絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百六十七話 たった一つの、冴えたやり方

 インフィニティはまったく動かなくなったリリーファーの上に立って、それを見下ろしていた。
 コックピットに座っている崇人はあまりに疲れているのか、肩で息をしていた。

「倒した……倒したぞ……!」
『敵のロボット、正確に言えばリリーファーとは異なる存在ですが、構成成分はリリーファーとほぼ同一と言えるでしょう。中にいる起動従士について、いかがなさいますか?』
「相手は敵だ。だが、同じ人間ともいえる。まずは助けるのが先決だと思う」
『……しかし、相手は武器を持っている可能性もありますが?』
「そうだとしても、相手が人間であることには変わりない。そうだろう?」
『そうですか。解りました。そういうと思っていましたよ』
「……逃げ道かい。そう言っておけば、実はそんなことを思っていなかったけれどそう思っていたように見せかける。君はほんとうに人間に近い思考をしている。珍しい人工知能だよ」
『私を人工知能であるとそう認識しているのであれば、あなたはまだ凝り固まった考えですよ』
「何……だと?」

 崇人はフロネシスの発言に耳を疑った。
 その発言ではフロネシスがまるで――人工知能ではないと発言しているようではないか、と。

「なあ、フロネシス。それっていったいどういうことなんだ――」
『マスター、起動従士が降りてきます』

 それを聞いて彼はそちらに視線を送る。
 見ると確かに胸につけられているハッチがゆっくりと開かれているのが解った。

「……起動従士、いったいどういう存在が解らない。もしかしたらこちらに攻撃を仕掛けてくるかもしれない。フロネシス、念のため銃口を。いつでも撃てる準備をしておけ」
『了解』

 フロネシスの言葉を聞いて、彼は再びそのハッチから降りてくる相手に注目する。
 何か如何わしい行動を起こした瞬間――インフィニティが火を噴く。
 それは人間に攻撃するには有り余るものだったが、今の状態では致し方ないことだ。何しろ、相談する相手もいない。これは彼の独断によるものだ。
 ゆっくり、ゆっくりと降りていく。足を怪我しているのか、少し右足を引きずりながらの降下。それは彼にとって少し不思議なことだった。なぜならリリーファーは重力操作を行う。即ち、コックピットが外部からの振動で揺れることは非常に少ないし、それがあったとしても重力によって叩きつけられることもない。自動的に重力を感知して、コックピットが回転するためだ。それによって三半規管が刺激されることもあるかもしれないが、それは訓練でどうにかする。それが起動従士の基礎だからだ。
 そして、起動従士の全貌が見えて――彼は言葉を失った。

「おい……どういうことだよ……。おろせ、降ろしてくれ! フロネシス、俺をあの起動従士の場所へ!」
『いかがなさいましたか。マスター。あなたがそれほどまでに慌てるのは珍しい』
「それも当然だろう!! いいから急いであの起動従士の解析を急げ! きっと、俺が予測する通りならば――」
『了解しました。では、解析を開始します』

 数瞬の沈黙があり、その間も彼は降りてくる起動従士を見つめていた。
 ひどく窶れていて怪我もしていたが、あれはきっと――『彼女』だ。彼はそう認識していた。

『終了しました。解析結果――百パーセント、一パーセントの曇りもなく、マーズ・リッペンバーであると確定されました』
「やはりな……」

 フロネシスから解析結果を聞いてもなお、彼は驚くことなどしなかった。それどころか、そんな結果解っていたとでも言いたげな表情で外を眺めていた。

『……解っていたのですか?』
「解っているわけがない。ただ、相手の風貌、随分と窶れているが……あれはマーズ本人に違いない。マーズ・リッペンバーだ。だって、俺はあいつの一番の理解者、だぞ?」

 そうして彼はコックピットの扉をこじ開けて――外へと飛び出していく。

『あ! マスター、まずはこの地域の空気汚染度を確認せねば――』
「そんなことをしている暇なんて無い!」

 そして彼は飛び出していき――外を歩くマーズに駆け寄る。
 ちょうど彼女が地面に倒れこむタイミングで崇人がそれを阻止した。

「大丈夫、か?」

 崇人が優しく問いかける。
 マーズは一瞬その声が誰のものか解らなかったようだが――すぐに誰の声なのかを理解して、そちらを向いた。
 そして。

「タ……タカト?」

 マーズの声を聴いて、崇人は小さく笑みを浮かべた。


 ◇◇◇


「そうだったのか……。まさか、そんなことになっていたとは……」

 崇人とマーズは、お互いの情報共有に至った。
 結果としてマーズがヴィエンスとコルネリアを殺してしまったことについて、彼女はひどく悲しんでいたが――彼はすぐにそれを否定した。帽子屋による計画を知っていたからだ。帽子屋が言った、『ほかの世界のリリーファー』に乗っていたのが、偶然マーズだったということ――。彼はそう結論付けた。

「ほんと、タカトは優しいよ。ずるいくらい」
「なんでだ? なぜ、俺がずるいんだ」
「だって、優しいじゃない」

 それしか言わなかったので、崇人は肩をすくめた。
 だが、マーズはそれ以上彼に悟られないほうが良かった。

「……でも、私、戻ってこられてよかった。だって、完全に死んだと思ったから」
「そうだな。……俺だってそう思った」
「だよね……」

 二人の間にあるたき火が切なく風に揺れる。

「……ねえ、これからどうするの?」

 マーズの問いに、崇人は俯いたまま呟く。

「そうだな……。一応考えているけれど、でも、それは現実味がないことかもしれない」
「いいよ。現実味がなくても。私は一緒に行く。あなたと一緒になら、どこへでも行ける」
「……そう言ってくれて、とても嬉しいよ」

 笑みを浮かべて、崇人は考える。
 そういわれても、彼はまだどうするか決心がついていなかった。
 このまま帽子屋との最終決戦に突入しても構わない。だが、生き残った人間を捜索する必要があるのではないか?

「なあ、マーズ……」

 そして彼は。
 考えを――彼女に吐露する。

「俺は……」
「いやあ、おめでとう。タカト・オーノ」

 拍手と声が聞こえて、彼はそちらを向いた。
 そこにいたのは――神と呼ばれる少女だった。
 神と呼ばれる少女が、そこに浮かんでいた。
 神は言った。

「まさかこんな簡単に戦いを納め、しかも、その戦いの相手をいさめるとは。そう簡単にできることではないよ、タカト・オーノ。まずは冷静に、単純に、それについて褒め称えようではないか」
「戯言を言っている暇があったのか。力は取り戻したのか?」
「力……。ああ、確かそんな『嘘』を吐いていた時期もあったね」

 その笑みは、まるで悪魔が笑っているような――邪悪だった。

「どういうことだ……!」
「それまでの意味だよ。私はもともと力など失っていなかった。そういえば、理解してくれるかな?」
「……嘘を吐いていた、ということか!」

 ふん、と神は笑い、告げた。

「まあ、そういうことになるだろうよ」

 乱暴な口調だった。それは今までの丁寧な口調とは違い、雑なものだった。まるで今までの行動はすべて演技だったか別人だったかのいずれか――そう疑ってしまうほどに。
 神の話は続く。

「それにしても、あっという間に帽子屋が課したミッションをクリアしてくれたね。あまりの速さで驚きだよ。私としてもさすがにそこまでは予測できなかった。まあ、それくらいならば修正することは可能だ。大いに可能だ。まだ修正範囲内だ。むしろ、これくらいの誤差がないとね、何事も楽しくない」
「何を……」
「賭け事をしないか、タカト・オーノ」
「賭け事、だと?」

 唐突の発言に首を傾げる崇人。

「そうだ。私とお前で賭け事をする。お前が勝てば世界をもとに戻してやろう。もちろん、人間も、造形物もすべて。しかしお前が負ければ――」
「負ければ――?」
「お前は強制的に元の世界に戻す。この世界も滅ぼし、元の世界からこちらの世界は二度と戻ることはできない」
「……だと?」
「……というのは嘘だ。正確に言えば、元の世界にもこちらの世界でも生きていけない身体にしてやる。永遠を彷徨する、簡単なお仕事だ」
「賭けの内容はなんだ?」
「簡単だよ。私に勝てばいい。だが、私は私の箱庭から出ることなどしないがね。まずはこの箱庭に辿り着いてから……の話になるが、それくらいのペナルティは問題なかろう? 私としても、インフィニティともろに戦えば数秒も持たないからね」
「箱庭……だと?」
「ああ、そうだ。箱庭だ。『白の世界』と言ってもいいかもしれないね。何せ、シリーズはそう呼んでいたから。私の部屋をそのように勝手に命名されちゃ困る、と教えたばかりなのだけれどね。やはり子供のしつけはもっと厳しくしなければ。……うむ、そうだ。そうしなければなるまい」

 そして、勝手に話すだけ話して――神と呼ばれる少女は姿を消した。

「待て――!」

「……タカト、あの少女は、いったい?」

 マーズの問いに、彼は冷静に答える。

「――あれは神だ。この世界の、神。正確に言えば、この世界以外にも様々な同位相世界を管理しているらしいが。俺も詳しいことは解らないから、ただ、一言、神と言っている」
「神……ですって?」
「そう。神。俺は、一瞬神に騙されていた……ということになる。帽子屋に力を奪われてしまい、そうして帽子屋から力を返してほしい。そういわれたのに……」
「その最善の方法が、戦って勝つことだった……と?」
「そういうことになる。きっと、こんなくだらないシステムを考えたのも、……いや、考えているかどうか解らないが、黙認していたに違いない。俺はそいつを許せない。だから、俺はあいつを倒しに行く。一発殴らないと気が済まない。上でずっと人間の行動を監視していた、くだらないことをし続けていた神を殴りに行くんだよ」

 そう聞いて、彼女は小さく溜息を吐いた。

「なんというか……前から変わらないね、タカトは」
「変わらない? ……そうか?」
「ええ、そうよ。ずっと、変わらない。逆にそれで嬉しいよ。……で、カミサマを倒すんだっけ? ……とはいえ、神の箱庭に行く必要があるのでしょう? 私たちが簡単にいくことが出来る……あ」
「ん? 何か思い当たる節でもあるのか?」

 マーズの驚いたような表情を見て、崇人は言った。
 マーズは何度も頷いて――そして言った。

「いるよ、いる! シリーズと同じようなタイプで、あの白の世界に入ることのできる可能性がある人物が!」

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