絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百五十話 開会式(中編)

 レイヴンと言われた男はそれを聞いて小さく溜息を吐く。長身の男であるレイヴンは、頭を下げた。グランドのやっていることに呆れているのかもしれなかった。

「……なんというか、上司はあなたですから簡単に非難できないのが嫌なところですよね」
「別に私はその地位を自分のために使った覚えなどない。今話していることはただの世間話だ。それくらいしたって何の問題もないし、怒られることもなかろう?」
「まあ、それもそうですが……。それでも、選手はここまで長旅を続けてきたのですよ。少しくらい休ませてあげてもいいのではないでしょうか?」

 丁寧に、丁寧にレイヴンは言った。目の前に客人である選手――マーズたちがいるからだろうか。それとも地位の高いグランドにここで漸く敬意を表したからだろうか。どちらかなのは確かだが、それがどちらであるかは解らなかった。

「……解りました。失礼しました、中央チームの皆さん」

 そう言ってグランドは深々と頭を下げる。突然の行為にマーズたちは慌ててグランドに頭を上げるよう言った。
 だが、グランドは案内人としてこの職業を長年務めている人間だ。そう言われたとしても簡単に頭を上げることなどしない。彼らはそういう仕事を務めているのだから。

「それでは改めてお部屋の方に案内させていただきます。こちらです、どうぞ」
「部屋……ってホテルめいた部屋があるわけじゃなし……」

 独り言のようにリモーナは呟いた。
 少なくともこの時まで彼女たちは完全に嘗めきっていた。このコロシアムにある施設がいかがなものかということを、見もせずに過小評価していたのだ。
 だから、彼女たちの目の前に観光地にあるようなホテルめいた空間が広がった時には、あまりの驚きに何も言えなかった。

「こちらが当コロシアム自慢の宿泊施設となります。経営不振により営業停止となったホテルをホテルごと買い取りまして、こちらに移設した……それがこちらの『ホテル・バルサドーレ』になります」

 果たしてグランドの説明を彼女たちはきちんと聞いていたのかどうか、それは正直なところ定かではない。
 何故なら彼女たちは目を輝かせていたからだ。予想を遥かに上回る施設に驚いていたのだろう。
 ひとつ、グランドが咳払いしたことで漸く彼女たちはグランドに意識を向けた。

「……それではこちらが鍵になります」

 グランドはポケットから鍵束を取り出した。そして鍵束からフラジェス――紫色の小さな花だ――のキーホルダーがついていた鍵を見つけ、それを外した。
 そしてその鍵を、マーズに手渡した。

「こちらが鍵になります。仮に無くされたとしてもマスターキーが残っているので何ら問題はありません」
「無くされたことについて、即座に言われてもなぁ……」

 マーズはそう言いながら鍵を受け取った。鍵は小さく、金色に輝いていた。

「無くしたことについて、最初に言っていますが。それでも出来ることなら無くさない方が得策です。それならば我々も手を煩わせることもありません。ですが、毎年必ず現れるのですよ。そういう人間が」
「なんというかそれは……。何も言えないな……」

 普通に笑い飛ばしてもいいような場面だったが、マーズはそのようなことはしなかった。マーズ自身もどこか抜けていて、そういう失敗をやりかねないから――などと思ったのかもしれない。
 だからこそ、そのように万が一そのような事態があったとしてもいいように――要するに逃げやすい口実を作ったということであった。

「それでは、どうぞごゆっくり。まだ開会式の開始時刻は明確に決まっていませんが、決まり次第連絡いたします」

 そしてマーズたちはグランドと別れた。



「うわー、タカト見てみて! ここのベッドとてもクッション性が高いわよ! まるで高級ホテルね!」
「さっきも言っていたけど、きっと前のホテルからインテリアごと買い取ったんじゃないか? そこそこ手入れのあるものはそれごと……だとか」

 マーズたちはそれぞれ用意されていた個室にて、休憩をとっていた。とはいえどちらにしろ先ずは開会式があるため、一先ずマーズの部屋に全員が集合している状態である。
 冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターをコップに注いだ崇人は、それを飲み一息吐いた。とはいえ彼もまた違った形で緊張していた。去年は選手として――だったが、今年はコーチだ。選手を補佐する役目についている。それは選手以上に難しい立ち位置だ。
 では、コーチはいったい何をするのだろうか? 崇人はそう訊ねられても、一つの答えを導き出せる気がしなかった。
 何故ならコーチとはいったものの何をすれば良いのか明確に決まっていないからだ。
 コーチという役割がこの世界で定義されていないだとかそういうわけではない。チームの中でコーチという地位の役割が定義されていないということだ。いってもなかなか難しいことだろうが、しかして崇人はそれをどうすればいいか悩んでいた。
 かといって他の人に相談するのは、なんとなく恥ずかしいと思っていた彼はコーチの役割を彼なりに解釈した。その結果が監督を補佐し、チーム全体のサポートにあたる――ということだ。

「とりあえずいつ頃開会式が始まるのか。それはきっと電話とかで伝えられるだろうから、寧ろ何の問題もない。問題になっているのはそれではなく、相手の戦力だ。誰も彼も『大会』に出場しているのだから、その実力は折り紙つきだからな」
「折り紙……つき?」

 崇人の発言に首を傾げるマーズたち。その反応を見て崇人はしまったと顔を顰めた。
 『折り紙つき』の折り紙――とは紙を横半分に折ったものであり、決して崇人の世界にあった折り紙と同義ではない。
 それでもマーズたちはその折り紙という言葉を理解していない――或いは知り得ていないらしく、首を傾げているようだった。

「ま、まあはっきり言うと折り紙つきっていうのは品質が保証されているとかそう言う意味で……」
「ああ、成る程!」

 マーズが崇人の言葉に助け舟を出す。ここで崇人が異世界人であるということを知っているのはマーズだけだ。だから、自ずと助け舟を出すのは彼女だけとなるのだ。

「……とりあえず、その保証されているってわけですか。そういう人たちがいると」
「そういうことになるね。というかそういう人しかいないだろう。大会は、王の目に止まればその場で起動従士になることができる。だから王に自分の活躍を見てもらいたいがために、必死になるんだ。それがこの大会のもっとも醜く、ドロドロとしているところかもしれないな」

 醜いところ、と崇人は言った。それは間違っているようで的を得ているのかもしれない。
 大会はシンプルに言えば、若い人間の能力を見るお祭り騒ぎだ。しかし国からすれば突き抜けた能力を持つ若者は直接国が捕まえておく――そのための行事だと言われている。
 だが、実際にそれは周知されている。理由は簡単、そのように意識を高めてもらうためだ。意識が高い人間を雇う。例え起動従士のことでないにしても当たり前のことといえるだろう。

「そのように周知されている、イコールそのように選手がしても構わないということを表しているんだ。それの意味することは……誰にだって理解できるはずだ。この大会はオーディションだよ。確かにオーディションという名前はとっていないにしろ、中身は完全にオーディションのそれだ。合格したもん勝ちなんだよ、こういうのは。だから今から君たちに教えるのは合格するための極意……みたいなものかな。そういうのを教える」

「絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く