絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百五十一話 開会式(後編)

 開会式に出るためにグランドから再び声をかけられたのは、それから三十分後のことであった。

「それではこれから開会式が始まりますので、メンバーの皆さん私についてきてください」

 グランドの言葉にマーズたちは頷く。そしてマーズを先頭にして、彼女たちはその部屋を後にした。
 会場の中心には広いホールがあった。屋根は観客席にのみあり、実際に競技が繰り広げられるグラウンド部分は屋根が存在しないものとなっている。
 だから、会場に立っている選手たちは炎天下の中長い話を聞くことになるのだ。

「あー、去年はひどかったよなあ……。大会委員長がおなじセリフを六回言ったんだっけか……」
「そんなことがあったわねえ……、って……えっ? そうだっけ。すぐ終わったんじゃなかった?」
「そうだったか? まあ、人間の考えてることなんてすぐ忘れちまうもんだよ」
「うーん……そうかもしれないわね。あっ、開会式が始まるわよ」

 マーズの言葉を聞いて、崇人とマーズの会話は少々強引な形をとって終了した。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


 さて、一方その頃選手たちは炎天下の中、開会式に参加していた。
 今年の大会委員長の挨拶は去年があまりにも短かったことをネタにして、それから二十分以上話し始めた。何でも、去年ほど熱中症になりやすいわけではないから、ということらしい。

「えーっと、そういうわけでスポーツマンシップに則って……」
「スポーツマンシップってもう十回くらい言ってない? なんというか、覚えたての言葉をただひたすら話している子供めいた感じがするけれど」
「それは言わない約束だよシルヴィア……」

 シルヴィアとリモーナは隣同士になっているので、彼女たちは声のトーンを少しだけ落とし気味で話をしていた。バレたら大会の委員から怒られそうなものだが、今の彼女たちにはそんなことどうでもよかった。
 シルヴィアとリモーナはその委員長の話を聞いているのか、少なくともほかの人間には解らなかった。あくまでも話をしているのがバレないようにしているためであり、周りの人間にもそれが聞こえないようにしているのである。

「しっかしまあ……長い話しだよね。このまま聞いてたら熱中症になっちゃいそう。水分補給とかもないし」
「ほんとそれよね。ただ、去年はあまりの暑さに委員長の挨拶は短くすべきだという意見が多かったらしいよ?」
「そんなの、毎年それでやってほしいよ……」

 シルヴィアとリモーナはそう言って笑みを浮かべる。
 因みにこんな間でも委員長の話は続いていた。長々と続く話に選手の殆どはもううんざりしていた。

「……であるからして、今年は去年ほど暑くはありませんが湿度が高いとのことですので、熱中症には気をつけてください」
「お前が言うなよ……。この話で十分以上潰れているってのに……」
「まぁまぁ……そう言わずに」

 シルヴィアの言葉を聞いて、それを宥めるリモーナ。シルヴィアが放った言葉は他の選手が思っているとはいえ誰も発しなかった言葉だ。何故ならみんなこの暑さにやられてしまっているから、と言っても過言ではない。
 リモーナは溜息を吐いて、正面を見た。正面ではまだ委員長が話をしている。もう彼女が覚えている限りでは二十五分近く話している。あまりにも長い。これでは熱中症になるのも頷けてしまう。

「まあ……なんというかシルヴィアがそういうのも頷けるけどね……。あまりにも長すぎるよね。うーん……もうすぐ終わらないかなあ」
「であるからして……! スポーツマンシップに則って行動して欲しい! 特に去年めいたことのないように!」
「あ、やっと終わった」

 委員長が頭を下げたのを見て、彼女たちは漸くそれが終わったのを確認した。
 時間にして二十七分四十六秒。選手もそうだが、見ている人もとても暑いと思った、そんな挨拶であった。
 だが、開会式はこれで終わったわけではない。まだまだ開会式は序盤の序盤である。



 委員長の挨拶のあと、大会副委員長からのルール説明、選手代表による選手宣誓、準備体操……それさえ見れば普通の運動会のそれとも言える開会式は、特に何事もなく進行し、全行程を四十五分かけて終了した。

「まさか委員長の話しが三十分近くもあるとはな……」

 崇人の言葉に、歩いていたリモーナとシルヴィアは頷く。シルヴィアとリモーナはあの炎天下の中四十五分も立ちっぱなしだったのだ。疲れていて当然だろう。もうぐったりしていた。

「今日はもう休め。確か今日は休養日で、開会式のあとは何の予定もなかったはずだ。選手たちで晩餐会が開かれるのもあるが、それがあっても今はまだ十四時。晩餐会が開かれるまで四時間もある。少しくらい休むことだって出来るだろ」
「マーズさんは?」
「マーズか? あいつなら……たぶん仕事でもやってるんじゃないかな。確か何か仕事があるとか言ってて、それを持ち込まなきゃいけないから大変だとか言っていたし」
「タカトさんはそれをする必要は……?」
「無いってわけじゃないけど、あくまでもあの仕事はマーズに任された仕事だからな。だから、マーズが手を離せないこのタイミングでは僕が指示するしかないってわけだ」
「結構大変ですね。副リーダーってのも」
「雑用めいた仕事だからな。ある意味リーダーより忙しいかもしれんぞ?」

 崇人はそう言って笑みを浮かべる。シルヴィアとリモーナはぐったりしていた様子だったが、受け答えがはっきりしているところを見るとそれほどまでに疲れは蓄積していないようだった。それを見て、崇人はほっと一息吐く。
 とはいえ、彼女たちは『選手』だ。大事な人材であることには変わりない。彼女たちが大会で戦い、いい成績を収めていくことで学校のためになり、結果として選手個人のためにもなる。素晴らしい成績を収めた選手は起動従士としてヴァリエイブルに仕えることが出来るからだ。
 起動従士としての才能がない、俗に言う『一般人』は起動従士を軍の狗だと批判することもあるが、しかし実際にそんな扱いで活動しているわけではない。起動従士は国王の命令に従う必要があるが、それはあくまでも国民を守るためである。

「……すいません、副リーダー。ちょっと用事が出来てしまったので少し離れてもいいですか」

 唐突に。
 ファルバートは崇人にそう言った。
 崇人は踵を返し、ファルバートの方を向く。

「別に構わないが……いったいどこへ?」
「知人がこのあたりに住んでいるんですよ。だからそこへ行こうと思いまして」

 はっきり言ってこれは嘘だ。嘘を塗り固めた戯言に過ぎない。
 だが、今崇人にそれを判断する手段などない。だからすぐに解ることなどない。
 だから。

「ああ、構わないよ」

 崇人はそれにゴーサインを出した。選手の体調などを管理するのがリーダーや副リーダーに課せられた仕事として設けられているが、しかしプライベートにまで関与する必要などない。それは誰にだって理解出来ることだった。
 だから崇人はそれに素直に頷くことしか出来なかった。これに関して、彼を苛めることなど、到底誰にもできることではない。

「ありがとうございます。それで、十八時までに戻ればいいんですね?」
「ああ。それまでに戻らないとバスが出ちまう。会場まで歩きでいいっていうなら別に十八時じゃなくとも会場の場所を教えるが」
「いいえ、大丈夫です。それじゃ」

 そう言ってファルバートは踵を返すと、崇人たちと違う方向へと歩き出した。
 ファルバートを見送るようにして、メルが一言。

「なーんか怪しいね」
「怪しい?」
「うん。何か隠し事をしているみたい。それも大きな大きな、隠し事」

 メルからそれを聞いた崇人は首を傾げる。
 確かにファルバートはつい先日までシルヴィア・メルとリーダーの座を奪っていた、敵に近い存在だった。
 そんな彼が僅か数日で和解する。普通ならば考えられないことだとメルは考えていたのだ。
 確かにそれは崇人も引っかかっていた。しかし彼としてはそれよりもメンバーが仲良くしている、その現状を見ているだけで何の問題はないと思っていた。だから彼もそこまで疑問に抱くこともなかったのだ。

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