絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百七十二話 長い夜のはじまり
マーズは自らの部屋にヴィエンスとコルネリアを集めた。先ほどの続きではなく、一度分かれたあと改めて召集したのだ。
理由は単純明快。まだ大会は一回戦が始まって少ししか経っていないのである。キュービック・ガンナーが終わり、次は『ドウル・アタッカーズ』が始まるところだったが、時間の都合により明日へ変更となったのだ。
マーズは小さく溜息を吐く。
「……先ずは集まってくれてありがとう。急な呼び出しで申し訳ないわね」
「別に構わない。それにそういう形式張った挨拶もあまり必要としない……そうだろう?」
ヴィエンスの問いにマーズは頷く。
ヴィエンスは相変わらずマーズに対して敬語を話していないが、まあ、彼女にとってそんなことはどうでも良かったし今それを言及すべきでもない。それ以上に大きな問題が蠢いているというのだから。
「そうね。そのとおりよ……。今、国王から命令が下った。ティパモールの復権を企む組織が暗躍しているとの情報が入った、と。そしてその情報を元として考えるに……、今回の大会を狙う可能性が高いという結論に至ったわ」
「何でだ? 去年だって大会を襲ったが、あれはティパモールに近い会場だったからだろ。どうして今回も襲う必要があるんだよ」
「大会は世界的に注目されているコンテンツよ。ヴァリエイブル以外の国は行わない、だけれど世界からそれを見に数多くの人間が訪れる。それには未来の起動従士を引き抜こうとするスカウトマンめいた存在だっているわ」
「スカウトマンめいた、ねえ……。まさか俺たちの時にもそういうのが来ていたのか?」
ヴィエンスの言葉にマーズは頷く。
マーズは水を一口呷り、さらに話を続けた。
「私が話したいのはそんなことではない。そんな末端の情報をあなたたちに告げるためにわざわざ呼んだわけじゃないのよ。私が言いたいのはこれからここで戦争が始まるかもしれないという事実だけ」
淡々と述べられた事実だったが、しかし彼らの心に突き刺さるには充分であった。
マーズの話は続く。
「……ともかく、ここで戦争が起きてしまうかもしれない、その理由について簡潔に述べると、『新たなる夜明け』が考えている作戦について。その作戦の目的は、ティパモールの再興を世界に知らしめること……だと考えていたけれど、さらに大きな理由があるらしくてね」
「?」
「ティパモール内乱が起こった真の理由を世界へ発信するためではないか……そう言われている」
「真の理由……? 誤ってティパモール人を殺してしまった、それによってティパモール人の怒りが形になったのが内乱じゃないのか?」
「そうだと私も思っていたし、さっきあなたたちに話した昔話でもそう語っているのだけれどね……。どうも彼らは何かを掴んだらしいのよ。重大な理由を」
「それを発信されることを……国が恐れている。ということだな?」
マーズは頷く。
当然だろう。今までヴァリエイブルは世界に『いざこざが起きてしまって、兵士の不注意により一般市民を殺害した』ことで内乱が発生したとして、ティパモールの騒動について謝罪しているし、さらにそれで見解を示している。それが八年経った今になって新しい事実が明かされてしまってはヴァリエイブルの面目が丸潰れとなってしまう。それをヴァリエイブルは避けたかった。
「だから、私たちに任せたのでしょうね……。場合によっては戦争になってしまうだろうということを」
マーズの言葉に、ヴィエンスたちは俯く。
彼らは理解せざるを得なかった。彼らが背負っている、その任務の重さを。
「……お兄様、ついに出発なさるのですね」
その頃、王城ではレティア・リグレーとイグアス・リグレーがテラスにて話をしていた。月夜の晩にそのような場所で男女が話をしている。シチュエーションだけ見れば密会にしか見えないが、もしかしたらそうなのかもしれない。
これからイグアスは王家専用機ロイヤルブラストに乗り込み『大会』が行われているスタジアムへと向かう。
理由は簡単だ。残党が蜂起するという情報が入ったからである。しかもその残党は『ティパモール内乱が起きた真の理由』を公表するのではないかという噂も入っている。
その真の理由がどういうものなのか彼には知り得なかったが、それが公表されたら世界的にヴァリエイブルが今まで以上に苦しい立場になることは確かだった。現に内乱があってからのヴァリエイブルは他国から酷い国だと思われていたし、扱われたかもしれない。それをラグストリアルがどうにか取り持って八年でここまで戻したのだ。
それを破壊されては困る。困るのである。
だからこそ、彼自らが出陣する。目的は赤い翼残党『新たなる夜明け』の完全破壊。
「……それじゃ、僕は行くよ。レティア、ここから僕を見守っていてくれ」
レティアは涙を流しそうだったが、それを堪えて頷いた。
イグアスは頷いて、手を振る。それに答えるように彼女も手を振った。
王城地下にある格納庫。
そこにロイヤルブラストの機体はあった。黒を基調とした機体に白いラインが踊るように波打っている、独特な機体であった。
ロイヤルブラスト、そのコックピットに入ったイグアスは小さく溜息を吐いた。
『大臣、様子は如何ですか』
「大臣……か。堅苦しいから普通にさん付けでいい。どうした?」
『一応報告をと思いまして』
声だけだったが、その声はとても落ち着いていた。これから何を語るのかは解らないが、イグアスは王家の人間だ。最大限に敬意を払う必要がある。だから緊張するのはある意味仕方ないことなのかもしれないが、少なくとも彼女はそんなことないようだった。
声は続く。
『「新たなる夜明け」殲滅のため、一応実行したことについてご報告を』
「解った。手短に頼む」
『了解しました。ハリー騎士団所属、「アシュヴィン」専属起動従士のエルフィー及びマグラスを抹殺いたしました』
語られたのは変えられようのない事実。
それでいて紛れもない真実。
「……彼女たちの様子はどうだった」
『終始関係ない様子でした。新たなる夜明けの企みなど知らなかったし、自分たちはずっと国に仕える気持ちで起動従士として活動しているとも言っていました。ですがそんなことは戯言に過ぎないと判断しましたのでその場で殺しました』
ひどく冷淡な声だった。
イグアスは溜息を吐く。
「……怒られてしまうな、私は。ハリー騎士団の人間になんといえばいいか」
『仕方ないことです。そもそも彼らの出は赤い翼の残党だった。いつ彼らが裏切るかも解らない状況で彼らをストックし続けるのは少しリスクが高すぎます。ですから、判断は正しかったのです。それに、最初から凡て信じた人間などいるはずもないでしょう』
「そうだろう……。だが、僕の手を汚さずに殺したこと。これを問われては」
『何を仰るのですか。あなたは今からほんとうに人間を殺しに行くのですよ。それが何の問題でも? 間違っていません。あなたは正しい行動をしているだけです。国を正しい方向へ導くために……』
「そう……だよな」
言って、イグアスはリリーファーコントローラを握る。刹那、唸りを上げながらゆっくりとロイヤルブラストが動き始める。既に整備室から人間は掃き出しているので問題はない。
「それでは、これからハリー騎士団に合流する。あとのことをよろしく頼んだぞ」
『かしこまりました』
そして通信は終了した。
「……まったく馬鹿だよなあ、人間というのは」
イグアスとの通信を終えた女性は後ろのソファに座っている男に向かって笑みを浮かべる。
ソファに座っていたのは帽子屋だった。
立ち上がり、彼も笑みを浮かべる。
「それにしても名演技だったよ、ハンプティ・ダンプティ。アカデミー賞をあげてもいいレベルだ」
「アカデミー賞? なんだいそれは」
「まあ、演技のうまい人にあげる賞のことかな。僕も詳しいことは覚えていないのだけれどね。何分、人間でない状態で長く生きすぎてしまったからね」
それを聞いてハンプティ・ダンプティと呼ばれた女性はソファに腰掛けた。
帽子屋は立ったまま、彼女を眺めていた。
――そして、長い夜が静かに始まる。
理由は単純明快。まだ大会は一回戦が始まって少ししか経っていないのである。キュービック・ガンナーが終わり、次は『ドウル・アタッカーズ』が始まるところだったが、時間の都合により明日へ変更となったのだ。
マーズは小さく溜息を吐く。
「……先ずは集まってくれてありがとう。急な呼び出しで申し訳ないわね」
「別に構わない。それにそういう形式張った挨拶もあまり必要としない……そうだろう?」
ヴィエンスの問いにマーズは頷く。
ヴィエンスは相変わらずマーズに対して敬語を話していないが、まあ、彼女にとってそんなことはどうでも良かったし今それを言及すべきでもない。それ以上に大きな問題が蠢いているというのだから。
「そうね。そのとおりよ……。今、国王から命令が下った。ティパモールの復権を企む組織が暗躍しているとの情報が入った、と。そしてその情報を元として考えるに……、今回の大会を狙う可能性が高いという結論に至ったわ」
「何でだ? 去年だって大会を襲ったが、あれはティパモールに近い会場だったからだろ。どうして今回も襲う必要があるんだよ」
「大会は世界的に注目されているコンテンツよ。ヴァリエイブル以外の国は行わない、だけれど世界からそれを見に数多くの人間が訪れる。それには未来の起動従士を引き抜こうとするスカウトマンめいた存在だっているわ」
「スカウトマンめいた、ねえ……。まさか俺たちの時にもそういうのが来ていたのか?」
ヴィエンスの言葉にマーズは頷く。
マーズは水を一口呷り、さらに話を続けた。
「私が話したいのはそんなことではない。そんな末端の情報をあなたたちに告げるためにわざわざ呼んだわけじゃないのよ。私が言いたいのはこれからここで戦争が始まるかもしれないという事実だけ」
淡々と述べられた事実だったが、しかし彼らの心に突き刺さるには充分であった。
マーズの話は続く。
「……ともかく、ここで戦争が起きてしまうかもしれない、その理由について簡潔に述べると、『新たなる夜明け』が考えている作戦について。その作戦の目的は、ティパモールの再興を世界に知らしめること……だと考えていたけれど、さらに大きな理由があるらしくてね」
「?」
「ティパモール内乱が起こった真の理由を世界へ発信するためではないか……そう言われている」
「真の理由……? 誤ってティパモール人を殺してしまった、それによってティパモール人の怒りが形になったのが内乱じゃないのか?」
「そうだと私も思っていたし、さっきあなたたちに話した昔話でもそう語っているのだけれどね……。どうも彼らは何かを掴んだらしいのよ。重大な理由を」
「それを発信されることを……国が恐れている。ということだな?」
マーズは頷く。
当然だろう。今までヴァリエイブルは世界に『いざこざが起きてしまって、兵士の不注意により一般市民を殺害した』ことで内乱が発生したとして、ティパモールの騒動について謝罪しているし、さらにそれで見解を示している。それが八年経った今になって新しい事実が明かされてしまってはヴァリエイブルの面目が丸潰れとなってしまう。それをヴァリエイブルは避けたかった。
「だから、私たちに任せたのでしょうね……。場合によっては戦争になってしまうだろうということを」
マーズの言葉に、ヴィエンスたちは俯く。
彼らは理解せざるを得なかった。彼らが背負っている、その任務の重さを。
「……お兄様、ついに出発なさるのですね」
その頃、王城ではレティア・リグレーとイグアス・リグレーがテラスにて話をしていた。月夜の晩にそのような場所で男女が話をしている。シチュエーションだけ見れば密会にしか見えないが、もしかしたらそうなのかもしれない。
これからイグアスは王家専用機ロイヤルブラストに乗り込み『大会』が行われているスタジアムへと向かう。
理由は簡単だ。残党が蜂起するという情報が入ったからである。しかもその残党は『ティパモール内乱が起きた真の理由』を公表するのではないかという噂も入っている。
その真の理由がどういうものなのか彼には知り得なかったが、それが公表されたら世界的にヴァリエイブルが今まで以上に苦しい立場になることは確かだった。現に内乱があってからのヴァリエイブルは他国から酷い国だと思われていたし、扱われたかもしれない。それをラグストリアルがどうにか取り持って八年でここまで戻したのだ。
それを破壊されては困る。困るのである。
だからこそ、彼自らが出陣する。目的は赤い翼残党『新たなる夜明け』の完全破壊。
「……それじゃ、僕は行くよ。レティア、ここから僕を見守っていてくれ」
レティアは涙を流しそうだったが、それを堪えて頷いた。
イグアスは頷いて、手を振る。それに答えるように彼女も手を振った。
王城地下にある格納庫。
そこにロイヤルブラストの機体はあった。黒を基調とした機体に白いラインが踊るように波打っている、独特な機体であった。
ロイヤルブラスト、そのコックピットに入ったイグアスは小さく溜息を吐いた。
『大臣、様子は如何ですか』
「大臣……か。堅苦しいから普通にさん付けでいい。どうした?」
『一応報告をと思いまして』
声だけだったが、その声はとても落ち着いていた。これから何を語るのかは解らないが、イグアスは王家の人間だ。最大限に敬意を払う必要がある。だから緊張するのはある意味仕方ないことなのかもしれないが、少なくとも彼女はそんなことないようだった。
声は続く。
『「新たなる夜明け」殲滅のため、一応実行したことについてご報告を』
「解った。手短に頼む」
『了解しました。ハリー騎士団所属、「アシュヴィン」専属起動従士のエルフィー及びマグラスを抹殺いたしました』
語られたのは変えられようのない事実。
それでいて紛れもない真実。
「……彼女たちの様子はどうだった」
『終始関係ない様子でした。新たなる夜明けの企みなど知らなかったし、自分たちはずっと国に仕える気持ちで起動従士として活動しているとも言っていました。ですがそんなことは戯言に過ぎないと判断しましたのでその場で殺しました』
ひどく冷淡な声だった。
イグアスは溜息を吐く。
「……怒られてしまうな、私は。ハリー騎士団の人間になんといえばいいか」
『仕方ないことです。そもそも彼らの出は赤い翼の残党だった。いつ彼らが裏切るかも解らない状況で彼らをストックし続けるのは少しリスクが高すぎます。ですから、判断は正しかったのです。それに、最初から凡て信じた人間などいるはずもないでしょう』
「そうだろう……。だが、僕の手を汚さずに殺したこと。これを問われては」
『何を仰るのですか。あなたは今からほんとうに人間を殺しに行くのですよ。それが何の問題でも? 間違っていません。あなたは正しい行動をしているだけです。国を正しい方向へ導くために……』
「そう……だよな」
言って、イグアスはリリーファーコントローラを握る。刹那、唸りを上げながらゆっくりとロイヤルブラストが動き始める。既に整備室から人間は掃き出しているので問題はない。
「それでは、これからハリー騎士団に合流する。あとのことをよろしく頼んだぞ」
『かしこまりました』
そして通信は終了した。
「……まったく馬鹿だよなあ、人間というのは」
イグアスとの通信を終えた女性は後ろのソファに座っている男に向かって笑みを浮かべる。
ソファに座っていたのは帽子屋だった。
立ち上がり、彼も笑みを浮かべる。
「それにしても名演技だったよ、ハンプティ・ダンプティ。アカデミー賞をあげてもいいレベルだ」
「アカデミー賞? なんだいそれは」
「まあ、演技のうまい人にあげる賞のことかな。僕も詳しいことは覚えていないのだけれどね。何分、人間でない状態で長く生きすぎてしまったからね」
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