打ち明ければいい話だったのだ。そうすれば、一緒に悩んでくれたり、行動を共にしてくれたりするかもしれないのだし。もちろん、俺の独りよがりだってことは解ってる。わかってるけど、六実なら、俺の言うことを信じ、真摯に向き合ってくれるという確信が俺にはあった。

 「……六実、聞いてくれ」
 「うん」

 俺の言葉に六実は真剣な表情になる。俺は、そして一泊置き、そう言った。

 「俺は、呪いをかけられてる。その呪いは、俺に対する好感度が一定以上になった人と俺との関係をリセットするというものなんだ。その呪いのせいで凛と俺の関係がリセットされるかもしれないんだ。おかしいこと言ってると思うかもしれない。信じてくれないかもしれな――」
 「信じるよ」

 必死になって説明する俺の言葉を切って、六実は抑揚なくそう言いきった。

 「馨くんはそんな嘘をつく人じゃないもん。わかるよ。それで、私は何をすればいいのかな?」

 六実はそう言うと、いつものようににっこりと微笑んだ。

 そうだ、最初からこうしていれば……。そう心の中で呟いた俺は、胸が熱くなるのを感じた。

 俺はよくわからないが、この呪いのことを誰かと共有できたというのが嬉しかった。今まで、たった一人で悩んできたことを他の誰かに知ってもらう。俺はこのことが無性にうれしかった。

 しかし、俺のそんな感動を、呪いは容易く打ち砕くのだ。

 先ほどまで普通に喋っていた六実はまるで時間が止まったかのようにまったく動かなくなっていた。六実以外にも、時計の針や外の鳥たちも動かない。さらに、世界全体の色が白と黒だけになり、まるでモノクロの映画を見ているようだ。

 「馨さん、ダメじゃないですか。呪いのことを他の人に話しちゃ」

 そう告げる少女、ティアはとても歪な笑顔をしていた。笑っているのに笑っていない、そんな表現をそっくりそのまま実体化したような表情。俺は彼女に恐怖すら覚えた。

 「ティア……だよな?」
 「もちろんです。いつも馨さんの傍にいるティアですよ?」

 そう言ってティアは、パンと手を打った。

 「とにかく、呪いのことは誰にも話したらいけませんよ?」
 「あ、あぁ、わかった」
 「ならいいですけど。こうやって注意するのももう二回目なんですよ? 馨さんは覚えてないと思いますけど」

 ティアはもう笑っておらず、ただ困ったような顔をしていた。

 「じゃ、馨さん、絶対に呪いのことは喋ってはいけませんよ?」

 直後、俺の視界は真っ白に染まり――





 ――馨くん! 馨くんってば!


 「あ、やっと気づいた。どうかしたの?」
 「ん? あぁ、なんでもない」

 俺が目を開くと、俺の前で手を振る六実がいた。

 何故かぼーっとしていた俺を気付づかせようとしてくれていたのだろう。しかし、なんだかさっき重要なことがあったような……

 「じゃ、私はティアちゃんにぬいぐるみ渡せたし、そろそろ帰るね」

 六実はそう言うと、荷物を持って立ち上がった。

 「え? ぬいぐるみいつ渡したっけ?」
 「何言ってるんですか馨さん。馨さんがぼけーっとしている間にもらいましたよ?」
 「あぁ、そっか」

 なんだか不思議な感覚が襲う俺のことなどいぞ知らず、彼女たちは別れの挨拶を済ませた。

 「馨くん、明日学校でね」
 「あぁ、じゃあな」

 六実はそう言うと、そそくさと家から出ていった。

 「小春さんもうちょっといればいいのに」

 無邪気な子供のように、残念そうな表情を浮かべるティアだったが、俺は何故かティアに、恐怖心を抱いていた。




「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く