絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百二十四話 対面

 通信を終えた崇人はコックピットの内部で深い溜息を吐いた。
 理由は通信だけでも(通信という顔が見えない連絡手段でさえも)彼から伝わる気だ。こちらもそれなりに力を入れていないと、あっという間に根負けしてしまう程の強い気。
 だから通信の終始、崇人は強い緊張感に襲われていた。蛇に睨まれた蛙――とでも言えばいいだろうか。崇人の世界の諺が、一番似合う状況だった。

「なんというか……やはりあのリリーファーは『特殊』ということなのだろうな」
『ええ、その通りです。彼のリリーファーは最強であり最悪。何故なら、インフィニティと同じ装備を持っているから。インフィニティと同じ装備が、インフィニティとは違う別のリリーファーに装備されていたなんて、前例がありません。全くもって、理解出来ないことです』

 予想外の事情にフロネシスも理解の範疇を超えてしまったらしい。

「たまに、フロネシスは人間なのではないかと思う時があるよ」
『そうですか?』

 画面にハテナマークを浮かべることで、疑問を示すフロネシス。
 ますます人間らしい、と崇人は思ったが、それ以上言うのは野暮だと思った彼は言うのを止めた。

「……ともかく、先ずはあのツクヨミを信じるか否か、だ。どう思う?」

 フロネシスに訊ねるが、実際の決断をするのは崇人だ。
 だからあくまでもフロネシスにするのは『相談』に過ぎない。
 あくまでも彼女は人工知能であり、人間ではないのだから。

『私はツクヨミを信じていいと考えています。理由は単純明快、その性格と言えます』
「性格? 性格がいいから、信じてもいい……と?」
『少なくとも、今はインフィニティを倒す予定など無いように思えますから。そう考えれば、その方が宜しいかと思います』

 フロネシスの言葉を聞いて崇人は頷く。
 フロネシスは単なる人工知能に過ぎない。だからこそ、参考意見を聞いたに過ぎないが――。

(その意見は完全に合致している、か……。まるで、考えていることを写し取られているようだ)
『……どうなさいましたか?』

 フロネシスの言葉を聞いて、我に返る崇人。

「いや……何でもない」
『ならば、問題ありません。大急ぎで戦闘態勢を立てなくては。こちらが何もしないでは、相手に狙われる可能性は高いですから』
「それくらい解っているさ」

 そして崇人は真っ直ぐ前を向いた。


 コルネリアからの通信が来たのは、フロネシスとの会話が終わって直ぐのことだった。

「……撤退、だと?」
『ええ、撤退よ。このまま続けていても無駄だからね。どうやら、こちらにも戦力が増えたようだけれど、それの確認も込めてね』
「何故だ! あいつらは……マーズを殺した……。殺したんだぞ!!」
『確かにそうかもしれない。けれど、今の状況を鑑みて、そう結論付けた。幾らあなたが攻撃出来るからと言って私は許可しない。隊員の全員の安全を確保することも、上司の役目だ』

 それはその通りだった。実際問題、上司は部下の安全も確保する必要がある。必要、というより義務である。だからコルネリアの考えももっともなのだが――。
 それを崇人は聞きたくなかった。従いたくなかった。マーズを殺した、国を、人を、壊したかった。

『あなたがそう思う気持ちも解る。けれどね、ここで退かないと埒が明かない。話が進まない、とでも言えばいいでしょうね』

 正論だった。
 このままでは何も進まない。何も終わらない。ただ被害を増大させるだけで終わってしまう。
 それはとても嫌だった。マーズを処刑した国が許せなかった。

『……タカト、退こう。コルネリア……だっけ? 彼女の言う通り、今はむやみやたらに進撃するべきではない』
「ゲッコウ……。君もそう言うのか」
『そう言わざるを得ないだろう。実際問題、上司の命令には従ったほうがいい。僕は未だこの星に来たばかりだから何も言えないのだけれど……。そうだとしても、先ずは命令に従ったほうがいい。この世界が君にとって「理解できない」世界なのならば、猶更』
「理解できない世界……? なぜゲッコウ、君がそれを……」
『何を話しているの、タカト! いいから急いで戻るのよ!』
「解ったよ! フロネシス、移動するぞ」

 頭を搔いて、フロネシスに指示する崇人。
 フロネシスは素直にその命令に従い、ゆっくりと動き始めた。
 それを合図に、レーヴ軍はゆっくりと動き始める。
 レーヴ軍が消えるのは――あっという間の出来事であった。


 ◇◇◇


 ティパモール共和国報告書。
 今回の作戦の報告書について、形式4に記す報告書にて以下にまとめる。
 今回の作戦により、罪人タカト・オーノとの癒着が指摘されたマーズ・リッペンバーの刑を執行。月からそれまでのタイプとは異なるリリーファーがやってくるなどのアクシデントも見られたが、進軍を退けた。
 以上、報告を終える。


 ◇◇◇


 レーヴアジト。
 リリーファー格納庫にインフィニティ、次いでツクヨミが格納位置に着く。
 インフィニティから崇人が降り立ち、待っていたコルネリアと対面する。
 コルネリアは崇人に近付くと、彼の身体を抱き寄せた。

「ちょ、コルネリア……! やめろ、って」
「いいじゃないか。今は私もリリーファーに乗ることは出来ない。乗る必要が無いと言えばいいかな。そうなっているからね。リリーファーに乗る君たちは素晴らしい人間なのだよ。いつかは、リリーファーに乗らなくてもいい世界が来ればいいのだけれどね……。平和な世界というのは、なかなか来ないものだよ」
「そんなことを言っていた人が、昔居たよ」

 崇人は昔のことを思い出していた。
 リリーファーの必要が無い世界を望み、テロ行為に走ったアーデルハイト。
 最終的にアーデルハイトはその行為に失敗し、自ら命を落としたのだが――。

「アーデルハイトのことだな? ……彼女は道を誤ったよ。確かに、彼女の考え方は正しいよ。起動従士、誰しも考えることだよ」
「それはそうかもしれない。けれど……」
「何だか面白そうな話をしているね」

 その言葉にコルネリアと崇人は振り返る。
 そこに立っていたのはゲッコウだった。
 こう、ゲッコウの姿をまじまじと見つめると、とても時代錯誤に思われた。
 黒のゆったりとしたローブめいた格好をしたそれは、男性だった。黒の服と対比するように、銀髪だった。特徴といえばそれだけしか無く、放っておけば消えてしまいそうな存在にも見えた。

「あなたがツクヨミの起動従士、名前は……」
「ゲッコウさ。そう呼べばいい」

 ゲッコウはそう言って、コルネリアに頷いた。

「あなたがゲッコウね」

 次いで、インフィニティとツクヨミに相対する位置に到着したスメラギ二機とベスパ・ドライ。
 そして続々とエイムス、エイミー、シズクが降り立ってきた。
 話をしたのはその中で一番早くコルネリアの場所にやってきたエイミーだった。

「ええ、僕がゲッコウです。はじめまして」
「はじめまして、私はエイミー」
「僕はエイムス」
「……私はシズク」

 お互いにお互いの簡単な自己紹介を済ませ、一礼を済ませる。

「ところで、あなたは月からやってきたらしいわね?」

 コルネリアの言葉に頷くゲッコウ。

「僕は月からこの星にやってきました。この星はいい星ですよ。まったくもって住みやすい。あ、一応言っておきますけれど、侵略に来た宇宙人とかそういう解釈では無いので」
「よくしゃべるわね……」
「それ言われますよ。僕は別にしゃべりたくてしゃべっているわけではないですけれど。どうもしゃべり足りないとかあるんですよね。実際そう思いませんか? だってしゃべり足りないってことで、もっと話しちゃうんですよ。人間には話す容量が少ないとか多いとか、人によって言われているけれど……まあ、僕は少ない方だと思うよ。だから、話す言葉も少なくなってしまう。……面白いですよねえ、人間って」
「よくしゃべるわね、本当に……」

 コルネリアは溜息を吐き、首を横に振る。

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