絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百三十九話 研究者レポルト
レーヴアジト、会議室。
入口から向かって右側がハリー傭兵団の面々。
入口から向かって左側がレーヴの人間――正確に言えば、コルネリアと崇人、それにエイムスとエイミーの四人。
「……さて、先ずはこのような場を開いてくれたことに、感謝する」
ヴィエンスが立って、コルネリアに陳謝する。
かつては同じチームのメンバー同士だったが、今は対等に話すことが奇跡という二人。
「そう畏まる必要も無い。……もともとは同じ志を持つ仲間だったのだから」
「仲間、ですか」
言ったのはシンシアだった。
ヴィエンスはそれを危惧していたのだが――あまりにも早すぎる。
シンシアはヴィエンスとコルネリアが同じ組織に所属していたのを知っている。だからこそ、この会議を開催すること自体が許せなかった。
どうして手を取り合う必要があるのか。この組織は姉を殺した起動従士を匿っているというのに!
彼女はそう思っていた。
だからこそ、彼女はこの会議を行うことを反対していて、それを何度もヴィエンスに提言していたのだ。
だが、ヴィエンスはその言葉を取り合うことはなく、この会議は世界の今後のために必要なことだから――そう訳のわからないことではぐらかされた。
それを彼女は許せなかった。自分の経験を蔑ろにされているのが、悔しくて堪らなかった。
どうして、同じ仲間を殺してしまったタカトを許せるのだろうか?
そして、どうして彼を罰することなどしないのだろうか?
「……そうだ、仲間だ。俺とコルネリア、それに崇人は同じ志を持つ仲間だった。同じ目標を持つ仲間だった。だからこそ、今こうして実現している。今もコルネリア……お前が同じ志を持っているのならば、会議を受け入れてくれないことは無いだろう」
「そうね。現にこの会議が実現しているのだし。けれど、この会議の舵とりはあなたの言動次第。場合によってはここで殺戮が起きても、それはあなたの舵とりによるから、それに関しては充分理解してほしいものね」
一瞬、ハリー傭兵団陣営が焦りを見せる。
それを見てコルネリアは鼻で笑った。
「……冗談よ」
「君の行動は冗談には見えないからなあ……。騎士団に居た時からそうだったじゃないか」
「そうだったかしら?」
コルネリアは首を傾げる。
「そうだったよ、それくらい忘れないでくれ」
「十年も王国から離れると、重要じゃない記憶から忘れていくものよ。私だって暇じゃなかったのだから。あなたにこの組織をまとめ上げられるとでも?」
「……そうだったな」
ヴィエンスはハリー傭兵団のメンバーを見遣る。
「俺も今それを実感しているよ。そして、それと同時にマーズの凄さを実感している。正直、今だから言えるが『女神』という二つ名に俺はあまりいいイメージを抱いていなかったんだよ。女神というのは味方からそう思われるらしいが、少なくとも俺はそう思わなかった。何故かはわからない。きっと、無意識に対抗意識を燃やしていたのだろうな……。けれど、今は違う。このメンバーをまとめ上げるのがどんなに大変なのか、マーズは解っていた。そして、そのために一番尽力したのが彼女だった。だから、ほんとうは、彼女を助けたかった」
「マーズ……」
崇人は俯いた顔で、そう言った。
「そう、俯かないでください。落ち込まないでください。タカトさん、いや……父さん」
それを聞いた崇人は、顔を思い切り上げた。
声の主は、ハルだった。
彼は、ハルが何を言ったのか――すぐに理解することが出来なかった。
「どういう……ことだ?」
「そのままの意味だよ、タカト」
答えたのはヴィエンスだった。
「ここに居るダイモス・リッペンバー、ハル・リッペンバーはマーズの子供だ。そして、その父親は……タカト・オーノ、お前だよ」
「……何だと?」
崇人はその言葉を聞いて、理解できなかった。
当然だろう。突然自分の息子と娘だと紹介されて、納得できる人間の方が少ない。
「……それで。これ以上何も話をすることは無いか、そのことに関して?」
ヴィエンスの言葉に、崇人は頭を抱える。
「少し、考える時間をくれないか? 済まない。未だ頭の整理がうまくいかなくて……」
「まあ、そう考えるのも致し方ない。けれど、時間も限られている。このままだと、世界が不味いことになりそうだ」
「……何だ、お前たちもその情報を掴んでいるのか?」
コルネリアの言葉に、ヴィエンスは目を丸くする。
「お前たち、とは?」
「私も独自の情報網があるのでね。様々な情報は手に入るのだよ。そして、そこから情報を入手した。世界の未来に関する情報だ」
「世界の未来、だと? おい、コルネリア。そんな情報一切判明していなかったじゃないか」
「そりゃそうだ。この情報は私しか知り得ることが無かったからだ。一応言っておくが、シズクにも言っていない」
「シズクにも。……そう言えば、シズクの姿が見られないようだが」
「シズク、とは?」
質問したのはハーグだった。
コルネリアは咳払いを一つして、答える。
「ああ、シズクとはうちの起動従士だ。今は整備室に居たかな」
「整備室? 自分で整備する必要があるのか?」
「そういうわけではない」
首を振るコルネリア。
ますます疑問が深まるハーグはさらに質問を重ねる。
「それでは、何のために? 起動従士自らが調整をすることなんて、限られているだろう?」
「そうだが、実際に彼女はある行動をしていると言えばいいだろうか。……まあ、別に隠し立てしても意味はないからな。簡単だ、シズクは整備を監視している」
「監視、だと?」
「整備終了後、速やかに起動従士はリリーファーのチェックを行う。乗り心地、リリーファーコントローラの使いやすさ、精神統一、シミュレーション……それを行うのは人によって項目が増減するが、必ずチェックは行う。そこの二人、私が見た限りでは起動従士だと思うが……やはりチェックは行うだろう?」
言葉をかけられたのはダイモスとハルだった。
コルネリアの言葉にぎこちなくではあったものの、二人は頷く。
「そのチェックの前に行われる整備ですら、彼女は常に監視している。人に任せておけないらしいのだが、だったら自分でやればいいじゃないか、って話になるのだが、それでも彼女は技術が無いから出来ない、との一点張りなのだよ。……何というか恥ずかしい話になるが」
「へえ。それを躾けるのもまた、君の仕事なのではないかい?」
「……君は私を煽るためだけに来たのかな? 違うだろう?」
コルネリアは笑って答える――ただし、目は笑っていなかったが。
それを見てヴィエンスは慌てて、コルネリアにあるものを差し出した。
それは一枚の円盤だった。ケースに入っていた円盤は、白く塗られていた。
「これは?」
「前時代的技術でね。ヴァリエイブルにあるパソコンでもそれを使うことは出来なかった。メリアもそれについては頭を悩ませていてね。もしこれを解決できるなら、と彼女もここに同行してくれた。どうだろうか、どうにかしてこの中身を見たいのだが」
「中身、ねえ。レポルト博士に見てもらうことにしましょうか」
「レポルト? 聞いたことがあるな、その苗字は。確か――」
「『研究内容が異端過ぎて、ラトロを追い出された研究者』」
会議室の扉をノックもせずに開けて入ってきたのは一人の老人だった。眼鏡をかけていて、腰も若干ながら曲がっているように見える。白衣を着た老人は、テーブルの上に置かれたケースを勝手に手に取り、見る。
「ふうむ、確かにこれは前時代の技術だな。現に『砂漠』にあったから覚えている。砂漠にあったものを解析して、一つのシステムに組み込んだ私ならこれを解析できるのは容易だろうな」
「もしかして、あんたが」
「初対面の人間にあんたなどと言うのではない」
老人はヴィエンスの方に向かって、檄を飛ばした。
そして、老人は咳払いを一つして答えた。
「さて、改めて質問に答えようか。……いかにも、私がレポルトだよ。こんな辺境の場所でしがない研究職をしている。まあ、研究など殆どが前時代のものばかりだがね。アジトにいるのは退屈だが、ここに置いてもらうために仕方なくリリーファーの整備や新技術の研究開発なども行っている。小遣い稼ぎのようなものだがね」
入口から向かって右側がハリー傭兵団の面々。
入口から向かって左側がレーヴの人間――正確に言えば、コルネリアと崇人、それにエイムスとエイミーの四人。
「……さて、先ずはこのような場を開いてくれたことに、感謝する」
ヴィエンスが立って、コルネリアに陳謝する。
かつては同じチームのメンバー同士だったが、今は対等に話すことが奇跡という二人。
「そう畏まる必要も無い。……もともとは同じ志を持つ仲間だったのだから」
「仲間、ですか」
言ったのはシンシアだった。
ヴィエンスはそれを危惧していたのだが――あまりにも早すぎる。
シンシアはヴィエンスとコルネリアが同じ組織に所属していたのを知っている。だからこそ、この会議を開催すること自体が許せなかった。
どうして手を取り合う必要があるのか。この組織は姉を殺した起動従士を匿っているというのに!
彼女はそう思っていた。
だからこそ、彼女はこの会議を行うことを反対していて、それを何度もヴィエンスに提言していたのだ。
だが、ヴィエンスはその言葉を取り合うことはなく、この会議は世界の今後のために必要なことだから――そう訳のわからないことではぐらかされた。
それを彼女は許せなかった。自分の経験を蔑ろにされているのが、悔しくて堪らなかった。
どうして、同じ仲間を殺してしまったタカトを許せるのだろうか?
そして、どうして彼を罰することなどしないのだろうか?
「……そうだ、仲間だ。俺とコルネリア、それに崇人は同じ志を持つ仲間だった。同じ目標を持つ仲間だった。だからこそ、今こうして実現している。今もコルネリア……お前が同じ志を持っているのならば、会議を受け入れてくれないことは無いだろう」
「そうね。現にこの会議が実現しているのだし。けれど、この会議の舵とりはあなたの言動次第。場合によってはここで殺戮が起きても、それはあなたの舵とりによるから、それに関しては充分理解してほしいものね」
一瞬、ハリー傭兵団陣営が焦りを見せる。
それを見てコルネリアは鼻で笑った。
「……冗談よ」
「君の行動は冗談には見えないからなあ……。騎士団に居た時からそうだったじゃないか」
「そうだったかしら?」
コルネリアは首を傾げる。
「そうだったよ、それくらい忘れないでくれ」
「十年も王国から離れると、重要じゃない記憶から忘れていくものよ。私だって暇じゃなかったのだから。あなたにこの組織をまとめ上げられるとでも?」
「……そうだったな」
ヴィエンスはハリー傭兵団のメンバーを見遣る。
「俺も今それを実感しているよ。そして、それと同時にマーズの凄さを実感している。正直、今だから言えるが『女神』という二つ名に俺はあまりいいイメージを抱いていなかったんだよ。女神というのは味方からそう思われるらしいが、少なくとも俺はそう思わなかった。何故かはわからない。きっと、無意識に対抗意識を燃やしていたのだろうな……。けれど、今は違う。このメンバーをまとめ上げるのがどんなに大変なのか、マーズは解っていた。そして、そのために一番尽力したのが彼女だった。だから、ほんとうは、彼女を助けたかった」
「マーズ……」
崇人は俯いた顔で、そう言った。
「そう、俯かないでください。落ち込まないでください。タカトさん、いや……父さん」
それを聞いた崇人は、顔を思い切り上げた。
声の主は、ハルだった。
彼は、ハルが何を言ったのか――すぐに理解することが出来なかった。
「どういう……ことだ?」
「そのままの意味だよ、タカト」
答えたのはヴィエンスだった。
「ここに居るダイモス・リッペンバー、ハル・リッペンバーはマーズの子供だ。そして、その父親は……タカト・オーノ、お前だよ」
「……何だと?」
崇人はその言葉を聞いて、理解できなかった。
当然だろう。突然自分の息子と娘だと紹介されて、納得できる人間の方が少ない。
「……それで。これ以上何も話をすることは無いか、そのことに関して?」
ヴィエンスの言葉に、崇人は頭を抱える。
「少し、考える時間をくれないか? 済まない。未だ頭の整理がうまくいかなくて……」
「まあ、そう考えるのも致し方ない。けれど、時間も限られている。このままだと、世界が不味いことになりそうだ」
「……何だ、お前たちもその情報を掴んでいるのか?」
コルネリアの言葉に、ヴィエンスは目を丸くする。
「お前たち、とは?」
「私も独自の情報網があるのでね。様々な情報は手に入るのだよ。そして、そこから情報を入手した。世界の未来に関する情報だ」
「世界の未来、だと? おい、コルネリア。そんな情報一切判明していなかったじゃないか」
「そりゃそうだ。この情報は私しか知り得ることが無かったからだ。一応言っておくが、シズクにも言っていない」
「シズクにも。……そう言えば、シズクの姿が見られないようだが」
「シズク、とは?」
質問したのはハーグだった。
コルネリアは咳払いを一つして、答える。
「ああ、シズクとはうちの起動従士だ。今は整備室に居たかな」
「整備室? 自分で整備する必要があるのか?」
「そういうわけではない」
首を振るコルネリア。
ますます疑問が深まるハーグはさらに質問を重ねる。
「それでは、何のために? 起動従士自らが調整をすることなんて、限られているだろう?」
「そうだが、実際に彼女はある行動をしていると言えばいいだろうか。……まあ、別に隠し立てしても意味はないからな。簡単だ、シズクは整備を監視している」
「監視、だと?」
「整備終了後、速やかに起動従士はリリーファーのチェックを行う。乗り心地、リリーファーコントローラの使いやすさ、精神統一、シミュレーション……それを行うのは人によって項目が増減するが、必ずチェックは行う。そこの二人、私が見た限りでは起動従士だと思うが……やはりチェックは行うだろう?」
言葉をかけられたのはダイモスとハルだった。
コルネリアの言葉にぎこちなくではあったものの、二人は頷く。
「そのチェックの前に行われる整備ですら、彼女は常に監視している。人に任せておけないらしいのだが、だったら自分でやればいいじゃないか、って話になるのだが、それでも彼女は技術が無いから出来ない、との一点張りなのだよ。……何というか恥ずかしい話になるが」
「へえ。それを躾けるのもまた、君の仕事なのではないかい?」
「……君は私を煽るためだけに来たのかな? 違うだろう?」
コルネリアは笑って答える――ただし、目は笑っていなかったが。
それを見てヴィエンスは慌てて、コルネリアにあるものを差し出した。
それは一枚の円盤だった。ケースに入っていた円盤は、白く塗られていた。
「これは?」
「前時代的技術でね。ヴァリエイブルにあるパソコンでもそれを使うことは出来なかった。メリアもそれについては頭を悩ませていてね。もしこれを解決できるなら、と彼女もここに同行してくれた。どうだろうか、どうにかしてこの中身を見たいのだが」
「中身、ねえ。レポルト博士に見てもらうことにしましょうか」
「レポルト? 聞いたことがあるな、その苗字は。確か――」
「『研究内容が異端過ぎて、ラトロを追い出された研究者』」
会議室の扉をノックもせずに開けて入ってきたのは一人の老人だった。眼鏡をかけていて、腰も若干ながら曲がっているように見える。白衣を着た老人は、テーブルの上に置かれたケースを勝手に手に取り、見る。
「ふうむ、確かにこれは前時代の技術だな。現に『砂漠』にあったから覚えている。砂漠にあったものを解析して、一つのシステムに組み込んだ私ならこれを解析できるのは容易だろうな」
「もしかして、あんたが」
「初対面の人間にあんたなどと言うのではない」
老人はヴィエンスの方に向かって、檄を飛ばした。
そして、老人は咳払いを一つして答えた。
「さて、改めて質問に答えようか。……いかにも、私がレポルトだよ。こんな辺境の場所でしがない研究職をしている。まあ、研究など殆どが前時代のものばかりだがね。アジトにいるのは退屈だが、ここに置いてもらうために仕方なくリリーファーの整備や新技術の研究開発なども行っている。小遣い稼ぎのようなものだがね」
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