負け組だった男のチートなスキル

根宮光拓

第三十四話 魔物の主

 洞窟内に入るまでには、いくつかの試練があった。一つは、魔物たちが出入りをしょっちゅう行っているため、タイミングを間違えれば中、外にいる魔物全員を相手にしかねないということ。ならじっくり時を待って入ればいいだけなのだが、それが出来ない理由が、もう一つの問題点になる。それは、この付近へ近づいてくる里の住人の存在だった。
 恐らく偶然近くまで来ているその住人が、もしこの魔物の集団と出くわしてしまえば、無事では済まないはずだ。ただ住人が一人殺されるだけなら良い。だがその出来事によって魔物たちが警戒を強めるのは困りものだ。
 正確かつ迅速に行動しなけらばならないこの現状を打開する案は……

「あ、良いこと思いついた」

 今まで考えていた正攻法ではないやり方。ここが現実であって、ゲーム何かとは違い自由な世界ということ。
 コウスケは地面に手を置き、魔法を呟いた。

「グラウンド」

 結構大きめの壁をイメージした。
 ゴゴゴと地面が震え、地鳴りが起こる。そして、狙い通り巨大な土の壁が洞窟の入り口を塞いだ。

「よし」

 誰も洞窟を攻略するには、中に入って皆殺ししないといけないなんていう決まりを作ったのか。いいや作っていない。なら、こんな風に洞窟として成り立たなくさせる攻略方法もあるのだ。

 突然洞窟が塞がったため、外にいた魔物たちは混乱を起こし、それぞれがバラバラに行動し始めた。そうなればこっちのものだ。

「まず一匹目」

 近くを通りかかったオオカミ魔物に跳びかかり、短剣で喉を裂いた。
 それに気づいたもう一匹の魔物に対しては、短剣を投げ、眉間に突き刺さり絶命させる。
 さらにもう一匹来たなら、もう『強化』による力技で強引に蹴り飛ばし、首の骨をへし折った。

「ふう、これで後は……」

 オオカミ型はこれらで全てだった。残るは、イノシシ型の中型種とウサギ、リスなどの小型の魔物だけだ。魔物だと分かるのは赤い目だけで、見た目そのものはただの動物と相違があまりない。少し血なまぐさいだけだ。

 これらの魔物で襲い掛かってくる奴には短剣で対応し、逃げるものには、すかさず槍を取り出して投擲した。
 そしていつの間にか辺りには死体の山と血の海が広がっている。ハッキリ言って不快だ。

「ファイア」

 気持ち悪いので、辺り一面に赤黒い炎を発生させ、全て焼却する。以前なら肉くらいは残して食べていたかもしれないが、今はちゃんとした食事があるのだ。わざわざ不味い肉なんて食いたくない。

 しばらくその不気味な炎が燃え盛るのを眺めていたコウスケは、次に洞窟の入り口があった場所へ視線を移した。恐らくここにいた魔物より多く中にはいるはずだ。
 このまま放置してもいいのだが、別の出口があると意味がない。
 そのため、コウスケは槍を手に持ち、洞窟を塞いだ壁に突き刺した。
 槍を抜くと、小さな穴が出来た。だがその穴を通り抜けられるような魔物はいないので、問題ない。

「ファイア」

 コウスケは、その穴を手で塞ぐような形で置いて、魔法を唱えた。それもとびっきり大きな炎をイメージして。
 洞窟の中の状態は分からないが、魔物の叫び声らしきものが中から聞こえてくるので、作戦は成功したと思われた。
 そう思って、壁から手を放したところで事は起こった。

 それは腹の底に響くような低い音。
 何かが激しくぶつかる音が、壁の中から響き渡ってきた。
 コウスケは直感でまずい、と感じとり、直ぐに後ろへ跳びのいた。

 その瞬間だった。あの大きな土の壁が木っ端微塵に弾け飛び、その破片が辺りに飛び散りコウスケを襲う。それと同時に砂埃が舞い上がる。
 今まで見てきた魔物の中であの壁を壊すことが出来て、炎に耐性のある魔物などドラゴンくらいしか思い浮かばない。だがそんな巨大な化け物がこの小さめの洞窟内にいるとは思えない。

「何が出てくる……」

 未だ舞う砂埃を煩わしく思いながら、洞窟方向を睨み付ける。今の所足音は聞こえてこない。ドラゴンのような大きな生物であれば当然足音が響くのだが、それがないということは大きな生物でないということか、それともその場からそいつが動いていないのかのどっちかだ。コウスケは後者だと思っていた。

「おかしい」

 いつまでたっても足音が聞こえてこない。てっきり体が大きすぎて洞窟から出てこれないと思っていたのだが、そうではないのか。そんな考えを巡らせている時だった。

「っぐ!」

 コウスケの鳩尾に何者かによって打撃が入った。『強化』を行っていないため、感覚的には痛みは小さいが、やはり受けた場所が場所なのでコウスケは苦しげにむせた。
 感覚的に次も来ると感じ取ったコウスケはすぐさま『強化』を行い防御の姿勢をとった。

「っつ!」
「いってっ!」

 その場で同時に二人の声が響いた。もちろん一つはコウスケのものだ。

「急に硬くなりやがった、お前どんな筋肉してんだよ」
「……人?」

 視界が悪いままなのでその相手の姿が見えないが、発する声は間違いなく人の言葉を話していた。

「他に何に見えるってんだよ、あ、見えてねえのか」

 声は続く。だが、その声の主は攻撃を続ける。コウスケは『強化』の副作用で、相手方は『強化』の作用で共に痛みを伴っており、二人の呻き声が響くのだった。

「はぁはぁ、お前硬すぎだろ……って、同族か?」
「魔人族……」

 砂埃が晴れて互いに顔を確認しあう。
 相手の顔は、真っ赤な瞳に真っ赤な髪を持っている人だ。実際に魔人族を見たことがなかったコウスケだったが、一目でそれが魔人族だと分かった。まるで人型の魔獣だ。

「まさか……同族とはねぇ、ん? お前ハーフか」

 結構この赤黒い髪は目立つようだ。
 とはいえ実際はハーフではないのだが、そう思っているならそう思ってくれたままでいいか。

「ここで何をしている?」

 コウスケは尋ねた。ここが魔人族がいる場所ではないということぐらい知っている。

「なーに、簡単な事さ」

 得意げに口を開く魔人族の男。

「敵国に潜んでるってことは一つしかねえだろ?」
「スパイってことか」
「まーそんな感じだ」

 簡単に事情を話していく男。同じ魔人族だからなのだろうか。口が軽い気がする。

「で? お前は何でここにいんだ?」

 目を細めて男がコウスケへ問いただす。

「迷子だ」
「……は?」

 予想外の答えだったのか、男は拍子の抜けた表情を浮かべた。何も冗談は言ったつもりはないのだが。

「はっはっはっは、面白いなお前」
「いや、本当の事なんだが」
「嘘だろ?」
「本当」
「……本当に?」
「ああ」

 一時この場に沈黙の時が流れる。

「とりあえず、お前はどこの国のもんだ?」
「国籍不明」
「っぷ、じょ、冗談は良いんだって」

 吹き出す男。だから冗談は言っていない。

「本当だって」
「マジか」
「ああ」

 そんな同じようなやり取りを繰り返した後、ようやく本題へ入る。

「で、お前だろ? 洞窟の入り口を塞ぐばかりか、炎を中に放出した鬼畜野郎は」
「良い考えだろ?」
「お陰様でこっちは死ぬかと思ったんだが」
「ちょうどいいじゃねえか」
「何がちょうどいいかわからねえが……」

 なぜか、コミカルな会話を続ける二人。本来ならここで戦う場面であるはずなのだが、魔人の性格と、コウスケの天然が見事に合致してしまいおかしな空間となっていた。

「何はともあれ、国の関係者じゃないなら、俺はお前を殺さなきゃならねえんだ」
「急にかよ」

 いきなり戦闘モードに入る魔人。少し遅れてコウスケも短剣を手に忍ばせた。

「でだ、なぜお前は洞窟に火を放った?」
「そりゃあ、魔物がいるからだ」
「何故、魔物を殺す?」
「村に被害が出ないようにだ」

 いつもなら、邪魔だからと答えていたのだが、今回ばかりは人助けのためだった。
 それが行けなかったのかもしれない。
 魔人の顔つきが変わる。

「そうか、少なくともお前はこの国の味方ってわけか」
「まあ、そんなところだ」
「じゃあ……死ね」

 そうして不思議な形で戦闘が始まった。

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