絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百四十七話 蜘蛛の糸(中編)

「虚数課……?」
「まあ、先ずは腰掛けなよ。取り敢えずは安座で構わない。……っと、安座の意味って解るかな?」
「安座……?」
「楽に座る、ってことだよ。変に緊張しなくていい、ってことだ」

 そうなら早くそう言えばいい、とマーズは呟きながら床に座る。

「改めて、挨拶と行こう。僕の名前は信楽瑛仁。警察庁神霊事象調査課の課長を務めている。以後、よろしく頼む」

 そう言って信楽瑛仁は彼女に手を差し伸べる。
 そのまま彼女は彼の手を握り返す。

「さて、君が思っている疑問を一つずつ解決していくこととしよう。……先ず、この時間軸は何なのか、ということだ」
「時間軸?」
「そうだ。この時間世界はどこに所属しているのか、それを知りたいだろう。だって君は異世界人なのだから」

 その指摘に彼女は驚いた。
 と同時に、信楽瑛仁は微笑んだ。

「驚いたかい? 僕はこう見えても何でも見ることが出来る。それが過去であっても、未来であっても、別の世界であっても……。最後は言い過ぎたかもしれないが、いずれにせよ残りの二つは事実だよ。アカシックレコードというものがあってね、それを見ることが出来るんだよ。アカシックレコードには過去から未来まで……この世界の凡てが書かれている」
「予知能力者……ってこと?」

 予知能力――正確には、予知の魔法だが――を使う人間はマーズの世界にもいる。そういう人間の大半は予知能力とは言っても広い期間の予知は出来ない。せいぜい数日が限界なので、その程度の予知能力を使って商売をする人間が大半だ。結局、予知などはマーズの世界ではあまり役立たないことになる。
 しかし、今の話を聞くと、マーズの世界の人間は驚愕することだろう。世界には過去も未来もこれから起きる凡てのことが書かれた何かがあって、それを見ることの出来る人間が居るということを知れば――きっと、それを求めて争いが起こる。

「きっと、君はこう思っているだろう。争いが起こる、と。その通り。だから、僕はあまりこの能力を使いたくない。それは警察庁も良く思わないが……。まあ、そこは何とかしてもらっている。確かにあちらもあちらで、予防できる犯罪が解るのならばその能力を使いたいのだろうが、僕としてもこれはあまり使いたくない。肉体にも精神的にもそれなりのダメージを与えるものでね。それも、なかなか回復しない。厄介な能力だよ」
「……つまり、その能力ちからはあまり使わないほうがいいということ?」
「そうだね。けれど、使わないといけない時もある。そのためには僕自身の命も厭わない。それが結論だよ」
「……あなたには、何が見えていたというの? この話の流れならば、私がここに来るよりも先の未来も読めていたように思えるけれど」

 それを聞いた信楽瑛仁はフフと鼻で笑う。

「そうだね、そうだ。確かにその通りだ。……だから、言える。君がこの世界にやってきたことで、この世界は大いなる局面を迎えることとなる。君がどうするか、それは決めてくれ」

 決めてくれ。
 その一言で、マーズは何も言えなくなった。
 彼女が知らない世界の終末を、彼女が選ぶ。それがどれほどに滑稽なことであるというのか。

「君は、それ程に重く運命を受け止める必要は無い。けれど、この世界と君の住む世界、どちらかを選択することで、最終的に後悔のない選択をすればいい。それによって僕が死のうが、それは構わない」
「課長、それは……」

 大男は信楽瑛仁の言葉に反論する。
 しかしそれよりも先に、信楽瑛仁は手を出して彼の言葉を制した。

「いいのだよ、いいのだ」
「世界は……!」
「滑稽なものだろう。我々の上の階層に居る存在は、我々の世界と彼女が住む世界を競わせるために、彼女の住む世界と戦う相手に彼女を選択した。世界がなぜこのような選択をしたかは知らないが……、いったいどうなのだろうね? この世界は変わってしまうのか、それとも我々の世界が打ち勝つのか。見てみるのもいいかもしれない」
「……課長は結末も見ているのでは?」
「見ることが出来るだろうな。だが、あえて見ないよ。物語の結末を冒頭に見てしまっては、つまらないだろう? 人間の力と言うものを見てみたいとは思わないか? だから私はこうしている。傍観者……とまではいかないが、少し遠目から見ることにしているよ」
「話を戻してほしい。いったい、私は何をすれば?」

 その言葉を聞いて信楽瑛仁は立ち上がる。

 踵を返し、数歩歩いて、振り返る。

「着いてきたまえ、君に見せたいものがある」

 その言葉を聞いて、マーズは首を傾げるが、信楽瑛仁の言葉を信じ、先ずはついていくこととした。


 ◇◇◇


 地下倉庫。
 そこまで続くエレベーターに、信楽瑛仁とマーズは乗っていた。
 エレベーターに乗ったことも無い彼女からしてみれば、鉄製の箱が上下していることについてはとても興味が湧くことなのだろうが、それ以上に彼女が持っていたのは、信楽瑛仁に対する不信感であった。
 アカシックレコード。それが凡てを記録している盤であるということを、彼女がすぐに認識できるはずが、当然無かった。
 そのようなことを出来る人間が彼女の世界に居なかったから?
 いいや、そうではない。そういうことでは無かった。
 今、目の前に起きている現状が理解できないだけだった。
 エレベーターが指定の階に到着し、扉が左右に開かれる。
 信楽瑛仁は外に出て、次いでマーズも外に出た。
 目の前に広がっていたものを見て、彼女は驚愕した。

「これは……リリーファー……!?」

 目の前にあったのは、黒いカラーリングをした人型のロボットだった。大きさは三十メートル以上あるだろうか。彼女のいる位置はリリーファーの胸元にあたる高さにある通路であり、そこから見ただけでも胸元から上が五メートル以上あるように見える。それから類推すると……やはりそれ程の大きさがあると考えられる。

「驚いたかね?」

 信楽瑛仁の言葉を聞いて、彼女はそちらを向いた。

「これを、あなたはいったいどこで……」
「正確にいうと長くなるから、一部は割愛せざるを得ないのだけれど……、端的に述べるとするならば、ある日突然現れたというのが正しいのかもしれない」
「ある日……突然?」

 こくり、と信楽瑛仁は頷く。

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