絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百九十四話 攻略作戦、中盤Ⅹ

 その頃、ヘヴンズ・ゲートのある洞窟を探索している『クライン』に乗り込んでいるハリー・メルキオール共同騎士団の面々は、予想以上に入り組んでいる洞窟に苦しんでいた。

「この洞窟がこれほどまでに入り組んでいるなんて、聞いてないぞ!」

 ヴィエンスは思わずそんな文句を垂れる。だが、今その文句を言ったところでそれを聞き届けてくれるはずもない。
 ヴィエンスは舌打ちしながら、その理不尽な状況を受け入れながら、進むしかないのだった。
 彼を含めるクライン一行が行うことは以下のとおりだ。先ず、洞窟内部にあるというヘヴンズ・ゲートへと向かいそれを発見する。
 見つけたあとはそれの座標を地上に居るインフィニティ、アレス、アシュヴィン、ガネーシャに報告する。そしてインフィニティら四機がその直上に向かい、そこからコイルガンで地上までの穴を開ける。
 その後はヘヴンズ・ゲートそのものを封印或いは破壊……といったステップで進んでいく。その計画さえ見てみればそう難しい話ではなく、寧ろ簡単な部類に入る。しかしながら、彼が今回の作戦のポジショニングに失敗したと実感しているのはこの洞窟の形状によるものであった。
 この洞窟は深く入り組んでいる。それだけならば問題はないが、それが上下に入り組んでいるのだ。進めば進むほど地下奥深くへと進んでいく。リリーファーには酸素ボンベが装備されているため酸素の問題はないが、とはいえあまりにも深く潜る。
 それを知らなかったヴィエンス(もちろんほかの人間もそれを知るはずがないから、初めてのことである)は、その環境に慣れるために苦しめられることになった。それにイライラしていたのだった。

『……おい、ヴィエンス。どうした、遅れているぞ』

 コルネリアが言ったので、ヴィエンスはそれに遅れないようにそれなりのペースで歩き始める。今、一番前を歩いているのはメルキオール騎士団のリパクル・エボワンスであった。リパクルは容姿端麗で、かつ八方美人と謳われる存在であった。
 リパクルをリーダーに据えたのはヴァルベリーとマーズが話し合った結果によるものであり、決してヴァルベリーが我を通したわけではない。しかしその詳細を知らない、特にヴィエンスにとっては怒りを募らせていた。
 なぜ自分ではないのか。なぜ自分がリーダーの役割を果たすことができないのか。
 出撃前、マーズに訊ねたが帰ってきた答えは芳しいものではなかった。
 要するにマーズはヴィエンスを見下していたのだ――ヴィエンスは勝手にそう思い込んでいた。マーズがほんとうにそう思っているかどうかは彼女じゃないと解らないことであるが、彼自身はそう思い込んでいるので、きっと彼女の弁解を聞いてもそれを聞き分けることはないだろう。
 それほどにヴィエンスは歪んでいた。リリーファーに乗りたかった。注目されたかった。
 どうして彼がそこまでリリーファーに執着するのかといえば、簡単だ。――彼が戦争孤児だからである。
 戦争はリリーファー同士によって引き起こされるものだ。だから、戦争孤児とはリリーファーによって家族を殺された人間という意味に等しい。
 にもかかわらず彼がこの選択をしたのは、『これ以上意味もない人々を殺したくない』という意味から来ているのかもしれなかった。だが、それは叶えることの出来ない願いであることもまた、事実ではあるのだが。

「……ともかく、この迷路をどうにかして脱出しなくてはならないな」

 迷路、と彼は言った。それは間違いではないのだが、かといって正しくもない。
 迷路というよりは迷宮に等しい。迷路というよりはアスレティックに等しいからだ。『迷路』と『滅入ろ』のダブルミーニングになっているようなそんな雰囲気もヴィエンスは思ったが、正直な話そんなくだらないことを考えてしまうほどいろいろと疲れているのだろうと思うと自然と溜息が出てしまうのであった。

『ヴィエンス、前方をみろ』

 コルネリアからの声を聞いて、ヴィエンスは前方を見た。
 ――そこにあったのは、巨大な扉だった。
 金色に輝く、巨大な扉だ。宝飾品が至るところに装着されていて、まるでこの世の凡ての宝石がこの場に集中しているようにも思えた。目を奪われる光景とはこのことをいうのだろう……その場にいる彼らはそんなことを考えてしまった。

「すごい……すごすぎる……」

 メルキオール騎士団の一人が、外部スピーカーへの接続をオンにして、そうつぶやいた。その言葉は、誰もが言いたかった言葉でもあった。
 一機のリリーファーが、ゆっくりとそちらに近づいていく。
 ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。
 そのリリーファーに従うように一機また一機と扉へと近づいていく。
 ヘヴンズ・ゲート。
 直訳すれば、天国の門。
 その扉が今、彼らの前に屹立しているのだ。
 リリーファーが一機、ヘヴンズ・ゲートの前に立って、それに触れた。
 たった、それだけだった。
 刹那、ヘヴンズ・ゲートの周りから鐘の音が聞こえ、それが空間へと響き渡っていく。周りのどこを見ても鐘の音が響いている、その光景は異様なものであった。

「な、なんだ……!?」

 リリーファーはその鐘の音を聞いて後退る。そして、その時に開け放たれていた扉の奥を目撃してしまった。
 扉の中には、暗黒が広がっていた。
 しかし、扉は壁に設置されているわけではなく、広々とした空間の真ん中に設置されている。普通の常識からすれば、扉の先には広々とした空間の向こうが見えるはずだった。
 だが、それは間違いだった。そんなものは見えない。ただ、暗黒が広がっているのみだった。

「……ヘヴンズ・ゲートは……ほんとうに『異次元』へとつながっているというのか……!?」

 リリーファーに乗る起動従士が呟く。
 その言葉を聞いて、ほかの起動従士もどよめいた。
 ただ一人、馬鹿馬鹿しいと思ってその光景を俯瞰しているヴィエンスを除いて。

「馬鹿馬鹿しい……。そんなことあるはずがないだろうに……」

 ヴィエンスはそう言って溜息を吐いた。
 ヘヴンズ・ゲートに変化が見られたのは、ちょうどそんなタイミングのことであった。
 ヘヴンズ・ゲートの中身から、何かが出てきたのだ。
 それは、巨大な腕だった。
 その腕は黒く、凡てを吸い尽くしそうな禍々しい色であった。そして腕は、ヘヴンズ・ゲートに一番近かったリリーファーを掴んだ。

「ば、バケモノめ!」

 リリーファーに乗っていた起動従士は叫んで、コイルガンを撃ち放つ。
 だが、その腕に命中したはずのコイルガンから放たれた弾丸はひしゃげていた。
 それを見て起動従士は鳥肌が立った。そして、彼の経験が『こいつはマズイ』と語っていた。

「こいつはマズイ! 逃げろ、逃げるんだ!!」

 彼は最後の力を振り絞って、ほかの起動従士にそう命令する。
 その刹那、そのリリーファーは腕に掴まれたまま離れることもできず、ヘヴンズ・ゲートの中へ吸い込まれていた。
 彼の放った断末魔は、そこにいた起動従士の耳からしばらくは離れなかった。

「地上、マーズ副騎士団長、タカト騎士団長! 地下、ヘヴンズ・ゲート探索隊のコルネリアです!」

 コルネリアは即座に通信を図った。通信の相手は地上で今か今かと待っているアレスの起動従士マーズ・リッペンバーとインフィニティの起動従士タカト・オーノであった。
 相手からの反応を聞くまでもなく、コルネリアは話を続ける。

「ヘヴンズ・ゲートから生えた謎の腕がリリーファー一機を飲み込みました! 現在そのリリーファー及び起動従士は消息不明! 座標を大急ぎで送信しますので、救援願います!」

 それを地上で聞いていた崇人は冷や汗をかきながら、マーズに訊ねる。

「おい、聞いたかマーズ。地下から救援要請が入っているぞ」
『ええ。聞いているわタカト』

 通信の相手であるマーズも、それを聞いていたが、その反応は芳しくない。
 なぜなら。

『……聞いていた話によればもっとリリーファーはいると聞いていましたが、まあいいでしょう。少なくても多くても、私たちには敵うはずがないのですから』

 彼らの目の前にはリリーファーが立っていた。
 その数、三十機。
 彼らが聖騎士団と呼ばれていて、その声がリーダーであるバルダッサーレのものであるということは、崇人たちは知る由もなかった。

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