絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百三十八話 交流会Ⅳ

 アリシエンスがそう言ったとはいえ、そう言われた当の本人が未だに訝しんでいた。魔導空間による収納……そんなことが本当に可能なのだろうか? ということについてだ。
 アリシエンスの言葉を嘘だとは思いたくなかったが、しかし俄には信じ難いものだということは事実だ。

「……魔導空間に不安を抱いているのですか? 別に問題ありませんよ、魔導空間は『絶対に』不具合を起こすことなどあり得ません」
「絶対、ってそれ何か起きるフラグだと思うんですよねぇ……」

 マーズは呟いたが、敢えてなのか偶然なのかアリシエンスはそれを無視して、話を続ける。

「まあ、話をするより実際にやってみるのが一番ですよね」

 そう言ってアリシエンスは財布の口を開けて、ブルーシートを中に入れた。ブルーシートの大きさと財布の口の大きさはもちろん一致しない。ブルーシートのそれが大きく上回っているのだ。自然、入ることはないだろう。

「……入るわけないですよ、アリシエンス先生。やっぱり別の方法を――」

 ――考えましょう、とマーズが言ったその時だった。
 ブルーシートの端がゆっくりとそのがま口の中に入っていくのをマーズとアリシエンスは目撃した。マーズは目を丸くさせ、それに対してアリシエンスは笑みを浮かべる。

「どうでしょう? きちんと入りました。お貸ししますが……それでもどこかおかしい点でもありますか?」
「い、いえ……。あの、さっきは……その……!」
「いいんですよ」

 アリシエンスは優しくマーズに語りかける。

「無知は悪いことではありません。それを理解しないまま振りかざすのが悪いことです。あなたはいま、ひとつの知識を学んだではありませんか。それでいいのです。いいんですよ」

 マーズは、頭を下げ続けていた。

「だから、顔をあげてください。こんな場面見られちゃうと私の方が困ってしまいますから」

 アリシエンスの言葉を聞いて、マーズははっと気づく。そして急いで顔をあげると、

「ほんとうにすいませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ。それじゃ……これをお貸ししますね。あとどう使うかはご自由に。返すときは私の教員室にでもお願いしますね」

 そう言ってアリシエンスは部室を後にした。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


 マーズは梱包を済ませ、部室を後にした。それはシルヴィアたちが出て僅か十分後のことだった。梱包、とはいったものの実際にはブルーシートや食べ物などをすべてアリシエンスが貸してくれた魔導空間へと繋がっている財布に入れただけに過ぎない。もちろん若干整理はしたが、いかんせん中が見えないためにきちんと整理はできていない。もしかしたら中では乱雑になっている可能性も充分にありえるのだ。
 それはそれとして。
 マーズは遅れたことを謝罪するためにスマートフォンを手に取った。スマートフォンでメールを送るためだ。そのアドレスは既に崇人経由で聞いているために問題はない。ただ、彼女たちが知らないために受け取りを拒否される可能性も充分に考えられるが、その場合は改めて電話でもすればいいだろう。そう思って、件名に、マーズである旨を打ち込み、本文に、これからターム湖へと向かう旨を打ち込んで送信した。
 崇人がいうようにマーズはこういうところが疎いらしく、よく理解できていないところが多い。だが、マーズはスマートフォンの画面に映し出される送信完了の画面を見てほっと一息吐くのだった。これが出れば確実に送信できている――ということを崇人から聞いているためだ。裏を返せば、マーズはそれほど通信機器に疎いということになる。じゃあ、今までどうやってほかの人と連絡をとっていたのか? という感じになるが、崇人曰く、電話で凡て行っていたのではないかということだ。メールとかそういうものを使わずとも電話するなり直接会いにいくなりしていたからこそ、メールという電子的な書式を知らないということである。

「……まあいい。とりあえず向かうとしよう。えーとターム湖へと向かうには……」

 マーズはスマートフォンを操ってウェブブラウザーを起動する。素早く検索ウインドウに駅名を打ち込んで、検索をかける。
 ネットというのは非常に素早い世界である。零コンマ何マイクロ秒遅れるだけでほかの通信会社に遅れをとってしまう。人間の活動している時間軸よりもはるかに小さい時間軸で戦われる世界、それがインターネットというものである。
 検索画面に出てきたのは鉄道会社のホームページだ。それを見てマーズは直ぐにスマートフォンを仕舞った。どうやら解決したらしい。

「……それじゃ、改めて向かいますか……!」

 そしてマーズもターム湖ほとりの運動公園へと向かうべく、先を急いだ。



 その頃、シルヴィアたちは電車に揺られていた。生憎空いていたので、シルヴィアとメルは隣同士に腰掛けて、それから少し離れてファルバートとリュートが座っているという現状である。決して喧嘩をしているわけではない(寧ろファルバートの方から勝手にふっかけてきた喧嘩と言っても間違いないだろう)のだが、事情を知らない周りから見れば喧嘩でもしたのだろうかというふうに思われてしまうのだ。彼女たちの外見と年齢がその論を後押しするだろう。彼女たちは十歳、まだ一年生なのだから。

「なんというか、あのファルバートってのやな感じよね。学力もリリーファーを操る能力も低いのにさ。『実力は関係ない!』みたいな言い回しして」

 言ったのはシルヴィアだった。メルは小さく溜息を吐いて、それに答える。

「違いますよ、シルヴィア。あくまでも彼が言ったのは入学試験は関係ないだろということです。入学試験ごときで実力を発揮できないようじゃあ戦場でどうなるかしれたものだと……本で読んだことがありますが」

 それを聞いていたファルバート――実質そんな遠くない距離に四人が座っているため、けっこう声が聞こえてしまうのだ――は歯噛みした。今にも彼女たちの場所に向かってやろう――そう思わせる気迫を放っていた。
 しかし、

「よせ」

 それを制したのはほかならないリュートだった。
 リュートの話は続く。

「ここで小物感を見せても相手にとってはいいことだらけであることは、いくらなんでもファルバート、君にだって理解できているはずだ」
「だが……!」
「だがも何もない。言わせておけばいい。そしえ実力で示せばいいじゃないか。聞いた話だと、明日にはどちらが本物のリーダーかを決めるための模擬戦が組み込まれているのだろう? だったらそこで決めればいいじゃないか。そこでほんとうのリーダーを決めるんだよ。どちらが優れているかを、その場で」

 リュートの言葉は全然欺瞞だとかそういうものは含まれていない、純粋なものであった。だからこそ、恐ろしい片鱗を感じる。きっと、ファルバートは常常思っていることだろう。彼が恐れているのは父親よりも――このリュートなのではないかということに。リュートは彼の父親に操られているパペットに過ぎないのかもしれない。だが、それが嘘だったら? 本当は父親が操っているように見せかけられているだけに過ぎず、父親をリュートが操っているのだとすれば?
 解釈は大きく異なってしまうだろうし、出来ることならあまり考えたくないことである。だが、起動従士になるにんげんとしてはそういう『最悪』のケースをも想定せねばならない。そしてその『最悪』への対処法も同時に考える必要があるのだ。

「……おっ、ターム湖だね。きれいだねえ……この時期の湖なんてあまりお目にかかれないよね。なにしろ、ここまで来ないし」

 そう言いながらリュートは振り返る。どうやらターム湖の近郊まで列車は到着しているらしく、車窓からそれが眺められるというのだ。それを聞いてファルバートもそちらを見る。そこに広がっているのは青々とした海――否、湖だった。時折太陽が反射して、輝いている。時期も時期ならばここに海水浴めいて泳いでいる客も多くいるのだが、今は時期があまりにも早すぎた。もう二ヶ月ほど遅く来ていればたくさんの人間でごった返していたことだろう。余談だが、泳ぐことは一年中可能である。なぜならターム湖の水温は常に十数度を推移しており、非常に温暖だからだ。
 ファルバートはふと気づいてシルヴィアたちの方を見る。どうやらシルヴィアたちもそれに気づいてターム湖を眺めていた。ずっと、ではないが少しその様子を眺めていると視線に気づいたのか、メルと目があった。
 メルはファルバートがその視線の主であるとわかると、一瞬だけ睨みつけてすぐにターム湖へと視線を移した。
 どうしてこんなばかなことをしたのだ――とファルバートは思いながら再びターム湖へとその視線を移すのだった。

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