夢見まくら

触手マスター佐堂@美少女

第一話 夏祭りと再会

 俺は友人の服部はっとり二条にじょうと一緒に、近くの夏祭りに来ていた。
 夏祭りに行くことを提案したのは服部だった。
「夏祭りを知らない奴は、人生の半分を無駄にしていると俺は思うね」 
 人生の半分がどうとかいう部分は、服部の口癖なのであまり気にしていない。いちいち真に受けるのも疲れるだろう。
 大学に通うためにそれぞれの地元を離れた俺と二条は、服部の話を聞いてこっちの夏祭りに興味を持った。別に巫女さんが舞を披露したり、屋代のアレがどうとか、そういうことは一切ない、らしい。……巫女さんが見られないと知って密かに落胆したのは秘密だ。
 巫女さんについて語り始めると日が暮れそうなのでやめておこう。ちなみに今は午後六時過ぎ。夏至から一ヶ月程度しか経っていないのでまだ空は明るかった。
「とりあえずビール飲もうぜ」
 とりあえずビールを飲み始めた服部はまだ未成年のはずだが、見事な飲みっぷりだった。
 まあ俺も人のことなど言えない。大学に入り一人暮らしを始めてからというもの、俺の生活は乱れていた。
 服部からビールを受け取った俺は、辺りを見回す。辺りは、人でごった返している。俺が住んでいた街では、ここまで人が集まる祭りが催されることはなかった。お世辞にもここも都会と呼べるほど大きな街ではないが、俺の故郷とは比べるまでもない。正直人ごみの中を歩くのはかなり疲れるが、新鮮な光景だった。
「なあ、毎年やってる射的の屋台がすぐそこにあるから行こうぜ」
 いつの間にかビール三杯を飲み干したらしい服部が提案する。俺は一杯でやめておいた。今月は少し遊び過ぎたせいか、財布が割とピンチなのだ。
「射的かー。懐かしいな。昔は毎年的屋のオッサンのグラサン狙って遊んでたっけ……。あのグラサンどこいったんだろ」
 二条がいい思い出風に呟いていたが、内容は最悪だった。つかグラサン持ってオッサンに謝りに行け。
「俺はやりたいな。久しぶりに楽しめそうだし」
たくはどうする?」
 琢とは二条のことだ。二条琢にじょうたく。服部は友達を下の名前で呼ぶ。あいつなりの礼儀らしいが、俺と二条は苗字で呼んでいる。何となくタイミングを逃してしまった感じがするのだ。
「お前らがやるならやろうかな。ちょうどグラサンも欲しかったところだし」
 またヤル気だった。子どもだったから許されたことに気付いていないのかこいつは。今やったらほぼ確実に通報されるぞ。
 そんな俺の内心など知るはずもなく、的屋に着いた。露店にしてはなかなかの大きさだ。狙いやすい小さめのものから、明らかに落とさせる気のない大きすぎるものまで、多彩な賞品が陳列している。
「お、今年も来てくれたんか兄ちゃん」
「おう! 今年こそあのデカいのを取ってやるぜ!」
 どうやら服部はここの的屋のオッサンと顔見知りのようだ。金を払い、銃を受け取る。一番手は服部だ。
「見てろよ海斗かいと……。俺の究極の射的テクを――!」
 全部外した。
 それはもう、見事なほどに。
「……まあ、こういう年もあるさ。人生長いんだ」
「兄ちゃん。去年も一昨年も同じこと言ってたぞ」
「おい余計なことを言うな的屋のオッサン」
 ……服部がこの的屋のオッサンにカモられるのは毎年恒例の行事のようだ。
 「当てることすら出来ないなんてな…………ぷっ。ちょーっとザコいんじゃないすかねぇ地元民さん?」
 うわぁ……。
「……オッサン、もう一回やる」
「はいよ、まいどあり」
 案の定、二条の安い挑発に乗った服部が、再び金を払い、銃を構える。
「じゃあそろそろ俺もやろうかな」
 そう言うと二条は銃を構えた。なかなか様になっている。狙うのは缶ジュースのようだ。
「そんな小物落としてどーするんだよ? 男なら黙って大物だろ? そんなんばっかり狙ってたら人生の半分は損するぜ」
 二条は服部の安い挑発には乗らず、見事に三本の缶ジュースを撃ち落とした。
「おお……」
「……く、悔しくない悔しくない。決して断じてちっとも悔しくなんてない。うん」
 ……もうここまで来るとネタっぽく見えてしまうのだが、本人はいたって真面目だ。ちなみに動揺すると若干日本語がおかしくなるのが服部の特徴である。
 次は俺の番だ。ドヤ顔の二条を横目に銃を構える。服部は結局二回目も何も落とせなかったらしく、「どうせ俺は永遠に的屋のオッサンに金を貢ぎ続ける星のもとに生まれてきたのさ……」などと、意味不明なことを口走っていた。どんな星だよそれ。
「ハズレろハズレろハズレろハズレろ……」
 背後から敗者による呪詛のようなものが聴こえる気がするが無視する。獲物を探していると、良さ気なものが目に入った。

“超低反発まくら”

 それ以外何も書かれていない、シンプルなデザインの外装だ。 
 そのとき、俺に電撃が奔った。理由はわからない。本当に理由はわからないが、何故か俺はどうしてもそれが欲しくなってしまったのだ。
 俺はそのまくらに標準は合わせ、撃った。
 

 ◇


「いやー、まさか本当に落とせるとは……」
 俺は戦利品の低反発枕を抱えていた。思ったより重いし、想定外の巨大な荷物になってしまったが、気分はいい。 
「というか何故露店に低反発枕……」 
 二条が本気で戸惑っている。 
「俺なんてそれがただの枕だってことにすら気付いてなかったんだぜ? 普通あのデカさだったらPS3だと思うじゃん! 詐欺だ詐欺!」
 服部に至ってはよくわからんことでごねている。相手にするのも面倒だ。
「つーか去年までは確かにゲーム機だった気がするんだよ、いやマジで」
「でも一応的屋のオッサンに確認したんだろ?」
「ああ。聞いてみたんだけど、こんなんあったっけ? というすげぇ適当な回答をいただきました」
「……大丈夫なのかそれ」 
「枕に罪はない。それになんかビビっときたんだよねビビっと」
「ビビっときたのか。……ただの低反発枕に見えるが」
「わかってねえなぁ琢! もしかしたら低反発枕から美少女が出てくるかもしれないだろうが!」
「んな枕恐ろしくて使えねーよ」
「好きな夢が見れる枕とかでもいいな。毎日寝るのが楽しみになる」
「……冷静に考えてみろ。そんなもん実在したら大概の人間が廃人になるぞ」
 その後は、適当に露店を見て回り、服部の数々の究極テク(笑)を存分に堪能した後、家路に就いた。


 ◇

 
 時計のアラームで目が覚めた。
「……すげぇなオイ」
 かつて味わったことのないほどの、爽快な目覚め。さすがは低反発枕、と感心してしまった。
 とはいえ、あまりゆっくりもしていられない。さっさと朝食の準備をしよう。今日はバイトだ。
 

 ◇


 コンビニでのバイトを終え、夕方。通りは学校帰りの学生で賑わっている。あまり心地いいとは言えない疲労感に包まれながら、俺は歩いていた。
 そういえば今日の晩飯どうしようかな。冷蔵庫に大して使えそうなものが入ってなかった気がする。
「……海斗?」
 脳内で、晩飯はコンビニで適当になんか買って帰ろうという結論を出した瞬間、背後から話しかけられた。反射的に振り向く。
 ……見覚えがある顔だ。一瞬、誰? と言いそうになったが、すぐに思い出した。
皐月さつき? 久しぶりだな!」
「そうだねー。もう二年ぐらい会ってなかったんじゃないかな?」
 彼女は前橋皐月まえばしさつき。二つ年下の俺の幼なじみだ。二年ほど前に、親の都合か何かで家族ごと引っ越したと聞いたような気がするが……。
「お前もこの辺に住んでるのか?」
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
「いや、初耳」
「そっか。お前“も”っていうことは海斗もこの辺に住んでるの?」
「ああ。k大学に行くことになったから、今はそこのワンルームマンションに一人暮らし」
「へぇ。k大行ったんだ海斗。けっこう頭いいじゃん」
「お前の成績なら余裕だろーが。知ってるぞ、中学の時全国模試で一桁に載ってたの」
「いやいや、これが意外とそうでもないんだよね。高校入ってすぐの頃はサボりまくってたからなあ……」
「まぁ元はいいんだし、本気でやればt大だって入れそうだけどな、お前の頭なら」
「……褒めても何も出ないよ?」
「何か出るかもなんて思ってねーよ。そういやお前は学校帰りか?」
 そう聞くと、皐月はあからさまに表情を曇らせた。
 ……何か、気に障ることでも言ったか俺?
「……実は私、今日家出してきたんだよね」
「ほう。あの優等生だった皐月ちゃんが家出ねぇ」
 どうやら進路について親と喧嘩したらしい。
高峰たかみねは由緒ある家柄だとか、あ、高峰っていうのはお母さんのほうの実家なんだけど。お前にはお前の役割があるから逃げることは許さんだとか……嫌になっちゃうよ」
 やれやれとジェスチャー付きで表現してくれた。
「と、いうことで、海斗ん家泊めてくれない?」
「……待て。何故そうなる?」
 文脈が不自然だ。
「着の身着のままで出てきたからほとんど何も持ってないし、お金もあんまりないし。ちょうどいいかなと思って」
「男の部屋に泊まるのに抵抗はないのか女子高生?」
「海斗だから大丈夫」
 信頼されてるなー俺。
「……まあいいか。あらかじめ言っとくけど狭いからって文句言うなよ?」
「はーい!」
 皐月は元気のいい返事をした。
 

 ◇

 
「うわーなにここすごく狭い」
「文句言うなって言っただろうが!」
 皐月を連れて帰宅した俺は、早速鋭いツッコミを入れた。さっきも言ったが、俺が住んでいるのは、六階建てのワンルームマンションの一階の角部屋。言うまでもなく二人で住むには狭い。入らないこともないだろうが。
「まあ今日一日ぐらいはなんとかなるか……」
「あ、しばらくはここに泊めてもらうから、よろしくね海斗!」 
 ………………。
 「……まあ今日一日ぐらいはなんとかなるか…………」
「ちょっと、無視しないで」
「いや、お前な……。しばらく泊めるとか無理に決まってんだろ。冷静に考えてみ。この広さだぞ? 八畳ぐらいしかないんだぞ? 布団も一枚しかないんだぞ? 俺がちょっと変なとこ触っても文句言えんぞオイ!!」
「とりあえず少し落ち着こうか海斗くん」
「はい」
 一瞬にして指摘する者される者の関係が逆転した。
 俺としたことが、幼なじみとはいえ女子高生と同衾できることに少なからず興奮していたようだ。
「いや、同衾ではないな。別に性的関係になったわけではないからな、うん」
「なんか昔に比べてだいぶえろくなったね、海斗……」
 心なしか、皐月が俺を見る眼が冷たいような。
 きっと気のせいだろう。
「冗談はこれくらいにしとこう。晩飯はどうする?」
「……色々と言いたいことはあるけど。っていうか料理できるの海斗?」
「あんまり凝ったのは無理だけど。料理に関しては、大学に入学する前の春休みに、母さんに徹底的に叩き込まれたからな。それはもう色々と……」
 ほとんど春休み返上だった。おかげで俺の“こっそり春休みの間に原付の免許取ろう”計画が頓挫したのは秘密である。
「た、大変だったんだね海斗も。……うーん。それじゃ肉じゃが作ろっか」
「肉じゃがか。懐かしいな」
 ついこの前までは、よく母さんが作ってくれていた。
「……あ、でも俺作り方知らないわ」
「私が教えてあげるから大丈夫! 材料ある?」
「なかった気がするけど、一応見てみる。もしなかったら買いに行こう」
「もう作る気満々ですね海斗さん」
「うるさい」
 冷蔵庫を覗くと、想像していた以上に食材が残っていた。肉じゃがの詳しいレシピは知らないが、必要なものはありそうだ。
「……意外とあるな。これだけあれば買いに行かなくてもいけるんじゃないか?」
「どれどれ?」
 皐月が、材料を確認するためにこっちに身を寄せてきた。……確認するため……だよな? 何か必要以上に顔が近い気がするのはきっと気のせいだろう。
「糸こんにゃくが……いや、別にあれはなくても作れるか。うん、大丈夫。作れるよ」
 あとさっきから皐月の柔らかい部分が腕に当たっている。無意識か。無意識なのか。
「よし、それじゃあ早く作ろうぜ。腹減ったわ」
 さっきから腹の虫と心臓の音がうるさい。頼むから静まれ。
「え? 肉じゃがだけ作るの?」
「……皐月、何か作って」
「もう、しょうがないなあ」
 俺の返答はある程度予測していたらしく、割とご機嫌なようだった。
「それじゃ、わたしは他のもの作るから、海斗は肉じゃがをお願い。作り方はちゃんと教えながら作業するから心配しなくていいよ」
「お世話になります」
「じゃあまず、タマネギを薄切りにしてもらおうかな」
「了解」
 こうして、皐月さんの個人レッスンが始まった。


 ◇


「ごちそうさまでした」
「はい、おそまつさまでした」
「あー、なんか久しぶりにまともな飯食った気がする」
 満腹感と疲労感で今にも眠ってしまいそうだ。というか皐月がいなかったら確実に寝てる。
「だめだよーちゃんと食べなきゃ。おばさんが何のために海斗に料理を叩き込んだのかわからないじゃない」
「まあ、そうなんだけどな……」
 毎日自炊するのは、正直に言ってしまうと面倒極まりないのだ。
「私をここに置いてくれたら、毎日手料理を振る舞っちゃうんだけどなー」
「それだけはだめ」
「……どうしても?」
 皐月は目を潤ませ上目遣いで俺を見つめてくる。すいません。可愛いのでやめてください。
「遊びにくるのはいいけど泊まりはだめ。……なんでこんなところだけ俺のほうがしっかりしてるんだよ」
「海斗、お風呂借りていい?」
「人の話を聞け! って、お風呂!?」
 思わず声が裏返ってしまった。動揺しているのがバレバレだ。皐月のほうを見ると、小悪魔のような笑みを浮かべていた。
「……からかわないでくれよ」
「ごめんごめん。でも、お風呂かしてほしいのは本当だよ。このまま寝るわけにもいかないし」
 スカートを弄りながらそんなことを言う皐月。……そういえば皐月は今の今までずっと制服だ。着替えなんて持って来てるはずもない。
「着替えは俺のでよければ割とたくさんあるから大丈夫だ」
「いや話ズレてるよ海斗。パジャマをかしてくれるのはありがたいんだけど、今はお風呂の話でしょ?」
 お前がスカート弄ってたんだろう、と言いたかったが堪えた。
「風呂ぐらい入ればいい。ただ、頼むから断りもなしにいきなり風呂場のドアを開けたりするなよ?」
「…………え? わたしって海斗にどんな風に見られてるの?」
「そりゃ、昔に比べるとエロくなったよな」
「……そうなんだ」
 あれ。
 心なしか、皐月の顔がちょっと赤くなっているような気がする。
「わ、わたしお風呂入ってくるから! お先です!」
「お、おう……」
 皐月はまるで逃げるように風呂場に向かった。部屋につかの間の静寂が戻る。そういえば今日はSステの日だったと、俺は思い出したようにテレビをつけた。
 ……しばらくして、シャワーの音が聞こえてきた。あのドアの向こうで、皐月がシャワーを浴びている。
 それを認識した瞬間、心臓の動悸がものすごく早くなった。テレビからは今流行りのアイドルグループの曲が流れているが、ただ耳を通り過ぎているだけで意味をつかめない。
 どうやら自分で自覚している以上に緊張しているようだ。
「……落ち着けよ海斗。お前が今やるべきことは夕食後の皿洗いだ。今はただその任務を遂行するのみ」
 と、いうことで、皿洗いをすることにした。……決して他のことをして気を紛らわせないと頭がおかしくなりそうだから、とかいう理由からではない。断じて違う。
「……それにしても、可愛くなったなー皐月のやつ」
 昔から気になってはいたが、まさかここまで俺の好みのタイプに成長するとは思っていなかった。         
 肩の辺りまで伸びたサラサラとした黒髪。くりくりっとした目。愛らしい唇。白い肌。正直に言うと、今すぐ風呂場に行きたいぐらいだ。そんなことを考え、悶々としながらも、俺は皿洗いを続けたのだった……。


 ◆


「ふー、遅くなってごめんね海斗。……海斗?」
 わたしがお風呂から上がると、台所と思しきところで寝ている男がいた。
 というか海斗だった。
 どうやら洗い物を全部片付けた後、疲れて眠ってしまったようだ。
「……よっぽど疲れてたのかな」
 海斗を跨ぎ、冷蔵庫から牛乳を取り出す。風呂上がりの一杯はどうしてもやめられない。家主はそこで寝ているが、牛乳の一杯や二杯いちいち許可を取る必要もないだろう。家主海斗だし。
「これからよろしくね、海斗」
 家主の眠った部屋の片隅で、わたしは微笑んだ。

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