絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百二話 試験内容

「シミュレートマシンによるアスレティックコースの走破、ねえ。ほんとうにアリシエンス先生はそう言っのか?」

 食堂でのヴィエンスの問答に崇人は頷く。
 今、ヴィエンスと崇人、それにケイスは食堂にやってきていた。崇人はいつもの通りたぬきうどんを注文しており、ほかのふたりはなんだかよくわからない何かを注文していた。

「……しっかし、ずーっと変わってなかったんでしょ? 起動従士クラスの進級試験、ってやつは」

 ケイスがヴィエンスと崇人の会話に口を挟んできた。しかしながら、崇人はその質問に答えることが出来ない。なぜなら、過去の試験内容など知るはずもないからだ。

「クラスの状況を聞いた限りだと、ここ十年は似たような試験が続いていたらしい。決められた面積の木を伐採するとか、な」

 代わりに答えたのはヴィエンスだった。
 それは崇人もエスティから聞いたことのある言葉だった。エスティは「そんなこと出来るのかな」だなんて言っていたような記憶が、彼の中に眠っていた。

「それもそれで面倒臭いね」

 ケイスはそれを聞いて笑みを浮かべる。
 対して、ヴィエンスは失笑した。

「それもそうだ。初めにそれをきいたときは起動従士を舐めているのかなんて思ったが……しかし、タカトから聞いたその内容が本当だとすれば今回の進級試験は少し骨のあるものになりそうだ」
「……何もなければ、本当にただの試験にほかならないんだがな」

 そう言って崇人はうどんを啜った。

「ねえ」

 声がかかったのはそんな時だった。崇人が振り返るとそこにはリモーナが立っていた。

「ここ、いい?」

 崇人の隣は空いていた。しかし、席を詰めるほど今食堂は混んでいないように見える。
 だが、彼女の意見を否定するつもりも今の崇人には無かったので、了承する。
 それを聞いてリモーナは微笑むと、崇人の隣に腰掛けた。

「見たことないね。もしかして……君が噂の転校生?」
「ええ。リモーナっていうの。よろしくね」
「そうか、リモーナっていうのか。僕はケイスだ。君たちとは違って魔術クラスに通っているけれど……いつも僕たちはここで食事をしていてね。仲もそれなりに良いんだ」

 ケイスの言葉に、ふうんと答えるリモーナ。
 そこでふと崇人はリモーナが注文した食事を見てみることにした。彼女が注文したのはカレーだった。異世界共通と彼が称したカレーである。そしてそれは、エスティが毎日のように食べていたものでもあった。

「カレー……」

 崇人は思わず、それを口に出していた。

「あら。カレーが好きなの? 実は私も大好きなの。毎日食べたくなっちゃうくらいに」

 それも、エスティに似ていた。
 気が付けば彼は、リモーナをエスティと重ね合わせていたのかもしれない。彼から見れば、その笑顔もエスティによく似ていた。

「……おい、タカト。うどん伸びきっちまうぞ?」

 ケイスから言われて、慌てて崇人はうどんを口に掻っ込んでいく。
 それを見てリモーナは笑うのだった。


 ◇◇◇


「試験内容が変わった? ……ふむ、私が学校に通っていた時もたしか進級試験は木を伐採するやつだったぞ」

 帰宅して、マーズに今日あったことを報告する。一先ず、マーズが学校にいた時から進級試験は変わっていなかったらしい、ということを確認した崇人であった。
 対してマーズはそれを聞いて首を傾げる。

「しっかしなんで急に試験内容を変更したんだ? 前の方がきっちりとできるというのに……」
「やっぱり、急すぎるのか?」
「ああ。今まで試験をそういうふうにしていたのは、そんな簡単に落とさないようにする目的がある。落としすぎても行けないし受からせすぎてもいけない。じゃあ、どうすればいいか……ってときにちょうどいいのがあれだったんだ。あれならそれなりにスタミナを使うってんでいいというわけだよ。スタミナがない人間は一エクスの木を伐採することは不可能に近い。だから、いい塩梅で落とすことができる」
「それがその試験、ってわけか……。で、今回の試験、どう思う?」
「どう思うも何も、私もそれしか聞いていないわけだから対策を立てようがない。恐らくコースを作成ているのはメリアだから私なら聞けることは可能だろうが……」
「少しでいいから、聞いてきたほうがいいんじゃないか? いくらなんでもこれは不条理すぎるぞ」
「試験ってのは授業でやった内容しか出ないのが常ってもんだろ?」
「いやいやいやいや! 授業でアスレティックなんて高度なことやってないから!」

 崇人のツッコミを聞いて、マーズは溜息を吐いた。

「まあ……お前がそんなツッコミができるほどまで回復したのはいいことだ。しょうがないから、明日聞いてきてやろう。どうせそろそろシミュレートマシンに乗ろうかと思っていた頃合だ」
「マーズっていつもシミュレートマシンに乗っているイメージがあるけどな」
「失敬な。私だって週二回は休む」
「週休二日制ってか」
「ちなみに休みの日はそれなりにうずうずしている」
「聞きたくなかったよ、そんな情報!」
「まあいい」

 マーズはニヒルな笑みを浮かべる。

「そんなことより話の続きは食事をしながらにしようじゃないか。今日はカレーだぞ」
「カレーか。そいつは楽しみだ」

 そう言ってふたりは食事をするためのテーブルへと向かった。



 食事をしながら崇人は報告を再開した。

「そういえば今日は転校生が来てな、それがとても可愛い娘だったよ」
「ふうん? どれくらい?」
「なんだかな……エスティに似ている気がするんだよ」
「エスティに?」
「ああ。カレーが毎日好きだというし、エスティと話口調が似ている点があるし、横顔がそっくりだし」
「……だが、お前も知っているだろう。エスティは私たちの目の前でリリーファーに踏み潰されて……死んだんだぞ」

 その言葉に、崇人はゆっくりと頷いた。
 その通りだった。エスティは目の前で死んだのだ。だから、彼女であるはずがなかった。
 けれど、仕草や好みのことを考えると――彼はエスティとリモーナを重ね合わせてしまっていたのだ。

「……とりあえず、辛気臭い話は食事の時間にするもんじゃない。明日私はメリアに会って試験のことについて聞いてみることにするよ」
「ありがとうな、わざわざこんなこと頼んじゃって」
「私の好奇心というものもあるから、特に問題ないわ。タカトはきちんと学業に専念してちょうだい。いつ戦争とかが起きて出撃命令が出るか解らないのだから」

 そう言って、彼らの食事は続いていった。


 ◇◇◇


 次の日。
 マーズはメリアに会いにシミュレートセンターへとやってきた。

「……どうやら、忙しそうだな。メリア」

 メリアの部屋ではたくさんのワークステーションが作動していた。そしてそのどれもを操作して並行的に作業を行っていた。
 メリアはマーズが近づいてくる気配を察してそちらに振り返る。メリアの目の下には大きなクマができていた。

「やあ、マーズ。随分と久しぶりだね。戦争終了後の慰安パーティ以来かな?」
「……そんなことより少し休んだらどう? すごい疲れが見えるわよ。もっと身体を大切にしたら」
「そんなこと言うけどねー、いそがしいんだよ」

 カタカタ、とキーボードを打つ音が部屋に響いている。こう話している間にもメリアは正確に命令を打ち込んでいる。

「私だって休みを入れたいんだけどね? シミュレートマシンのシステム更新だとか、新しいリリーファーのシステム開発だとかが入ってきててんてこ舞いでね? そしたらそのタイミングで新世代のリリーファーに入れるオペレーティングシステムを開発してくれとか試験で使うアスレティックコースの開発だとかが同時に入ってきたもので、私にいろんな仕事が回ってきたわけだよ」
「あんた、昨日の睡眠時間は?」
「一週間合わせて二十時間寝たか寝ないかくらい」

 つまり平均三時間弱。
 慢性的な寝不足状態だ。
 それを聞いてマーズは溜息を吐いた。

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