絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百二十六話 実戦演習(前編)

 地下シミュレートセンター。
 リリーファーシミュレートマシンが二機、整列されておかれている。ちなみにコントロールルームは少し高い位置にある。シミュレートマシンの周囲も見渡すことが出来るようになっており、シミュレート中にマシンに細工されないためである。
 ゲッコウとエイミーがシミュレートマシンに入ったのを確認して、コントロールルームに居る白髪混じりの眼鏡をかけた痩身の男性がシミュレートマシンの方を見つめる。

「いひひ。問題は無いようだね。二人とも、もう大丈夫かな?」
「ドクター。確認しました。シミュレートを開始してください」

 コルネリアは痩身の男性の隣に立って、彼に指示を出した。

「いひひひ、いひひ。君は相変わらず焦っているねえ、まあ、別に構わないのだけれど。僕としては問題なしだよ。さあ、始めよう。シミュレートなんて久しぶりだねえ。いひひひひ!」
「シミュレートは確かに久しぶりですね。けれど、そこまで興奮する事例でも……」
「興奮する事例なんだよ。君は知らないと思うけれどね、シミュレートマシンは僕が、この僕が! 十年前にヴァリエイブルのシミュレートセンターにあったものを応用して改良して作り上げたものになるのだよ! いひひ、それの意味が理解できるかな? まあ、応用と改良とはいえ、実際には、結局何も使えなかったから、凡て最初から作り直したのだけれどね。一から作り上げて、そして完成したのがこれだ。だけれど、これを使う機会が非常に少ない! 僕は何度も君に直談判を出したのに、結局君が使ったのは僅か二回。そしてこれが三回目だ。しかも、本格的な実戦演習になる! 初めてのことだよ、これは! これで興奮しないで、いつ興奮すればいい!」
「相変わらずドクターは科学のことになると我を忘れるわねえ……。まあ、別にいいけれど」

 ドクターと呼ばれる男性は会話中、ずっと笑顔のままだった。しかしその笑顔は何か悪巧みを考えているようにも思える。
 ドクターは笑顔のまま、スイッチを撫でる。

「ああ、久しぶりだよ。本当に久しぶりだ。実際問題、このスイッチを押すことでシミュレートマシン全体の電気が通る。そして自動的にシミュレートマシンが交信を開始し、戦闘が開始される。いいデータが取れるだろうねえ! 何せ相手は、月からやってきたというリリーファーに乗っていたのだろう!? 即ち、戦闘力も未知数というわけさ!」
「そうね」

 コルネリアは目を細めて、二つのシミュレートマシン、その片方を眺める。
 そのシミュレートマシンにはゲッコウが入っている。
 ゲッコウの実力は紛れも無く未知数だ。強いかもしれないし弱いかもしれない。けれど、まだそれが未確定である以上、実際に確かめなくてはならない。

「そのための実験台、と言えば失礼な話だけれど……。よく了承してもらえたわ、ねえ、エイムス?」

 コルネリアは踵を返し、壁に寄りかかっていたエイムスに訊ねた。

「エイミーが彼のことを着になっているらしくてね。実力を量りたいらしいんだよ」
「実力ねえ。未知数ということは、ボコボコに負ける可能性だって考えられるのに」
「いひひ。いいじゃないか、チャレンジ精神は大事だよ。スピード感をもって決断し行動することもまた大事だ。人間にとってチャレンジし続けるということは脳が成長し続けることと同義だからね。いひひ、彼女はそう考えているかどうかは別だけれど、僕はそのチャレンジ精神を素直に褒めたいと思うよ?」
「ドクター、それはそうですが……。一応聞いておきますけれど、身体に危険がある可能性が発生した場合は緊急停止されるのですよね?」
「ああ、その通りだよ。いひひ。僕はきちんとそういうところも作っているからね。安全安心がモットーさね、いひひ」

 コルネリアは溜息を吐いて、マイクに手をかける。

「これからシミュレートを開始します。マシンに電気を入れると自動的にシステムが開始されます。準備は大丈夫ですか?」
『こちらエイミー、問題なし』
『こちらゲッコウ。こちらも問題ない』

 二人の了承を得てコルネリアはドクターの方を向いて頷く。

「いひひ、どうやら了承を得られたようだねえ。僕としてはいつ始めても問題ないんだよ、いひひ! いひひひ。いひひ!」

 眼鏡を上にずらし、ドクターはスイッチに指を乗せる。

「これが最終確認だよ、問題ないかい? これを押すと、自動的にシステムが開始される。裏を返せば問題が発生してもシステムが構成されるまでは停止することが出来ない。伝えているとは思うけれど、このシステムは脳の電気信号を読み取りネットワーク上に人格を構成したものとなる。それが完全に成功するまで二分程度の時間を要する。その時間中に何かあった場合、廃人になりかねない。いひひ、僕は別にそれでもいいけれどね、失敗例を経験しておくというのもアリかもしれないし。おお、怖いよ、冗談のつもりなんだからさ。そんな目で見ないでおくれよ。……冗談はさておき、本当にボタンを押しても構わないね?」
「ええ、問題ない。仮に何かあったとしたら……その責任は私が持つ」
「了解した」

 そして、ドクターはスイッチを押した。


 ◇◇◇


 脳が焼き切れそうな錯覚に襲われる。
 脳の電気信号を読み取り、それを多数の搬送波に乗せ変調をかける。高速通信を実現する方法ではあるが、そうだとしても人間の脳の電気信号全体をシミュレート用のサーバに送信するのは、約二分の時間を要する。その時間中は、ドクターや管理者であるコルネリアにとって緊張する瞬間と言えるだろう。この時間、仮に電気がストップしてしまった場合、電気信号が完全に送信できなくなるので、信号を含んだ情報パケットが途中で送り切れなくなってしまう。
 送信できなかったパケットは凡て廃棄される。即ち、電気信号が廃棄されるということだ。
 サーバに送信する電気信号は感情を司る部位や思考を司る部位など、いわゆる脳の凡てから送信されるものである。それが廃棄されるということは人間の脳の機能、その一部が欠損するということになる。
 それは人間の機能が失われることと等しい。結果としてそのようなことは起きたことは無いが、起きないようにするのは当然の責務である。
 エイミーが目を覚ました時、そこは草原だった。
 一面、だだっ広い草原。

「……本当、あの瞬間が一番嫌いよ。脳が焼き切れそうな感じに襲われるのだから」
「それはその通りだね」

 エイミーの隣にはゲッコウが立っていた。
 この世界は精神世界と同一に考えることが出来る。服装も考えた通りのものがそのまま付与され、着用されることとなる。

「あんた、余裕そうね。これから戦いが始まるというのに」
「そうだね。未だ経験したことないからかな、シミュレーションということは、思い切りやっても問題ないのだろうし……。今はとても楽しみにしているよ」
「あんたの実力がどの程度なのかは知らないけれど、これで量ることにするわ。弱かったら、承知しないからね」
「君のお眼鏡に叶うように頑張ることにするよ」

 ゲッコウは頷くとゆっくりと歩き始めた。
 エイミーは少しだけ速足に、ゲッコウを誘導するように、歩いて行った。



 少し歩くと、無機質な建物が見えてきた。
 その建物には二機のリリーファーがあった。リリーファーはどれも同じであり、同じ装備が備わっている。これはリリーファーの性能ではなく、起動従士の技能を問うためのものだからである。
 ゲッコウはリリーファーを眺める。

「……これに乗るんだね」
「ええ。一応伝えておくけれど、このリリーファーは現実世界とは違って、『乗りたい』と強く思えばそれだけで乗ることが出来る。念じてみたら?」

 ゲッコウは頷いて、目を瞑る。
 少しして、彼の姿は消えた。
 それを見送って、彼女も目を瞑り――強く念じた。
 刹那、彼女の身体はリリーファーのコックピット、その中で椅子に腰かけていた。

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