絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百七十九話 攻略作戦、出動Ⅰ
次の日。レパルギュアの町の入口にて、十機のリリーファーが並んで立っていた。しかし、今そのリリーファーには起動従士は乗り込んでいない。まったくの無人である。
その中でも一番大きく、目立っているのが崇人の乗るリリーファー『インフィニティ』であった。
そしてアシュヴィン、ガネーシャ、アレスと続く。残りの六機は凡て同じ機体である。これが『クライン』であるということは彼らも知っているが、こう普通のリリーファーと比較してみると、クラインはあまりにも小さかった。
通常リリーファー――アレスを基準にして考えると、アレスの実に三分の一程しかない。数レヌル程の躯体は起動従士の彼らを不安にさせる要素しかなかった。
作戦では洞窟内にあるヘヴンズ・ゲートの破壊となっているが、それを主立って実行するのはインフィニティやアシュヴィンといった通常のリリーファーではなく、その通常のリリーファーよりも数段とダウンサイジングされたクラインだった。
「……作戦は昨日の会議で示したとおりだ。それについては今説明する必要性もないだろう」
そう言ってマーズは全員の顔を嘗めるように見ていく。ゆっくりと歩いて、立っている各隊員の表情を見ていくのだ。
もちろんここにいる人間の殆どが数々の戦場をくぐり抜けて来たベテランといっても過言ではない連中ばかりであるため、そこまで心配することもない。
「質問はあるか? あるのなら、今のうちに訊いておいたほうがいいぞ。あとで訊くとなると戦闘中では大変だからな!」
マーズの言葉に、反応を示すものなどいなかった。
最後に、マーズは崇人の表情を見た。今日の彼は、少なくとも昨日よりはすっきりとした表情だった。疲れも見えないし、先ほどの問答もはっきりと答えていた。
――心配する必要もなかったかもね。
マーズは声に出さずに独りごちると、再び全員が見える位置に立った。
「それでは、諸君。これから作戦を決行する。目的地はヘヴンズ・ゲート。最終目標はヘヴンズ・ゲートの破壊、だ! これを成功させることにより、ヴァリエイブルの勝利は確固たるものへ変わっていくだろう!」
拳を掲げ、宣言は続く。
「我々に許された結果は勝利のみだ! いいか、決して悪い結果を国内へすごすごと持ち帰ってはならない。我々の後ろには、三百万人のヴァリエイブル連合王国全国民の命がかかっているのだから」
その言葉に、彼らは静かに頷く。
そして。
「それでは、出動だ――!!」
その声とともに、ハリー騎士団及びバルタザール騎士団の面々はそれぞれのリリーファーへと乗り込んでいった。
◇◇◇
ハリー騎士団とメルキオール騎士団の連合騎士団の先頭を歩くのはインフィニティ、殿を務めるのはアシュヴィンだった。いずれもハリー騎士団の所有するリリーファーであったが、意外にもメルキオール騎士団から苦情の類が来ることはなかった。
恐らくヴァルベリーがどうにか手を回してくれたのだろう――マーズはそう思って、心の中で感謝を述べた。
『こちら、インフィニティ。前方に異常はない』
前方を進んでいたインフィニティからアレスへ通信が入る。
マーズはそれを聞いて頷く。
「こちらアレス。了解。引き続き行軍せよ」
『了解』
短い回答ののち、通信が切れた。
今十機のリリーファーがほぼ一直線になって進んでいる。隠れる術もないので、前方から敵がやってきても全力で立ち向かえばいい話になるが、とはいえ、気がついているので気がついていないのではやはり前者のほうが戦術が組みやすい。隙をつかれて突然戦闘が始まった場合、対処できる起動従士がどれほどいるだろうか。
メルキオール騎士団は殆ど完璧だろう。しかし問題はハリー騎士団だ。半分のメンバーが学生である彼らは、実戦の経験がほかの騎士団に比べて極端に少ない。そのため実戦でのノウハウをあまり知らないのが現状だ。シミュレーションなどの時にマーズが教えたりしたことはあったものの、それでも未熟な点は多い。
マーズはそれを心配していた。対処出来なかった場合、実質的に戦力が減ってしまう。そうなったらうまく対処出来るかどうか、マーズは不安だったのだ。
「……ともかく、起きた時に考えればいいかもしれないが……」
そう、楽観的に考えることにして、マーズはその思考を一旦別の場所に置いた。そうすることで現実逃避とは言わないが、改めて別の考えが浮かぶこともあるからだ。リフレッシュ、ではないがそれに近い。
ともかくそれについては後で考えることにしよう――そうつぶやいて、マーズは行軍に集中することとした。
◇◇◇
その頃、もうひとつの攻略作戦も進行していた。
ガルタス基地には『バックアップ』のメンバーが到着しており、英気を養っていた。
出撃を目の前にしてここまで気を楽にできるのも、実戦をそれほど迎えていない彼女たちだからこそできる業なのかもしれない。しかし、バックアップは第一起動従士と相違ない実力を持っていることもまた、事実であった。
「……これほどまでに大量の食事が用意されているとはね」
ガルタス基地の食堂には、大きなテーブルがあった。バックアップのメンバーが来ることを知っていた基地の人間が腕を振るって大量の食事を作ったのだという。大変結構な話であるが、しかし実際彼らが空腹であったこともまた事実だった。
だから、大量の食事を前にして彼らは直ぐにその席に着席した。
しばらくして、コックがかぶるような帽子を被った女性がテーブルの前に姿を現した。
「皆さん、わたくしはこのガルタス基地でコックを勤めているミスティ・ネルクローチです。今回の食事につきましては、凡てわたくしが作成しました」
「この量、凡てか?」
「はい。凡てです。わたくしはひとりで料理をしないと気がすまないものでして」
「ほう……」
レナは彼女の言葉を聞いて、改めて眺める。
テーブルには大量の食品が並べられていた。混ぜご飯にミートボール、ハンバーグにうどん、ジュースにデザートのフルーツ盛り合わせまで用意されている。これをひとりで作ったというのだから、驚きである。
「混ぜご飯はお酢を少しおおめに入れてみました。疲れが取れるそうです。あとジュースには疲れが取れる効能がある紅茶をブレンドしてみました。是非飲んでみてください」
それだけを言って、コックは再び厨房の奥に消えた。
「……律儀な人だ」
グランハルトが尋ねると、レナも「まったくだ」と答える。
レナは両手を合わせて、言った。
「いただきます」
その言葉に従うように、ほかのメンバーもそう言った。
食事は彼らのお腹を大変満足させる出来であった。中でもジュースは一番の人気を誇り、コックが作っておいたストックがあっという間になくなってしまい、急遽作るハメになってしまったほどだ。
「……いや、ほんとにこのジュースは美味しい。あとで作り方を学びたいくらいだ」
食後、レナはジュースを飲んでそう言った。
厨房で洗い物をしているミスティはそれを聞いて微笑んだ。
「ありがとうございます。そう言ってもらえることが、コックとしての一番の嬉しいことです」
「いやいや、これは素晴らしいことだよ」
グランハルトはレナの称賛に乗っかるように言った。
ミスティはもう洗い物に集中してしまったのか、返事はない。
「お前の女ったらしな性格がバレたのかもな」
「だから僕は女ったらしなんかじゃないって……というかあの一瞬の会話で解るものなのかい?!」
「正確にはそれに仕草とかも追加するだろうがな。よく言うだろう。右上を見ながら話していることは『嘘』だって」
レナはジュースのコップを傾けて、その様子を眺めていた。それを横から見ていたグランハルトは、彼女の横顔を見て小さく笑みを浮かべる。
「それじゃ君が今思っていることも仕草や言動で解るわけだ。……きっと今君は喜んでいるよ、残念ながら理由までは解らないけれど」
「正解だ。理由は簡単だよ、この食事があまりにも美味しかったことだ。いやはや、基地で食べるものといったら大抵がレーションだったからな。またあの消しゴム味のあれを食べなくてはならないのかと思うと胃がキリキリするもんで」
その中でも一番大きく、目立っているのが崇人の乗るリリーファー『インフィニティ』であった。
そしてアシュヴィン、ガネーシャ、アレスと続く。残りの六機は凡て同じ機体である。これが『クライン』であるということは彼らも知っているが、こう普通のリリーファーと比較してみると、クラインはあまりにも小さかった。
通常リリーファー――アレスを基準にして考えると、アレスの実に三分の一程しかない。数レヌル程の躯体は起動従士の彼らを不安にさせる要素しかなかった。
作戦では洞窟内にあるヘヴンズ・ゲートの破壊となっているが、それを主立って実行するのはインフィニティやアシュヴィンといった通常のリリーファーではなく、その通常のリリーファーよりも数段とダウンサイジングされたクラインだった。
「……作戦は昨日の会議で示したとおりだ。それについては今説明する必要性もないだろう」
そう言ってマーズは全員の顔を嘗めるように見ていく。ゆっくりと歩いて、立っている各隊員の表情を見ていくのだ。
もちろんここにいる人間の殆どが数々の戦場をくぐり抜けて来たベテランといっても過言ではない連中ばかりであるため、そこまで心配することもない。
「質問はあるか? あるのなら、今のうちに訊いておいたほうがいいぞ。あとで訊くとなると戦闘中では大変だからな!」
マーズの言葉に、反応を示すものなどいなかった。
最後に、マーズは崇人の表情を見た。今日の彼は、少なくとも昨日よりはすっきりとした表情だった。疲れも見えないし、先ほどの問答もはっきりと答えていた。
――心配する必要もなかったかもね。
マーズは声に出さずに独りごちると、再び全員が見える位置に立った。
「それでは、諸君。これから作戦を決行する。目的地はヘヴンズ・ゲート。最終目標はヘヴンズ・ゲートの破壊、だ! これを成功させることにより、ヴァリエイブルの勝利は確固たるものへ変わっていくだろう!」
拳を掲げ、宣言は続く。
「我々に許された結果は勝利のみだ! いいか、決して悪い結果を国内へすごすごと持ち帰ってはならない。我々の後ろには、三百万人のヴァリエイブル連合王国全国民の命がかかっているのだから」
その言葉に、彼らは静かに頷く。
そして。
「それでは、出動だ――!!」
その声とともに、ハリー騎士団及びバルタザール騎士団の面々はそれぞれのリリーファーへと乗り込んでいった。
◇◇◇
ハリー騎士団とメルキオール騎士団の連合騎士団の先頭を歩くのはインフィニティ、殿を務めるのはアシュヴィンだった。いずれもハリー騎士団の所有するリリーファーであったが、意外にもメルキオール騎士団から苦情の類が来ることはなかった。
恐らくヴァルベリーがどうにか手を回してくれたのだろう――マーズはそう思って、心の中で感謝を述べた。
『こちら、インフィニティ。前方に異常はない』
前方を進んでいたインフィニティからアレスへ通信が入る。
マーズはそれを聞いて頷く。
「こちらアレス。了解。引き続き行軍せよ」
『了解』
短い回答ののち、通信が切れた。
今十機のリリーファーがほぼ一直線になって進んでいる。隠れる術もないので、前方から敵がやってきても全力で立ち向かえばいい話になるが、とはいえ、気がついているので気がついていないのではやはり前者のほうが戦術が組みやすい。隙をつかれて突然戦闘が始まった場合、対処できる起動従士がどれほどいるだろうか。
メルキオール騎士団は殆ど完璧だろう。しかし問題はハリー騎士団だ。半分のメンバーが学生である彼らは、実戦の経験がほかの騎士団に比べて極端に少ない。そのため実戦でのノウハウをあまり知らないのが現状だ。シミュレーションなどの時にマーズが教えたりしたことはあったものの、それでも未熟な点は多い。
マーズはそれを心配していた。対処出来なかった場合、実質的に戦力が減ってしまう。そうなったらうまく対処出来るかどうか、マーズは不安だったのだ。
「……ともかく、起きた時に考えればいいかもしれないが……」
そう、楽観的に考えることにして、マーズはその思考を一旦別の場所に置いた。そうすることで現実逃避とは言わないが、改めて別の考えが浮かぶこともあるからだ。リフレッシュ、ではないがそれに近い。
ともかくそれについては後で考えることにしよう――そうつぶやいて、マーズは行軍に集中することとした。
◇◇◇
その頃、もうひとつの攻略作戦も進行していた。
ガルタス基地には『バックアップ』のメンバーが到着しており、英気を養っていた。
出撃を目の前にしてここまで気を楽にできるのも、実戦をそれほど迎えていない彼女たちだからこそできる業なのかもしれない。しかし、バックアップは第一起動従士と相違ない実力を持っていることもまた、事実であった。
「……これほどまでに大量の食事が用意されているとはね」
ガルタス基地の食堂には、大きなテーブルがあった。バックアップのメンバーが来ることを知っていた基地の人間が腕を振るって大量の食事を作ったのだという。大変結構な話であるが、しかし実際彼らが空腹であったこともまた事実だった。
だから、大量の食事を前にして彼らは直ぐにその席に着席した。
しばらくして、コックがかぶるような帽子を被った女性がテーブルの前に姿を現した。
「皆さん、わたくしはこのガルタス基地でコックを勤めているミスティ・ネルクローチです。今回の食事につきましては、凡てわたくしが作成しました」
「この量、凡てか?」
「はい。凡てです。わたくしはひとりで料理をしないと気がすまないものでして」
「ほう……」
レナは彼女の言葉を聞いて、改めて眺める。
テーブルには大量の食品が並べられていた。混ぜご飯にミートボール、ハンバーグにうどん、ジュースにデザートのフルーツ盛り合わせまで用意されている。これをひとりで作ったというのだから、驚きである。
「混ぜご飯はお酢を少しおおめに入れてみました。疲れが取れるそうです。あとジュースには疲れが取れる効能がある紅茶をブレンドしてみました。是非飲んでみてください」
それだけを言って、コックは再び厨房の奥に消えた。
「……律儀な人だ」
グランハルトが尋ねると、レナも「まったくだ」と答える。
レナは両手を合わせて、言った。
「いただきます」
その言葉に従うように、ほかのメンバーもそう言った。
食事は彼らのお腹を大変満足させる出来であった。中でもジュースは一番の人気を誇り、コックが作っておいたストックがあっという間になくなってしまい、急遽作るハメになってしまったほどだ。
「……いや、ほんとにこのジュースは美味しい。あとで作り方を学びたいくらいだ」
食後、レナはジュースを飲んでそう言った。
厨房で洗い物をしているミスティはそれを聞いて微笑んだ。
「ありがとうございます。そう言ってもらえることが、コックとしての一番の嬉しいことです」
「いやいや、これは素晴らしいことだよ」
グランハルトはレナの称賛に乗っかるように言った。
ミスティはもう洗い物に集中してしまったのか、返事はない。
「お前の女ったらしな性格がバレたのかもな」
「だから僕は女ったらしなんかじゃないって……というかあの一瞬の会話で解るものなのかい?!」
「正確にはそれに仕草とかも追加するだろうがな。よく言うだろう。右上を見ながら話していることは『嘘』だって」
レナはジュースのコップを傾けて、その様子を眺めていた。それを横から見ていたグランハルトは、彼女の横顔を見て小さく笑みを浮かべる。
「それじゃ君が今思っていることも仕草や言動で解るわけだ。……きっと今君は喜んでいるよ、残念ながら理由までは解らないけれど」
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