絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百六十四話 ヘヴンズ・ゲート攻略作戦

「さて……それでは話の続きとさせていただきましょうか」

 セレナは今までのことを、まるで無かったかのようにして話を続けた。

「ヘヴンズ・ゲートへの行き方というのが……実は少々厄介な事となっています」
「厄介なこと?」

 マーズが訊ねる。
 頷いて、セレナは話を続けた。

「ええ。先程も申し上げたとおりヘヴンズ・ゲートまでは北に三キロレヌルとそう遠い距離ではありません。ですが、その合間には山脈があるのです」
「山脈……そういえばこのレパルギュアは山の麓にあるところだったな」

 ハリー騎士団とメルキオール騎士団が占領したレパルギュアという港は、山の中腹にある町だ。しかしながら、山の中腹から海となっているために、彼女たちがこれから向かうヘヴンズ・ゲートは海水面よりも低い土地ということになる。
 それは彼女たちも問題視していたことであるし、気になっていたことであった。
 事前に資料を読み込んでいたとき、ヘヴンズ・ゲート自治区の内陸部における標高は殆どが水面下であったからだ。

「この会議に参加している人たちならばお分かりの通り、ヘヴンズ・ゲートの近辺は昔から水害に悩まれていた、というケースは入ってきていません。恐らくはレパルギュアのところにある山脈が海水を塞き止める形となっているからでしょう。しかし、科学で証明できることであっても、ここに住む人たちはひたすらに、『ヘヴンズ・ゲートのおかげである』というのです」
「まるで狂信者だな」

 ラウフラッドが低い、深みのある声で呟いた。
 セレナの説明は続く。

「そして、ヘヴンズ・ゲートは先程も言ったとおり地下にあります。洞窟の奥にそれは鎮座している……そう言われていますが、あくまでも予想です。そこに行ったこともありませんから」
「何が起きるかすら解らない……そう言いたいわけね?」

 マーズの言葉にセレナは頷く。

「そのとおりです。そして、ヘヴンズ・ゲートの上空を確認したところ、多数のリリーファーの存在が確認されています。恐らく……」
「『聖騎士セイクリッド』。法王庁の所持するリリーファー、だな」

 そう呟いたのはウィリアム。彼もまた起動従士だからこそ、事前のチェックは欠かさない。
 聖騎士、という名前を聞いて会議に参加している面々は、先程の水中戦を思い浮かべた。ヴァリエイブルのリリーファーがまったく使えない状況にある水面下において、マックスの実力を誇った『聖騎士』の姿だ。
 もしそれと同性能、或いはそれ以上の性能を持った聖騎士がいるとするのならば、彼女たちに勝ち目はあるのだろうか?
 会議に参加している面々は、少なくともその可能性を危惧していた。

「……まあ、つまりそいつらを倒せばいいんだよな?」

 そう発言したのは、崇人だった。
 そして彼の発言によって、暗いイメージを思い描いていたほかの人間から、そのイメージが払拭された。
 彼らは思い出したのだ。ここには最強のリリーファー、インフィニティがいるのだということに。
 セレナもまた、崇人の発言を聞いて、我に返ると、その質問に答えた。

「は、はい。今のところ上空から確認できたのはそれだけです。あとは解りませんが、最低でもそれだけを倒すことができれば洞窟への侵入は可能になるかと」
「こそこそ隠れることがないだけ、カーネルよりかはマシだな」
「タカト……まさか、倒すことが出来るというの? 聖騎士は強いのよ。あなたは確かにさっき倒したけれど――」
「大丈夫だ。それに、暗い気持ちで行けば勝てる戦いも勝てないだろ?」

 マーズの言葉を遮って、崇人はそう答えた。
 マーズはそう言う崇人のことを、心配していた。当然だろう、つい先程まで精神にダメージを負っていたのに、漸く治って出てこれたのだから。その後遺症が出てきて、いつそれがフラッシュバックされるかも解らないというのだから。

「インフィニティの起動従士がそう言うのだから、俺たちは百人力だな」

 そうヴィエンスは皮肉混じりに言った。
 崇人はヴィエンスの方を見て微笑むと、

「ああ、任せろ」

 そう答えた。


 ◇◇◇


 会議はそのまま特に発展することもなく終了し、騎士団のメンバーは分かれることとなった。理由は単純明解。明日の作戦実行に備えて英気を養うためである。
 崇人もそれに漏れず、自分の部屋にあるベッドに寝転がっていた。
 崇人は自分の腕を見て、考えていた。
 崇人は、実のところまだインフィニティに乗るのは不安でいっぱいだった。いつ『暴走』するかが解らないからだ。『暴走』してしまったら、力こそ手に入るがその代わり理性を失う。さらにインフィニティに取り込まれて死んでしまう可能性があるのだ。
 メリアは崇人にだけ、そう言った。

「インフィニティのあの暴走で、お前の『精神』はフロネシスとひとつになっていた。……これが何を意味するのか、解るか?」
「インフィニティ……いや、フロネシスと精神が統合して……さらに俺の精神のかたちが無くなってしまった。そう言いたいのか」
「ご明察。その通りだ。まさかこうなるとは、私も予想外だったがな。いったいインフィニティを作った科学者はどんな思考回路をしているのかわからん。もし会えるのならば、一度会ってみたいくらいだ」

 メリアはそう呟いて、それ以後はそれに関していうこともなかった。
 だから崇人はそれ以上の意味を知らないが、それさえ解れば充分だった。

「俺は……インフィニティに乗る資格があったんだろうか」

 崇人は考える。
 彼がインフィニティに乗る意味とは、いったいなんだというのか。
 初めは『マーズ・リッペンバーにそう言われたから』乗っただけに過ぎない。だからそれが終わったら、インフィニティに乗らないという選択肢もあったはずだ。
 しかし彼はインフィニティに乗る選択肢を選び、起動従士訓練学校にて知識を学び、友人も出来た。
 だが、エスティが死んでしまった姿を目の当たりにしてインフィニティに乗った、そのあとの結果を聞いてから、崇人はインフィニティに乗るのをやめようと考えていた。
 自分の感情の爆発によって、あそこまでの被害を齎すインフィニティに自分は乗っていいのだろうか。
 感情のコントロールすら出来ない人間が、そんなものに乗ればいつか間違いが起きてしまうのではないか。
 崇人はそんな葛藤に襲われていた。
 崇人の部屋のドアがノックされたのは、そんなタイミングでのことだった。

「……入るわよ」

 崇人の返事も無しに、入ってきたのはマーズだった。それを見て崇人は起き上がる。

「ああ、別に立たなくていいわ。そのまま座って」

 そう言ってマーズは崇人の隣に座った。マーズの髪からシャンプーのいい香りがした。
 崇人はそれが気になってしょうがなかったが、何とかそれを無視しようとした。

「ねえ、タカト」

 マーズが話を切り出した。

「……どうした?」
「インフィニティに乗っていて……『怖い』と感じたことはない?」

 崇人は一瞬『バレた』と思ったが、その動揺を表情には出さないようにした。
 しかし、マーズはその一瞬を見逃さなかった。

「……別に嘘をつかなくていいのよ。私だって最初は怖かったんだから。私だって、リリーファーに乗るのが怖かった時期があったんだから」

 マーズはそう前置きして、昔のこと――マーズがはじめてリリーファーに乗った、その時の話を始めた。

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