絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百十五話 当日
二月二十日。
ついにこの日がやってきた。
シミュレートセンターには起動従士クラス五十名が集まっている。
「それでは、今日は皆さんお待ちかねの進級試験の日です。今まであなたたちが積んできた鍛錬を、練習を、その成果をここで発揮するのです」
アリシエンスの声を聞いて、クラスは歓声に包まれる。当然だろう。今日のために彼らが頑張ってきた努力は計り知れない。それを今日凡て発揮できるというのだから。
「いやー、それにしてもすごいな」
挨拶終了後、崇人とヴィエンス、それにリモーナは準備体操をしていた。しかしながらその準備体操は崇人がやっているラジオ体操に準拠しているものだが。
崇人がやっているラジオ体操に「何それ?」と声をかけたリモーナが参加し、だったらヴィエンスもやればいいと言ったリモーナの一声で半ば強制的にヴィエンスもやっている――というわけである。
「……それにしても、この体操案外いいな。血が身体に廻っている感覚が確かにあるぞ」
「そりゃそうだ。ずっとこの体操をやっているんだからな」
崇人はそう言って胸を張った。
『それでは皆さん、シミュレートマシンに入ってください』
マイクを通してアリシエンスの声が聞こえたのはこの時だった。
「おっと、急いで行かなくちゃな」
そう言って彼らは頷く。
そして、五十名全員がシミュレートマシンに乗り込んだ。シミュレートマシンは崇人が時折乗っていたあのタイプとは異なるようで少々窮屈だった。しかし、今更言ってもそれが変わることは到底ありえないので、言わないでおいた。
『聞こえますか、皆さん。私は今回管理を担当するメリア・ヴェンダーというものです』
メリアの声はいつもより落ち着いているようにも聞こえた。いつもの彼女の声を知っている崇人は笑いそうになったが、それは流石にまずいので噛み殺した。
『今回のアスレティッコースはあまりにも長いです。たくさんの苦労も苦難もあるでしょう。ですが、一年間鍛錬を積んできた学生のみなさんならばこのコースは一発でクリア出来る……そう思って今回制作しました』
「ほんとにそんなこと思っているのか」
呟いて、崇人はリリーファーコントローラを握る。今は未だ仮想空間に飛ばされていないためそれを握ったって無意味な行動だ。
『今回、仮想空間での試験となりますが、何かあった場合強制的にログアウトとなります。ですから、安心して今回の試験に臨んでください』
まあ、それくらいのアフターケアくらいは大事にしないとな、と崇人は思
った。
『それでは、仮想空間へとダイブを行います。人には酔ってしまうことが考えられますが、その場合はコックピットにある呼び出しボタンを押してください。即座に中止します』
そして、コックピットから見える景色が暗闇に包まれた。
数瞬ののち、景色が野原になった。どこまでも広い草原だ。そこに五十機のリリーファー。壮大な光景だった。
「すげえな……これほどまでのコースを作っちまうんだから、やっぱりメリアってすごい人間なんだな……」
崇人は独りごちる。
『タカト、一応言っておく』
ヴィエンスからの通信が入った。
崇人は慌てて返信する。
「どうした?」
『……どうやら自動的にメンバーには声が聞こえるようになっているらしい。これはデフォルト設定だろうな。だから、聞かれたくない言葉があるんなら早めに切っておいたほうがいいぞ』
それを聞いて崇人は鳥肌が立った。それじゃさっきの言葉もすべて聞こえていたというのか。別に聞かれて恥ずかしい言葉があったわけではないが、とはいえ聞かれてしまうこと自体で恥ずかしいのは自然だ。
ともかく、そんなことより大事なのはこのコースを走破することだ。走破しなくては意味がない。
『そうだった。最後に忘れていました』
全員のコックピットにアリシエンスの声が響く。
『……制限時間はスタートから日付が変わるまで。ですので、あと十四時間二十七分……ということになります。それ以降は……失格として扱いますので、そのつもりで』
そして。
コースのスタートラインに五十機のリリーファーは並んだ。崇人、ヴィエンス、リモーナは一直線に並ぶ。
即ち、速さを競っているわけではないのだ(制限時間こそあるが)。無事にゴールできることが大事なのである。それを理解した崇人は呟いた。
「……命を大事に」
それは彼が元の世界で遊んだロールプレイングゲームに出てきたコマンドの一つだった。なぜ彼がそれを呟いたのかは彼自身ですら解らなかったが今の状況を示すには一番の言葉だった。
その言葉を聞いていたはずのヴィエンスとリモーナがどう思ったかは、崇人には解らなかった。
そして。
号砲が鳴り響く。
◇◇◇
白の部屋ではテレビでその光景を眺めていた。
「……帽子屋ってこんなもの好きだったっけ?」
「うん?」
テレビに集中していた帽子屋に、一つ溜息を吐いてハンプティ・ダンプティは訊ねる。
帽子屋は笑みを浮かべながら振り返り、ハンプティ・ダンプティに言った。
「別に僕はこんな幼稚でくだらない行事なんか好きで見ているわけじゃないさ。作戦に関係なかったら早送りしたいレベルだよ。さっさと次の段階に進めたいくらいさ」
「……君のその口ぶりからすると『二代目』が目覚めるのか?」
その言葉に帽子屋は頷く。
「なんというかね、二代目が目覚めるんだけど、その行動がひどく人間臭くて面白い。彼女がずっと思っていた、不満が大きく弾けるんだよ。面白いとは思わないかい?」
「それじゃ、まだ行動に移していないのかい?」
「いいや、移すよ。絶対に今日ね。なぜならもう彼女はもうあのシミュレートセンターに侵入している。面白いね。あんなにセキュリティーをがちがちにしているのに簡単に入れるんだから。さすがは軍人といったところかなあ」
帽子屋はそう言ってテーブルに置かれていたミルクティーを飲んだ。
そして彼らは再びテレビの画面に集中した。
◇◇◇
外部端末――というよりも使われていないシミュレートマシンがこのシミュレートセンターには幾つか存在している。その殆どは電源を抜いているから動くことはないが動くやつもある。
それは最新型のシミュレートマシン……実験型だった。実験のために置かれていたそれだったが、彼女にはそれが都合良かった。
彼女はケーブルを通してパソコンをつなぎ、そこにUSBスティックを挿す。そしてUSBに入っていたデータがパソコンを通してシミュレートマシンへ入っていく。
結果は直ぐに解った。パソコンの画面に、こう書かれていたからだ。
――プログラム・スサノオ。インストール完了
それを見て彼女は笑みを浮かべる。これで彼女の作戦が実行出来る。これで彼女が彼女の野望を叶えることが出来る。それがとても嬉しかった。それが楽しみで仕方なかった。
そして。
彼女はシミュレートマシンに乗り込み、電源を入れて――仮想空間へと飛び込んだ。
異変に一番最初に気がついたのはクラスメートの一人だった。彼はもう岩山エリアに突入しており、ほかのクラスメートを速さで圧倒していた。
彼はチームを嫌っていた。一番早くいくのがいい……そう思っていたのだ。そして彼はそれを有言実行しようとしていた。
「俺の勝利はこれで揺らぐことはない……!」
そう呟きながら、山を登っていた。
その時だった。
岩山の向こうから一機のリリーファーが見えた。
それは彼ら学生が乗るような量産型リリーファーではない。黒いカラーリングで赤い目を持つリリーファーだった。
最初、彼はそれがリリーファーではなく何かの獣ではないかと錯覚した。
しかし、そんなちんけな考えは直ぐに払拭されることになる。
――彼の目の前にいるリリーファーが、姿を消したのだ。
彼は驚いた。どこへいったのか、あたりを見渡した。
だが、彼がそう思ったときには遅かった。
彼の乗るリリーファーが上半身と下半身に分断させられていた。
上半身は地面に倒れ、下半身はそのままのポーズを固持していた。彼は何が起きたのか解らず、リリーファーコントローラをただ弄っていた。
しかし。敵はそんな甘くなかった。
そのリリーファーはゼロ距離でレーザーガンを彼の乗るリリーファーに撃ち放った。
そしてそのリリーファーの上半身は、地面を抉り取って霧散した。
ついにこの日がやってきた。
シミュレートセンターには起動従士クラス五十名が集まっている。
「それでは、今日は皆さんお待ちかねの進級試験の日です。今まであなたたちが積んできた鍛錬を、練習を、その成果をここで発揮するのです」
アリシエンスの声を聞いて、クラスは歓声に包まれる。当然だろう。今日のために彼らが頑張ってきた努力は計り知れない。それを今日凡て発揮できるというのだから。
「いやー、それにしてもすごいな」
挨拶終了後、崇人とヴィエンス、それにリモーナは準備体操をしていた。しかしながらその準備体操は崇人がやっているラジオ体操に準拠しているものだが。
崇人がやっているラジオ体操に「何それ?」と声をかけたリモーナが参加し、だったらヴィエンスもやればいいと言ったリモーナの一声で半ば強制的にヴィエンスもやっている――というわけである。
「……それにしても、この体操案外いいな。血が身体に廻っている感覚が確かにあるぞ」
「そりゃそうだ。ずっとこの体操をやっているんだからな」
崇人はそう言って胸を張った。
『それでは皆さん、シミュレートマシンに入ってください』
マイクを通してアリシエンスの声が聞こえたのはこの時だった。
「おっと、急いで行かなくちゃな」
そう言って彼らは頷く。
そして、五十名全員がシミュレートマシンに乗り込んだ。シミュレートマシンは崇人が時折乗っていたあのタイプとは異なるようで少々窮屈だった。しかし、今更言ってもそれが変わることは到底ありえないので、言わないでおいた。
『聞こえますか、皆さん。私は今回管理を担当するメリア・ヴェンダーというものです』
メリアの声はいつもより落ち着いているようにも聞こえた。いつもの彼女の声を知っている崇人は笑いそうになったが、それは流石にまずいので噛み殺した。
『今回のアスレティッコースはあまりにも長いです。たくさんの苦労も苦難もあるでしょう。ですが、一年間鍛錬を積んできた学生のみなさんならばこのコースは一発でクリア出来る……そう思って今回制作しました』
「ほんとにそんなこと思っているのか」
呟いて、崇人はリリーファーコントローラを握る。今は未だ仮想空間に飛ばされていないためそれを握ったって無意味な行動だ。
『今回、仮想空間での試験となりますが、何かあった場合強制的にログアウトとなります。ですから、安心して今回の試験に臨んでください』
まあ、それくらいのアフターケアくらいは大事にしないとな、と崇人は思
った。
『それでは、仮想空間へとダイブを行います。人には酔ってしまうことが考えられますが、その場合はコックピットにある呼び出しボタンを押してください。即座に中止します』
そして、コックピットから見える景色が暗闇に包まれた。
数瞬ののち、景色が野原になった。どこまでも広い草原だ。そこに五十機のリリーファー。壮大な光景だった。
「すげえな……これほどまでのコースを作っちまうんだから、やっぱりメリアってすごい人間なんだな……」
崇人は独りごちる。
『タカト、一応言っておく』
ヴィエンスからの通信が入った。
崇人は慌てて返信する。
「どうした?」
『……どうやら自動的にメンバーには声が聞こえるようになっているらしい。これはデフォルト設定だろうな。だから、聞かれたくない言葉があるんなら早めに切っておいたほうがいいぞ』
それを聞いて崇人は鳥肌が立った。それじゃさっきの言葉もすべて聞こえていたというのか。別に聞かれて恥ずかしい言葉があったわけではないが、とはいえ聞かれてしまうこと自体で恥ずかしいのは自然だ。
ともかく、そんなことより大事なのはこのコースを走破することだ。走破しなくては意味がない。
『そうだった。最後に忘れていました』
全員のコックピットにアリシエンスの声が響く。
『……制限時間はスタートから日付が変わるまで。ですので、あと十四時間二十七分……ということになります。それ以降は……失格として扱いますので、そのつもりで』
そして。
コースのスタートラインに五十機のリリーファーは並んだ。崇人、ヴィエンス、リモーナは一直線に並ぶ。
即ち、速さを競っているわけではないのだ(制限時間こそあるが)。無事にゴールできることが大事なのである。それを理解した崇人は呟いた。
「……命を大事に」
それは彼が元の世界で遊んだロールプレイングゲームに出てきたコマンドの一つだった。なぜ彼がそれを呟いたのかは彼自身ですら解らなかったが今の状況を示すには一番の言葉だった。
その言葉を聞いていたはずのヴィエンスとリモーナがどう思ったかは、崇人には解らなかった。
そして。
号砲が鳴り響く。
◇◇◇
白の部屋ではテレビでその光景を眺めていた。
「……帽子屋ってこんなもの好きだったっけ?」
「うん?」
テレビに集中していた帽子屋に、一つ溜息を吐いてハンプティ・ダンプティは訊ねる。
帽子屋は笑みを浮かべながら振り返り、ハンプティ・ダンプティに言った。
「別に僕はこんな幼稚でくだらない行事なんか好きで見ているわけじゃないさ。作戦に関係なかったら早送りしたいレベルだよ。さっさと次の段階に進めたいくらいさ」
「……君のその口ぶりからすると『二代目』が目覚めるのか?」
その言葉に帽子屋は頷く。
「なんというかね、二代目が目覚めるんだけど、その行動がひどく人間臭くて面白い。彼女がずっと思っていた、不満が大きく弾けるんだよ。面白いとは思わないかい?」
「それじゃ、まだ行動に移していないのかい?」
「いいや、移すよ。絶対に今日ね。なぜならもう彼女はもうあのシミュレートセンターに侵入している。面白いね。あんなにセキュリティーをがちがちにしているのに簡単に入れるんだから。さすがは軍人といったところかなあ」
帽子屋はそう言ってテーブルに置かれていたミルクティーを飲んだ。
そして彼らは再びテレビの画面に集中した。
◇◇◇
外部端末――というよりも使われていないシミュレートマシンがこのシミュレートセンターには幾つか存在している。その殆どは電源を抜いているから動くことはないが動くやつもある。
それは最新型のシミュレートマシン……実験型だった。実験のために置かれていたそれだったが、彼女にはそれが都合良かった。
彼女はケーブルを通してパソコンをつなぎ、そこにUSBスティックを挿す。そしてUSBに入っていたデータがパソコンを通してシミュレートマシンへ入っていく。
結果は直ぐに解った。パソコンの画面に、こう書かれていたからだ。
――プログラム・スサノオ。インストール完了
それを見て彼女は笑みを浮かべる。これで彼女の作戦が実行出来る。これで彼女が彼女の野望を叶えることが出来る。それがとても嬉しかった。それが楽しみで仕方なかった。
そして。
彼女はシミュレートマシンに乗り込み、電源を入れて――仮想空間へと飛び込んだ。
異変に一番最初に気がついたのはクラスメートの一人だった。彼はもう岩山エリアに突入しており、ほかのクラスメートを速さで圧倒していた。
彼はチームを嫌っていた。一番早くいくのがいい……そう思っていたのだ。そして彼はそれを有言実行しようとしていた。
「俺の勝利はこれで揺らぐことはない……!」
そう呟きながら、山を登っていた。
その時だった。
岩山の向こうから一機のリリーファーが見えた。
それは彼ら学生が乗るような量産型リリーファーではない。黒いカラーリングで赤い目を持つリリーファーだった。
最初、彼はそれがリリーファーではなく何かの獣ではないかと錯覚した。
しかし、そんなちんけな考えは直ぐに払拭されることになる。
――彼の目の前にいるリリーファーが、姿を消したのだ。
彼は驚いた。どこへいったのか、あたりを見渡した。
だが、彼がそう思ったときには遅かった。
彼の乗るリリーファーが上半身と下半身に分断させられていた。
上半身は地面に倒れ、下半身はそのままのポーズを固持していた。彼は何が起きたのか解らず、リリーファーコントローラをただ弄っていた。
しかし。敵はそんな甘くなかった。
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