絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百二十五話 休憩室での一幕

「これからこちらにお世話になります。どうか、よろしくお願いします」

 ゲッコウは頭を下げる。

 それをエイミーは不満そうに見つめていたのだが。


 ◇◇◇


「何よ、あのカッコウとかいうやつ! 自分出来ますオーラ出してさ!」

 休憩室に着くやいなや怒りを前に出してソファに腰掛けたのはエイミーだった。
 エイムスは冷蔵庫から牛乳を取り出して、コップに注ぐ。

「彼の名前はカッコウではなくてゲッコウだよ。まあ、実際彼の実力がどうなのか解らないけれどね……。もしかしたらとても強いのかもしれないし。それは誰にも解らないよ。まだ、見ていないからね」
「だからこそ、よ。実力を見せていないからこそ、なおさらああ自信満々に言われるとむかつくの。あなたはむかつかないわけ?」

 怒りの矛先が徐々に自分に向けられていることを実感しつつ、エイムスは少しエイミーから離れてソファに腰掛けた。

「うーん……。むかつくかむかつかないかだったら後者に入るかなあ。まだ実力が解らない以上、何も言えないよ。今の時代じゃ、実力主義になっているからね。裏を返せば、僕たちよりも強かったら僕たちは何も言えない。あのリリーファーがどれくらいの実力を持っているかも解らないし」
「ほんと、あんたってどっちつかずの人間よね……。いつになってもあんたの思いが解らないわ」
「そんなことを言われても困るよ。僕だって好きでこうしているわけではないんだから」

 エイムスは牛乳を一口。

「でも、面白い話だよね。どれくらいの実力か解らないのはまだつらいところではあるけれど、少なくとも今は頼ってもいいと思う。あのリリーファーも僕たちとは違うようだしね」
「やっぱり旧式なの?」

 それに頷くエイムス。
 エイミーは溜息を吐いた。

「結局旧式の方が使えるというわけね。何と言うか……システムの変更をしても、その程度なのね」
「それはあまりにも言い過ぎではないかい? 確かにそうなのかもしれないが、想って居ても言っちゃいけないことといいことの分別は見分けないと」
「解っているわよ、それくらい!」

 エイミーは激昂するも、すぐに冷静を取り戻す。
 頭を掻いて、俯くエイミー。

「……ごめん。あんたに怒ることでも無かった」
「いいよ。別に。僕に怒っても構わない。それを実際の任務に出してくれなければ、それだけで」
「……そういうところ、ほんとに淡白だよねえ」

 エイミーは立ち上がり、冷蔵庫へと向かうと扉を開けた。そして中に入っているコーヒー牛乳を取り出すとその場で飲み始めた。

「またラッパ飲みしているね? それはしちゃだめだ、ってコルネリアさんも言っていたでしょう」

 その言葉を聞いて、少しだけイライラしながらソファの定位置に腰掛ける。

「確かに言っていたけれどさあ……。あの人、いろいろ細かいこと多いんだよねえ。別にそこまで言わなくていいでしょ、ってこと」

 細かいことを言っているのは君だって一緒でしょ、とは言わなかった。
 何せ、今のエイミーは怒っている。不満を募らせていると言ってもいい。不満を募らせている女性に、声をかけるのは神経を使う作業である。それはエイムスがエイミーと一緒に過ごしていたところから、なんとなく理解していた。

「まあ、いいわ」

 ひょいと立ち上がり、エイミーは言った。
 エイムスはいつもと違う行動に違和感を抱き、訊ねる。

「どうしたの、エイミー。いつもらしくないじゃないか」
「いつもらしくない、って……。私がいつも落ち込んでいるように見えるわけ?」
「いいや、そういうわけじゃないよ。ただいつもより気分の切り替えが早いなあ、って」
「そりゃずっとウジウジしているわけにもいかないからね。少しくらい気分を早く切り替えたっていいでしょ」

 エイミーの言葉は尤もだった。
 彼らは常に戦場と隣り合わせである。戦場へ向かうということは、いつ死んでもおかしくない。――かつての古い歴史に残されているような、『死ぬことこそ美学』という考えとは違うわけなのだから。
 戦場へ向かい、必ず生きて帰ることが出来るという保証はない。だからこそ、彼らはこの日常を大事にするのだ。この日常を過ごすことが出来ないときは、明日訪れてもおかしくないのだから。

「エイムス、あなたはどう思うわけ?」

 空になった紙パックをゴミ箱に捨てて、エイムスに訊ねる。
 エイムスは意外という表情を浮かべそうになったが――それをすんでのところで堪えて、考え始める。

「……すぐには出てこないかなあ。取り敢えず、戦力が増えたか減ったかは彼の実力次第だと思うよ? 実際問題、それによって僕らの運命が決まると言っても過言で無いのだから」
「過言では無い……それはそうね。でも、私は気になるのよ。あのリリーファー、気にならない? だって旧式ならば、記録が残っていてもおかしくないでしょう? 空からやってきた、月からやってきたとか言うけど、どうも信用出来ない。きっと何か隠しているに違い無いわ」
「それは考え過ぎじゃないかなあ……?」

 首を傾げるエイムスだったが、エイミーはさらに話を続ける。
 こうなってしまったら、もう彼女は止まらない。

「あなたは甘いのよ。考えが甘い。私みたいにもっとスマートに、先を見据えた考え方をしなくては。あなただって起動従士なのよ? 今、レーヴの一員である以上、レーヴの全員とレーヴが匿っている人民、併せて千人程度……彼らが窮地に立たされた時、救うのは誰?」
「それは言われなくても解っている。ほかでもない、僕たちだ。起動従士である、リリーファーに乗ることが出来る僕たちだからこそ出来ること」
「解っているならば、それでいい。けれど、慢心しないことね。いくら私よりシンクロテストの数値が高いからって……」
「未だそのことを気にしていたのかい。コルネリアさんも言っていたじゃないか。リリーファーとの意思疎通に必要な『Q波』は体調によってその量が左右される、って。今日は体調がよくなかったんだよ。ほら、たとえば女子には月に一回体調が悪くなる日が」
「デリカシーを持て、この変態!!」

 エイムスが言葉を言い切る前に、彼の脇腹にキックを浴びせるエイミー。
 エイムスはその衝撃で床に崩れ落ちる。何とか先ほど飲んだ牛乳は吐かずに済んだようだったが、それでもギリギリな状況には変わりない。

「ひどいよ、エイミー。突然、蹴りを入れるなんて……」
「それはあなたがデリカシーを一つも持っていないからでしょう!? いくらなんでもその発言を麗しき乙女の前でする必要があるのかしら!!」
「エイミー……自分を麗しき乙女なんて言う人、そうなかなか居ないよ?」
「余計なお世話だ、コンチクショー!」

 エイムスが立ち上がったタイミングを見計らって二発目のキックを浴びせるエイミー。
 そのやり取りをシズクはただ昆布茶を飲みながら眺めるだけに過ぎなかった。


 ◇◇◇


 結局もう一発追加され三発の脇腹キックを食らったエイムスはソファに横になっていた。

「僕が悪かったのは認めるけれど、三発はやりすぎじゃないですかね」
「いいえ。順当な処罰よ。もし口答えするのならば、もう一発増やしてもよろしくてよ?」
「……エイミーさん、キャラ変わっていません?」

 エイムスは恐る恐る訊ねる。
 その時だった。
影が出来たので、エイミーとエイムスがそちらを見ると、彼らの前にシズクが立っていた。

「どうしたのよ、急にここまで来て」

 エイミーはシズクがずっとこの部屋に居たことを知らなかったらしい。
 しかしエイムスはここに居たことが解っていたので、それについて言及することは無かった。

「……あなたたちに命令が来たから」

 シズクは無機質にそう言った。

「命令?」

 シズクの言葉を反芻するエイミー。
 エイミーの言葉にシズクは頷く。

「どういう命令なのか、誰からの命令なのか、教えてもらってもいいかな?」

 訊ねたエイムスにシズクは頷いた。
 そして、シズクはまるで目の前に紙があるかのような一本調子で、言った。

「現時刻より一時間後、『ツクヨミ』起動従士のゲッコウと『スメラギ01』起動従士のエイミー・ディクスエッジとの模擬戦を地下シミュレートセンターにて実施。それによりゲッコウの実力を量るとのこと。もしスメラギに負けるようであればそれだけの実力と見なし、レーヴからの強制脱退も考えられる、とのこと」
 それを聞いたエイミーは、思わず笑ってしまった。

「考えていることはコルネリアさんも同じ、って訳ね……」
「命令は伝えたから。私は戻るよ」

 シズクは踵を返し、休憩室を後にする。
 エイミーも立ち上がり、休憩室を後にしようとした。

「頑張れよ」

 エイムスの声が聞こえて、立ち止まった。
 エイミーは振り返ることはしなかった。

「負けるな、エイミー。君は強い、それだけ解っていればいい。自分を信じて」
「……それくらい解っているわよ。私を誰だと思っているわけ? エイミー・ディクスエッジ様よ? これくらいお茶の子さいさいよ」
「お茶の子さいさいなんて、今日日聞いたことも無いよ……。まあ、それはいいや。取り敢えず、君が頑張ってくれるならそれだけでいい。頑張ってね」
「ええ」

 そして、エイミーは休憩室を後にした。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品