負け組だった男のチートなスキル
第二十三話 人里
マリーが言うには、ここはセントリア公国という国の辺境伯領だそうだ。とはいえコウスケに国の名前なんて告げられてもどこがどこだか分からない。分からないが、王国という名前ではないということは、あの召喚された国ではないのだろう。
「王国? それはお隣の国のロイヒエン王国のことかしら」
マリーが言うにはコウスケの召喚された国の名前はロイヒエン王国というらしい。知っておいて損はない情報だ。
「ということは、コースケはロイヒエン王国から来たの?」
「そうだ」
「わあ、凄い! 私、自分の国から出たことがないの。ねえロイヒエン王国ってどんな国なの?」
マリーが顔を輝かせてコウスケへ迫ってくる。コウスケ自身もあの国のことをよく知らないし、どちらかといえば悪いイメージしかない。それに教えられることは何もないし、何よりめんどくさかった。
「出身は別になる」
「そうなの? ああ、確かにコースケはデイロスト魔帝国かシセイ魔王国のどちらかの人よね」
マリーの口からまた新しい二つの国名が告げられた。にしてもどちらも物騒な名前であるが、魔の名前を冠していることから、コウスケが目指す魔人族の国であることが予想された。
しかしコウスケは自分が魔人族だと名乗った覚えもないし、見間違えられるなら異世界人か平人族ではないのか。
「何でそう思った?」
「え? だってコースケの髪色と瞳が赤……あら? 少し黒いわね。ハーフなの?」
「は?」
コウスケはマリーの言っていることがまるで分からなかった。記憶の限りでは髪色と瞳はどちらも黒色のはずなのだ。
そのコウスケの疑問の声に、マリーは首を傾げていた。
「え? 自分の顔を見たことがないの?」
その問いにコウスケは無言で歩みを進める。目指すは近くを流れている小川だ。
「……なんだよこれ」
コウスケは水面に映る自分の顔を見た。そこにいたのはマリーの言う通りの髪色が赤黒い、いわば赤褐色の男が映っていた。そしてそれは瞳も同様だった。さらには耳も少しだけ尖っているような気がする。
「コースケって面白いのね。自分の顔を見たことがない人なんて初めて見たわ」
マリーは口を手で覆って微笑む。こちらとしては笑いごとではないのだが。
「あんたは貴族なのか?」
コウスケは直球で質問した。こちらから話しかけるつもりはなかったのだが、マリーの明るさにコウスケもつられてしまったのだろう。
その質問にマリーは笑顔のままあっさりと答えてくれると思っていた。だがその質問の後、突然笑みを消し、頬を膨らませ不満そうな顔をする。
「マリーよ」
「は?」
「私の名前はマリー」
「知ってるが」
「あんたじゃなくて、マリーって呼んで」
「……は?」
このまま問答を続けていても彼女の様子を見ると、絶対に折れそうにないということを本能で感じた。そういうところは頑固さがにじみ出ている。
そんな相手と押し問答していても埒があかない。諦めてコウスケは、無言で歩みを進めた。
「ちょ、ちょっと」
マリーは焦った様子でコウスケを追いかけてくるが、それでもコウスケは無言を貫き通した。
「もう、女の子を無視するなんて、嫌われても知らないわよ?」
マリーは相変わらず自分のペースで言葉を発し続ける。コウスケの方も相変わらず無言のままだ。
「まあいいわ、いつかは呼んでもらうから」
マリーはそう勝手に納得し、コウスケの横に並び立って歩いた。
無視されても構ってくる図太さには感心する。
「この臭いは……」
そこでコウスケが言葉を発した。さきほど嗅いだ臭いを再び感じたからだった。前はどこ嗅いだのか覚えてはいないが、既に『超感覚』をしていないコウスケの嗅覚でも捉えられるほどの強い臭いだった。
「この臭いは魔除けの木の臭いよ。魔物が苦手らしいの。多分どこの町でも植えていると思うわ」
ということは、王都のどこかにも植えてあったのだろう。
確かに一度嗅いだら忘れられない臭いだ。酸っぱいような甘いような、魔物だけでなく人間にも効きそうな臭いである。
その後しばらく歩き、里の入り口までたどり着いた。今思ったことだが、この世界での出入国管理はどうなっているのだろうか。もしそういった規則があるとすると、コウスケに身分を証明するものはないため、入国が出来ない可能性が高い。
「さあ行きましょうか、どうしたの?」
「……大丈夫なのか?」
里の入り口手前で立ち止まるコウスケにマリーは首を傾げた。
「何を心配しているのか分からないけど、私のこの町は来るものは拒まないはずよ」
「そうか」
マリーの言葉を信じてコウスケは里の入り口に歩みを進め、そこに立つ衛兵に近づいた。
「これはこれは、マリー嬢ではないですか。また森まで?」
「ええ、薬草を採りに行ってたの」
「気をつけて下さいよ、最近魔物の目撃が相次いでいるんですから」
「そうよね、今日は彼がいなかったら本当に危なかったわ」
「彼? そこの男ですか?」
衛兵がマリーの後に佇むコウスケへ目を向けた。ただその視線は怪しむようなものではなく、興味の視線だ。
「君がマリー嬢を助けたのですか?」
「成り行きで」
ここで無視すると最悪町に入れてもらえない可能性もあるため、最低限の返事をコウスケはした。そこでマリーが不満そうに頬を膨らませたが無視する。
「そうですか!    マリー嬢を助けてくれて感謝いたします」
「あ、ああ」
にこやかに礼を述べる衛兵。この衛兵も見ず知らずの放浪者に礼を言うなんて、マリーと同じでお人好しだ。
「見たところ魔人族でしょうか? 少し黒みがかっていますが……」
再びコウスケの容姿が話題に上がる。
「でも彼、自分が魔人族だって今日初めて知ったのよ? 面白いわよね」
「それは本当ですか? ハハハ、本当でなくとも面白い話ですよ」
どうやらこの衛兵も魔人族に対する偏見はないらしい。もしあの王国に戻っていたらと考えるとゾッとする。
「お名前を聞いても?」
「コウスケだ」
「コウスケさんですか」
「変な名前よね」
「マリー嬢、例え思っても言ってはいけないこともありますよ」
つまりあの衛兵も思っていたという事になる。やはり日本の名前はこの世界では変わった発音なのだろう。
「コウスケさんは、どうしてこの町へ?」
「コースケはロイヒエン王国から迷子になったそうよ」
「ロイヒエンからですか、なるほど。確かに我が国と王国の国境付近は森が生い茂っていて迷子になりやすいですね」
今の所、衛兵は笑顔のままでコウスケを疑っているようには見えない。
「ですが、魔人族のあなたがロイヒエン王国で生活が送れていたとは思えませんが」
「ああ! 確かにそうね」
衛兵の顔が少しだけキリッと締まり、コウスケへ視線を向けた。マリーもそうかとばかりに口を開いていた。
「それは……」
魔物の肉を食った結果です。としか言いようがない。
「こら、私の命の恩人を疑わないでちょうだい」
困るコウスケに助け船を出したのが、マリーだった。
「いえ、そう申されましても……」
衛兵もマリーには反論出来ないようで、先ほどの引き締まった顔が一変した。
「良いの! 例えコースケが悪い人で、私を殺しても、彼に助けられなければ私はあの時死んでいたのよ? ならコースケに殺されても何も文句は言えないわ」
「……はぁ、分かりました」
マリーの必死の言葉に衛兵が疲れた顔で折れた。マリーの言っている事はめちゃくちゃだったが、それでも折れてくれた衛兵は、やはりお人好しなのだろう。
「疑ってすいませんね、コウスケさん。どうぞお通り下さい」
「あ、ああ」
どうも展開に追いつけていけないコウスケだったが、結果的には良い方向に動いてくれているので良しとしておくことにした。とはいえマリーはやはり高い地位の貴族の可能性が増すこととなった。
「失礼を許してね。あれが仕事みたいなものだから」
「ああ」
「さあ気を取り直して、行きましょうか」
そうしてマリーと共にコウスケは久々の人里に入った。
「王国? それはお隣の国のロイヒエン王国のことかしら」
マリーが言うにはコウスケの召喚された国の名前はロイヒエン王国というらしい。知っておいて損はない情報だ。
「ということは、コースケはロイヒエン王国から来たの?」
「そうだ」
「わあ、凄い! 私、自分の国から出たことがないの。ねえロイヒエン王国ってどんな国なの?」
マリーが顔を輝かせてコウスケへ迫ってくる。コウスケ自身もあの国のことをよく知らないし、どちらかといえば悪いイメージしかない。それに教えられることは何もないし、何よりめんどくさかった。
「出身は別になる」
「そうなの? ああ、確かにコースケはデイロスト魔帝国かシセイ魔王国のどちらかの人よね」
マリーの口からまた新しい二つの国名が告げられた。にしてもどちらも物騒な名前であるが、魔の名前を冠していることから、コウスケが目指す魔人族の国であることが予想された。
しかしコウスケは自分が魔人族だと名乗った覚えもないし、見間違えられるなら異世界人か平人族ではないのか。
「何でそう思った?」
「え? だってコースケの髪色と瞳が赤……あら? 少し黒いわね。ハーフなの?」
「は?」
コウスケはマリーの言っていることがまるで分からなかった。記憶の限りでは髪色と瞳はどちらも黒色のはずなのだ。
そのコウスケの疑問の声に、マリーは首を傾げていた。
「え? 自分の顔を見たことがないの?」
その問いにコウスケは無言で歩みを進める。目指すは近くを流れている小川だ。
「……なんだよこれ」
コウスケは水面に映る自分の顔を見た。そこにいたのはマリーの言う通りの髪色が赤黒い、いわば赤褐色の男が映っていた。そしてそれは瞳も同様だった。さらには耳も少しだけ尖っているような気がする。
「コースケって面白いのね。自分の顔を見たことがない人なんて初めて見たわ」
マリーは口を手で覆って微笑む。こちらとしては笑いごとではないのだが。
「あんたは貴族なのか?」
コウスケは直球で質問した。こちらから話しかけるつもりはなかったのだが、マリーの明るさにコウスケもつられてしまったのだろう。
その質問にマリーは笑顔のままあっさりと答えてくれると思っていた。だがその質問の後、突然笑みを消し、頬を膨らませ不満そうな顔をする。
「マリーよ」
「は?」
「私の名前はマリー」
「知ってるが」
「あんたじゃなくて、マリーって呼んで」
「……は?」
このまま問答を続けていても彼女の様子を見ると、絶対に折れそうにないということを本能で感じた。そういうところは頑固さがにじみ出ている。
そんな相手と押し問答していても埒があかない。諦めてコウスケは、無言で歩みを進めた。
「ちょ、ちょっと」
マリーは焦った様子でコウスケを追いかけてくるが、それでもコウスケは無言を貫き通した。
「もう、女の子を無視するなんて、嫌われても知らないわよ?」
マリーは相変わらず自分のペースで言葉を発し続ける。コウスケの方も相変わらず無言のままだ。
「まあいいわ、いつかは呼んでもらうから」
マリーはそう勝手に納得し、コウスケの横に並び立って歩いた。
無視されても構ってくる図太さには感心する。
「この臭いは……」
そこでコウスケが言葉を発した。さきほど嗅いだ臭いを再び感じたからだった。前はどこ嗅いだのか覚えてはいないが、既に『超感覚』をしていないコウスケの嗅覚でも捉えられるほどの強い臭いだった。
「この臭いは魔除けの木の臭いよ。魔物が苦手らしいの。多分どこの町でも植えていると思うわ」
ということは、王都のどこかにも植えてあったのだろう。
確かに一度嗅いだら忘れられない臭いだ。酸っぱいような甘いような、魔物だけでなく人間にも効きそうな臭いである。
その後しばらく歩き、里の入り口までたどり着いた。今思ったことだが、この世界での出入国管理はどうなっているのだろうか。もしそういった規則があるとすると、コウスケに身分を証明するものはないため、入国が出来ない可能性が高い。
「さあ行きましょうか、どうしたの?」
「……大丈夫なのか?」
里の入り口手前で立ち止まるコウスケにマリーは首を傾げた。
「何を心配しているのか分からないけど、私のこの町は来るものは拒まないはずよ」
「そうか」
マリーの言葉を信じてコウスケは里の入り口に歩みを進め、そこに立つ衛兵に近づいた。
「これはこれは、マリー嬢ではないですか。また森まで?」
「ええ、薬草を採りに行ってたの」
「気をつけて下さいよ、最近魔物の目撃が相次いでいるんですから」
「そうよね、今日は彼がいなかったら本当に危なかったわ」
「彼? そこの男ですか?」
衛兵がマリーの後に佇むコウスケへ目を向けた。ただその視線は怪しむようなものではなく、興味の視線だ。
「君がマリー嬢を助けたのですか?」
「成り行きで」
ここで無視すると最悪町に入れてもらえない可能性もあるため、最低限の返事をコウスケはした。そこでマリーが不満そうに頬を膨らませたが無視する。
「そうですか!    マリー嬢を助けてくれて感謝いたします」
「あ、ああ」
にこやかに礼を述べる衛兵。この衛兵も見ず知らずの放浪者に礼を言うなんて、マリーと同じでお人好しだ。
「見たところ魔人族でしょうか? 少し黒みがかっていますが……」
再びコウスケの容姿が話題に上がる。
「でも彼、自分が魔人族だって今日初めて知ったのよ? 面白いわよね」
「それは本当ですか? ハハハ、本当でなくとも面白い話ですよ」
どうやらこの衛兵も魔人族に対する偏見はないらしい。もしあの王国に戻っていたらと考えるとゾッとする。
「お名前を聞いても?」
「コウスケだ」
「コウスケさんですか」
「変な名前よね」
「マリー嬢、例え思っても言ってはいけないこともありますよ」
つまりあの衛兵も思っていたという事になる。やはり日本の名前はこの世界では変わった発音なのだろう。
「コウスケさんは、どうしてこの町へ?」
「コースケはロイヒエン王国から迷子になったそうよ」
「ロイヒエンからですか、なるほど。確かに我が国と王国の国境付近は森が生い茂っていて迷子になりやすいですね」
今の所、衛兵は笑顔のままでコウスケを疑っているようには見えない。
「ですが、魔人族のあなたがロイヒエン王国で生活が送れていたとは思えませんが」
「ああ! 確かにそうね」
衛兵の顔が少しだけキリッと締まり、コウスケへ視線を向けた。マリーもそうかとばかりに口を開いていた。
「それは……」
魔物の肉を食った結果です。としか言いようがない。
「こら、私の命の恩人を疑わないでちょうだい」
困るコウスケに助け船を出したのが、マリーだった。
「いえ、そう申されましても……」
衛兵もマリーには反論出来ないようで、先ほどの引き締まった顔が一変した。
「良いの! 例えコースケが悪い人で、私を殺しても、彼に助けられなければ私はあの時死んでいたのよ? ならコースケに殺されても何も文句は言えないわ」
「……はぁ、分かりました」
マリーの必死の言葉に衛兵が疲れた顔で折れた。マリーの言っている事はめちゃくちゃだったが、それでも折れてくれた衛兵は、やはりお人好しなのだろう。
「疑ってすいませんね、コウスケさん。どうぞお通り下さい」
「あ、ああ」
どうも展開に追いつけていけないコウスケだったが、結果的には良い方向に動いてくれているので良しとしておくことにした。とはいえマリーはやはり高い地位の貴族の可能性が増すこととなった。
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コメント
ノベルバユーザー602604
読みやすくて非常に面白い作品でした。
続きも楽しませてもらいます。