絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百三十一話 ヴィエンス・ゲーニック(中編)

「そんなのは愚問だ! 子供を殺すために正当な理由を作っているに過ぎない! 国はどこまで墜ちたんだ!?」
「国は墜ちてなどいない。お前たちのような高慢な態度を持つ人間が減少しただけのこと。それ以上でもそれ以下でもない。恨むなら国では無く、自分の才能を恨むといい」

 そして。
 あっさりと兵士は引き金を引いた。
 銃弾は子供の頭蓋を的確に撃ち抜き、そして弾けた。中身の脳漿を床一面にぶちまけ、そのまま倒れ込んだ。
 兵士は笑みを浮かべながら、息子が目の前で死んだことに動揺を隠せないサーベルト・ゲーニックに言った。

「あなたが悪いのですよ、サーベルト・ゲーニック。あなたがもっとすんなりと出てくれれば、子供の命は見逃してやったというのに。ほんとうにあなたは正義感のお強い方だ」
「……私は国を、ヴァリエイブルを一生許さないぞ。いつか、いや確実に! この国の真実が公表され、世界に批判される日がやってくるはずだ!」
「そうですねぇ、確かにやってくるかもしれません。それはまったく間違っていませんよ。……でもね、それは今じゃ無い。今では無いのですよ。それがいつになるかは解らない。だが、我々はそれを永遠に隠し通さねばならないし、その自信がある」
「……国は、国はどこまで腐ったんだぁぁぁ!」
「もう面倒だ」

 そして。
 そのまま兵士はサーベルト・ゲーニックを撃ち殺した。
 残ったのは彼女の妻だけとなった。
 夫と子供の遺体を目の当たりにして、彼女は動揺していた。

「……あなたは殺しませんよ」

 兵士は女性が先に言いたかった言葉を先に言った。
 女性は唇を震わせながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「どうして……どうして、私たちがこのような目に合わなくちゃいけないの? 私たちがいったい、どのような悪いことをしたというの?」
「あなたたちは国の治安を乱そうとした。ただ、それだけのこと」
「治安を乱そうなんて、そんなこと考えなかった。ただ、この国のおかしさに気付いて、行動をしただけのことじゃない! それだけのことなのに……、夫が何をしたというのよ!」
「単純なことだ」

 女性の頭に銃口を設置させる。
 女性は泣いていた。

「……どうせ殺すのなら、最初から殺すって言ってよ」
「そうだったか。そちらがいいのなら、そうすべきだったな。私はそういうことが苦手でね。感情を真っ直ぐに伝えにくいのだよ」
「嘘吐き」
「その言葉は聞き慣れている」

 そして。
 女性の頭は銃弾で撃ち抜かれた。




 少年が家に帰ったのは、それから一時間後のことだった。
 玄関を開けて、少年は持っていた手提げ鞄を床に落とした。
 三人の人間が、見るも無残な姿になっていたからだ。
 吐きたかった。その場に吐き出したかった。
 だが、その直前に、その無残な姿になってしまった人間が、自分の家族であることを理解して、踏みとどまった。

「何で……何でこんなことになってしまったんだよ……!」

 少年はその場に倒れこんで――泣き崩れた。
 少年の名前は、ヴィエンス・ゲーニックと言った。


 ◇◇◇


 そして舞台は皇暦七二〇年に戻る。
 戦場で走る彼は、脳裏の片隅にずっとその時のことを思い浮かべていた。
 あの出来事は彼にとって人生を左右する大きな出来事であった。
 サーベルト・ゲーニック一家殺害事件、唯一の生還者。
 加害者が軍の人間であるということはすぐに判明した。
 しかし、それを訴えることが出来なかった。訴えようとしても、証拠が揃わなかったのである。
 彼は悔やんだ。どうして自分の親が殺されなくてはならないのか。そして、殺した人間が処罰されることなく、今も生き続けているのか。
 なぜ彼が戦場に向かったのか、それは解らない。彼自身にしか理解することは出来ない。
 もしかしたら、ここにあの兵士が居るかもしれない――そんな淡い希望を抱いていたのかもしれない。
 彼は戦争が嫌いだ。
 そもそもサーベルト・ゲーニックは彼の本当の父親では無い。
 彼が小さい頃、サーベルトの家に引き取られただけのことである。
 彼は戦争孤児だった。戦争孤児というのは珍しいことでは無く、それをビジネスにする動き――オーバー・ベイビーのような仕組みだって生まれつつある。今や、戦争孤児は社会に必要な『資源』にもなりつつあるのだった。
 それを嫌ったのが、学者だった。
 国が戦争を続けた結果によって生み出された戦争孤児を、資源という人扱いしないのはいかなる理由があってもそのようにしてはならない。そう発言したのである。
 オーバー・ベイビーは国で定められており、その法律の範囲内であれば人権は認められる。しかしそれは上辺だけに過ぎず、実際には法律を遵守していない組織が多い。
 だからこそ、学者は語った。
 人が人を育てるからこそ、人は人となりを学び、育っていくのだ――と。
 サーベルト・ゲーニックも二人の戦争孤児を引き取り、育てていった。
 ヴィエンスもその一人だった。彼もまた、戦争孤児であり、サーベルトに育てられたのだった。
 ヴィエンスは足を取られ、転んだ。
 地面に這い蹲る形になったが、それでも彼は前に進むのを辞めなかった。

「くそっ……!」

 ヴィエンスは転んでもなお、まだ歩き続ける。
 彼は起動従士訓練学校に入学するべく、戦場に訪れていたのだ。
 理由はその研究。リリーファーを間近に見て、どのように動かしているかを研究するためだった。

「リリーファーは……どこだ?」

 今戦っているのは、ペイパスの所持する『ヘスティア』とヴァリエイブルの所持する『アレス』だった。いずれも最新世代とは違うが、現役で活躍する最前線に立つリリーファーである。
 リリーファーを探すヴィエンス。リリーファーは最低でも十メートルはある巨大ロボットである。だから、そう簡単に見失うことは無い……はずだ。
 そのリリーファーを見つけるのに、そう時間はかからなかった。
 黒いカラーリングの、今まで見たことのないリリーファーが目の前に屹立していた。
 そのリリーファーはアレスでもヘスティアでも無い、第三のリリーファーだった。

「なんだよ、あのリリーファー……!」

 そのリリーファーは今まで調べたなかでも見たことのないタイプのリリーファーだった。
 リリーファーは技術に応じて世代でナンバリングされる。しかしこのリリーファーは最新世代である第四世代と見比べても全然違う。技術レベルが違うのである。リリーファーが装備しているものがほかの二つとはまったく違うのである。

「あのリリーファーは……」

 先ず思ったのは、あのリリーファーはラトロが開発している試作品ではないかということだった。
 しかしラトロは機械都市カーネルにリリーファーの実験設備で動かしている。それは訓練学校で習わずとも噂でも聞いたことのあるものだ。だから、それは有り得ないだろうとすぐに撤回した。
 ならば、あのリリーファーは何なのか?

「未だ知らないものがある、ってことか……?」

 ヴィエンスは嘆いた。
 そして、彼は笑みを浮かべた。
 あんなすばらしいものがあるのか!
 あんな素晴らしいリリーファーがあるのか!
 動かしたい、動かしてみたい!
 あのリリーファーと心を一緒にしたい!
 気付けば彼の心の中にそのような感情が生まれていた。

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