絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百五十九話 Happy-end supremacy principle

 その言葉を聞いて、崇人は衝撃を受ける。
 彼が予想していた通りの事実であったが、それ以上に、この扉を潜れば戻ることが出来る――それが発言されたこと自体が彼にとって驚きだった。
 エスティは話を続ける。

「きっとあなたは違和感を抱いているかもしれない。疑問を抱いているかもしれない。本当に戻ることが出来るのか? ということについてね。けれど、これは確かよ。この世界から、あなたは元の世界に戻ることが出来る。この世界は、崩壊を開始している」
「それは……どういうことだよ、エスティ! いったい何が起きているのか、説明してくれ!」
「説明した通りの事。この世界は『破壊者』との戦闘に負けた。そして崩壊を開始する。それだけのこと」
「わっかんねえよ! お前がどうしてそんなことを知っているのか、もそうだ! それ以上に、お前が……何で……この世界を……助けることは出来ないのか?」
「流石にそれは……」
「出来るさ」

 声が聞こえた。
 崇人とヴィエンスは振り返る。
 刹那、レーザーがエスティの胸を貫いた。

「かは……」
「いやあ、まさかこんなにも早くネタバラシをすることになるとは。まったくもって想定外だよ。この代償は高くつくよ、エスティ・パロング?」
「帽子屋ああああああああ!!!!!!」

 帽子屋が立っていた。
 レーザーを放ったのは、紛れもない帽子屋だった。
 帽子屋に走り殴りかかろうとした崇人だったが、見えないシールドによりそこまで向かうことが出来ない。

「無駄だよ。人間と僕たち『シリーズ』の違いだ。僕たちに君たちは指一歩触れることは出来ない。まあ、仕方ない話だよね」
「エスティ! 大丈夫か!」

 ヴィエンスの言葉を聞いて、崇人もそちらへと向かう。
 帽子屋の放ったレーザーは真っ直ぐエスティの心臓を貫いていた。
 血があふれて、止まらない。

「エスティ!」
「……まさか、こんな早く見つかってしまうなんて……」

 そう言って口からも血を零すエスティ。

「エスティ、話すな。しっかりしろ!」
「無理だよ、エスティ・パロングはもう生き返らない。死んだ人間にこれ以上意識を向ける必要もあるまい?」
「帽子屋……お前は何が言いたい?」
「君に選択肢を与えよう、タカト・オーノ」

 帽子屋は人差し指と中指だけを立てて、微笑む。

「選択肢、だと?」
「選択肢は二つ用意してある。二つに一つだ。一つは元の世界に戻ること。これを選択すればすぐに僕はこの扉を開けて君を元の世界へ戻してあげよう。ただし、この世界には二度と戻ってこられないし、ヴィエンス・ゲーニック、君もこの世界に残ってもらおう」

 それを聞いてヴィエンスは目を丸くする。

「当然だろう? だって、あの世界で生きていた人間はたった一人、タカト・オーノしかいない。彼は元の世界に戻す意味はあるが、お前は? この世界で生まれ育った人間なのだろう? だったら、最後もこの世界とともに死ねよ」

 力強く歯を噛み締めるヴィエンス。
 彼は悔しいのだ。ここまで言われて何も言い返せない、何も反撃できない、無力な自分を恨んでいた。どうして何も出来ないのか、悲しくなっていたのだ。
 帽子屋はそこまで行って中指を折り、人差し指を見つめる。

「二つ目、この世界に残ること。これは簡単だ。三日後にもう一度『破壊者』との戦闘がある。一回目はこちらが迎え撃つ番で相手の不戦勝として終わってしまったが……今度はこちらが世界へ殴り込みに行く番だ。そこで破壊者を潰す。そしてこの世界は救われる。ただし、今度は君が元の世界に戻ることは出来なくなる。どうだい? いい選択肢を集めただろう?」
「ああ、ほんとうにクソッタレな選択肢だよ。最低で、最悪だ」

 その言葉に帽子屋は微笑む。

「じゃあ、どうするつもりだい? 選択しておくれよ、この世界か、元の世界か」
「僕は――」





 ――彼は思い返す。
 今までの、この世界で過ごしてきた記憶を。






 ――見てろ、何者か知らねえが、サービス残業が普通の残業に引けを取らないところを見せてやる。
 ――ちょっと諸事情があってな、今はこいつと一緒に暮らしている。出来ればでいいんだが……ちょっとこれはオフレコにしてもらってもいいかな?
――『パイロット・オプション』だよ。リリーファーの起動従士になれるってのは、無論あの学校を出るってのもあるが、最終的には運じゃないんだ。起動従士になるべく生まれた人間ってのは、生まれてして特殊能力を持っているんだと。そして、それはリリーファーに初めて乗ることで目覚めるらしい。それが……『パイロット・オプション』だ。
――人間は強いとか言ってるけど、だったら肉食動物に簡単に引きちぎられたりはしない。結局、人間の身体は恐ろしい程に弱い。そのために、人間は技術を発達させたり、魔術やら何やらを行使したりした。だがね、それでも基本的な肉体の強さは変わらなかった。人間ってのはそういう弱い生き物だよ。たとえ、あなたの羽織っているそのマントが魔装兵器の一つだとしても、ね。
――なんでも新天地だ。色んな人間がそこにかける情熱はとんでもないだろうね。場所はヴァリエイブルから西海を通ってずっと向こう。どれくらい遠いのかも、見当がつかないらしい。
 ――来ないで、タカト! あなたも死んでしまう!!
 ――あぁ……月が綺麗ねぇ……。
 ――いやいやいやいや、おかしいって。じゃがいもが溶けたらあつあつになるじゃん! 猫舌の私にとってそれはちょっち辛いかなーって。
 ――やっぱり双子って聞いたからすごいそっくりなのかってことを期待していたんだけど……期待通りねえ。すごいそっくり。なんというか、鏡写しみたいに。
 ――先ずは、おはようございます……でいいのかな? タカト・オーノくん。君は十年物間眠っていたのだよ。その時間は君にとっては長い時間かもしれないが、世界にとっては短い時間だった。何せ、その十年という間に起きるべきではないことが連発したからね。





 この世界の記憶は、とても濃厚で、いろいろあったが、素晴らしいものだった。
 だからといって、もともといた世界を捨てるわけにもいかなかった。
 だから、大野崇人は、タカト・オーノは選択する。






「決めたよ、帽子屋。僕は、どちらの世界も救う」
「……何だと?」

 ニヒルな笑みを浮かべて、帽子屋は訊ねる。

「この世界も救って、元の世界に戻るよ。ハッピーエンドじゃないと、つまらないだろう?」
「ハッピーエンド……ふふふ、ハハハ! まさかそんな選択をするとはね! 面白い、面白いよ。タカト・オーノ! やはり君をえらんだのは正解だったようだ! まったく、面白い考えを持っているよ、君は」

 そして、帽子屋は踵を返す。

「どこへ向かう!」
「三日後の決戦に備えるためだよ。いや、もう夜だから正確に言えば二日後なのかもしれないがね。いずれにせよそれで決着する。どちらかが滅び、どちらかが生き残る。期待しているよ、タカト・オーノ」


 ――その選択を後悔しないように、出来ればいいけどね。


 その最後の一言は、彼らに聞こえることは無かった。
 そして、帽子屋はゆっくりと姿を消した。


 ◇◇◇


「次の戦いの日が決まったぞ」

 世界と時間は変わり、マーズのいる世界では、ハンプティ・ダンプティがそろそろ横になろうとしていた彼女にそう語った。

「……流石に早くない? 一週間くらいインターバルとかないものなの?」
「ない。我々も急に知らされるからな」
「ふうん」
「今度はまた、我々が迎え撃つことになる。前回のように世界へ潜り込むのではなく、だ」
「それなら、大分楽かも」

 マーズ・リッペンバーは微笑む。
 彼女は知らなかった。
 つい此間攻撃した世界が、もともと彼女のいた世界であり、彼女自らの手で二人の起動従士を殺害したということを。
 彼女の目には、もう歪んだ情報しか映りこまない。迎え撃つときや攻撃するときは、必ずブレイカーのフィルターを通して目視している。だから、実際に見る映像と異なることがある。そして、ブレイカーに長く乗ることは彼女の精神にも影響を来していた。毎回乗るたびにコックピット内部に精神安定剤の成分が投与されていることは、彼女は知らない。そしてもちろん、その成分の副作用に幻視・幻覚があるということも知らなかった。
 彼女は異世界で出会った、この世界の『シリーズ』を信じ切っていた――というよりも洗脳されていた、というのが近いかもしれない。この時にはもう、この世界を救うために他の世界を滅ぼすことに躊躇など無かったのだから。

「で、戦いの日は?」

 何も知らないマーズは、ハンプティ・ダンプティに訊ねる。
 仮面を被ったハンプティ・ダンプティは彼女に告げる。

「――三日後だ。これを勝ち抜けば、我々の世界は生き残ることが出来る。そして、それは相手の世界も変わらない。だが、油断してはならない。我々の世界を守り抜くために、相手に情などかける必要は無いのだから」






 物語は、始まりもあれば終わりが必ずある。
 そして、ゆっくりとこの物語もまた、一つの終焉を迎えるため、展開が加速し始める。
 その終焉にあるものは――笑顔か、はたまた涙か?
 それは、この時点では誰にも解らない。



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