絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百二十七話 結成(前編)

「うーむ。部活動と言われても……そう簡単に出てこないもんだな、アイデアってもんは。これを考えているとカーネルの人間はよくもまあ毎日とあれほどまでに魅力的なアイデアを出していると思うよ」

 ヴィエンスはそう愚痴を零しながら、口をへの字に曲げる。彼が考え事をするときの癖だ。そしてそれをしているということは、真面目に部活動について考えてくれているということなのである。
 崇人はそれとなく周りのメンバーを見てみる。シルヴィアにメル、ヴィエンスにケイス、それにリモーナまで考えてくれている。リモーナに至ってはそんなことを考えるほどの時間を過ごしていないというのに、非常に嬉しいことだ。

「……そうだ。騎士団自体は作れないんだろ? だったら騎士団めいた部活動は作れないか?」

 それを言ったのはケイスだった。
 意味が理解できずに首を傾げる崇人。
 それを見てケイスは補足説明を開始する。

「騎士団という活動内容ではなくて、大会でいい成績を目指すために……或いは学業でよりよい成績を目指すために、仲間と鍛錬に励む……それを目的とするのはどうだろうか? それ以外にも、まだ目的は考えられる。例えば起動従士クラスと魔術クラスの交流を図るため……でもいい。この学校は明確に分かれすぎていて交流の機会が少ないからな」
「整備クラスのことも忘れないでやってくれよ」

 そう言いながらヴィエンスは笑みを浮かべる。
 この学校では整備クラスは影が薄くなりがちである。なぜかは知らない人が殆どかもしれないが、やはり学校によって特色があり、この学校はどちらかといえば起動従士に重点を置いているのである。
 それにクラスの基準は大抵が本人の意思が尊重されるが、尊重されないケースもある。その代表例といえるのが、成績順によるものである。この学校の入学試験をくぐり抜けると、誰しも『成績』というパラメータ化されたデータが存在する。それを一定の基準と照らし合わせて、どのクラスに入れるのかを決定するのである。
 そんなくだらないルール……などと思うかもしれないが、学校側からしてみてもそれは苦渋の決断なのだ。もともとここに入りたいと言っている学生の意見を半ば無視する形で別のクラスに入れるのだから。そんな簡単にできるはずがない。はっきりと言ってこういうのをするためには、まず感情を排除したほうがいい。そうしなければそんな人間じゃないような行動を取れるわけがないだろう。

「確かに話を聞いているとそういう部活動を作ったほうがいいかもしれないな……。シルヴィアやメルだけではなく、いろんな人が入ってくるかもしれない。特に既存の部活動にあきれ果てている、そんな変わり者サンにはね」
「とりあえずタカト、それで部活動を作ってみるってのはどうだ? 何か変えるときになったら、それは改めて報告すればいいし、急いで報告する必要もない。事後報告ではないがな。だから、その案で部活動を作る。そうすることで、まあ、ある程度は来るだろうな。ただし、それが俺たちにとってどう転ぶかは……まだはっきりとはしていないが」



 崇人はあのあと、ヴィエンスに副部長の座を任命し、リモーナに会計の座を就いてもらうことを了承してもらい、部活動設立書なるものをアリシエンスに提出した。
 アリシエンスはそれを見ながら何度も頷く。確認事項が多いから、時間もかかるのだろう。

「……それじゃ、これで私の方から提出しておきます。なるほどね、いいアイデアですね。騎士団めいた組織なのだけれど、魔術クラスや整備クラスなどの交流を図り、なおかつ様々な先生を外部から受け入れて授業めいたことをしてもらうことで、知識を得てその向上を図る、ですか」
「そうですね。調べてみたらこのような部活動はこの学校にはないことが解ったので。そういうふうにしてみました。いかがでしょうか?」
「いいと思いますよ。確かに今までこういう部活動はありませんでしたし、確りと企画書が書かれていますからすんなり通るんじゃないでしょうか」

 崇人はそれを聞いて心の中でガッツポーズした。まさか元の世界でのサラリーマン知識、その一つである企画書作成がここで役立つことになるとは……彼はそう思いながら何度も頷いていた。

「ほかになにかありますか?」

 アリシエンスから訊ねられ、崇人は改めて自分の頭の中に検索をかける。しかし、直ぐに『ノー』という返事が帰ってきた。つまり、これ以上質問などを重ねることもないということを示していた。
 それを見て、アリシエンスは頷く。

「それでは、これで提出しておきます。部活動が承認されるのは早くて二日。ですからその次の日から部活動開始となれば……三日ほど待つ計算になりますね」
「三日、ですか。随分と早くないですか?」
「こんなものですよ。ただし、三日というのはやっぱり早い方です。場合によっては一週間ずっとこのままだとか、すぐ結果がわかるとかあります。一番ひどかったケースは、半年も審査にかけておいて、実際に部活動が成立しなかった……なんて悲しいケースもあるくらいです」

 そう言ってアリシエンスは立ち上がる。彼女も授業を抱える教員だ。だからこれから授業に向かわねばならないのだろう。そう即座にピンと来た崇人は一歩後ろに下がる。

「時間をかけてしまいましたが……大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ。次の授業は一年生ですから。一年生の授業は二年生にだって教えられるレベルなんですよ。ですから、タカトくん……あなたにだって、一年生に勉強を教える素質は既に備わっている、ということなのですよ」
「ご冗談を」

 そう言ってアリシエンスの部屋を後にした崇人。もちろん最後に頭を下げるのも忘れてはいけない。こういう基本的なルールは崇人がもともといた世界と変わらないから、守らないでいくなんてことは彼にはできなかった。社会人生活で身についてしまった細かいマナーによって、彼は無意識にそういう行動に至ってしまうのだ。
 対して、アリシエンスが荷物をかかえながら、

「ほんとうにタカトくんは普通の学生とは違う立ち振る舞いをしてくれますね。毎日見ていて飽きません。どうでしょう? いっそ、カーネルで研究題材にしてもらうというのは?」
「それを逃げて逃げてここまできたんですよ、アリシエンス先生。別に好きで逃げているわけではないですが……ただ、気持ち悪いじゃないですか。自分の身体を調べられる、って。メスによる切開とかで中が丸見えのときに何をされるか分からないんですよ。もちろん研究することで何かの世界が変わっていくのかもしれません。でも、僕はそれが嫌です」
「……そうですか。それはすいません。私は、あなたのことを殆ど知らないのにどんどん土足で上がってしまって……」
「いえ、問題ないです」

 崇人は踵を返しながら、

「もう――慣れたことですから」

 そう言って彼は部屋の前から伸びる廊下を歩き出した。アリシエンスは一瞬彼の背中を眺めながら、立ち去っていった。
 一人になって、崇人は考える。部活動を作って、本当にいいんだろうか……ということである。彼はこの世界の人間ではない。きっと誰かが呼んだからこそ、この世界にやってきたのだ。
 そして崇人は着実にこの世界での存在感を高めつつある。
 それで果たしていいのだろうか。それで何の問題もないのだろうか――崇人は解らなかった。崇人がこの世界に呼ばれた意味も、マーズが初めて会ったとき日本語を話していたような気がすることも、凡て、凡て解らない。特に後者の方なんてなおさらだ。崇人はこの世界の言語を学んでいくうちに漸く理解した。だが、マーズと初めて会ったとき、彼女は『日本語』でいったのだ。
 あの時は切羽詰っていてよく理解できなかったが……今思うと確かに疑問だ。いや、疑問しか残らない。
 されどそんなことを考えている暇など、今の彼には存在しなかった。先ずは部活動を作ろう。そうしてメンバーとの交流を図ろう……とまで考えたところで、彼はふと気になった。

「そういえば……どうしてあいつはここまでやる気になってくれたんだ? いつもならダメだとか普通に言いそうな感じがするんだが」

 その『あいつ』とはほかでもない、マーズのことである。マーズは普段学校にはノータッチだと考えているらしく、何があっても「それくらい自分で解決してみせろ」というのが彼女であるからだ。

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