絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百五十四話 晩餐会(後編)
「……あなたは?」
「私はアズドラ・レイブンクローという者です。北ヴァリエイブルに所属する、一端の学生でございます」
そう言ってアズドラは頭を下げた。
不気味な奴だ、とシルヴィアは思った。食えない奴といった方が雰囲気的には近いのかもしれないが、しかし人を第一印象だけで評価しきってしまうのもあまり良いことではない。
とにかく今は『普通』で居るべきだ、そう思った彼女はアズドラに従うように愛想笑いを振り撒いて頭を下げる。
「まさかここであなたにお会いできるとは思いませんでした」
「はて……? 何処かでお会いしたことがありましたっけ?」
あくまでも精神を逆撫でしないように、丁寧に丁寧に訊ねる。こういう相手を知らない人間との会話も厄介だが、精神を逆撫でして変なところで軋轢を生んでも困る。だから彼女は普通に会話することにした。相手の気持ちを必要以上に考えて話すのはあまりにも疲れてしまうが、この際はっきり言って致し方無かった。
「やだなぁ。覚えていませんか? ……あ、でも覚えていないかもしれないですね……。だってあなたと私が出会ったのはちょうど三年前の大会でしたから」
三年前。アズドラは今そう言った。となると彼女もアズドラも起動従士訓練学校には入っていない、まだ普通の子供の頃の話だ。
そんな頃の話を持ち出されたって、彼女にとっても困る話だった。その頃の彼女はただの凡庸な人間だったからだ。凡庸で平凡で無味乾燥な人生を送る、ただの少女だった。例外として彼女の父親が『伝説の起動従士』だったということくらいだ。
だからリリーファーを見る機会は、恐らくは一般の人間よりかは多かった。彼は彼女にも起動従士にさせてあげようと思っていたのか、或いは職業選択の一つとしてそれの知識を与えるためだったのかは知らないが、彼女は小さい頃から毎年のように大会を見学していた。
その時のとある一回で、アズドラと彼女は出会った。……のかもしれないが、とうの本人はそんなことを覚えてなどいなかった。アズドラの妄言としか受け取っていなかったのだ。
アズドラの話は続く。
「私が三年前に初めてあなたにお会いし、話をしたときとまったく変わらず……いや! それよりもさらに遥かに進化を、磨きがかかっておられる! それは素晴らしいことです!」
そう迫ってくるが、やはりシルヴィアはアズドラのことを思い出せない。
だからといって、すいませんあなたのことがまったく解りませんなどと言おうものなら、何が起きるか解らない。このまま学校同士で大きな争い事に発展してしまうかもしれない。
出来ることならそれは避けるべきであるし、避けなくてはならない。
「……ふーん、そっか……。でも、私はあんまり覚えていないのよね。ごめんなさい」
そう言ってシルヴィアは頭を下げる。
アズドラはそれを聞いて雷に打たれたような衝撃を受けた。だが、それでも彼はへこたれなかった。
「そうだとしても! 私は諦めません! あなたへの愛を再び語るのみ!!」
「あーはいはい。煩いねえ」
その時だった。
アズドラの蟀谷にグーがめりめりと入ってくる。とても痛い。見ているだけで痛い。
後ろに立っていたのは薄黄色の髪を生やした女性だった。透き通った目、整った目鼻立ちはもはや『美形』のカテゴリから外れている雰囲気を醸し出している。
そして――一番彼女をそのカテゴリから外れていると確信したのは、尖った耳だ。彼女の両耳は鋭く尖っていたのだ。
「……私はリレイス・ベーポンレイグといいます。あなたの思っているとおり、私は半妖……ハーフエルフです。驚きましたか? ですが、北ヴァリエイブルはこういう私みたいな存在も入ることが出来るのですよ」
「そうですか……」
別にシルヴィアはハーフエルフが起動従士になることは関係なかった。彼女自身、力でねじ伏せれば別に人だろうが人じゃなかろうがどうでもよかった。実力主義の彼女にとって、そんなことは考える価値も無かったのだ。
「……まあ、何事もないようでよかった。こいつ、昔からこーいう感じでして」
「ああ……わかります。うるさいですよね」
はっきり言ってしまった。言葉のノリで言ってしまったが、もう言葉を取り消そうとしたって無駄だ。
しかしリレイスはそれを気にしない素振りを見せ、
「ほんとうにすいません。うちの者が迷惑をかけてしまって……」
と頭を下げた。ちなみにアズドラも半ば強引に頭を下げさせられた。彼自身の意志ではなく、リレイスによる強制であったが。
それを見て、シルヴィアは逃げるようにその場を去った。騒がれたくないから。注目されたくないから。
逃げて逃げて逃げる。出来ることならこの会場からも逃げたかったが、そうはいかなかった。そうしてしまえばやはり注目される。
そもそも起動従士訓練学校の代表としてこういうところに出てくる時点で注目は避けられない。だが、ここは彼女の目標の一つであった場所だ。そこを目指すための最低限の注目だけ受けて、あとは避ける。そういう生活を彼女はずっと行ってきていた。
ベランダにて彼女は一人飲み物を飲んでいた。もちろん未成年だから酒の類は飲むことなんて出来ない。オレンジジュースだ。
オレンジジュースを飲みながら夜空を見る――普通に考えれば大人の真似事に見えるかもしれないが、彼女はそんなことをしてでも今の雰囲気をどうにか変えたかったのだ。
「シルヴィア」
声を聞いて、彼女は振り返る。
そこに立っていたのはメル――シルヴィアの妹だった。
メルはシルヴィアが飲んでいるのと同じオレンジジュースを持って、彼女の隣に立った。
「メル、あなた……晩餐会は?」
「面倒臭いから抜けてきちゃった。だって話をするたびにああだこうだ煩いんだもの。人によっては突然求婚する人だっていたのよ。ま、もちろん断ったけど」
「やっぱりあーいうのはどこでもいるのね……」
メルは小さく溜息を吐いて、オレンジジュースを啜った。普通こういう場所ならマナーの一つや二つが問われるところだが、今は彼女たち二人しかいないのだからそんなことどうでもよかった。
「あ、シルヴィア。星が綺麗よ」
「星?」
メルの言葉を聞いて、シルヴィアは空を見上げた。
そこには、先程まで暗くて何も見えなかった空に星々が輝いている姿が広がっていた。
「うわあ…………綺麗……」
満天の星空。
そう形容するにふさわしい星空だった。
中にいる数多の選手たちは談話に夢中になっていてそんなこと知らないし眼中にない。即ち、この星空を見ているのは彼女たちだけなのだ。
まるでこの星空を支配したような――そんな優越感を得た気分だった。
「……すごい……!」
シルヴィアは言った。
「ねえ、メル」
メルはシルヴィアに言った。
それを聞いてシルヴィアはメルの方に顔を向けた。
「絶対に、大会勝ちましょうね」
その言葉は、『勝利』という意味も含んでいるし、『優勝』という意味も含んでいた。
去年の大会は赤い翼の乱入という結果から優勝が暫定的に決まってしまった。そのため、今年の優勝は必ずしてやろうというのは各校同じだった。
メルはそんな強豪たちに勝利宣言をしたに等しい。しかし、その『強豪』はその宣言を聞いていないのだが。
「……そうね。絶対に勝ちましょう。そして、私は起動従士に、あなたはメカニック。絶対に二人で夢、叶えてやりましょう!」
シルヴィアは言って、メルにグラスを近づける。
それが何の意味かを理解したメルもグラスを近づけて――そして二人のグラスを小さくぶつけた。
かちん、という小さな音がした小さな乾杯だったが、彼女たちにとってもっとも有意義のある乾杯だったといえるだろう。
そして、晩餐会の楽しかった夜は暮れ――大会の一回戦が始まる。
「私はアズドラ・レイブンクローという者です。北ヴァリエイブルに所属する、一端の学生でございます」
そう言ってアズドラは頭を下げた。
不気味な奴だ、とシルヴィアは思った。食えない奴といった方が雰囲気的には近いのかもしれないが、しかし人を第一印象だけで評価しきってしまうのもあまり良いことではない。
とにかく今は『普通』で居るべきだ、そう思った彼女はアズドラに従うように愛想笑いを振り撒いて頭を下げる。
「まさかここであなたにお会いできるとは思いませんでした」
「はて……? 何処かでお会いしたことがありましたっけ?」
あくまでも精神を逆撫でしないように、丁寧に丁寧に訊ねる。こういう相手を知らない人間との会話も厄介だが、精神を逆撫でして変なところで軋轢を生んでも困る。だから彼女は普通に会話することにした。相手の気持ちを必要以上に考えて話すのはあまりにも疲れてしまうが、この際はっきり言って致し方無かった。
「やだなぁ。覚えていませんか? ……あ、でも覚えていないかもしれないですね……。だってあなたと私が出会ったのはちょうど三年前の大会でしたから」
三年前。アズドラは今そう言った。となると彼女もアズドラも起動従士訓練学校には入っていない、まだ普通の子供の頃の話だ。
そんな頃の話を持ち出されたって、彼女にとっても困る話だった。その頃の彼女はただの凡庸な人間だったからだ。凡庸で平凡で無味乾燥な人生を送る、ただの少女だった。例外として彼女の父親が『伝説の起動従士』だったということくらいだ。
だからリリーファーを見る機会は、恐らくは一般の人間よりかは多かった。彼は彼女にも起動従士にさせてあげようと思っていたのか、或いは職業選択の一つとしてそれの知識を与えるためだったのかは知らないが、彼女は小さい頃から毎年のように大会を見学していた。
その時のとある一回で、アズドラと彼女は出会った。……のかもしれないが、とうの本人はそんなことを覚えてなどいなかった。アズドラの妄言としか受け取っていなかったのだ。
アズドラの話は続く。
「私が三年前に初めてあなたにお会いし、話をしたときとまったく変わらず……いや! それよりもさらに遥かに進化を、磨きがかかっておられる! それは素晴らしいことです!」
そう迫ってくるが、やはりシルヴィアはアズドラのことを思い出せない。
だからといって、すいませんあなたのことがまったく解りませんなどと言おうものなら、何が起きるか解らない。このまま学校同士で大きな争い事に発展してしまうかもしれない。
出来ることならそれは避けるべきであるし、避けなくてはならない。
「……ふーん、そっか……。でも、私はあんまり覚えていないのよね。ごめんなさい」
そう言ってシルヴィアは頭を下げる。
アズドラはそれを聞いて雷に打たれたような衝撃を受けた。だが、それでも彼はへこたれなかった。
「そうだとしても! 私は諦めません! あなたへの愛を再び語るのみ!!」
「あーはいはい。煩いねえ」
その時だった。
アズドラの蟀谷にグーがめりめりと入ってくる。とても痛い。見ているだけで痛い。
後ろに立っていたのは薄黄色の髪を生やした女性だった。透き通った目、整った目鼻立ちはもはや『美形』のカテゴリから外れている雰囲気を醸し出している。
そして――一番彼女をそのカテゴリから外れていると確信したのは、尖った耳だ。彼女の両耳は鋭く尖っていたのだ。
「……私はリレイス・ベーポンレイグといいます。あなたの思っているとおり、私は半妖……ハーフエルフです。驚きましたか? ですが、北ヴァリエイブルはこういう私みたいな存在も入ることが出来るのですよ」
「そうですか……」
別にシルヴィアはハーフエルフが起動従士になることは関係なかった。彼女自身、力でねじ伏せれば別に人だろうが人じゃなかろうがどうでもよかった。実力主義の彼女にとって、そんなことは考える価値も無かったのだ。
「……まあ、何事もないようでよかった。こいつ、昔からこーいう感じでして」
「ああ……わかります。うるさいですよね」
はっきり言ってしまった。言葉のノリで言ってしまったが、もう言葉を取り消そうとしたって無駄だ。
しかしリレイスはそれを気にしない素振りを見せ、
「ほんとうにすいません。うちの者が迷惑をかけてしまって……」
と頭を下げた。ちなみにアズドラも半ば強引に頭を下げさせられた。彼自身の意志ではなく、リレイスによる強制であったが。
それを見て、シルヴィアは逃げるようにその場を去った。騒がれたくないから。注目されたくないから。
逃げて逃げて逃げる。出来ることならこの会場からも逃げたかったが、そうはいかなかった。そうしてしまえばやはり注目される。
そもそも起動従士訓練学校の代表としてこういうところに出てくる時点で注目は避けられない。だが、ここは彼女の目標の一つであった場所だ。そこを目指すための最低限の注目だけ受けて、あとは避ける。そういう生活を彼女はずっと行ってきていた。
ベランダにて彼女は一人飲み物を飲んでいた。もちろん未成年だから酒の類は飲むことなんて出来ない。オレンジジュースだ。
オレンジジュースを飲みながら夜空を見る――普通に考えれば大人の真似事に見えるかもしれないが、彼女はそんなことをしてでも今の雰囲気をどうにか変えたかったのだ。
「シルヴィア」
声を聞いて、彼女は振り返る。
そこに立っていたのはメル――シルヴィアの妹だった。
メルはシルヴィアが飲んでいるのと同じオレンジジュースを持って、彼女の隣に立った。
「メル、あなた……晩餐会は?」
「面倒臭いから抜けてきちゃった。だって話をするたびにああだこうだ煩いんだもの。人によっては突然求婚する人だっていたのよ。ま、もちろん断ったけど」
「やっぱりあーいうのはどこでもいるのね……」
メルは小さく溜息を吐いて、オレンジジュースを啜った。普通こういう場所ならマナーの一つや二つが問われるところだが、今は彼女たち二人しかいないのだからそんなことどうでもよかった。
「あ、シルヴィア。星が綺麗よ」
「星?」
メルの言葉を聞いて、シルヴィアは空を見上げた。
そこには、先程まで暗くて何も見えなかった空に星々が輝いている姿が広がっていた。
「うわあ…………綺麗……」
満天の星空。
そう形容するにふさわしい星空だった。
中にいる数多の選手たちは談話に夢中になっていてそんなこと知らないし眼中にない。即ち、この星空を見ているのは彼女たちだけなのだ。
まるでこの星空を支配したような――そんな優越感を得た気分だった。
「……すごい……!」
シルヴィアは言った。
「ねえ、メル」
メルはシルヴィアに言った。
それを聞いてシルヴィアはメルの方に顔を向けた。
「絶対に、大会勝ちましょうね」
その言葉は、『勝利』という意味も含んでいるし、『優勝』という意味も含んでいた。
去年の大会は赤い翼の乱入という結果から優勝が暫定的に決まってしまった。そのため、今年の優勝は必ずしてやろうというのは各校同じだった。
メルはそんな強豪たちに勝利宣言をしたに等しい。しかし、その『強豪』はその宣言を聞いていないのだが。
「……そうね。絶対に勝ちましょう。そして、私は起動従士に、あなたはメカニック。絶対に二人で夢、叶えてやりましょう!」
シルヴィアは言って、メルにグラスを近づける。
それが何の意味かを理解したメルもグラスを近づけて――そして二人のグラスを小さくぶつけた。
かちん、という小さな音がした小さな乾杯だったが、彼女たちにとってもっとも有意義のある乾杯だったといえるだろう。
そして、晩餐会の楽しかった夜は暮れ――大会の一回戦が始まる。
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