絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百八十六話 破滅へのカウントダウンⅣ
その頃イグアス・リグレー大臣率いる騎士団はコロシアム近辺に攻め入っていた。元はと言えばここはターム湖の畔ということもあり、多くの観光客が訪れる。さらに観光地以上にここがリゾートとしても有名なので別荘も多く建てられている。
その後の記録に依れば、当時そこには三万人程度が暮らしていたらしい。富裕層が大半を占めていた。理由は単純明解、大会を見に行くために別荘を利用していた富裕層が多かったのだ。
別に彼ら騎士団はそれを狙ったわけではない。だが、結果的に、彼らは富裕層を狙って攻撃したのではないかという疑念が、未来に長く残ることとなってしまった。
圧倒的破壊と、圧倒的非道を尽くす彼らの姿は後にこう語られている。
――同じ人間同士なのに、なぜこうも争わなくてはならないのか。同じ人間だからこそ争うことはやめて、手を取り合うべきだ。
――少なくともその時の光景はそのような言葉が通るような場所ではないことが明らかだった。まるで肉食動物が獲物を狙うかのように……否、肉食動物が逃げることもままならない非力な動物の群れを食い散らかしていくようにも見えた。
多くの人間はそれを見て絶望したはずだろう。自らの身体を、存在を様々な敵から守ってくれるはずの、自分の国のリリーファーが、自分の町を破壊し、自分の家を破壊し、自分の家族を踏み潰していく姿を見たことによって、多くの人間は困惑し、そして絶望したことだろう。
彼らに感情は無いのか。彼らに慈悲は無いのか。人々はリリーファーに疑問と怒りを覚えた。
しかし彼らがどう考えようとも、彼らが抵抗の意志を示そうとも、リリーファーと人間では戦力の差が明確に着いていた。
人々の心は絶望に染まっていた。絶望は次第に悲しみに、悲しみは次第に怒りへと姿を変えた。
しかしながら、敢えて改めて言おう。
リリーファーと人間とではその戦力の差は圧倒的なものだった。後に、その状況から生き延びた人間は語る。
――あの時、あの圧倒的戦力差を見て思った。やはり人間は無力なのだ……と。行動力があったとしても、強い意志があったとしても、強力な兵器があったとしても、リリーファーには敵わない。まるで『こんな事態を予想していたかのように』、リリーファーに対抗する術など何も無かった。
人間がリリーファーに対抗する術は無い。強いて言うならリリーファーを持ってくるほか無いという訳だ。
しかしながら、それは本末転倒と言えるだろう。リリーファーに対抗するにはリリーファーしかない。単純明解な解答ではあるが、どこかしっくり来ない。
ただし、その場に居た殆どの人間はこう思ったことだろう。
――この事件は歴史に大きく名前を刻むものだということ。
それを思わなかった人間は、きっと誰一人として居なかった。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃ハリー騎士団は漸く全員がリリーファーに搭乗することが出来た。時間はかかったが、ここからは早い。そんなに時間もかかることなく決着が着くのではないか……マーズはそんなことを考えていた。
そもそも国のやっていることは人道に反するものだ。罪の無い人間を大量に殺すなどは法律以前の問題だ。人として間違っているのである。
「そんなこと間違っている……。間違っているんだよ……。そんなことがあってはならないんだ……」
マーズは自らのリリーファー、アレスのコックピットにて呪詛のように呟いた。
マーズからしてみれば、間違っているのは国だ。
しかし国からしてみれば間違っているのはマーズたちだった。マーズたちハリー騎士団がテロリスト集団『赤い翼』を匿っているのではないかという可能性も浮上しているためだ。
しかし実際にはそれは、ハンプティ・ダンプティが用意した罠だった。人間を攪乱させるために用意した、罠だったのだ。
それを疑うことなく騙された人間を見て、ハンプティ・ダンプティは笑ったに違いない。人間はこうも容易く使うことが出来るとおもったに違いなかった。
「人間はかくも使いやすい。それは君も思っていることだろう」
精霊――ハンプティ・ダンプティの耳元に声が届く。程なくして、それが帽子屋の声だと気付く。
ハンプティ・ダンプティはファルバートに気づかれないように、独り言を装って、答える。
「面白いくらいに事が進んでいるよ。まるで君が実際に動かしているかのようだ。この計画は君が書いた紙の上で実際に動いているかのように、そのように再現されているようにも思える。……ここまで緻密な作戦を立てていたというのなら、素直に感服するよ」
「それはありがとう。確かにこれは緻密だ。少し誰かがミスした瞬間にパアになってしまう。だが、そのスリルが心地いい。僕はそう思うんだよ。思ったことはないか? 君も今回は前線に進んでいるが、いつ計画がおかしくなるかというスリルに追われていないかい?」
追われていないと言えば嘘になる。
インフィニティによる計画は彼にとっても、世界にとっても未知数だった。強いて言うならば帽子屋の考えがどこまで正しいのかも彼には解らなかった。
それを確かめるために参加している……ようなものであり、実際にはまだ帽子屋を信用しているわけではない。
一番の目的はアリスの監視だ。
アリスを使うと言った帽子屋。その目的こそ理解しているが未だに信用していないからこそ、アリスから生まれた最初の存在であるからこそ、アリスの存在を一番に思っているのがハンプティ・ダンプティだった。
「……とにかく、僕はこれから計画の最終段階へと移る。アリスとインフィニティの融合だ。そしてベスパに乗り込むファルバート……彼の制御は任せたよ」
そしてハンプティ・ダンプティが返事する暇もなく帽子屋の気配は消えた。
「さて、無事に乗り込みましたか。ファルバート・ザイデル」
気分を入れ替える。
これからはハンプティ・ダンプティではない。精霊としてこの作戦を成功に導かねばならない。
「ああ。大丈夫だ。……それにしてもこのリリーファー、古くないか? ところどころ反応が悪いぞ」
「それは致し方ない。もっと性能がいいやつも探せばあるだろうがそれゆえに個人個人に鍛えてしまっているからね。何も無い、いわば真っ新な状態であるそれが一番というわけですよ」
「成る程……そんなことも考えていたのか」
無論、嘘だ。
そんなこと、作戦を成功に導くためのデマカセに過ぎない。
「とにかく見えてきましたよ。あれがインフィニティです」
嵐の中心に居る、未だ沈黙を保つ一台のリリーファー、インフィニティ。
ファルバート・ザイデルの乗り込むリリーファー、ベスパはそれを目視出来る距離まで迫ってきていた。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
そして、インフィニティ内部。
「……やあ」
コックピットには崇人以外の人間が居た。
それは人間というよりも少女と言ったほうがよかった。若干ゴスロリチックな黒を基調にした格好をした少女は、崇人を見て微笑んでいた。
「……お前は誰だ」
「誰だ、というのは流石にひどいんじゃないかな。相手は子供だよ?」
その声は聞き覚えがあった。
舌なめずりするような、耳障りというか、どこか耳にひっかかる声。
「帽子屋……、何故お前までここに居る」
「まさか僕のことを認識出来る程まで自我が回復しているとはね。……もしかして催眠がうまく言っていないとか?」
「催眠? どういうことだそれは」
「……あ、部分的に切れているのか。まあ、いいや。そのほうが都合がいい」
「都合がいい? それはいったい……」
「君は、エスティ・パロングを救いたいとは思わないかい?」
空気が凍りついた。
「エスティを……救えるのか?」
「そりゃ、勿論。嘘はつかないよ、僕」
「……信じていいんだな?」
「ああ。エスティを救いたいんだろう? そして、最終的には、君は元の世界へと戻りたいのだろう?」
元の世界。
崇人はそれを聞いてふと思い出した。昔、前の世界で働いていた時のことを。あの時は何もなかった。あの時は仕事しか無かった。暇で仕方なかったわけではないが、ただ、満たされなかった。
満たしてくれるものが欲しかった。
そう思っているとき――彼はクローツへとやってきた。
「君はもしかしたらこの世界に居続けたいと思うのかもしれない。別にそれは構わないよ。それは自分自身の意志だからね? だけれど君が曲げられない意志の一つが、……エスティ・パロングの『蘇生』だろう?」
蘇生。というよりも彼女がいた世界。彼女がいた時代。彼女がいた空間。その凡てが愛おしい。その愛おしい一欠片が、その愛おしい世界が欲しかった。失って気づく、その愛おしさに……彼はもう一度触れたかった。
「だったら、彼女の腕を取るんだ。タカト・オーノ」
帽子屋の言葉に首を傾げる。
「意味を言っている時間ではない。君がエスティの居る世界を取り戻したいのであれば、君がこの世界よりもエスティ・パロングの生きている世界の方が重要と考えるのならば、彼女の手を取るがいい」
「……ほんとうに、エスティは」
「それは、君の覚悟次第だよ」
帽子屋の言葉は未だ信用出来ないことがあった。
しかし今は……エスティを救うことが出来るという唯一の方法に縋りたかった。初めて好きになった人にもう一度会いたかった。
たとえ世界を敵に回したとしても、彼はエスティに会いたかった。
そして、彼はゆっくりとその右手を、少女の右手に――添えた。
その後の記録に依れば、当時そこには三万人程度が暮らしていたらしい。富裕層が大半を占めていた。理由は単純明解、大会を見に行くために別荘を利用していた富裕層が多かったのだ。
別に彼ら騎士団はそれを狙ったわけではない。だが、結果的に、彼らは富裕層を狙って攻撃したのではないかという疑念が、未来に長く残ることとなってしまった。
圧倒的破壊と、圧倒的非道を尽くす彼らの姿は後にこう語られている。
――同じ人間同士なのに、なぜこうも争わなくてはならないのか。同じ人間だからこそ争うことはやめて、手を取り合うべきだ。
――少なくともその時の光景はそのような言葉が通るような場所ではないことが明らかだった。まるで肉食動物が獲物を狙うかのように……否、肉食動物が逃げることもままならない非力な動物の群れを食い散らかしていくようにも見えた。
多くの人間はそれを見て絶望したはずだろう。自らの身体を、存在を様々な敵から守ってくれるはずの、自分の国のリリーファーが、自分の町を破壊し、自分の家を破壊し、自分の家族を踏み潰していく姿を見たことによって、多くの人間は困惑し、そして絶望したことだろう。
彼らに感情は無いのか。彼らに慈悲は無いのか。人々はリリーファーに疑問と怒りを覚えた。
しかし彼らがどう考えようとも、彼らが抵抗の意志を示そうとも、リリーファーと人間では戦力の差が明確に着いていた。
人々の心は絶望に染まっていた。絶望は次第に悲しみに、悲しみは次第に怒りへと姿を変えた。
しかしながら、敢えて改めて言おう。
リリーファーと人間とではその戦力の差は圧倒的なものだった。後に、その状況から生き延びた人間は語る。
――あの時、あの圧倒的戦力差を見て思った。やはり人間は無力なのだ……と。行動力があったとしても、強い意志があったとしても、強力な兵器があったとしても、リリーファーには敵わない。まるで『こんな事態を予想していたかのように』、リリーファーに対抗する術など何も無かった。
人間がリリーファーに対抗する術は無い。強いて言うならリリーファーを持ってくるほか無いという訳だ。
しかしながら、それは本末転倒と言えるだろう。リリーファーに対抗するにはリリーファーしかない。単純明解な解答ではあるが、どこかしっくり来ない。
ただし、その場に居た殆どの人間はこう思ったことだろう。
――この事件は歴史に大きく名前を刻むものだということ。
それを思わなかった人間は、きっと誰一人として居なかった。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃ハリー騎士団は漸く全員がリリーファーに搭乗することが出来た。時間はかかったが、ここからは早い。そんなに時間もかかることなく決着が着くのではないか……マーズはそんなことを考えていた。
そもそも国のやっていることは人道に反するものだ。罪の無い人間を大量に殺すなどは法律以前の問題だ。人として間違っているのである。
「そんなこと間違っている……。間違っているんだよ……。そんなことがあってはならないんだ……」
マーズは自らのリリーファー、アレスのコックピットにて呪詛のように呟いた。
マーズからしてみれば、間違っているのは国だ。
しかし国からしてみれば間違っているのはマーズたちだった。マーズたちハリー騎士団がテロリスト集団『赤い翼』を匿っているのではないかという可能性も浮上しているためだ。
しかし実際にはそれは、ハンプティ・ダンプティが用意した罠だった。人間を攪乱させるために用意した、罠だったのだ。
それを疑うことなく騙された人間を見て、ハンプティ・ダンプティは笑ったに違いない。人間はこうも容易く使うことが出来るとおもったに違いなかった。
「人間はかくも使いやすい。それは君も思っていることだろう」
精霊――ハンプティ・ダンプティの耳元に声が届く。程なくして、それが帽子屋の声だと気付く。
ハンプティ・ダンプティはファルバートに気づかれないように、独り言を装って、答える。
「面白いくらいに事が進んでいるよ。まるで君が実際に動かしているかのようだ。この計画は君が書いた紙の上で実際に動いているかのように、そのように再現されているようにも思える。……ここまで緻密な作戦を立てていたというのなら、素直に感服するよ」
「それはありがとう。確かにこれは緻密だ。少し誰かがミスした瞬間にパアになってしまう。だが、そのスリルが心地いい。僕はそう思うんだよ。思ったことはないか? 君も今回は前線に進んでいるが、いつ計画がおかしくなるかというスリルに追われていないかい?」
追われていないと言えば嘘になる。
インフィニティによる計画は彼にとっても、世界にとっても未知数だった。強いて言うならば帽子屋の考えがどこまで正しいのかも彼には解らなかった。
それを確かめるために参加している……ようなものであり、実際にはまだ帽子屋を信用しているわけではない。
一番の目的はアリスの監視だ。
アリスを使うと言った帽子屋。その目的こそ理解しているが未だに信用していないからこそ、アリスから生まれた最初の存在であるからこそ、アリスの存在を一番に思っているのがハンプティ・ダンプティだった。
「……とにかく、僕はこれから計画の最終段階へと移る。アリスとインフィニティの融合だ。そしてベスパに乗り込むファルバート……彼の制御は任せたよ」
そしてハンプティ・ダンプティが返事する暇もなく帽子屋の気配は消えた。
「さて、無事に乗り込みましたか。ファルバート・ザイデル」
気分を入れ替える。
これからはハンプティ・ダンプティではない。精霊としてこの作戦を成功に導かねばならない。
「ああ。大丈夫だ。……それにしてもこのリリーファー、古くないか? ところどころ反応が悪いぞ」
「それは致し方ない。もっと性能がいいやつも探せばあるだろうがそれゆえに個人個人に鍛えてしまっているからね。何も無い、いわば真っ新な状態であるそれが一番というわけですよ」
「成る程……そんなことも考えていたのか」
無論、嘘だ。
そんなこと、作戦を成功に導くためのデマカセに過ぎない。
「とにかく見えてきましたよ。あれがインフィニティです」
嵐の中心に居る、未だ沈黙を保つ一台のリリーファー、インフィニティ。
ファルバート・ザイデルの乗り込むリリーファー、ベスパはそれを目視出来る距離まで迫ってきていた。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
そして、インフィニティ内部。
「……やあ」
コックピットには崇人以外の人間が居た。
それは人間というよりも少女と言ったほうがよかった。若干ゴスロリチックな黒を基調にした格好をした少女は、崇人を見て微笑んでいた。
「……お前は誰だ」
「誰だ、というのは流石にひどいんじゃないかな。相手は子供だよ?」
その声は聞き覚えがあった。
舌なめずりするような、耳障りというか、どこか耳にひっかかる声。
「帽子屋……、何故お前までここに居る」
「まさか僕のことを認識出来る程まで自我が回復しているとはね。……もしかして催眠がうまく言っていないとか?」
「催眠? どういうことだそれは」
「……あ、部分的に切れているのか。まあ、いいや。そのほうが都合がいい」
「都合がいい? それはいったい……」
「君は、エスティ・パロングを救いたいとは思わないかい?」
空気が凍りついた。
「エスティを……救えるのか?」
「そりゃ、勿論。嘘はつかないよ、僕」
「……信じていいんだな?」
「ああ。エスティを救いたいんだろう? そして、最終的には、君は元の世界へと戻りたいのだろう?」
元の世界。
崇人はそれを聞いてふと思い出した。昔、前の世界で働いていた時のことを。あの時は何もなかった。あの時は仕事しか無かった。暇で仕方なかったわけではないが、ただ、満たされなかった。
満たしてくれるものが欲しかった。
そう思っているとき――彼はクローツへとやってきた。
「君はもしかしたらこの世界に居続けたいと思うのかもしれない。別にそれは構わないよ。それは自分自身の意志だからね? だけれど君が曲げられない意志の一つが、……エスティ・パロングの『蘇生』だろう?」
蘇生。というよりも彼女がいた世界。彼女がいた時代。彼女がいた空間。その凡てが愛おしい。その愛おしい一欠片が、その愛おしい世界が欲しかった。失って気づく、その愛おしさに……彼はもう一度触れたかった。
「だったら、彼女の腕を取るんだ。タカト・オーノ」
帽子屋の言葉に首を傾げる。
「意味を言っている時間ではない。君がエスティの居る世界を取り戻したいのであれば、君がこの世界よりもエスティ・パロングの生きている世界の方が重要と考えるのならば、彼女の手を取るがいい」
「……ほんとうに、エスティは」
「それは、君の覚悟次第だよ」
帽子屋の言葉は未だ信用出来ないことがあった。
しかし今は……エスティを救うことが出来るという唯一の方法に縋りたかった。初めて好きになった人にもう一度会いたかった。
たとえ世界を敵に回したとしても、彼はエスティに会いたかった。
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