絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百七十八話 条件


「どうして、そうきっぱりと言い切れるのかしら?」

 イサドラはそこが疑問だった。ラフターがどうしてそこまではっきりと言い切ることができるのか、そこが気になるところだった。なんらかの確証を持っているのかもしれないが、しかし会話の中ではそれが見えてきていない。それが彼女の不安の種にもなった。
 しかし、ラフターはそれを聞いて微笑むと、大きく頷いた。

「ええ、わかっております。気になるのでしょう。私がここまで言える確証が、証拠が、どこにあるのか……と。答えは簡単です。私の、ヴァリエイブルにいたときの見聞によるものですよ。現在、ヴァリエイブルはお世辞にも法王庁に勝っているとは言えません。一騎士団が奪われ、さらにカスパールは我々の手にあるのですからね。そして本国を守れる立場にある残り二つの騎士団も『ヘヴンズ・ゲート』を確保しに行った……つまり本国にリリーファーも起動従士もいないんですよ、『バックアップ』という存在こそ居ますがね」
「バックアップと起動従士に違いは?」
「ヴァリエイブル独自の制度で、バックアップも起動従士に入ります。ですが、バックアップは基本的に自分のリリーファーを持ちません。そして実戦にも参加することがめったにありません。そういうタイミングというのは、起動従士……この場合は騎士団に所属している『第一起動従士』という存在になるのでしょうが、それがケガなどでリリーファーの操縦が出来なくなってしまった、その代わりに出撃する存在ですね」
「替え玉、ということね」

 その言葉にラフターは頷く。どうやらイサドラの理解は早いようだ。

「そうです。替え玉です。替え玉バックアップは様々なパターンこそ経験していますが、実戦の経験は極端に少ない。言うならば、実戦で何かあったとき対処しづらい存在なのです。そんな彼らが騎士団と同等或いはそれ以上の実力を発揮することなど、そうありません」
「つまり、バックアップにそれほどの対応能力は存在しない……そういうことになりますね」

 イサドラの言葉にラフターは頷く。

「ですが……解りません。いったいそれからどうやって、ヴァリエイブルとの和平交渉に持ち込むつもりなのですか? 幾ら何でもある程度対等な条件を提示せねば、向こうだって首を縦には振らないと思いますが……」
「いいえ。ヴァリエイブルは絶対に和平交渉に参加します。そしてそれに、絶対に同意するはずです。陛下、この文書はその和平交渉に関する書類ですが、何か書いてありませんか?」

 そう言ってラフターはその文書をイサドラに手渡した。イサドラはそれを受け取ると直ぐに文書を読み始めた。
 その文書にはタイトル通り和平交渉について長々と文章が書かれていた。和平交渉時には大臣と国王が参加することや、相手国が同意する条件を必ず提示しなければならない、などといった国際条約で決められている文章が長々と並べられているに過ぎなかった。
 だが、彼女は最後の一文に目がいった。
 その文とは文書の最後の方にある、ペイパスが提示する条件についてだった。


 ――我が国に勾留されている貴国所属のカスパール騎士団をリリーファーも含めて返還する。


「ちょっと、ラフターさん。これって……!」

 それを聞いて、ラフターは恭しく笑みを浮かべる。

「いけません、国王陛下。私はあくまで一端の大臣に過ぎないのです。『さん』付けなどされてしまった会話を他の方に聞かれてはいろいろと噂が立ってしまいます」
「……それもそうですね」

 イサドラはそう言って口をつぐんだ。イサドラが王位を承継したことについては何の疑いも持たれないが、ラフターやカスパール騎士団が協力していることが一部の貴族にとって疑問だった。
 ただ、ラフターも昔はペイパスに居たこと、そしてスパイとして活躍していたことを知っている人も少なくないため、今は彼を支持する人が大半を占めている。
 とはいえラフターとしても慎重に行動すべきであることは充分に理解しており、だからこそイサドラとの関係を悟られてはならないのだった。

「……ともかく、これはいったいどういうことなのですか。和平条約の締結に伴ってカスパール騎士団を返還する? それじゃ最初の議題と矛盾することになりますよ」
「それでいいのです。そうすることだけで構わないのですよ」

 イサドラは首を傾げる。ラフターの言っていることは少々難解だったからだ。
 ラフターは溜め息を吐いて、話を再開した。

「いいですか? 先ず、カスパール騎士団を直属の騎士団にすると明言します。そして、それを世界に大々的に発表するのです。そのニュースはそう遠くないうちにヴァリエイブルに流れることでしょう。そのタイミングを見計らって……こちらから和平交渉を行います。ですが、この時に二つの条件を提示します」
「二つ……? カスパール騎士団の返還だけではない、ということですか……」
「ええ。そしてそのもう一つこそが重要です。不可侵条約を結ぶのですよ」

 不可侵条約。
 それは名前の通り、お互いがお互いの領地を絶対に侵略しないという条約のことだ。勿論のこと、この条約には両国の同意が必要不可欠である。
 そのためこの条約は他の条約に比べれば締結がしづらい。当たり前だ。こう世界各地で戦争が繰り広げられていれば、いつかどこかで『手違い』が起きる。それによって、新しい戦争が起きてしまうのだ。そうなってしまってはもう堂々巡りにほかならない。

「その堂々巡りを無くすために不可侵条約を締結させます。今まではそういうことがあったものですから、嫌悪感から条約を締結しないケースばかりでしたが、今回は確実に可能になります。何せ不可侵条約は国際条約の一つ。破ったら最後、多額の賠償金と領地分割が行われます。場合によっては国が消えることだってある、恐ろしい条約です。……まぁ、普通に守っていればそんな事態にはならないと思いますが」
「それを、不可侵条約を、ヴァリエイブルは了承してくれるのでしょうか」

 そう言ってイサドラは少し温くなってしまった紅茶の入ったティーカップを持ち上げ、一口紅茶を啜った。
 さらにイサドラは残っていた最後の一枚だったバタークッキーを口の中に放り込んでいく。そのあいだ、彼女が言葉を発することはない。

「……ご理解いただけたでしょうか」

 恐る恐る、ラフターが彼女に訊ねた。

「少し、時間を戴けないかしら。別にすぐそれを実施する訳でもないのでしょう?」
「まぁ……そうですね」

 ラフターは彼女から返ってきた言葉の内容に少しだけ驚いた。彼女は昔から直ぐに物事を、どんなに重要だったとしても、素早く決めることがあったからだ。だから今回もそう時間がかからないうちに結論が導かれると思っていた。その言葉を理解して驚いたとともに彼女が成長したのだという事実を、ラフターは見せつけられる結果となった。
 ラフターはそういう意味で、状況の整理などを行うために、彼女の質問から若干の余白を置いた。

「……わかりました。それでは明日までに決定をお願いします。本当はいつ情勢が変わるかおかしくないので、今日のうちにでも大使を向かわせたいところなのですが……致し方ありません」
「ありがとう、ラフター……いや、大臣」
「呼び捨てでも職業名だけでもどちらでも構いませんよ」

 そう言ってラフターはソファから立ち上がった。

「もう、何処かへ行かれるの?」
「様々な用事があります。例えば書類の整理、例えば要職の配置を考えたり、例えば起動従士を新しく任命したり……まぁ、要するに雑務ですね。起動従士を本気で愛していた国王に仕えていた時とは違った忙しさがありますよ」

 そう言ってラフターは口元を緩ませると、「では、私はこれで」とだけ言い残して部屋から出て行った。

「……私にはラフターさんが何をおっしゃっていたのか、解りません。何をしたいのかも、です」

 メイルがラフターが出て行ったのを見て、そう言った。
 それを聞いてイサドラは頷く。

「あなたの気持ちも解る。けれどこれは大事なこと。ラフターさんはずっとペイパスの王家のために活動してくれていた人です。彼は我々のために活動しているのに、信頼しないわけにはいかないでしょう?」
「陛下がそうおっしゃるのであれば……」
「こら。二人きりのときは、お互い堅苦しいことのないようにしましょう……でしょう?」

 そのイサドラが言った言葉に、メイルはぎこちなく頷いた。それは、彼女の心に、まだラフターの言動に対して疑問が残る現れなのかもしれなかった。

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